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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
終章 青薔薇編
179/186

根幹

 気を取り直して、記憶を頼りにお店へ向かった。

 隠れ家的な場所だったが、インパクトだけは強すぎるので問題なく見つかる。

 外観は普通の……いや、結構お洒落なお店だ。問題があるのは、中の人だ。


 来てしまった……二度と近寄る気は無かったのに……背に腹はかえられぬッ!

 知らなかったことが、私の失敗原因ならそれを潰しておかなくてはならないから。


 三丁目パブ『みっど♡がるど』……看板を前に立ち止まる。


 一般にはお城から三丁離れてるから三丁目と呼ぶとか呼ばないとか……? 詳しくは知らないが、東方の古い尺度らしい。

 私の幼少期、今の王城ができる前からあったはずなのでお城が基準じゃないのは確かだ。たぶんここはアストリアだからダンジョン、つまりは今の神の塔が基準だ。


 ……ってどうでも良すぎる!


 いかん……入りたくなさすぎて、いきなり現実逃避してしまった。


「ええい、背に腹はかえられぬッ!」


 悲壮な覚悟を持って、扉を開き、私はその暗黒領域に足を踏み入れる。


「なぜかダンジョンに向かう緊張感……」

「ソニア、それはさすがに失礼では……普通のお店ですよ……」


 アイリーンは知らないから……



 †


「あら? いらっしゃい。珍しいお客さんねえ?」

「ご無沙汰しています、ママ」


 どう見てもゴリゴリの筋肉男にしか見えないが……ママだ。相変わらず化粧が濃い。


 ほらね? アイリーンが一瞬、固まった。

 私の認めるクールなアイリーンでさえ……なかなかの破壊力だ。

 っていうかママ、私の幼少期の姿と全く変わってないな……やはり天使なのか?


「そんなに怖がらなくていいわよ。でも最後に会ったの子供の頃だったから仕方ないかしら?」

「覚えていてくれたんですね……」


 ママは「再会の記念よ」と言って、私たちにオレンジジュースを出してくれた。

 お礼を言って飲む……懐かしい味に思えるから不思議だ。

 柑橘系のスッキリした味わい……

 そして、そんなママで感動したくない謎の抵抗感という後味……


「あなたのお婆様とはそれなりの付き合いだったからね。惜しい人を亡くした……とは言わないでおくわ」

「……天使だからですか? 天界なんて、いつでも行けますもんね」


 こちらを気遣ってのことだろうが、あえて私は踏み込むように話に入る。


 互いに探るようになってしまったが、まずはここが確定しなくてはお話にならない。

 ママの目が探るように鋭くなった気がする……今は天使と言えば処刑対象だから。


「あんな戯言(ざれごと)、まさか本気にしたの?」

「でも、子供に嘘はつきませんよね?」


 牽制し合うような形になってしまっていたが、ママが先に折れる……それは熟練の接客経験ゆえだろう。


「ふふん、なるほど勘は鋭いようねえ。それで何か頼み事? うちも客商売だし、危ない橋は渡れないわよ?」

「えっ? 存在自体がすでに危ない橋がなにを言って……」

「聞こえなーい。何かしら?」


 ママの威圧感が増した……ただでさえ大きいのに、さらに一回り大きくなったように見える。

 幼少期の記憶で、つい失言してしまったようだ。私だって、純真無垢だったのだ!


「……単刀直入に言います。一時的に天使を匿ってもらえたりは?」

「それ、デメリットしかないわよね? 何かうちにメリットを提示できるのかしら?」

「くっ……」


 やはり熟練の接客業、一筋縄ではいかないようだ……

 だが、それは明確なメリットを提示できれば良いとも言える。


 これだけはしたくなかったが、仕方ない……


「アイリーンを一日、店員として貸し出すのは?」


 断腸の思いで、優秀な彼女を差し出す。

 アイリーンを指し示すと、急な話で彼女が驚いていた。

 だが……


「まあ、無難で普通ね……とても魅力的ではあるけれど」


 値踏みするように彼女を見た後、そう答えた。

 ママは首を縦に振ってはくれない。

 

 足元みやがって! とは思うものの、確かにそれだけ危ない橋だ……


「……バニーガールで」

「乗ったわ。ただし三日ね……それだけ危ない橋よね?」

「むぅ……いいでしょう」



 交渉成立だ!


