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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
終章 青薔薇編
181/186

白熱

 グランさんには悪いことしたな……

 ぶっちゃけ前回のような説明とか、面倒だった点は否定できない。

 それでも、失敗した方が申し訳なかったから……気を取り直して大通りを進んだ。


 人混みをかき分けるようにして、私たちは処刑場へと辿り着いた。

 石畳の広場には大国化した影響なのか、多くの群衆が溢れかえっている。

 背面に即席の雛壇と貴賓席。刑場の中心部では磔刑台が準備されている。

 配置や景色に変化は無い。私の一度見たものが、そのまま再現されていた。


「これもデジャヴって言うのかな……? 本当に奇妙な感覚だ」

「それはソニアにしかわからない感覚なのでしょうね」


 アイリーンの言う通り、おそらくそうなのだろう……もちろん、ごく一部の例外を除いて。

 昨日は変化があって、あまり同じとは感じないところがあったが、今朝からは集約されるようにそんな感じを受ける。

 グランさんたちに会ったのはその一例だ。


「やはり分岐点に近いからだろうか……」


 運命の分かれ道、それは今回だけでなく、おそらくこれまで何度もあった。

 例えば、私が時空間転移を使わない選択も確かにあったのだ。天使は処刑され、あの未来が受け入れられるのなら……

 そうした選択をして今の私がここにいる。

 緊張させるつもりはなかったが、アイリーンは気を引き締めるように頷いていた。


 そんな奇妙な感覚を覚えながら待つ。

 前回と同じ……時間通りに、散華ちゃんたちが馬車で到着する。少し遅れて天使が運ばれてきた。

 何度見ても、天使たちの見窄(みすぼ)らしく、怪我での痛々しい姿には同情してしまう。

 敗残兵の常だと言ってしまえば、そうなのかもしれないが……

 一方でそれは効果的でもあるのだろう。説得力という面においては……


 散華ちゃんたちが壇上へと上がり、天使たちは磔刑台へと繋がれていった……

 私は一度経験したので、驚きは無い。

 むしろ、そのまますぎて逆に不安になる……


 いや、教授は言った。世界が元に戻ろうとする特性を利用しろと……

 知っているという状況を利用するんだ。

 だから今は、焦って動いてはならない場面だ。焦って動いてしまえば、次に来るのは私の知らない状況だ。

 もちろんその方が対応が難しくなる…… だからこれで良いはずだ。

 そう納得させるようにして、不安を押さえつける。


 そうして待つ間に、準備が整い散華ちゃんが処刑場に降り立った。


「天使たちは全世界に混乱を巻き起こした。その犠牲となった者たちには哀悼の意を表する」


 責任の所在を明らかにして瞑目するアストリア女王。それに倣い衛兵はもちろん、多くの人がしばし黙祷する。

 それは私たちも同じだ。こんなところで目立ちたくないのも、もちろんあるが……

 ここは素直に、一連の戦いによって散った多くの者たちのために冥福を祈った。


 しばしの黙祷を終えると、彼女は続ける。


「皆も知っている通り、天使の多くは天空のゲートから天界へ帰った。ただその際、怪我を負い天空のゲートまで至れなかった者たちは野に潜んだ。そして、先日その住処を暴き、多くの天使を逮捕した。だが、その怪我ゆえに多くが監獄の生活に耐えられなかった……天使は地上の住人ではない。その慣れないせいでもあるだろう」


 ……天使を転移門によって天界へ還したなどと言えば、非難を免れない。

 それは新たな混乱の火種だ。だから彼女は嘘をつく……


「だが、ここに集めたのはいずれも隊長格の上級天使たちだ。監獄での生活を耐え抜いた者たち。彼女らを断罪し、ここに我らの勝利を宣言する!」


 前に私の聞いた通りの勝利宣言に沸く群衆。


 戦乱を終わらせるために……あえて彼女は、天使の罪とした。

 苦悩の末に、国家の判断として。アストリア女王として。

 今の私はそうした裏事情を知っている。


 天使処刑をもって、一連の戦乱に終止符を打つべく……女王の決意を込めて。

 そして敢えて釘を刺すように彼女は言う。


「ここに一応の決着はつく……しかし、これだけは言っておかねばならない。私はお前たちを全霊をかけて守ろう。だが、心して欲しい! 天よりの使者を人の法で裁くことを! その覚悟を!!」


