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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
終章 青薔薇編
182/186

果し状

 天使長と呼ばれる者は不思議に思う……


 なぜ魔女が我々を助けようとしているのか……意味がわからない。

 しかも、命を懸けてまで……


 この世界にとって、確かに天使は希少で貴重だ。

 悪巧みをする者もいないはずはない……

 実際、過去にそうした凄惨な事例も起きている。始まりの勇者がその代表例だろう。

 

 彼女たちもそうなのか? だが、それは明確に違うとわかる……


 それはあまりに(まばゆ)く、 鮮烈だった。


「どうしてそこまで……」


 なぜそこまで生にこだわる?


 苛烈な赤の炎は断罪を求める……

 対抗する鮮烈な青の輝きは命を燃やして、寛容を示せと叫ぶ……


 少しだけ理由を知りたいと思った……


 審判の太陽のゲートを越えたせいで、天使は肉体を得ている。

 逆天倫との戦いで傷つき、火傷跡は残り、片翼ではあるが……

 その身体が、高揚を示すように高鳴り、血が脈打つ……


「私は……」


 鮮烈な青と赤は、瞳に焼き付くように離せない……

 なにより、美しいと思った……



 †


 力、場所、時間……全てが噛み合って……


 必殺の死の火炎を、生命の水が受け止めるように……


「タイミング、ドンピシャ!!」


 私が思わず喝采を上げてしまうほど、それは綺麗にヒットした!

 我ながら会心の出来と言わざるを得ない!!

 運命を変えようとしている私が言うのも変な話だが……運が良かった!


 タイミングよく不意に切断点をズラされため、散華ちゃんの奥義は正しく機能しなかった。

 思わぬ抵抗を刀から感じて、彼女は驚愕に目を見開いている……


 ただ中途半端に止められたことによって……


「グゲッ!?」


 天使たちが痛みで目を剥いていた……

 涙目でしゃがみ込んだり、気絶して倒れている者まで……


 あ……衝撃波までは考えてなかったわ……生きてるよね?

 凄まじい剣圧だったから……内心、ヒヤヒヤだ。

 まさか、何人か死んだか……!?


 心配しながらも、天使に絡めたグレイプニルを引き戻す。

 まるで投網漁のように、全員を私たちの許まで引っ張ってこれた。

 一部、泡吹いてたりするけど……一応、大丈夫そう?


 そこは散華ちゃんの説明通り、上級天使なだけあって頑丈だったらしい。

 並の天使なら死んでたかも……

 良かった!!


 大チャンス到来だ!!


 こんなに上手くいくとは……

 本当にママありがとう。疑ってごめん……グレイプニル。

 天使(ママ)の加護か……どうにか奇跡を引き寄せた……

 今だけは、天使と認めてあげる!!


 とはいえ、私も限界だが……


「アイリーン! 先に天使を!」

「はい!」


 私の指示通り、アイリーンが先に問答無用で天使たちを転移させてしまう。

 天使に抵抗させずに……痛みで苦しんでたのが、逆に幸いした。

 有無を言わせず(さら)う!