 私の提案に少し驚いた様子は見せたが、熟練の経験から計算高く、素早くリスクとリターンを弾き出したらしい。


 がっちり握手をする。


 ……っていうか、この天使……堕落しすぎだろ……


 他の天使救出したら後で訴えてやる!


 仕方なくとはいえ、アイリーンを売ってしまった……


 アイリーンは怯えたように固まってたが……コレが天使だということにショックを受けているのはわかる。

 それでもそこでハッとしたように、彼女は話を理解して……


「ちょっとソニア!?  何考えてるんですか!! なぜバニーガールなんですか?」


 彼女のご立腹はごもっともですが……


「私が見たい……いや、これはちゃんとした偽装で……」


 言い訳は思いついていて、というか元から考えてた構想で……

 天使を助けた後、どうするかという問題について。


 残念ながら、散華ちゃんがした転移門で帰す方法は却下だ……タイミングがシビアすぎる。

 もちろん私たちに転移門は扱えない。

 扱う場合、教授に頼むしかないが、それこそ散華ちゃんたちが黙って見ているはずがない。


 私があの場に入れたのは教授の導きがあったからで、普段は当然、厳重封鎖だ。

 アレはアストリアの超級の軍事機密でもある。しかも他国には絶対に渡すわけにはいかない厄介な代物だ。

 時空間転移ができるなんて、絶対に知られてすらならない……むしろ破壊した方が良いくらいだ。


 そうなると天使を一時的にでも、匿う必要がある。

 また、どこかで働いてもらわないと彼女たちが生きていけない。

 野垂れ死させては、助けても意味がない……

 なので例えば冒険者とかを考えていたが、今の天使への風当たりは強く、厳しいものがある。

 隠すにしても、翼とか少し厄介だ。


 他があるならその方が良い。

 ちょうど都合良く、天使の先輩がいるなら尚更だ。


「ついでに天使も働かせれば違和感無し。しかもコスプレなら天使だとバレない完璧な作戦! ちなみにバニーガールなのはゲン担ぎで、東方の文化で兎年って言うらしい……飛躍を祈願するとか……聞きかじりだけど」


 ぶっちゃけよく知らないけど、たぶんバニーガールのお祭りみたいな?

 ……想像したらなかなかエグいな……本当か!?

 アイリーンが胡散臭そうに見てくるが……


 それはともかく見たところ、店は閑古鳥が鳴いている。絶対、ママの威圧感のせいだと思うが……

 よく潰れないで残ってたな……たぶんウチの書店と同じで、それなりに原資というか元から貯蓄があるのだろう。あるいは他に副業があるとか……

 

 だからそういうイベント的なものは欲しいはず……


「それにいざとなったら有翼人。獣人、もしくは鳥の人と言い張れば行ける!」

「なるほどね。ハーピーみたいな? 小狡く育ったわね……その発想、嫌いじゃないわ!」


 ママが乗ってくれる。まさか、敵も転移してアストリア王都に留まるとは思うまい……意表をつく作戦だ!

 かつ前回とは真逆のパターンなので、それが良い!!