 やはり多くの人がそれには驚きを返していたが……


「事情を知った今なら、はっきりわかる。アレは失言じゃなかった……腹を括る。彼女自身の覚悟の現れ……それだけでなく、民衆への『天使を処刑して本当に良いのだな?』という彼女自身の最後の問いかけ」


 私の言葉にアイリーンが納得したように静かに頷く。


 散華ちゃんの言葉は弱気になったとかそういう意味ではなく、これが今後のこの国の在り方を決定してしまうことをわかっての最後の問いかけだ。

 ほとんどの国民はその真意をわかってはいないだろうが、それでも肌では感じ取れるはずだ。

 憎しみが盲目にさせてしまうのかもしれないが……それは民意への問いかけだ。

 沈黙は肯定と賛同だから……それは民衆の承認だった。



 ああ、だからここが分岐点なのか……

 全ての想いがここに集約されている。

 ママとの話ではないが、やはりそれは魔術儀式と変わりなく、天使たちを生贄にここに集まった人の総体としての独自魔法が発現してしまう……

 女王はそれを背負っているのだから……彼女にとってそれは大きな傷だとしても。

 女王は茨の道を踏み歩いて行く……


 そして最後の承認を得た女王は一度頷き、壇上の席へ戻ると処刑の執行を命じた……民意を了解したとして。

 群衆たちは固唾を飲んでそれを見守っている。

 処刑人たちが、それぞれ磔にされた天使の下へ向かう……


「いよいよ本当の本番だ……アイリーン準備は?」

「はい、ソニア。大丈夫です」

「よし、行こう……」


 アイリーンが転移魔法を発動させて、私たちは刑場の中心へと転移する。

 私は前回通りすぐさま、魔法で荊棘(いばら)を這わせ、処刑人たちを拘束した!


 いち早く私たちに反応して、刑場へと降り立つ三つの影。

 言うまでもなく、それは近衛隊長の藤乃、散華ちゃん、蓮華姉さんだ。


「だが、私の方が()()速いッ!!」


 事前に答えを知っているという異常性は、それだけで時間短縮になる。加えて、対応した予防線まで張れる。

 本当に我ながら、狡いと思うが……


「それでも、もう失敗は許されないッ……!」


 もちろん天使は助けたい。散華ちゃんとこの国の未来も、良い方に向かってほしい。

 それらも理由の一つだが、何より……

 アイリーンを辱めてしまった未来……それが断じて許容できなかったから、今の私はここに立っている!


 それをはっきりと思い出せるから……


青薔薇の庭(ブルーローズガーデン)──三段(トリプル・キャスト)!!」


 今の私は最初から超本気だ!


 半球の網目状に青薔薇の蔓が展開し、私たちを守る結界となる。

 敢えて三重に張られた青薔薇の庭。


 しかし、やはり前回同様、一段目があっさりと焼却される……散華ちゃんの持つ赤の書によって。

 散り際の魔素の輝きが反射し、幻想的に紅く燃え落ちる青薔薇……


「大丈夫、それは想定内だ……」


 一段目と二段目、そして三段目にあえて間隔を空けることによって延焼を防ぐ。

 二段目の出現に散華ちゃんは少しだけ驚いていた……表情にこそ出さなかったが、静かに瞳が揺れていた。

 ピクリと瞼だけ微かに揺れた……ように見える。


 その隙にもう一段、張る!