 何が起きたのか悟らせる前に、捕縛された天使たちはアイリーンと共に転移していた。


 独自魔法の欠点は、それが防がれるとすぐには動けないことだ。

 精神との一体性が高すぎるためだ。そのため諸刃の剣とも呼ばれる。

 全霊を尽くした奥義なら尚更だ……


 蓮華姉さんもそんな散華ちゃんをカバーするため動けない。

 それは逆に、私も動けないと言うことだったが……だからアイリーンに任せた。

 魔力は枯渇しても、身体は動く。牽制のために、私はこの場に残らざるを得なかった。


 つまりはここが最大の好機だった。

 逆に、ここしかない。

 代わりに一人で残った私が今、危機だが……


 互いに次の手を模索し、睨み合いが続く……

 散華ちゃんはしばらく動けない。そのはずだ……

 代わりに蓮華姉さんが隙を窺っている……


 油断はできない。

 隙は見せられない。

 蓮華姉さんが動けば、動けない散華ちゃんを攻撃するしかなくなる……窮鼠、猫を噛むように。

 その場合、彼女たちの前面で氷結されたゴーレムを強引に動かし、散華ちゃんにぶつける……破れかぶれだけど。時間稼ぎにはなるはずだ。


 そうした駆け引きを互いに計算して……互いに動けない。

 あちらは散華ちゃんの回復を、こちらはアイリーンの帰還を……

 どちらも時間を求めて、睨み合いが続く……


 長く思える、互いに牽制の睨み合い……

 ただ、散華ちゃんの秘奥義を破ったことが想像以上に効果的に働き、蓮華姉さんの手を止めている。

 彼女も何かおかしいと感じているからだ……


 転移でどこかに天使を置いて、すぐにアイリーンは戻って来てくれた。

 場所はアイリーンに任せた。私が知っているともし捕まった場合、厄介だから。

 いきなりママの店に連れ込んでも、すぐにバレてしまう可能性があるので、念の為の陽動目的もある。


 ホッとする……


 しかしながら……


 もう落ち着いたのだろうか……

 片膝をつくように動けず、休んでいた散華ちゃんが激怒に震えていた……


 立ち上がると、私に黒刀を突きつけて……

 怒りを隠さず、私にぶつけてきた。


「ソニア……お前、使ったな!!」


 さすがにバレるか……

 知っていなくては、おかしいほどの私の徹底した対策……

 初見の反応では決してできないはずのことを、やってのけたのだから……


 使ったとは、もちろん転移門、その時空間転移だ。

 これは国家機密級の極秘事項で安易に口外できない。

 だが、その存在を知っている者同士なら、暗黙の了解で通じ合う……


 本当に怒っている……怒り心頭だった。私もここまで怒る散華ちゃんは見たことない。

 本来、時空間転移で他者の命運を変える、翻弄するなど……それは人の、人々の生を愚弄する、あってはならない巨悪だからだ……

 それを私が使ったことに対して、彼女は激怒していた。



「なんのことかな……?」


 知ってて思わせぶりに、牽制する。はぐらかすように……ズルをしたのだから、言いたくないのはもちろんある。

 だが、そんな小細工が通用する相手ではない。

 鋭い彼女はもはや確信に至っていた……


「くっ……だからお前は愚かだと……!! それが何を意味するか、知ってて使ったのだろうな!?」


 憤り悔しがる散華ちゃん。

 ただ、溢れる怒りと同時に、悲しむような……憐憫の情のようなものが、その瞳に混じって見える……


 彼女の言葉は間違いではない。私は多くの想いを踏み躙ってここにいるのだから……

 そして、私は狡いことをしたのだから、それを忘れてはならない。

 その代償も、もちろん教授から聞いている……


「心配してくれてるのかな? 申し訳ないとは思うけれど、私にも許容できない未来というのはある……」

「それが、お前の闘う理由か……」


 怒りに震えるのを押さえつけるように……瞑目してそう散華ちゃんは応えた。

 溢れ出る怒りを制御するようにしてから、落ち着いて目を開く……彼女の瞳は再び冷ややかなものに戻っていた。

 だが、そのまま彼女の攻撃の手は止まっている。


 明らかに隙を窺っている……油断はできない。

 そのはずだが、おかしい。彼女は迷っているようにも見える……


 そうか! 私が「使ったこと」を知って警戒しているんだ。

 王として群衆の前で敗北は絶対に許されないから。

 タイミングがドンピシャだったことが効果的に働いている。


 どうやら幸運はまだ続いている!!

 私の……私たちの粘りが、どうにか引き寄せた幸運。

 しかし、それは対応によっては、いつ落とし穴に転じるかわからない綱渡り。

 私の二回目の時間はここで終わった。天使の処刑という過去を変えたのだから、裏技はもう無い。


 つまり警戒されているのは、私のハッタリでしかない。そんなのは、すぐにバレる……


 次、あの技を撃たれたら回避する手が無かった。

 グレイプニルは天使に巻き付いたままだ。時間との勝負で、そのまま転移したから。

 だが、彼女が警戒しているなら……先手を打てる!


 この場は拙い、私に不利すぎる。

 加えて、明白に負い目がある。チートはチートでしかない……正々堂々とはとても言えない。

 時空間転移……はっきり言って、私は狡いことをして彼女を追い詰めている……

 この先、ここで戦いを続ければ確実に負ける……そうなれば私たちは捕縛され、天使も奪い返される。

 そうなった先は言うまでもなく、経験した通りの未来。

 世界は元に戻ろうとする……戻ってしまう……

 だから、そうならないために……


「悪いとは思っているんだ。散華ちゃんの苦悩して決断した想いを踏み躙っていることは知っている。皆の想いを踏み躙って……理不尽を押し付けるのは本当は好きじゃない……」

「ソニア、貴様……分かっていながら、今更それを言うのか!?」


 烈火のごとく、一度落ち着きを見せた彼女の怒りの炎が再燃する。

 火に油を注いでも……たとえ私に罪があっても、今は退けない!


「……だから正々堂々と、勝負しよう」

「何?」

「確かに私はズルをした……それは認めよう。だが、この場は君に有利すぎる。それで正々堂々となるはずがない!」

「ソニア……お前……」


 確かに私はズルをしたけれど、それでやっと対等だと……ぶっちゃけ屁理屈だけど、譲歩を求める。

 正義と正々堂々を重んじるアストリア女王に対して、引けない提案をする!


「場所、日時については君を信用しよう。この場は人目が多すぎる……後で連絡をくれればいい」

「……」

「もちろん、ズルはしない。そこは信用してもらうしかないが、それはお互い様だろう……」


 互いに罠を張ろうと思えば、できてしまう。そこは互いの信用が必要だ。そう、訴える。

 冷静に私の提案を思案する女王。もう一押しだ!


 伝統か何かで、決闘って確か手袋投げるんだっけ……今は手袋してない。

 冒険者にとって手袋をするかしないかは正直、好みだ。私のように感覚が鈍るのを嫌ってしない者も多い。

 逆に手が傷つくことも多いので必須だと言う者もいる。

 とはいえ、私も手が汚れそうな時とかはつけるけど……


 多分、伝われば良いだろう……手元で青薔薇を一輪、魔法で組み上げる。

 想像以上に魔力を酷使していたのか、その程度で目眩が起きた……

 だが悟られてはダメだ。無理して意思で押さえつけて……堂々と胸を張る!


 作った一輪の青薔薇を散華ちゃんの足下に投げた。半身を向けて、挑発するように居丈高にポーズを決める。投げた指先はそのままにして。


「散華、一対一(サシ)で決闘だ。君が勝てば、天使は返そう……私が勝てばもちろん、天使はもらう……」


 あえて傲岸不遜に、攫った天使を条件に勝負を迫る!


