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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
終章 青薔薇編
178/186

帰宅

 時空間転移後……


「……うぐっ……がはっ……!!」


 魂というか、記憶の上書き状態で頭が割れそうに痛む!

 全身に痺れが走り、冷や汗が止まらない……


 当然と言えば当然か……今の私はともかく、過去の私にとってはいきなり精神攻撃を浴びたようなものだから。

 反発する防衛本能に、私は私だと認識させる。そうしてようやく識体が融合し再統合される……


「ソニア!? 大丈夫ですか!? 今、また妙な空間干渉がッ……」


 アイリーンが焦っているが、呼吸を整えるのに必死で応答する余裕がない……


「だ、大丈夫……ごめん、多分それ私……」


 痛む頭で、どうにか簡単な言葉だけ搾り出す。


 アイリーンがとっさに痛みの緩和系の治癒魔法をかけてくれる……

 どこか悪いわけでは無いので効果は薄かったが、それでも楽にはなった。


 気のせいだと思うが、ごっそり魂が削られたような感覚さえ覚える。

 また失敗したら、もう一度……なんて甘い考えは絶対にできない……


 ええ……こんなに苦しいの……


 正直、いきなり萎えた。出だしからこの調子では不安すぎる!


 教授の言った通りのハイリスクだ。

 それに何度も同じことを繰り返すと、それで運命が定着する気がする……下手をすればそのループから出られなくなる。

 永遠に転移門でここへ戻り続ける未来……それは考えるだけでゾッとする。

 世界は元通りになりたがるのだから……

 

 つまりは絶対に今回だけで決着をつけなくてはならない!


 ……っていうかもう、時空間転移なんてやりたくない!!



 しばらくそのままでなんとか痛みと悪寒が治り、一息つくとアイリーンが心配してこちらを見ている。


「あ、ありがとう……アイリーンも無事で良かった……」

「ええと……どういう?……何かしたようには見えませんでしたが……」


 しっかり五体満足の彼女だ。その当たり前に、異常に感動を覚える。

 聖堂に刻まれて吊られた遺体……はっきりと脳内に刻まれた映像に身慄(みぶる)いする。


 もう絶対にあんなことは繰り返させない!


 決意を新たにするが、もちろんアイリーンは知らない。

 それは余計に彼女を困惑にさせてしまった……


 落ち着いて見回すと、アストリアが眼下に見える。……どうやらリリスと別れた後の転移直後の高台らしい。


 どうしよう……どこまで話すべきか……いや、アイリーンにはちゃんと話さないと!


「ちょっと未来に行ってきた……」

「ソニア、やっぱり先に病院へ……アストリアなら大きなところもありますし……」

「ですよね……いや、大丈夫だから!」


 どう切り出せばいいんだ!?


 かなり荒唐無稽な話だろう……自分でもよくわかっていないのに説明なんてできるのか!?


「ええと……これは真面目な話で、要約するけど私は一度天使救出に失敗して、そのせいで色々と本当に大変なことになってしまって……それでええと、教授の力を借りて転移門で、ここへ時空間転移をしました」