 私は石畳の大地に手をつき、根を張るように青薔薇の結界を維持する。

 だが、その時には二段目が燃やされている。

 彼女が赤の書の力を使い、手を振るようにして魔法を発動している。


 こちらは三段を維持するように張り続け、彼女はそれを破壊しようと燃やし続ける。

 張って、燃やされる。

 張って、燃やされる……それは繰り返しの我慢比べになっていた。


 魔力消費が酷い……だが我慢する!


 時間は私たちに味方する。アイリーンがその間に天使たちを解放していく。


 こうなると、流石に藤乃も手が出せない。

 炎上中の青薔薇に飛び込むわけにもいかない。その時には次の結界ができて、彼女を阻んだ。

 彼女は耐えるように歯噛みしているが、その瞳はじっと隙を伺っている……


 こちらが疲れて手を休めれば、その隙を突いてくるのは明白だった。

 気は抜けない……私の背筋を中心に、じっとりとした汗が吹き出し始めていた。



 だが、耐える必要のない者は居て……

 我慢くらべは唐突に終わりを迎えた。


「ソニア……いい加減にしろ……」


 苛立たしげに散華ちゃんは吐き捨てると、無駄に燃やすのを止めた。

 そして新たに詠唱を開始した。


 異様な紅の魔素の高まり、それは彼女の覚悟を示す。


「真紅の赤薔薇は哀しみ憤る……」


 詠唱に従い赤の書を中心に、紅く魔素が集っていく……


「其は紅蓮の(おり) 其は赤き炎帝の憤怒 紅焔(こうえん)よ赤の盟約に従い我が敵の命運を断ち切れ……」


 静かな詠唱に従って大地に巨大な魔法陣が描かれる。



 ……いや、ちょっと過剰すぎないか?


 私が心配になるほどの魔素の集約。下手をすれば王都を滅ぼしかねないほどの……


 ……馬鹿な……想定外ッ!! しかもこんな群衆のど真ん中で大魔法とか!?


 いきなり彼女の前回にはなかった行動……本当に油断できない!



 だが、慌てたのは私だけじゃなかったらしい……


「モタモタするな! 結界急げ!!」


 蓮華姉さんがいち早く反応して、魔導兵たちへ怒号を飛ばしている。

 それに応じて、急ぎで群衆と私たちを隔てる結界が貼られていた。

 私が粘ったせいで結界が張られて、私たちは閉じ込められる形になってしまう。

 しかしそれは、それほど問題ではない。目前に展開された大問題に比べれば……


 赤の書を携え、今にも爆発しそうな力を溜めた散華ちゃんが前に出る。

 代わりに隙を窺っていた藤乃は引くしかない。蓮華姉さんと共にその背後を守る。


 女王は号令を下すように……魔法を発動させた。


炎獄(ムスペルヘイム)


 火山が噴火したかのように……彼女の描いた大地の魔法陣から炎龍が溢れ出た!


 それは広範囲殲滅(せんめつ)魔法だった……

 街中なので流石に範囲は絞っているようだが、それゆえ威力は跳ね上がる!



「くそっ! やられた!! 捕縛した処刑人だっているんだぞ!」


 それはある意味、信頼だった。私が天使と共に彼らも守り切ると……そう踏んで。

 あるいは……処刑に失敗した罪として、裁かれても当然のように……小さな犠牲として。それは天使の犠牲と被る。



 ……いや、私が人質として取っている形なのか……!? だとしたら最悪だ!!

 人は見たいように見る。女王の圧倒的な人気はそれを肯定してしまう。

 つまり、私が盾として使ったと……責任を押し付けられるのは明白だ。


 チートを使って、ズルをした私が狡いとは言えないが……でも、やっぱり狡い!!



 落ち着け……呑まれたら終わりだ。

 青の書を信じろ……

 私の青薔薇を信じろ……!


「うおおおぉおおお!!」


 全力で多重結界を張り巡らす!

 迫り来る火焔に、壁として荊棘を展開させる!!