 待て……これは私なりの告白だ。ならば……


「いや、散華……お前をもらう!!」


 大舞台で私は宣言した。命懸けの勝負だと、条件を突きつける!


 散華ちゃんの性格はもちろん、国民の前で、他ならぬアストリア女王がこの提案を断れるはずがない。

 またまた狡いかもしれないが、それは「おあいこ」だ。そういう体で……


 散華ちゃんが目を見開く……

 馬鹿にされたと思ったのか、再び怒りにワナワナと震えて……


 だが、それ以上に群衆がなぜか沸いていた……


「おお……なんだこれ……」

「どういう状況なんだ……」

「ふざけるな!! 陛下は私が貰う!!」


 んん? 一部、おかしい人が混じってますよ……?

 そっちを逮捕した方がよくないですか……!?

 罵声と罵倒も、もちろん多かったが……


 ……そんな油断は厳禁だった。


 それはもっとも近くの誰かの逆鱗に触れてしまっていたから。


「ソニア、今死になさい……」


 白い閃光が走った……


「華崎流秘奥義『縮地』……」


 ……って転移じゃねぇか!? どうなってんだ!!


 気づいた時にはすでに遅い……

 あり得ない場所から、一瞬にして私の目の前に、白い着物姿の彼女が立っている……

 そこからの神速の抜刀……

 私に対応できるはずが無く。


 一瞬で私の首筋に刃が当てられていた。冷たい死の刃が少し触れて、温かみのある赤い血がわずかに流れ落ちた……

 だが、奇跡的に一命を取り留めている。


 死の一歩手前……この感覚には覚えがある……

 まるで代わりにと言わんばかりの……

 世界はそんなところまで再現しなくて良いと思う……


 一応、今度も助かりはしたが……冷や汗が止まらない。


「アイリーン、止めるな!」


 私へ当てた刃の主人が激怒している。それはもちろん蓮華姉さんだ……


 その動きを見逃さなかったアイリーンが、こちらも転移で私を守っていた。

 蓮華姉さんの激怒の力押しに、私を守るアイリーンの短剣が震えている……

 アレを見逃さず、反応したアイリーンにも驚愕だ。


 本当にギリギリだ。危ない……少し、調子に乗ってしまった。

 群衆も驚きで目を見開いて、言葉を失っていたほどの脅威……一瞬、あたりは異常に静まり返る……

 それは空気が止まったと錯覚するほど。


 アイリーンが帰る前に、これをやられていたら死んでいた……

 グレイプニルが予想外に貢献したせいで、まだ奥の手を隠してるんじゃないかと警戒されたのだろう。

 もちろん時空間転移もあっての上で、そう思わせるハッタリが効いた。

 散華ちゃんだけに気を取られてはいけない。この二人は姉妹で要注意だ。


 正直、ひやりとした。だが、恐れてはならない。怯んではいられない。

 なおも知ってましたよという体で居なければ計画が破綻する。

 しっかり散華ちゃんが見ているのだから……

 性格上、断れないはずの提案ではあったが、戦うに値しない者と思われれば……それはそれで失敗だ。


「ソニア……少し言い過ぎでは?」


 短剣で防ぎながらも……アイリーンからもやや不満げに怒られる。


「ごめん、アイリーン。ここは大袈裟に言った方が効果的かと思って……調子に乗ったのもあるけど」


 それは散華ちゃんに対しても、群衆に対しても……

 この決闘に応じてくれなければ、真の意味で「変えた」とは言えないのだから。


 もうわかってる。私が散華ちゃんとの対決を躊躇ったから……

 これまで何度も彼女との対決から逃げてしまったから……

 アイリーンはそれでも私を支えようとして、あんなことになった……それはもう因縁というしかない。

 そんなアイリーンには申し訳ないと思ったが……


 怒ってらっしゃる?


 視線を流してアイリーンをチラ見する。彼女に反応がなくてこちらもビビる……


 アイリーンが刀を弾き返した。

 それで蓮華姉さんが距離をとって、後退したのを確認すると……


 

 ……アイリーンが溢れた私の首筋の血を舐めとった。


「勿体無い……」


 隙を伺う蓮華姉さんから視線を外さずに……挑発するようにゆっくりと舌を伸ばす……


 えっ……!? アイリーンが大胆だ!!


 こんな大衆の面前で……赤面だ!


「ソニアを渡さないのはこちらも同じです。蓮華」


 アイリーンは蓮華姉さんを見据えて、短剣を突きつける。

 それは蓮華と散華に見せつけるように……明確な挑発だ!


 むしろ動揺したのは私の方だ!!

 私のハートを鷲掴みだ!!

 命の恩人に加えて、私の女神だ!!



 その挑発行為に無言でこちらを見据え、怒りにワナワナと震える蓮華姉さん。


「公衆の面前で破廉恥な……恥を知りなさい!!」


 だが、やや赤面してちょっと止まってる所を見ると……

 コイツ……実は散華ちゃんと今のを想像して……

「このムッツリ、ドスケベがッ!」そう思ったけど……

 それを言うと、今度こそガチで殺されるかもしれんので控える。


 一方でアイリーンの方は……


「ソニア……お返しです。大袈裟にしてあげました」


 ややうっとりとし、恥ずかしがりながら、こちらに悪戯をして微笑むアイリーン。

 そんな可愛いアイリーンに、「お、おう……」と緊張してしまって上手く返せない。


 やってくれたな!?