 不安しかない、拙い説明だったが……

 驚きながらもちゃんと聞いてくれるアイリーン。

 それで私が真剣なのもあって……


「時空間転移……にわかには信じがたい話ですが……教授の力と転移門と言われれば、ありそうな気はします」


 教授、万能すぎる……


 あまり詳しいことはさすがに話せなかった。アイリーンがあのようになったのは話す方も辛いものがある。

 話してしまうと、また現実になりそうな気さえする……


「間違いじゃなければ、とりあえず処刑は明日のはずだから……いろいろ準備もあるし、そんなに時間があるわけじゃないけど……」


 教授の助言に従うなら、自称天使に会いに行かなくてはならない……

 ものすごく行きたくないけど……半信半疑なんだけど……

 私の記憶が間違ってて、別の人だったって言った方が信じられる気がする……


 それはそれとして。


「半信半疑ですが……ソニアが言うなら信じることにします」

「よかった……私でも信じられないことが起きてるから、それで合ってるよ」


 アイリーンは彼女の中で一応の決着をつけてくれた。


 彼女が五体満足でここにいるのが、私の時空間転移の何よりの証拠だ。

 今度はちゃんと守らないと……アイリーンは自罰的なところがあるから。

 そう決意して拳を握る……


「行こう、アイリーン」


 手を差し出す。

 きっとそれは不安からだったが……


「ソニア……ちょっと照れます。急にどうしたんですか……?」


 驚いて困惑しながらも、彼女はその手を取ってくれた。


「ちょっと照れます……」


 やや頬を紅潮させて、微笑む彼女。


 今この時だけでも、その手を離さないように……


 私たちはそうして歩いて、アストリアへ向かった。



 †


 アストリアに近づけば、繋いだ手は離さなくてはならない。

 でないと悪目立ちしてしまう。


 過去に戻ったこの時点では、国外追放の犯罪者に他ならないのだから。

 アストリアへの大道に出る前に……

 残念だけど、目配せして慎重に手を離す。どこで見られているかわからないから。


 アストリアへの侵入は前回通りで問題なかった。

 二回目なので思ったより感慨はない。

 って言うかついさっきまでアストリアだったし……数日先の未来だけど。


「前は下見に行ったけど……今回は時間の無駄だな。明日まで入れないし……まだバリケードの工事中のはず」

「そうなんですね……本当になんだか不思議ですが……」


 アイリーンが困惑するのも無理もない。私だってまだ半信半疑だ。

 世界は元通りになる……それを教授は利用しろと言った。そういうことだ。


 教授はもう一つ助言をくれたが……天使に会えと。

 記憶が間違えでなければ……むしろ間違いだった方が嬉しい気さえするが……


 おかげで時間はできたけど、今行っていいのか?

 日中だし……一応、夜のお店のはず。まだやってない気がする……

 ママの家なんて知らないし……むしろ知りたくないし……


 でもこうして考えると、いろいろと無駄が多かったんだなって反省する。二回目だから当然かもしれないけど……


「夜までしばらく時間あるけど、どうしようか……?」


 困ってアイリーンに相談してみる。このままデートでも全然アリだ!


「そうですね……」


 彼女は少し考えて……


「ソニア、私は少し聖堂の様子を見てきますのでしばらく別行動にしましょう。残してきたアイリスも気になりますし……」


 それは意外な申し出だった。


 聖堂か……大丈夫なのか?