 高威力の火焔を全力で阻み、散らし、宙へ受け流す……

 圧倒的な暴力を前に、大地に根を張り踏みとどまる!!


 青薔薇は全て燃え散った……



「ハアッ……ハァ。くそ……一気に魔力を持ってかれた……こんな強引な手を……」



 だが、どうにか防ぎ切った……


「ハアッ……ハァ……」


 苦しい喘ぎが出てしまう。

 すでに心臓は限界を訴え、激しい呼吸が止まらない……


「いきなりこれか……ハードすぎるだろ……!!」


 思わず毒づいてしまうが、こんなのは序章もいいところだ。

 運命は容易く変わらない。それを、わからせられる……


 背後でアイリーンが「ソニア、大丈夫ですか!?」と声を上げるのを、手だけで制して……大丈夫と伝える。

 すでに全身から汗が吹き出し続けている……大丈夫ではあるものの、余裕はすでにない。


 衛兵たちによる背後の結界は正しく機能こそしたものの、その一度で弾け飛んでいた。

 結界を展開した何人もの魔導兵が、魔力の枯渇で気絶して倒れている……私がほぼ食い止めたにも関わらず……

 私たちが閉じ込められなかったのは幸いだが、群衆は驚き静まり返っている。


「すげえ……」

「でも嘘だろ……」

「女王陛下が……いや、まさか……」


 方々で驚愕の思いが吐露される。

 群衆は無傷ではあったが、精神的なかすり傷のようなものは残してしまっていた。


 散華ちゃんらしくないが……リリスの記憶にあった魔王に近いものを感じる。

 赤の書が影響を与えているのかもしれない……

 だがそれは仕方のないことだ。私だって青の書の影響は受けている。

 良くも悪くも、人は人の影響を受けるものだから……

 だから一概にダメだとは言えない。



 散華ちゃんは涼しい顔で、やはり表情は読ませない。戦闘用のポーカーフェイス。

 それでいて凶悪なことをするようになった……なってしまった。

 彼女の燃え盛る覚悟に、ついていけない者たちはやはり出てしまうから……


 いや、私のせいかもしれない……私が粘ってしまったから……

 少なくとも、こんなこと前回は無かった。



 まだはっきりとは、バレてはいないはずだが……時空間転移した私に、本能的な違和感を感じたのか……

 おそらく脅威のようなものを与えてしまっている……絶対的に倒さなければならない相手として……

 良くも悪くも運命が揺さぶられている証拠ではあるが……


 だが、これではっきりとした。

 やはり、このまま彼女に天使を処刑させてはいけないことが。

 これはこの先、アストリアが辿る未来の前兆だから……


 もちろん散華ちゃんにも、それはわかっている。

 その上で、それでも民衆はそう在るように彼女を推してしまうから……

「王とは、かくあるべし」……と。

 王としての理想像を彼女に押し付けてしまうから……


 大魔法を放ちながらも、涼しい顔で彼女は静かに昂り、讃えるように前に出た……


「ソニア、さすがだ……と褒めておこう。だが、これで終わりだ」


 私の魔力は枯渇し……散華ちゃんはアレを出す構えだ……

 全てを終わらせ決定付けてしまう、あの秘奥義を。


 今は非常に拙い!!


 どうする!? アイリーンは……?


 天使の繋がれた枷は、ほぼ外し終わっているが……

 説得を試みているものの、やはり天使たちが抵抗している……


 攫うしかないのはわかっているが、そのわずかなチャンスを散華ちゃんたちは与えてはくれそうにない……

 逃げようと背後を見せた隙を、彼女が見逃すはずがない……


 こちらも奥の手は一つだけ残っているが……今なのか!?

 判断は迅速にしなくてはッ!!