 思えば今は無くなってしまった未来で、結婚した時も唐突だった……

 はっきり手玉に取られてるのがわかるが、それが心地よい。


 群衆に至っては驚愕で静まり返り……

 いや、目を見開いて、なぜか興奮していた……


「うおお……」

「なんだこれ……どうなってるんだ……」

「三角関係? いや、四角……?」

「素敵……」


 効果覿面じゃねえか……どういうことだ!?


 いや、悪い流れではないが……


 アイリーンの明確な挑発に、あるいはそうした群衆の反応で、対峙する蓮華姉さんの怒りは再び頂点に達して……

 今にも飛びかかって来ようとするのがわかる。 

 彼女は息を整え……あえて納刀し、そこからの前傾姿勢。

 またあの転移が来る! 今度は外さないとばかりに、その視線が獲物を狙う!!


 対応するように、私たちはそれぞれ応戦の構えを取って……



 ……だが、それは止められた。


「姉様、お待ちください……私が負けるとでも?」


 そこで提案を思案し、見守っていた女王が前に出る。

 ……いや、姉の暴走に呆気に取られていたと言った方が正しいかもしれない。


「我が王よ……失礼しました。そうでしたね……少々、怒りに先走ってしまいました」


 そこでようやく、蓮華姉さんが刀を引いた……

 霧消するように、怒りを消す……ある意味、凄い切り替えだ! 彼女の中で散華ちゃんは絶対だから……


 止めるの遅いよ……散華ちゃん!!


 猛獣は首輪をつけておかないといけないんだからね!


 そんな私の目での訴えを、彼女は完全に無視して……



 片膝をついて散華ちゃんは、石畳に打ち捨てられていた青薔薇を拾った。


「まったく……ふざけた奴だ。だが一人の戦士として、挑戦は受けねばなるまい……多くが変わったとはいえ、ここはアストリアだからな……良かろう、これは契約だ」


 彼女は拾った青薔薇を自身の胸に刺した!?


「くっ……」


 彼女は辛そうに顔を歪める。

 契約魔法が発動し、青薔薇の荊棘が脈打つようにして彼女の左胸に定着した。

 それは丁度、心臓のあたり……


 いや、どっちがふざけてるんだ!!


 そう、叫びたいのを堪えていると、彼女は私と同様に赤薔薇を創り出して私に投げた。


「受け取るがいい。決闘の契約だ。……伝統に則り、しばし準備のための猶予をやる。決闘は一週間後。約束を破れば、それは互いの胸を刺す……」


 女王のそれは怒りだけではなかった。

 高揚し、あるいは歓喜に震えて……それを落ち着かせるように……


「ソニア……今度は逃さない」


 彼女の射抜くような鋭い眼光。

 今度こそ獲物を確実に仕留めるという意思……文字通りの命懸けの契約。

 私の本気を受け止めた彼女の本気だ!


 ……そう、ここが正念場なんだ。

 これまで私が何度も怯み、彼女から逃げてしまったから……

 この宿命から逃げてしまったから……


 私は投げられた赤薔薇を受け取り、それを彼女と同様に胸に刺す。


「くっ……愛が重い……」


 それは蠢くように心臓近くへ達して定着した……



 †


 群衆は戸惑っていた。


「なんだ……これは……!?」

「ああ、焼けるような……むしろ、妬けるような……」


 どうやら彼女達の本気は、共感して伝播するらしい……


「それは冒険者としての嫉妬だろうさ……」

「グラン騎士団長!!」

「なんであそこに立っているのが俺じゃないんだろう……ってな。陛下も仰ったが、ここはアストリアだからな……」


 騎士団副団長のアンナに支えられて立っているのは、疑問に思う人々だったが……

 その言葉には重みと説得力があった。

 彼自身が長年、耐え忍んだ歯痒さでもあったから……


「なんだか、久しく忘れていた気がする……」

「俺もだ……」


 多くの人が戦乱続きで疲弊していたのもある。

 そんなことより明日の糧だ、と……それは必死になるほど遠ざかる。


 それでも彼女たちの輝きからは、決して目を逸せない。


「俺、余裕がなかったんだな……」

「罪人を応援することはできないが……確かに憧れのようなものはある」

「散華様! 頑張ってください!」


 反省する者、激励する者、様々に群衆は……群衆の中の個々人として……それぞれ自身を見つめ直す機会となった。


 本当にごく少数派だったが……


「青の魔女様……素敵……」


 そんな声まで聞こえてくる……


 彼自身、ソニアに卑怯な手で倒されたことに思うところはあったものの……

 魅せられた光景に、かつての冒険者として高揚しないはずがなかった。


「頑張れソニア……確かに風が変わり始めたよ」


 それは萌芽を待つ、一粒の奇跡の種子(たね)だった……



 †


 女王の決断によって、群衆は沸き立っている!!

 明確に流れが変わってきたのがわかる!!


 散華ちゃん……まさかこれを狙って?

 ……いや、これが天然で出るのが彼女の恐ろしいカリスマ性!


 避けられない決闘にはなったものの、流れ自体は悪くない。

 ならば、今が逃亡の好機!