 吊るされたアイリーンの姿がフラッシュバックして不安になる。それを彼女は知らない。

 正直言って、行かせたくない……


 だが……まだ天使も処刑されていない。散華ちゃんが別人でなければ教授の言った通り、大半は天界へ還されている。

 だから分岐点はまだ来ていないはずだ……


「え? でも大丈夫? 流石に見張られてるんじゃ……」


 それでも不安は拭えなくて、聞いてみる。

 できれば考えを変えてくれないかと少し期待して。


「私はそういうのに慣れているので……いざとなったら転移もありますし。私はともかく、ソニアが捕まったら必ず助けにいきますから」


 さすが元暗殺者……転移魔法、鬼に金棒すぎる……


 模造女神クラスが出て来るなら話は別だが……そんなのをおいそれと監視要員として街中に置いておけるはずもなく。

 元から一般の衛兵程度なら、彼女には敵わない。というより見つけることすらできないだろう……


 なにより、彼女が行きたがっているなら止められなかった。


「そうだね。近くに行って様子がおかしかったら、入らなければいいよね……」

「はい。ですのでソニアも一度、実家の方を見てきてください」

「ああ……なるほど。もしかして気を使わせた?」


 そういえば前回も迷った挙句に、結局やめたんだっけ……展開が少し違うけど。

 会えるなら会っておくべきだ……のような話をした気がする……

 これが教授の言う、「誤差」なのかもしれない。


「いえ、ただ大事の前に気がかりはできるだけ解消しておくべきです。私も同じですから」


 家の方は後を任せたリリスが帰って来るはずなので問題はない。だが、気になるのは確かだ。

 でも、私が行くことによって迷惑がかかるのではという懸念もある。そのせいで前回はやめたはずだ。


 ただ、せっかくアイリーンが背中を押してくれているならと思う。

 それにできるだけ前回と同じ行動はしない方が良い気がする。


「うーん……そうだね。外側から見るだけなら迷惑かからないか……」


 アイリーンと別れて自宅へ向かう。

 久しぶりの帰宅に緊張と心の迷いで時間がかかりながら。


 †


 裏通りの建物の影に隠れて、遠目から自宅を伺う……表から堂々と入るのは流石に躊躇(ためら)われた。

 裏口はほとんど人気がない。特に監視されている様子もなさそうだ……

 しかし……


「しばらく会わないうちに自宅がわからないほどボケたニャか?」


 ビクッとして振り向く。背後を取られていた。


「クロ……どうして……」


 なぜバレたんだ? そこにいたのは黒猫の獣人……を装った化け猫だ。

 私の背後を簡単に取るとは、さすが化け猫……


「さっさと入れニャ。ババアの魔法でこの家は守られてるニャ……ご主人様が思っているより、その功績は凄かったニャ」

「そうなのか……」


 見つかってしまっては仕方ない。腹を括って言われた通りに裏口から入る。

 まったく、私よりお婆ちゃんのことに詳しい困った猫だ……


 自宅を見ただけで感慨深かったのに……もう涙腺が緩んでいる。


 裏口から家に入る。

 酷く懐かしい家具を手で触って確かめてしまう……いつもはもちろん、こんなことしなかった。

 特に高価でもない凡庸な木製の数々……それでも温かみがあった。


「お帰りなさいニャ……」

「うん。ただいま……クロ……」


 実家に帰った安堵で、クロを抱きしめる。

 本当はここに帰ってきたかったんだ。それを実感した……


 居間でクロにお茶を出してもらう。それだけでいつもの日常が蘇るようだった。


「ええと……リリスとは会ったから、後で帰ってくるはず……」

「あの女、自由すぎるニャ……ご主人様もちゃんと言わないとダメニャ!」

「うん。ちゃんと話したからもう大丈夫」

「そうかニャ……」


 多少の不満はあるようだ。それでもなんとか仲良くやってくれているようで良かった。


「ああ、そうだ! アラネアにお礼を言わないと……リリスから服を受け取ったんだ」


 それを言うとクロにちょっと微妙な顔をされた。なんだろう……?


「ああ……いつも通り部屋に篭って何か作ってるニャ……あの部屋はあまり入らない方が良いニャ。最近、忙しくなって鬼気迫る勢いニャ……後でドア越しにお礼だけ言うと良いニャ」

「そうなんだ……良かった。てことはもう、売れっ子か……いずれそうなるとは思ってたけど」


 いつの間にかアラネアが遠くへ行ってしまった……寂しい!!