 非常に残念ながら、アイリーンとの結婚は罠だ。

 だから前回のように国外や辺境には向かわない方が良い……悲しいけど。


「っていうかママはどうしてるの? 翼とかは?」

「あるわよ。隠してるの……そういうアイテムが昔あって」

「ああ。なるほど……アラネアの腕輪みたいな物か……呪い消しの……」

「呪い扱いしないでよ! 祝福よ!? 天使なのよ?」

「えぇ……同じでしょ……」

「気分が違うのよ!」


 確かに……ママ良いこと言うな! プラスに考えた方がストレス少ない気がするし……同じって認めてるけど。


「……でもソニアちゃん。アナタ天使のことどれだけ知ってるの?」


 そこでママが意外なことを聞いてきた。野太い声で。

 顔を近づけないでください。おそらく、そのせいでお客さん逃げるんですよ……言えないけど。


 そういえば天使とは話す機会はなかったな……


「え? 全然……ママしか会ったことない」

「ハア……やっぱりね」


 盛大にため息をつかれた。


「あ、いや遠目には見たことある気がする。逆天倫と戦ってたし、ほぼ壊滅状態だったけど……空飛んでたのと落とされてきたの。死んだ天使の鎧をアイリーンが借りて身につけて……」


 私から盗み取った蒼炎で、結構な被害が出た。アイリーンが私を守ってくれて……

 たぶん、天使の鎧としか言えない、中身は焼失してしまっていたから……あの蒼炎で燃え残ってた女性用の鎧……

 加えて天使たちは逆天倫を破壊するために降臨したから、最前線で戦ってた。そのため特に甚大な被害だった……


 吹き飛ばされて近くに転がってきた物。

 圧倒的な全方位の火力に、防御に手一杯で、他を省みる余裕はなかった。

 一瞬にして周囲が蒼炎に包まれたため、目が眩んだのもある。


「今思えば、壮絶な戦いだった……私たち、結構な死線を潜り抜けて来たのかも。もちろん天使も含めて」


 運が良かっただけとも言える……思い出すだけで身慄いする。

 罪悪感はもちろんある……いつだって机の上では誰も傷つかない大成功のはずなのに、実際は失敗続きの連続だった……私の手に負える範疇を超えてしまっていた。


 それでもアイリーン、かっこよかった! それははっきり覚えてる。

 アイリーンは思い出したのか、私が見ると隣で恥ずかしそうにしていた。


「そう……その子たちに同情はするわ。同郷として少し面倒見て上げてもいいかもしれないわね」


 それはいつになく真剣な表情で……普段知らないけど。


 でもそうだよな……結局、一緒に戦ったんだから天使にある程度の情状酌量があっても良いはずだと思う。

 一般の人には敵でしかないかもしれないけど……

 だからこそ私は助けたいと思うし、散華ちゃんはそれだけ難しい決断を迫られている。


「なんか……ごめん」

「気にしないで。私もこっちが長いから、天使の使命より人の情の方が強いだけだもの。アナタがその件で頑張ったのも知っているわ」


 マジか……っていうか、私が元凶だってバレてるし。

 ママは審判の太陽が出る前から、こっちに来てた天使になるはずだけど……


「ここまで連れて来られたらなんとかしてあげられるわ。でもね、それが大変なのよ?」

「というと?」

「まず天使と人とじゃ、死生観から根本的に違うのよ。天の使命を帯びている者、それが天使。いわゆる御使いってやつね。当然、使命を果たしたら天界へ帰るわ。今回帰れなかった者たちが捕まっているのだけれど」

「それはわかる……」


 だとするなら、今回の使命は逆天倫を探して壊すことだったはず。私の知る限りではそれ以外にない。

 そしてそれはすでに成し遂げられた。

 他に何が問題なのだろう?


「死ねば天界へ帰れるってことよ。現世に留まる理由はないわ」

「でも、痛いし、苦しいはず……?」


 いや、天使のことはよく知らないけど……だからママに会ってるんだし。


「それはそうよ。それが現界のルールなら例外はないわ。むしろ私たちはそれを守らせる側だもの。確かに一時的に仮の肉体を得て戸惑っていることはあるでしょう。でも他の何より使命を優先するのが天使だから」