 視線を送るとアイリーンも頷いて……

 そのまま転移魔法陣に飛び込む。アイリーンは以心伝心でそれを発動させた。


「フハハ……契約は受理した。首を洗って待つがいい!! ()()()()()……!?」


 調子に乗りすぎて、最後に舌噛んだ……痛い……



 ……



 アストリア王国内のどこか、転移先の森の中。激闘の末、時間は夕暮れ近くになっていた。

 ……転移先を悟らせないため、あえて陽動として一旦離れた場所に転移してもらった。

 もちろん、そこには先の天使たちが捕まっている。

 天使達には、アイリーンが急ぎで魔物除けの結界まで張っておいてくれたようだ。


「ええと、ソニア……格好良かったです?」


 疑問系で訝しがりながら、一応、褒めてくれるアイリーン。


「うぐぐ、最後くらい決めたかった……だが、失敗に動じないのがクール女子の(たしな)み」


 最近、分かってきた気がする!


「ですが……少し、嫉妬してしまいますね。それは大丈夫ですか?」


 彼女は心配そうに私の胸の赤薔薇を指す。嫉妬はしてくれていいのよ?


「うん、平気。契約魔法だし……約束を破らなければ、大丈夫だよ。決闘をすっぽかさない限りは」

「それなら、良いですが……」

「心配しなくても、アイリーンとは結婚したからね!」

「ええっ!? いつ、ですか?」


 驚いている。アイリーン。

 あ、そうだった。その未来は変わってしまったのか……本来なら丁度、今頃だったと思う。

 やはり惜しいし、寂しいとは思う。


「世界は元に戻ろうとするからね。いつか、未来で……」

「ソニア、一体どんな未来に行ったんですか……」


 不思議がっているアイリーン。

 まだまだ油断はできないものの……今回の成功で流れは着実に変わってきている。

 都合の良いとこ取りだけれど、そうなるように願おう。


「それより、天使たちと話をつけないと……」

「そうですね……結局、攫うことになりましたから……」

「うん、それは仕方ないんだ……」


 話がついていない以上、まだ逃すわけにはいかない。「戻って処刑される」と言い出されても困る。

 悩んで天使たちの許へ向かうが、名案は浮かばなかった。


 あれ? 天使たちを拘束したはずのグレイプニルが……天使たちの足元に切れて落ちてる……

 おかげで拘束は解けていた。

 流石にどこかもわからない森のど真ん中で、魔物除けの結界から出ようとは思わなかったようだが……

 逃げなかったのは助かる。そこにわずかな希望が見えた。


 それにしてもグレイプニル……

 ママは「絶対に切れないわよ!!」ってキレてたはずだ。

 でもじゃあ、やっぱり偽物? 結局、真偽はわからなくなった……


 おそらく、散華ちゃんの技が凄すぎたのだろうが……

 まさか、私が洗ったせいで擦り切れたとかじゃないだろうな……

 一応、刀で切られたような跡はある……おかげでバラバラになって地面に落ちている。


「残念ながらもう使えないな……それでも本当にありがとう。とても助かったよ」


 話の前に、先に感謝して供養するため、拾い集めて埋葬した。アイリーンと祈りを捧げて。

 天使たちは文句を言っていたが、その行為は邪魔することはなかった。むしろ、その間は静かにしていた。



 そして再び彼女たちに向き直る。


 彼女たちも散華ちゃんと約束している。

 契約魔法でこそなかったが……天使のイメージとして約束を反故にするとは考えられない。

 だから、説得は厄介だ……無理かもしれない。


 いや、ママを思い出せば……イメージってなんだっけ? となるが……

 いや、それはそれでダメだ……!!

 私は彼女たち正統な天使のイメージを守りたい!


 困った……そうだ! 説得は諦めよう!

 別にそれでも困らない気がする!


「戻らないと、散華様のところに……天使として約束が……」


 代表して、一番高位らしい天使が私たちにそれを伝えてくる。他の天使からも「天使長」と呼ばれている。

 片翼の女性。火傷痕が痛々しい彼女だ。それらは間違いなく、逆天倫との戦闘の負傷だ。

 そこに罪悪感を覚える。

 だが、もちろん戻るのを許すことはできない。


「それは許さん! お前たちは私が攫った。つまり私の物だ。私のために働いてもらう!!」

「くっ……下衆な魔女め!! 誰がお前の言う通りに……」


 直截的に伝えると、周りからも凄い反発を受ける。攫ったので仕方ない所もあるが……


 んん? 待てよ……説得の必要はないのでは……

 普通にあの後、起きたことを説明すれば……


「あ、いや、まだ私の物じゃなかった……あの後、話は変わったんだった。一週間後にお前たち天使を賭けて、決闘することになった……勝った方が全獲りみたいな? だから今、戻られても困る」

「なんだと!?」

「たぶんだけど、今アストリアに帰っても白けるだけだと思う……国民も決闘前で沸き立ってるだろうし……『え? なんで帰って来てるの?』みたいになるよ? もちろん探してはいるだろうけど」

「そんな馬鹿な……では我々は一体どうしたら……」


 苦悩する天使長。意外にもちゃんと話を信じてもらえた。

 信じなくても天使が嫌われてしまっている以上、今はどうすることもできないはずだが……


「というわけで、私のために働いてもらう!!」


 天使全員に向けて宣言した。だが、天使長は他に気になることがあったらしい。


「待て。お前、見たことがあるな……逆天倫……確か、あの場に居た」

「あれ? 聞いてない? ママは知ってたけど……」

「ママ? 誰だ……それは?」


 ママはこっちに長く居るはずだが、天使長は知らない様子だ。

 やはり自称天使は自称だったか……規格外すぎるしな……おかしいと思ったよ……

 まあ、追求はやめてあげよう。一応はおかげで助かったし……でも、会ったの教授の助言だったような……?