 そう、鞄に手を伸ばしかけて……


「お待ちください! これ以上、陛下のお手を煩わせるわけには……私が捕縛します……本来は、私の役目ですから」


 散華ちゃんの後ろに控えていた藤乃が、私と対峙するように前に出ていた。有無を言わせない格好で割って入った形だ。

 背中越しに散華ちゃんへ向けての言葉……だが、藤乃が言った通り、本来は彼女の役目で仕事だ。

 今更だが、女王が最前線に出て戦っては近衛兵の立場がない。


「藤乃……わかった」


 不承不承、仕方なくといった感じで、入れ替わるようにして散華ちゃんは後ろへ退いた。

 女王であるからこそ、そうした立場は守らなくてはならない。

 それは仕留めた獲物を前に、我慢するようだった……


 意外にも、少しの猶予が与えられていた。藤乃によって。

 世界は元に戻ろうとするが……まさかこんな形で!? そう思わずにはいられない。

 わずかな猶予ではあるが……これも揺り戻しだというのだろうか……


「ソニア……貴女を前にすると、陛下はタガが外れてしまう……よって、ここで死になさい!」


 悲痛な想いを秘めるようにして、彼女は私に剣を向ける。

 まさしく、先程の件だろう……私が違和感を感じたように……

 藤乃はさすがによく見ている。それは昔から私が感心するほどだ。

 だから、遮るようにして戦いに割り込んだ……嫌な流れを感じて……


 ただ……


「藤乃も十分、外れてるけど!?」


 知り合いだから……そんな容赦は微塵も無い。

 藤乃の前に見た通りの正確な突き……からの三段突き。

 知ってはいても、それは脅威に値する。

 それでも後退しながら、短剣を使ってどうにか弾いた。

 間一髪、やはり一度見たことは非常に大きい……


「小癪な……」


 驚いたのか、そう言って藤乃はさらに攻めて来ようと……

 それを防ぐように、私たちの間に大剣が振り下ろされていた……


 いや正直、待ってた! だって、これ以上は知らないから!!


「ツヴェルフ……なんの真似ですか……?」


 大剣を振り下ろして止めた相手に、藤乃は詰問する。怒りを込めて……


「最近は皆、おかしくなってる気がします……」


 そんな藤乃に対して、冷静にツヴェルフさんは返す。


「ソニアが居なくなってから、王城はギスギスしていました……」

「起きたことが起きたことだ……それは仕方のないこと。そしてそれはソニアがいなくなったからではない」


 この流れ……前に聞いたんだが……そのままじゃねえか……いや、当たり前だけど。


「はい。その通りです。ですが皆が辛そうにしていたのも事実です。……決してソニアが居ないからではありませんが」


 こちらにはっきり視線を送るツヴェルフさん……

 そこは申し訳ないと思う……私はこれ二度目だけど! 同じことで二度、責められてる気がする!!

 いや、彼女たちは初めてなのだ……我慢だ!


「きっかけがなければ私も動きませんでした。ですが、そのきっかけが現れた以上、黙っているわけにはいきません!」


 続けたツヴェルフさんへ藤乃は怒りを隠さない。


「理由を言えと言っている!」


 苛立ち、藤乃がツヴェルフさんへ刀を突きつける。


「私は……私たちは……」


 再度の問いにツヴェルフさんは頷いて……


 おお、この流れは……私が感動したヤツだ!

 私の影響で少しは違うかもしれないが……

 それでも言えるくらい覚えてる!!


「王は守っても、散華ちゃんは護っていない!!」


 あっ……思わず言っちゃった。私が……感動のあまり。


 多分、二度目が続きすぎて耐えられなかったのもある……

 変化がないと何も変わって無いんじゃ無いかって……その不安がここで出てしまった。

 まだ天使を助けられていないから……

 それはむしろ運命の流れが元に戻りつつあったことに対しての、私の反射的な拒絶反応だった。


 だが、しかし……


「ソニア、なんで私の言葉を言ったですか……?」


 ツヴェルフさんにジト目で睨まれる……可愛いが……

 あの、ツヴェルフさん。大剣の向きがこちらに向いてますよ……


 ヤバい!! ツヴェルフさんが敵にまわりそうだ!!