「帰るまでが遠足……」

「その例えはどうかと思うけれど……まあ、そういうことよ」


 おかしい……例え話すると変な顔される気がする。

 それより、なるほど天使はルールを守らせる側か……たぶんそれがいわゆる天倫……教授がそう言ってた気がする。


「特に上級天使、つまり隊長格クラスは尚更使命に忠実だわ。だから殺すことも死ぬことも(いと)わないと思っていいわよ」

「殺すことも? それが良くわからないけど……」


 おそらくそれが、今回の天使処刑に至った一番の原因だと思う。


「言い方が悪かったかしら? こちらでの殺すことは、つまりは天界へ還すこと。いわゆる救済ね。まあ、それが今回起きた問題の元凶よね。互いに良く知らない者同士がぶつかり合う。よくあることだと言ってしまえばそうだけど……」


 実際に見たわけではないから、噂でしか知らないが天使によって天界に送られた人々も多いらしい。

 そう言うと確かに救済に聞こえるが、現実の人々にしてみれば殺されたと同じだ。


 それでもなぜそんなことをする必要があるのか、というとよくわからないが……

 まさか、神話のように神々の黄昏(ラグナロク)に備えてる……わけないだろうに……


 いまいち要領が掴めずポカンとしてしまったらしい。

 詳しく説明しようと、カウンターから身を乗り出す大男……


 近寄られるとやっぱり怖いです……


「いい? 世界には天倫と人倫というのがあって、調和してるのが一番良いとされてるわ。でもなかなかそうはいかない。だって人の正義はどこまでも人の正義だし、天の正義はどこまでも天の正義なのよ……」

「人のための正義の何が間違っていると?」


 調和しているなら、同じようなものだと思ってしまうが……


「そうねえ……例えば愛玩動物に餌をあげるのは正しい?」

「正しいでしょう?」

「その餌のために何かの動物を殺しても? 人が生かすべきものをどっちかを選んでるだけじゃない?」

「それは……わからない」


 そう言われると悩む。

 というか根本的に現界が不完全な世界だと思う。食事を摂らないと生きられない。活動できない。

 かと言って天界や識界が良いのか? と言われると、何かが欠落している気がする。生への執着や執念みたいなものを。

 それらからくる感情的な面を喪失していくような気がする……


 生への執着が薄い……

 ああ、だから天使は死ぬことも殺すことも厭わないと……そういう意味か……


「それでいいのよ。人としては正しいのだから……でもそれって天も同じじゃない?」

「はあ……つまり天も生かす方を選んでる?」

「だいたい同じだけど、少し違うわね。天の使命は殺す方。言い換えれば天へ還す方を選ぶのよ。そしてそれは万物に対して……天は人だけを依怙贔屓(えこひいき)しない」


 うーん、ママの話自体はわかる。矛盾が出ると言うことだろう……だが、それを納得しろと言われると微妙だ。

 ……狐に摘まれたようなとはこの心境かと思う。

 私も結局は人だからだろうが……


「死神、戦乙女、告死天使……もともと天使ってそういう系統でしょ?」


 イメージ的にはおそらくママの言うとおりだろう。

 戦争が続いた……戦乱の世に天界に救いを求めてもなんらおかしくはない。

 昔の教会はそれで勢力を伸ばしたところがある。個人としてはそのやり口には吐き気を催すが……

 初めは「弱者のために」だったのかもしれないが、いつの間にか「弱者から搾取するために」に切り替わっている……リリスはその犠牲者だった。


「あのクソジジイの言葉を借りるのはシャクだけど、相互に関係しあう識界、その一部の天界……そして現世、現界……内か外か、どちらが先かなんて不毛な議論よ」


 クソジジイ……転移前に聞いた話から、教授のことだと思うけど……二人の間に何かあったのだろうか?

 いや、そこには深入りしたくない!!