「ああ、まあ後で会ってもらうから、それは今はいいや」

「そうか……では、なぜあの場に居た?」


 逆に尋問されてる!! しかも、非常に言いづらいことを!?


「話が非常に(こじ)れそうなので黙秘します……理由はママに聞いてください」


 言ってもいいけど、知らないなら明らかに敵に回りそう……流石にもう今日は戦いたくない。とても疲れた。

 それはそれで彼女たちが生きる理由にはなるのかもしれないが……

 いろいろ都合悪いし……それはともかく……


「どうやら立場がわかっていないようだな……!」


 そう言って脅してみる。

 ぐへへ……今の私は悪い魔女だ!!


「このグレイプニルは特別製でな……今朝、近くの雑貨屋で見つけたんだ……新しいのに取り替えてあげようと思って」


 いや綺麗にはしたけど、あまりにボロかったから……予備は必要かもと思って、焦って買いに走ってしまった。

 洗って干したら今朝方、更にすり減って見えたのはある……本当に驚いたんだ!

 あまり夜中に洗濯するものじゃないな……魔石灯の光と、日中では全然違って見えるし……


 どうせ返さないといけなかったし、今回の件で警備が厳重になるとしばらくは買い物もしづらくなるだろうし……

 先に買っといた方が良いかなって……神器と言っても、その時は半信半疑だったんだ!

 おかげでわりと宿を出るのが時間ギリギリになってしまった。そのせいで、グランさんたちと鉢合わせたのはある……


「いや、それ、ただの縄だろ!」

「新グレイプニルだ! 今はただの縄だとしても、天使が縛られればハクがつくよね? つまりそれは未来の神器」


 なんだかそんな気がしてきた!


 私が読んだ本によれば、確か素材は……「猫の足音」「女の髭」「岩の根」「熊の腱」「魚の息」「鳥の唾液」だっけ……?

 それらは使ってしまって世界からは無くなったとか?

 もちろん、無いものを探しても意味はない。


「さあ、出せ!! 天使の息と足音、血と涙、汗と唾液と体臭、鼻水と体毛をこれに染み込ませるのだ!!」


 だから類似品で代用だ! それっぽくなればOKだ!!


 逃がさないように、天使長ににじり寄る……新品の縄を持って。


「や、やめろ!! 頭おかしいのか!? とんでもない変態だろ!!」

「前のはさっき斬られちゃったから、返さないといけないんだ……だから協力してもらう!」


 返せないとあの破壊神が逆上するかもしれん!

 なんと言っても、神器だ。弁償しろと言われたら非常に困る!! ただでさえ、修道院再建にお金がいるのに!


「そういえば、なんでお前が神器なんて……しかも斬られてるし……」

「あれはただの縄だ。これこそが本物……」


 頑張ってくれたグレイプニルには悪いが、そうでなくては辻褄(つじつま)が合わない!

 相手の目をじっと見据えて、洗脳するように迫る……私は悪い魔女なのだ……


「いや、さっきのが本物だろう! こっちが偽物だろ!」

「分かってないな……お前は証言しなくてはならない。これが本物であると……あの破壊神に……」

「破壊神!? いや、こいつは頭がおかしいから……信じちゃダメだ……」


 今の私は悪の魔女だから容赦はできん!


 なおも抵抗する天使長を縛り上げる!!


「やめて……いやぁ……!」


 フハハ、天使の悲鳴が心地よいわ……


 ……




「それでなんとか説得に成功して連れてきたんだよ?」

「成功のビジョンが全く見えない話なんだけど……破壊神って誰よ?」


 ママのことだって、言えるわけないじゃない!


 ここは天使の酒場、『みっど♡がるど』……ママのお店だ。

 天使たちが無駄な抵抗をしたため、すっかり日も落ちて、すでに夜だ。

 長い一日だったが、もう一踏ん張りしなくてはならない。

 七人もの天使を引き連れるのは、やはり大変だから。


 万一だが、他のお客さんが来るといけないので、偽装のために外套だけなんとか七人分用意して被せた。そこは、わかってたのもある。

 ちゃんとした下着や衣服を用意するには、今日はもうお店が閉まっている。

 それに加えて、恨まれているので天使は街に入れない。だからボロを纏ったままだ。

 衣服を作ってくれるようアラネアに頼むのは、昨日の今日で、非常に頼みづらい……お金の無心さえなければ!


 それでもアイリーンの転移のおかげで行き来は簡単だ。

 非常に助かっている。便利に使って申し訳ないけど……


「あ、グレイプニル返すわ……助かった」


 天使長を縛っていた縄を引っ張る。


「あくっ……魔女め、私たちは屈しない!」


 そう言って彼女は赤面しながら恥辱に耐え、涙目になっている。それでも不満は隠さずムスッとしてる。

 可哀想だが、仕方ない。暴れるから……ふはは、私は悪い魔女なのだ! 