 多分、ツヴェルフさんは私が未来から戻ったことを知ってる……

 秘密裏に手伝ってくれたし、教授から聞いていると思う……

 それでも、返答次第では許されないかも……


「大丈夫! 私がしっかり覚えてるから!! ツヴェルフさんに、本当に感動したんだ!!」


 感動を伝えると、それには彼女は満更でもなかったようだ。少しだけ頬が緩んでみえた。


「仕方ないですね……ソニア、今回だけ特別に大目に見てあげます」

「本当ごめん……ありがとう」


 どうにか宥めて、ツヴェルフさんの大剣の向きが藤乃へ戻った……良かった……


「ええと一応、今ソニアの言った通りの理由です」


 本当に申し訳ないけど……ツヴェルフさんはそのまま伝えてしまう。

 それによってなのか、逆に藤乃の怒りは頂点に達してしまった。


「ふざけているのですか? ならばあまりにも愚弄していると……その身を持って知ることになるでしょう!」


 怒り心頭の藤乃に対するように、ツヴェルフさんが前へ出る。

 その肩越しに私はお願いする。


「ごめん、ツヴェルフさん。後で助けに行くから、任せていい?」

「わかりました。約束です」


 彼女は頷き、了承してくれた。

 頼もしい……やっぱり、ツヴェルフさんは格好いい!


 おそらく展開自体は、前回と同じような感じになると踏んで。

 教授の伝言通り、なんらかの要因がなければ、人の基本的行動パターンはほぼ変わらないのだから。

 それは、信念や心に決めた指針があるなら尚更だ。


 小さな差異はあったとしても、大局で見れば、私も天使救出のために同じ行動をしている。

 問題は天使たちを助けられるか、否か……いや、助けるが。


 藤乃対ツヴェルフさん。

 数合打ち合う……ツヴェルフさんの大剣と藤乃の刀が激しく火花を散らした……


 ツヴェルフさんは強い……いや、強くなった。それは彼女の努力だ。華咲の剣技を習ったことも大きい。

 藤乃も本腰を入れなければ、負けると判断したのだろう……


「すみません陛下、事情が変わりました。後をお願いします……」


 藤乃は背中越しに声をかけて。

 背後で静かに待つ散華ちゃんは、それに頷いて了承した。

 世界が行動をなぞるように、彼女たちは剣戟を交え、戦場を移すように大広場から離れていった……


 ツヴェルフさんは近衛騎士団の副団長だ。彼女がこちらの味方をしたことに、動揺を見せる群衆。


「なんだ? 賊じゃなくて内乱なのか……?」


 方々でそんな囁きが聞こえ始める……

 群衆が動揺すれば、それを抑える兵士たちも警戒して動けない。

 私は二度目だけれど、この状況を作ってくれたツヴェルフさんには感謝しかない……


「狼狽うろたえるな! たかが一人、魔女の幻惑に唆そそのかされただけのこと。問題ない。それは私、自ら証明しよう……」


 一喝して、それまで見守っていた散華ちゃんが、前に出る……

 群衆は落ち着きをとり戻したものの……前とは違い、微かな違和感が残る……

 彼女に任せて大丈夫なのか? というわずかな不安……声には出さないが、何人かの目には出てしまっていた。

 それはもちろん、先ほどの彼女の強引な大魔法のためだった。


 冷静になって考えれば、後方はツヴェルフさんが守っていた。

 ツヴェルフさんは「黄の書」の所有者なので、本気で防御するなら群衆が脅かされることは無い。

 もちろん結界もあってのことだが……

 全て散華ちゃんの計算尽くなのだろうか……?