 いや、喜ぶべきことだろうけど……


「フレイアはどうしてる? アルフヘイムからこっちに来て全然構ってあげられなかった気がするけど……」

「元々メイドだったからニャ。彼女にはとても助かってるニャ。今は店番してるニャ、後で交代ニャ!」

「じゃあ、ちょっとフレイアから挨拶してくるか……」

「そうすると良いニャ」


 クロと別れて、店に入ると客は居ない様子だ。それでもカウンターに座り、ちゃんと店番してる真面目エルフだ。

 彼女がこっちに気づいて軽く駆け寄る。エルフだからか、ふわっとして。


「ああ、ソニア様! お帰りになられてたんですね!」

「ええと、変わりない? いろいろ迷惑かけてごめん……」

「いえ、確かに居られないのは寂しいですが、これも任された仕事なので」

「ありがとう。とても助かってる」


 クロ一人だとやっぱり大変だろう。リリスは私の後始末をしてくれてるから……

 アラネアは職人で基本、籠ってるし……

 彼女がいるのは本当に助かる。


「本当はそちらに何度も伺おうかと……ですが結構な旅になってしまいますから……」

「変な意味じゃないけど、来なくて正解だったよ。今、向こうで作った家焼けたし……いろいろあって」

「えっ!? そうなんですね……」


 心配そうにしてくれる。そういえば、いろいろあり過ぎて手紙も出せなかった。

 フレイアとクロには話しておいた方が良いかもしれない。


「そうだな……店はいいから、って今の私が言うのも変だけど……居間でクロと少し私の話を聞いてくれる?」

「はい。もちろんです!」


 二人で居間へ戻る。

 そこでクロとフレイアにここを離れてから、これまで起きた状況をかいつまんでだが話した。


「ご主人様の父親かニャ……私も面識は無いニャ……もちろん、母親も」

「そうだっけ……ああ、そうだった。母は居ないと思ってたし、それで父が居なくなって寂しそうだからってお婆ちゃんが連れてきたのがクロだった気がする……」

「ババアとはいろいろあったけど、大体それで合ってるニャ」

「そうなんですね! でもソニア様はさすがです……」


 いや、フレイアの色眼鏡が酷い! 英雄扱いだ! ……私がしたことは、ほぼ犯罪だと思うけど。


「いや、聞いてくれてスッキリしたよ。ありがとう。必要ならアラネアにも話してあげて。多分、もう戻って来れないと思うから……」

「ご主人様はアホだからニャ……知ってたニャ」

「ソニア様……」


 しんみりとしてしまった……それでも伝えておかないといけないことだ。


「ごめん、アラネアにお礼言ってくる」


 逃げるように私はアラネアの部屋へ向かった。

 言われた通り、ドア越しに話しかける。


「アラネア、ソニアだけど……服ありがとう。助かったよ」

「ああ。ソニアさん帰られてたんですね……お礼は結構です。リリス様の意向がなければ作りませんでしたから」


 あれ? なんか怒ってる?


「いや、なんかごめん……」

「もう、いいです。忙しいので。ソニアさんもご自分のことに集中なさってください。私もそうします」

「ああ……うん。ごめん……」


 とりつく島がないとはこのことか……


 あ、ちょっとドア開いてる。


 隙間から覗くが……アレ? 仕事してない?