 たぶん、亀甲縛りとか言うやつ……よく知らないけど。

 雁字搦(がんじがら)めにしてたらそうなった。暴れるし、片翼のせいで縛るのに苦労して……もちろん、わからせもある。

 天使長なだけあって、かなりの頑固者で、信仰に厚いアイリーンでさえイラっとして私を止めなかった。

 本当に話が進まなかった…… こっちだって危ない橋を渡ってる。協力してくれないと困るのだ!


 抵抗する天使長を縛り上げたら、他は従うようになったので縛る必要は無くなった。

 天使長が「私が従わせるから、他は許してくれ」と懇願したからでもある。身体を張って仲間を守った。そこは天使長なだけはある。


 それでその天使長なのだが……

 大丈夫だ……半裸だが、縄は外套でほぼ隠れてる……前からは、はっきりわかるけど。

 方翼のせいで外套が盛り上がって、半ケツが見えてるくらいだ……

 そのせいで前のボタンが留められない……

 天使用の服なんて無いし、裸よりもむしろ翼の方を隠さないといけないから。

 さらに後ろ手に縛られているので……本当に大丈夫か!?


「ソニアちゃん、ここ一応、真っ当なお店なんだけど……」


 その光景にママですら引いてたが……仕方ないじゃない!


「変態に見えるのは偽装だから……んん? 真っ当!?」

「いかがわしい店じゃないわよ!」


 それはそうだが……

 ママがいるだけで、真っ当ではない!

 ここ最近で一番の驚きだ!


 真っ当の解釈に関しては議論が必要だが、とりあえずグレイプニルをママに返そう……

 天使長の縄を引っ張って渡そうとするが……


「あうっ……」

「いや、それただの縄だろ……わりと新品だし……おまけに天使ついてるし……」

「前の斬られたから……仕方ないんだ」


 疑問に答えてなかったのだろうか……困惑して不思議そうにママが首を捻る。


「ハァ!? 斬られたって……神器よ?」

「役には立ったし感謝してる。でも切られちゃったのは本当……天使たちに聞いてもいいよ?」

「そんな馬鹿な……」


 それについてはママも驚いている。


「いや、散華ちゃんの奥義を防いだだけでも凄いけどね」

「なるほど散華女王……噂以上ね」


 値踏みするような……ママが珍しく真剣な表情だ。


 それはともかく、弁償はできん! だからこれを受け取ってもらわないと困る!!


「昔は神器だったとしても、やっぱ中古だったから……物はいつか壊れるよ……ママ」

「知った風なことを……それ、なんかムカつく言い方ね……」


 おかげでドヤ顔されないのは助かった!


「くっ……なぜ私がこんな屈辱……はうっ……」


 縄を引いて、ママの方へ差し出すが、困った顔をして受け取ってもらえない……

 やはりまだ未完成だからか……


 話してみてわかったけど、天使長わりと生意気だし……天使長だけあって、偉そうだから。

 嫌いって話じゃない。むしろ私の琴線に触れて、大好物よ……?

 要は気に入ったのだ!


「多分、十年ぐらいこのまま天使の漬物にしとけば神器になると思う……天使の神聖性で、あと血と汗と涙と体臭的な、体液的なもので……」

「ソニアちゃん、表現に気をつけてよ……卑猥なのはアウトよ?」

「うむ。私は清楚で健全だからな……状況説明しただけ……だけど気をつける」


 悪い魔女はちょっと休憩だ!


「これじゃ、悪いけど受け取りづらいわね……」

「うん。じゃあ完成したら返すわ……楽しみに待ってて!」

「どこから来るのかしら、その自信……」


 ママは困惑していたが、大丈夫だ。ちゃんと本で読んだし……わりとそれっぽい物ができるはず!


「くっ……このような屈辱……耐えて見せる!」


 そんな羞恥に耐え忍ぶ天使長にママが声をかける。


「あ、えっと……しばらくぶり?」 

「えっ!? あなたは……どうしてこんな場所に……」

「こんな場所で悪かったわね……」


 なんだ、やっぱり知り合いなのか……

 じゃあ、二人で話あって貰えばよかったのでは……


 天使長が恥ずかしがって顔を合わせないから、気づかなかったようだ。


「ええと、ソニアちゃん。まあ、ありがとう。この娘たちは私が引き取るわ」

「うむ。非常に助かる。正直、私も犯罪者扱いだから、七人も無理だ。……ただ、このクソ生意気な天使長だけは私が直々に鍛え直してやろう。グレイプニルも返さないといけないし」

「……気に入ったのね。それでいいわ」


 良かった話はまとまった!!


 私もサポートくらいはするつもりだが、七人との共同生活となると大変だった。

 それらは天使たちのためでもある。

 

 ところが……


「魔女と契約するなど!」


 ここにきて天使長が要らない抵抗をする……

 ちょっと魔女への侮蔑が入ってるのは、問答無用で攫ってきたので仕方ないけど。

 ただ、ママが水を差された感じになってしまって……


「……ふぐっ!!」

「天界規則第一、上官に逆らってはならない……」


 腹パン!?……天界規則ヤベェ……

 ってか上官? ママが?


「も、申し訳ありません……ですが……あグッ……」

「第二……口答えする時は死を覚悟すべし……」


 要らないことを口答えしたダメ天使が、制裁を受ける。

 破壊神の本気の一端を垣間見た。もちろん手加減はしてるはずだが……

 天使長は涙目で床に沈んで苦悶している……


 私は……あわわ、どうしよう!? うむ、止めねば!