 でも助言くれたの教授だし、まったく気にしてなさそう。多分、ママが一方的に毛嫌いしてるんだな。じゃあ、いいか……


 それよりママの話からすると……


「天使は人が生み出したかもしれないってこと?」

「そう望まれてね……神が先か、人が先か……なんて言ったら、人によっては不敬と怒るかしら……それこそ両方あってこそなのに、不毛な争いよね」


 思えば、私もアイリーンの処刑で思い知らされた。人々の恐怖や畏れには根深いものがある。

 それらはある種の信仰と呼べるほどに……それらが独自魔法として無意識下に発現しているのでは? と疑うほどに……

 明確にそうだとは言い切れないものの、教授やママも同じような見解を持っているという事だろう。

 それはつまり、世界が元に戻ろうとする根源であり、奇跡や魔法を絶対に認めないという強い意思だ。


「人なんて勝手よ。物語は等価交換じゃないと興醒(きょうざ)め……出る杭は打ちたい、奇跡には対価が必要であって欲しい……でしょ?」


 素直に「うん」とは言いづらいが、そうかもしれないとは思う。


「自分の奇跡は願っても、他人の奇跡に振り回されたくはないもの……」


 ため息を吐くように言うママ。


 根元に人の想いがあったとして、互いに入り組んで網目のように解けない。

 そんな強固な呪縛に見える……それが元凶であるかのように……


「そのバランスの調整役として天使が生み出された?」

「かもしれないわね……」


 それらはあくまで仮定だ。ママの考えの一つだ。

 今となっては証明のしようもない話……



「それで話が戻っちゃうけど、救済が天使の使命の一つだとして、それってつまりは天界へ送る……そういうことでしょ?」


 うーむ。結局そうなるのか……人の望む救済と、天使の与える救済が違う……そんな単純な問題でもないか。


「ほとんどの人が幸福や現世利益を求めてるんだと思うけど……確かに安全祈願くらいならわかるけど、お金持ちになりたいから叶えてくれってのは世俗的すぎるし……」


 それを叶えたら、なんか天使らしくない気もする……


「お金を稼ぐのが悪とまでは言わないにしても、むしろそのお金をどう使うかの方が重要なような……それで自堕落や退廃的に暮らしたいなら、どっちかというと悪魔とかなら叶えてくれそう。感覚的なイメージや感想にすぎないかもしれないけど」


 欲望のままに暮らしたいなら、それを天使が叶えちゃダメだろう……と思ってしまう。

 私の天使像が高潔すぎるだけかもしれないが……


「直感やイメージは大事よ? 識界と繋がってるからね……って魔女なら、釈迦に説法だったわね」


 懐かしげに青の書を見つめるママ。お婆ちゃんから受け継いだもの。

 天使がルールを守らせる側なら、私はかなりの破壊側だろうけど……それでもママは敵ではない。

 それはきっと教授やお婆ちゃんとの関係のおかげだと思う。 


 識界のお婆ちゃんには最近、会いにいけていないが……

 これも自立ということなのか……


「それも内か外かの話だよね。良くも悪くもになっちゃうけど……」

「その点で独自魔法は厄介なのよね……覚えておきなさい。いつか自分たちの首を絞めるかもってね」


 天使や悪魔、天国や地獄……稀にそうしたイメージに引きずられたり、振り回されたりする者もいる。

 独自魔法こそ、その系統だから要注意でもある。 

 だから魔法使いには絶妙なバランスが必要とされる……母の教えの「魔女はクールに」とはそうした意味合いだ。

 噛み締めるように自分を戒める……


「怖いこと言わないでよ、ママ……」

「天使を生み出したのも案外、独自魔法かもしれないわね……もちろん悪魔も」


 おお、珍しく天使に見えることを言うママ。


 内と外、どっちが先か……なんてわからない。両方あってこそだから。


 魔族は人が魔素に侵されたものだから……

 そこに人間総体としての独自魔法が働いていたとしたら、それらはもしかしたら人が創り出したのかもしれない……あるいは天使も……そんな話だ。



「つまるところ、人と天使は違うんだからお互い妥協が必要でしょ? まあ、魔族とも上手くいっているとは言い難いけれど……」

「つまり、天使は魔族……なるほどそれならわかりやすい!」


 確かに人と魔族でもいろいろ問題あったし。人と天使でも問題起きるのも当然か……だが言い方が悪かったのか……


「ブッ殺すわよ! 人の話ちゃんと聞いてた!?」


 怒られた。怖いよ……唾を飛ばさないで欲しい。

 やっぱり天使と魔族は仲悪いっぽい。偏見だろうか……


「まあ、それはこの際いいでしょう。自分なりの答えを見つければ?」


 ここまで話して、(さじ)を投げやがった……

 飽きたのか? 疲れたのか……!?