 それにしては気が逸って見える……

 そのせいで群衆も違和感を感じてしまった。動揺させてしまっている……

 やはり私の時空間転移の影響が、思っていた以上に出ている……良くも悪くも……



 藤乃とツヴェルフさんのおかげで多少、魔力は回復したものの……根こそぎ持っていかれたせいで、枯渇気味なのは変わらない。

 枯渇気味な魔力のせいで、ひたすら魔法で邪魔する案はかなり厳しい……


 まるで今にも落ちそうな吊り橋を渡っているかのようだ。

 有り体に言って、大ピンチだ……


 そうなるとアレに賭けるしかないのか……

 正直、頼りたくはなかったが……


 家に帰ったとき、もっと有効な魔導具とかあったのでは? 素直にそう思う。

 感動のあまりか……お金の無心で気が引けたのか……

 こうなるとわかっていれば……今更ながら自分を罵りたい!

 決して甘く見たわけでは無いはず……チートに頼ってこれでは、情けない……


「本当に何をやっているんだ……」


 いや、これも元に戻そうとする全体意思が世界に反映された結果なのかもしれない……

 先の未来、アイリーンの処刑は、それを私に知らしめた。

 奇跡を望みながらも、それを許さない人々……

 奇跡の濫造を防ぐという意味では、必要なことではあるのだが……


 私は一度失敗して痛い目を見た……だからこそ。


「悪いけど、今回だけは譲れない!!」


 ならばここが踏ん張りどころだ!


「ママ……信じるよ……」


 成功したらしたで、ドヤ顔されるのが目に浮かぶ……最悪だ!


 でもその程度なら我慢できる……失敗した先の未来に比べれば。

 素早く手を這わせ、鞄からそれを取り出す。


 やっぱり見た目はただの縄だ。


 警戒していた散華ちゃんの瞼が、怒りのせいか……ピクリと揺れた。

 心底、がっかりしたように……その気持ちは、とてもわかるけど!


 群衆からも「何でここで、縄?」と嘲笑混じりの疑問が多く湧いていた。 


 落ち着け、その程度で煽られるな……先にもう一手間。

 水筒を取り出し、水を飲む。疲れた喉に染み渡る……


 そのくらいはあえて、見逃してくれたらしい。

 いや、挑発だと思われて警戒されたのかも……

 彼女の冷めた瞳がもう一段、温度を下げた気がする……

 それは気にしてはいられない……


「ブッ……!!」


 残った水を縄に吹きかけた。水筒から直接かけるには、狙いがバレる気がして大袈裟に……

 何かする気だ。それくらいを思わせる。


「何の真似か知らないが……ソニア、これで終わりだ」


 やはり、あの技が来る……


 今や威厳に満ちた絶対の女王の歩み……それは集まった群衆を魅了する。

 信念と覚悟、それは対峙する相手を怯ませるに値する。


 そうだ……ここが本当の正念場……


 前回、私は怯んで保身に走ってしまった。

 ゴーレムを私たちを守らせるように配置して……彼女の狙いは天使たちで無意味だった。

 私たちはあえて見逃された……


 視線を流してアイリーンを見ると、「言われた通りには……」と頷いて合図をくれた。

 まだ天使は抵抗しているが、それはもう仕方ない。

 だから、こちらも準備は整っている。後は隙を作るだけだ。


「悪いね、散華ちゃん。今回だけは譲れないんだ……」


 私のその決意表明には、やはり藤乃の指摘したとおり、神経を逆撫でされたように彼女は昂っていて。


「愚か者が……お前は何度、罪を重ねる? 私たちがどれほどお前に慈悲をかけたか……わかってのことなのだろうな!!」


 彼女は激昂している。だが、ブレない信念が一定の冷静さを保ち続ける。


「うん。わかってるし、感謝してる……」


 その私の言葉に、いよいよ彼女は本気になった。

 もう、ポーカーフェイスで感情を隠さない。ここに至っては、隠す必要がない。

 (まなじり)を決して、燃え盛る瞳がまっすぐに私を貫く。


「良かろう……ならば現実をはっきりと、その目に焼き付けるがいい……」


 彼女は秘奥義の抜刀術の構えに入る……


「ゴーレムッ!」


 その機先を制するように鞄から魔石核を取り出し、石床からゴーレムを構成した。


 ……自衛の防御壁は作らない! あえて彼女を邪魔するように差し向ける!!