「ママ、やめてあげて……ここは天界じゃないのよ?」

「あら、ごめんなさいね……久しぶりに昔馴染みにあったから、昔のトラウマが刺激されちゃって……」


 ママも苦労したんだな……

 そのストレスであんなムキムキに……関係ないか……


「ほら、天使長も謝って!!」

「なんで私が……あ、いえ、すみませんでした!!」


 ふう、私の仲裁でなんとか事なきを得た……


 天界、思ったより体育会系だったわ……偏見かもしれんけど。

 それは計算だったのだろうか……他の天使たちまでビシッと整列してしまっている。

 それとも天界でも軍隊だから、どうしてもこうなってしまうのだろうか?

 やっぱり命懸けだから……命を預かってるからそんな傾向があるのかも……あまり良いことではないけれど。


 すぐに復活した天使長。

 思ったよりダメージがないのは、新グレイプニルが彼女を守ったからだ。

 亀甲縛りがダメージを分散させたのだ!

 ……これは案外イケるのでは……正直、私も半信半疑だったが、確信に近いものに変わる。


 そのせいで傍目には、かなりいかがわしい店にしか見えなかったが……

 アイリーンが困惑して、固まってしまっているじゃないか。


 それはそれとして……


「もう、ここは軍隊ではないわ。今のは悪い見本だから……でもね、私はあなたたちを預かるから、従ってもらわないと困るの。ここは天界じゃないのだから……それだけは肝に銘じておいて」

「わかりました……」


 暴力は良くなかったが、ママの言い分もわかる。助かる気がない者を助けるのは、ほぼ不可能だ。

 だから私は攫うしかなかったし、ママだってリスクを背負って助けようとしてくれている。

 天使長にとっては不本意で不満が残ったとしても……


 天使長も納得し、ママも反省したようだ。他の天使は整列したままだけど…… 

 もう、ここは任せて大丈夫だろう。


「私は一週間後、決闘だから……あとはお任せします」

「そうみたいね。もう、ここまで聞こえて来てるわ。応援してる。ソニアちゃん、頑張ってね……」

「ありがとう、ママ」

「ああ、あと約束、楽しみにしてるわ」

「もちろん、私も楽しみにしてる!」


 約束とはもちろん、兎の祭典だ。それにはアイリーンが微妙な顔をしている。

 天使たちもいるから、その日は賑やかになるな!


 そんなこととは知らない天使長が恨みがましい目で見てくる。ここにおいていくつもりかと……

 ここでの仕事を覚えるために、残ってもらっても良かったが……ママが怖がらせるから……

 っていうか「魔女と契約するなど!」はどこに消えたのか……


「しょうがないな……天使長は私と修行だな!」

「そ、それなら仕方ありませんね……」


 犬が尻尾を振るように、嬉しそうについてきた天使長だった。

 彼女は転移魔法陣に入り、私とアイリーンと共に転移した……


 ……



 魔女の廃墟……今は焼け跡と燃え滓しかないが、それでもゴーレムは守ってくれている。

 裏庭から近くには断罪の剣の埋葬品だけ埋められた形だけの墓地。思えばアイリーンの身につけた天使の鎧もここで供養した。

 その墓地に、帰還の挨拶のため三人で立っている。


「しまった……グレイプニルもここに埋めてあげれば良かったかも……」

「そうですね。でもそれなら転移ですぐにできますから……どうしますか?」


 アイリーンの提案にちょっとだけ考えて。


「行こう。天使長はちょっと待ってて! 大丈夫。ここにはゴーレム置いてあるから、守ってくれる」

「え!? ちょっと……せめて、縄を……っていうか、それ、絶対わざとですよね!? 明日でもいいですよね!?」

「うん。明日でもいいけど……ここまで頑張ったのに、やり残しあるとぐっすり眠れないから……」


 天使長はしばらくそのまま放置して置いて……

 いや、やっぱり逃げないようにしっかりと近くの樹に新グレイプニルを巻き付けておく。


「ひどっ……墓地に縛って放置とか、酷くないですか!?」


 文句で喚いているけど、そこは非情に徹する! 遺体は無いので大丈夫なはずだけど。


 しっかり場所を覚えていたアイリーンに転移してもらって、手を合わせてお祈りしてから、掘り起こす。

 魔石灯で照らすと、埋めてまだ間もないので跡があり、すぐに見つかった。

 土を戻して、再び転移した。


 すぐに帰ってきたはずだが、掘ったり埋めたりで少しは時間がかかってしまったかもしれない。夜だからもある。

 天使長が安心してホッとしている……ちょっと涙目で可愛いな!?

 樹に巻きつけた方だけ外してあげる。


 それからグレイプニルを埋め直して、墓場へ手を合わせて皆でお祈りした。

 今日一日が無事に終えられたことに感謝を込めて。


 天使長は後ろ手に縛られてるので、黙祷のみだったが……

 天使の鎧が埋まっているので天使長に関係が無いわけでもない。


 これから一週間だけど、できるだけ修行だ。

 契約魔法があるので、負ければ天使は返さなくてはいけない。

 だから負けられないのは変わりないから……


 身が引き締まる思いだった……天使長だけは実際、縄で締まってたけど。



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