「さっきは例えで正義なんて言ったけど、どっちも正義なんて無いしね。結局、自分勝手な都合の押し付け合いなんだから……争いなんて無くならないわよ」


 梯子を外された!?

 思い出した……この人、昔からこういう人だったわ。


「ママってそういうところあるよね……真面目に聴くと損した気分にさせるのが、上手い」

「久しぶりに来て、生意気言ってんじゃないわよ……」


 それでもママと話して良かったとは思う。


 基本的に人のためだけに世界はデザインされているわけではない。

 それを安易に人の都合の良いように改変してしまうのは、やはり人の傲慢さを否定できない……

 それらはもちろんママの意見だが……汲むべきところはあってると思う。


 人の正義、天の正義……人倫と天倫、どちらにもやはり違和感はあって……

 その違和感に気づくことが大事なことだと思う。

 人は勢いの良い方に流されてしまうから……



 噛み締めるように話の内容を振り返っていると、ママが何か思い出したように……


「あ、クソジジイといえば……伝言があったわ」


 ママからメモを渡される。

 読んでみると……やっぱり教授だった……


「伝え忘れがあったので、追記しておく。とはいえ、もうわかっているだろうが……人の言う未来とはおおよそ、人の行動パターンで決まることが多い。同じ性格、似たような人物なら同じような行動を取る可能性が非常に高い……占いなど未来が推測できるのはそうしたものの積み重ねだからだ。そうしたパターンに気をつけなさい……ただし、置かれた環境、体調等でも誤差は出るので、絶対ではないことも留意しておくこと」


 内容は私が同じ行動をすれば、同じ未来に戻ってしまうということだろう。当たり前かもしれないが……


 しかし、伝え忘れって……私が教授に会ったのは転移門で時空間転移する前なのだが……

 未来からの手紙ですか……時間軸仕事しろよ……いや、教授に関しては何言っても無駄だけど。


「あの人、何巡目とかしてるんじゃないだろうか……」


 メモを読んだ私の感想にママは複雑な顔をした。


「アレは規格外だから相手にするだけ損よ? アンタも目をつけられないようになさい」

「いや、いろいろお世話になって……」

「手遅れだったわね……」


 心底、残念そうな目で見られる……わりと良い人ですよ? いや、悪い人でもあるけど……

 それに天使の規格外に、規格外って言われても……


 絶対に踏みたくない虎の尾を踏みそうなので、言うのはやめますけど……


 とはいえ、メモをちゃんと渡してくれるあたり、そんな悪い仲でも無いのかも。


「ところでママはなんでこっちに残ってるの?」


 微妙になった空気に、話題を変えるためにそう振ってみる。


「わかるでしょ? 転移門よ……」

「ああ、なるほど……」

「何度、破壊しようと試みたことか……その度にあのクソジジイに邪魔されて……まだ必要だからって……アンタのことだったのね?」


 思いっきり踏んでた!! しかも私に飛び火してる……怖いから睨まないで!


「なんか、ごめん……」


 時空間転移については話の流れから知ってる雰囲気だけど、暗黙の了解のようにどちらも言わない。

 それだけ危険な代物だから……


「はぁ……いいわよ。アンタに言っても仕方ないしね。もともと天使には入りづらい場所だし。模造女神とか、敵意剥き出しでしょ? ……そういえば、いつの間にか居なくなってたわね」

「え? そうなんだ……」


 初耳だな……何かあったのだろうか?