 流れは同じだとしても……いや、だからこそタイミングを測るのに都合が良い。


 当然、彼女はそんなことで怯まない。

 散華ちゃんを邪魔しないように、蓮華姉さんが手早く白の書を開き……


「氷葬……」


 白の書の魔法によって、ゴーレムは氷漬けにされた。

 それは舌を巻くほどの、阿吽の呼吸……


 余裕を持って散華ちゃんはそれを待ち……


「独自魔法の詠唱が意味する所は畢竟、自己暗示だ……」


 審判は下された。もはや運命は変えられない。それを知らしめるごとく……


「魔法の詠唱に重要なのは本質であって言葉ではない……」


 それは彼女にとっての自己暗示……つまり詠唱だ。


「即ち魔法とは、()()を用意して()()を導くもの……」


 因果……魔法で構成した炎は燃え続けることはないが、燃えたという結果は残り続ける。


「原因を滑り込ませれば、結果は必然でしかない……」


 魔素を帯びて彼女の瞳が炎のように紅くゆらめく……


「華咲流秘奥義『散華──絶炎──』」


 無慈悲な死神の鎌が、振り下ろされる……






 それは時空間転移現象に近いものだとして……転移には違いない。

 ならば対抗するヒントは、リリスがその強大な魔力でアイリーンの転移を邪魔したように……


 基本は魔力、つまりは力で押さえつける……しかし長年、魔力を練り上げたリリスならともかく、私ではそれほどの出力は見込めない。

 だからピンポイントで力を集約しなくてはならない。

 つまりは発現の場所が大事だ……そして場所は天使たちの首筋だと知っている……ズルだが、今は信じるしかない!

 残りは時間……タイミングだ。


 大丈夫だ。恐れるな……タイミングだけは、しっかりとわかっている。

 あれから何度も失敗の記憶と共に脳内で再生された……


「私は狡いことをしている……だが、その失敗を払拭できるただ一度の幸運に感謝を……!」


 多くの失敗を経て、今の私はここに立っている。

 アイリーンの献身、エリス、アリシアの協力……他にも多く、あったはずのものを否定して……


 受け入れられない未来を変えるために……

 より良い未来を迎えるために……


 祈るような決意と共に、青の隻眼が魔素の光に揺れて……


「応えろ神器ッ! グレイプニル!!」


 なけなしの魔力を全て注ぎ込む感覚……ぐっ、予想外に持っていかれるッ!?


 今だけは本物だって認めてやる!!

 だからお願いします!


 私の魔力を込めた神器なら!!


 天使たちをガードするように投げつけると……神器は網目状に展開した!

 私の魔法も重なって神器は変化し、投網状に広がり、天使たちに絡みつくように守る。


 だが、まだだ……まだ弱い……

 運命を変えるにはこれだけではまだ足りない……直感的にそれを私は悟っていた。

 世界の強制力を侮るな……奇跡を許さない人々の思念を侮るな……

 今の彼女は女王として、それらを背負っているのだから!


「グレイプニル・青薔薇展開(ブルーローズキャスト)!!」


 こちらも全身全霊だ!!


 最後の魔力を絞り出す……

 さらに私の青薔薇が強固にその網に絡まっていく!

 ポイント、天使たちの首筋を念入りに守るように……


 私の奥の手と、散華ちゃんの奥の手が、雷轟のごとく激しくぶつかり合った!!



すみません、最終盤が近づき、やや時間をいただいております。

書いてはいるので進んではいます。そこはご安心ください。


応援、ブックマークなど本当にありがとうございます!

おかげさまでどうにか進められています。

引き続き、お付き合いよろしくお願いいたします!

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