「ああ、そうでした。ソニア、それについてですが……」


 私に任せて話を聞く側に回っていたアイリーンが、ここで意外な話を持ってきた。


 ……ママのインパクトが強すぎて、硬直してただけかもしれんけど。

 初対面にはハードルが高すぎるのはわかるよ……アイリーン。


 私の同情の視線から逃げるようにアイリーンは話を戻した。


「聖堂へ行ったら、修道院にその……模造女神から戻った娘たちが、アイリスと暮らしてまして……おそらく全員」

「えっ……そうなの? ってことはアイリスのように解放されたってことか……」


 模造女神は過去の遺物で、確かに過剰戦力ではあるし、人道的にもあまり褒められたものではない。

 それでもアストリアとしては手放したくはないはずだが……逆天倫のときは、さすがに戦ってたはずだから……


 散華ちゃんらしいといえば、らしいが……


「それだけ、懸けてきてるとも言える? ……天使処刑さえ済めば、アストリアは盤石(ばんじゃく)。もう、周辺に敵なしの帝国だから……アルフヘイムとは同盟関係のはずだし……」

「喜ぶべきことですが……むしろ、より一層気を引き締めなくてはならないかもしれませんね」


 前回の処刑に出てこなかった理由がわかった。確かにあの場では使えない過剰戦力ではあるのも、もちろんだが……

 もう、安泰を目指すアストリアにとって、それは逆に自分の首を絞めかねないものかもしれない。

 彼女の着々と進む治世に感心さえする……がそれだけ脅威でもある。


 それでも天使処刑からの路線自体は変わっていないのだから……やはりリリスの記憶と同方向へ進んでいるように見えてしまう。

 いずれ大きな反発が起きてもおかしくない。


 赤の書の宿命のように……


「それと、そこで極秘にツヴェルフと会いまして……『姉妹たちは大半を転移門の守護に戻りました。残りは交代で地方転属です……大きくなったアストリアを守るため』だそうです」


 ツヴェルフさんはやはり味方で、極秘に情報提供してくれたようだ。

 本当は立場上、絶対にダメだが……教授の意向も含まれてるのかもしれない。

 転移前の転移門の所で先に教えておいてくれても良かった気もするが……確かにあの時点では時空間転移など超重要情報が多すぎたし……これで良かったのかも。


 ただ情報が明るみになるほど、前回の失敗が当然に思えて泣ける……全てが知れるわけではないので、仕方のない面もあるが。


 私に比べて、できる女すぎるアイリーンに驚愕する。

 その間、私はなぜかお金の無心に……凹む。


「ママ、ありがとう。ここに来て良かったよ……いろいろとわかったし……」

「また来なさい。それと約束忘れないでね?」

「もちろん!」

「ソニア……」


 アイリーンにとってはとんだばっちりだろうが……協力してくれたママのため!


「楽しみだ……」


 大体話は終わったと思う。本番は明日なので、備えて帰ろうとすると……


「あら、そんなに楽しみにしてくれるなら、そうね……アタシもちょっとオマケしちゃおうかしら? より現実的な問題を考えるべきでしょ?」


 より現実的な問題……何だっけ?


「死にたがりを引っ張って来るのは大変よ? さっきの話は前置きだけど、今度は具体的な手段の話よ」

「ああ、そうだった! 確かにそれが一番の問題だった……」


 濃い話で失念していたが……そのせいで一度失敗したんだ……

 でも、もう(さら)うしかないことは確定している。

 あとはできるかどうかだけど……できれば抵抗は無い方が、せめて少ない方が良い。


 天使たちに抵抗させずに有無を言わせず引っ張ってくる……それを七人。しかも散華ちゃんたちと戦いながら……

 それができなかったから、前回は失敗した。


 さらに言うなら、散華ちゃんのあの技……絶対不可避の時空間切断技……

 アレの対応策が全く思いつかない……正直、アレを出されたら終わりだ。


「逆天倫を起動したのは私です、って白状したら自分からついて来てくれないかな……」

「それアタシに言っちゃう? アタシも天使だって忘れてない?」


 さっき知ってるって言ってたし……まぁ、もちろん良い気はしないか……

 それと、こちらが重要だが……


 ママを天使とは認めない! それだけは認められない!!

 イメージと乖離しすぎているから! 脳が破壊されるから!!


 ママは……つまり破壊神だ!


「ソニアちゃん……失礼なこと考えてない?」

「……ママの言った通り、イメージは大切なんだ」


 ママの鋭い視線をはぐらかすように、それだけは答えた。


 処刑された天使たちは怪我してたし、やつれてはいたが、確かにイメージ通りの天使たちだった。

 彼女たちのためにも、私はこのイメージだけは絶対に守ってみせる!!


 そんな私の固い決意に……? ママもそれ以上の追求はやめてくれた。


「そうね。首に縄をつけてでも引っ張って来るのね……」

「天使の首に縄をつけて引っ張って来るのか……なんか、俄然やる気出てきた!」


 無理にでも攫うしかないからな! 仕方ないな!!


 私が拳を握りしめて固く決意していると、隣では内緒話をするように……


「この()、成長が心配なのでは……」

「それでも根は良い娘なんです……」


 ママにだけは言われたくないよ!!

 アイリーン、みんなそう言うってアラネアも言ってましたよ?


「ああ、そうだったわ! オマケだったわね……ちょっと待ってて」


 そう言えば、なんだったんだろう?


 ママが店の奥へ行った。しばらくして鞄のような小型のケースを持って戻ってきた。


「これ、『グレイプニル』って言って正真正銘の神器なんだけど特別に貸してあげるわ!」


 自信満々といった様子で、ママはカウンターにそれを差し出した。 


 小型ケースにはママの趣味なのか、いくつかの小さな宝石が埋められている……それだけでなんか凄そう。

 長年の封印を解くようにしてそれを開けるママ……


「グレイプニル……おお!! 本とかで名前だけは聞いたことある!! そんなものが!?」


 名前だけは有名なヤツ!


 さすがママ……神器なんてこの世にもう存在しないかと……もしかしたら天界にはまだあるのかも。

 


「ええ……扱いには気をつけなさい。下手したら死ぬから……」


 怖いこと言われて一瞬怯まされたが、それ故に否応にも期待が高まる。


 おお、まさか人生で本物の神器に触れることが……


 もしかしたら本物の神器なら、散華ちゃんのあの技にも対抗できるかも!?



 ……などと興奮したのも束の間だった。


 宝石が散りばめられたケースから、大事に取り出されたのはひどく黴臭(かびくさ)い……荒縄?


 ってかただの縄じゃね? なんなら古くてボロボロだし……胡散臭すぎる!!

 一気に盛り上がった気持ちが急降下だ!


 がっかりだ!! こんなので対抗しようとか絶対、無理だろ……


 この一気に萎えた気持ちを童してくれるんだ!?


 そんな私の疑いの目に……


「骨董品詐欺じゃないわよ!」


 自分から言うとか……ママ、それ疑ってるよね……?

 縄の話で思い出したから、持ってきたよね?


「まあ、本物だと思えば私の魔法で本物っぽくすることもできるか……一応、借りとく」


 残念ながら重症だな……こういう、悪い意味でいわくつき? な物とは切り離してあげた方が良いだろう……

 ママのために……


 諦めて他で対応策を見つけるしかない……まったく、期待して損したよ。


 うえ……(すす)で手が汚れた。


 パンパンと叩いて煤を払う。

 それから雑に鞄に放り込んでおいた。

 汚れた手は、鞄から取り出した布で拭う……後で鞄も拭かないとな……


「ちょっ……おまッ!! ……本物よ! 現界では貴重品なんだから!! 大事に扱いなさい!!」


 ママが言葉にならない絶叫をしていたが……


「ママ……騙されてる人ってみんなそう言うんだよ……」


 あとで新しいの買ってあげようと思います。



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