 彼女は……ニヤついてお金数えてました。


「えぇ……」


 アラネアが変わってしまった!?……ショックだ。

 あの純真な娘はどこに……


 あまりのショックに、漏れた言葉とともにドアが開いてしまい……目が合う……


「仕方ないじゃないですか!? 儲かってるんです!! ウハウハなんです!」


 罪悪感か、羞恥心なのか……引き攣った表情でアラネアは言い訳にならない言い訳をする。


「ああ、うん。良かったよ……おめでとう?」


 そう言いながらも、つられて? なのか、ショックのあまりこっちも表情が強張ってしまった。


「そんな非難がましい目で見ないでください! 大体ソニアさんだって、メジャーデビューさせるって約束したのに放置じゃないですか……私、頑張ったんですよ!!」


 ちょっと言い訳で涙目になってる彼女。


 確かに……かなり放置気味だったし、怒って当然ではある。そこは本当に申し訳ないと思う。


「ああ、うん。それについてはごめん……でも私のコネを使うより、実力で勝ち取ったんだから本当に偉いよ! この服だって凄く良いから!!」


 感謝を伝えにきたのと、ちょっと悪かったと思ってるのもあって……お金を数えてたことは、大目に見てあげようと思います。


「えへへ……そうですよね! だから仕方ないですよね……!!」


 満面の笑みで肯定された喜びに浸るアラネア。


「ああ……ウン。ソウダネ……シカタナイネ」


 ソレとコレとは別な気がしてならない! 思わず声がうわずってしまう。


「やっぱり非難してるッ!!」

「ごめん……」


 まさか純真すぎて拝金主義に……クロが微妙な顔をしていた理由はこれでした。


「都会育ちのソニアさんにはわからないんです! いっぱいいろんな物があって買えるんですよ!! ド田舎の洞窟暮らしには刺激が強すぎるんです!」

「ド田舎って……わりとアルフヘイム王都に近かったはず。それを言うならアストリアは辺境だったし……今は王都だけど……」

「街なんて入れるわけないじゃないですか……! その頃はそのまま蜘蛛女ですし。今はリリス様のおかげで人の姿ですけど、本当に何度狩られかけたか……」


 確かに、私が口で適当に言って引っ張り出したんだっけ……申し訳ない。


「いや、ウン。苦労したね……そう言われると確かに……ごめん。ちょっとショックで」

「いえ、私も少し言いすぎました……わかってはいるんです。このままではダメになると……でも物欲が囁くんです! お金の魔力が!!」


 ……頑張って仕事して稼いだお金だから文句はない。でも、あの純真だったアラネアが……と思うとやっぱりショックは隠せない。

 だが、これも彼女の試練なのかも……


「わかってるなら、大丈夫だよ……要はバランスが大事なんだ」


 グレイス、アウラそしてアイリーンと聖地を巡ったおかげなのだろうか……自然とそんな言葉が出た。

 多少、天秤の女神に感化されてる感があるかもしれないが……

 そのせいか、説得力はあったらしい。


「そうですよね!」


 彼女の瞳が輝く。説法みたいなの上手くなったのでは……私。

 そう思ったら……


「と言うことで……当方では今、寄付を募っております」

「はい?」

「修道院再建にぜひご協力を……」


 話の流れから、つい先日までしていたセールストーク? が出てしまった。主に私ではなくて、同行したグレイスから聞かされ続けたヤツだ!

 アラネアが驚いている。無理もない。私でもびっくりだ!!


「嫌です……ソニアさん!? 見損ないましたよ!? 見下げ果てました!!」

「アラネア様っ……どうかお慈悲を! 極悪な修道女二人にタカられて困っているんだ……少し考えてくれるだけで良いから!」


 彼女の手を取って懇願する。露骨に目を逸らされる……


「ええっ……そんな不埒(ふらち)な修道院に協力できませんよ!!」

「根は良い奴らなんだ。ちょっとお金に困って……」

「大抵の人がそう言うんです!」

「すぐじゃなくて、考えておくだけで良いから!!」


 安心した。アラネアは良い娘だった。

 ……ちょっと寄付してくれた。金貨三枚。

 彼女にとってはちょっとだが、一般にはそこそこ大金だ。


 本当に儲かってるんだな……


 申し訳ない……服を貰った上にタカってしまった。儲かってるようだったからつい……

 私が何かで儲かったら、後で倍にして返そう……倍返しだ!

「もう、来ないでください!」と言われたけど……アラネアはやっぱり可愛いな!


 修道院再建はやはり大掛かりで、それでもまだ全然足りないものの……ともかく大きく前進だ!! アウラはともかく、グレイスは喜ぶだろう。


 とりあえずお礼と、少しそんな挨拶をして私は自室へと向かう。

 本当に久しぶりに帰ってきたから……



 自室は変わらず、当たり前かもしれないが確かに私の部屋だった。

 本棚からいくつかの本を手に取っては戻す。ここではそんな行為すら懐かしい。

 少しの時間一人で、椅子に座ったり、ベッドでくつろぐ。

 クロがちゃんと掃除してくれている。いつでも帰ってきて良いように……


「本当に感謝してる……」


 それからお婆ちゃんの部屋を見て回る……何があるという訳でもなかったが、帰ってこられた喜びは確かにあった。


 アイリーンの言った通りだ。懸念は先に潰しておいて良かった。

 それらは私の英気を確かに充実させた。


 だが、おかげで過ぎる時間は速く……


「もう、夜になる。アイリーンと落ち合おう……」


 名残惜し過ぎるが、クロ、フレイア、アラネアにお別れの挨拶をして。

 実家を後にした……



 知り合いに会わないように待ち合わせは、どこにでもある街路樹の一つ。

 アイリーンはそこで先に待っていた。


「アイリーン、良かった。無事だった」

「はい。ソニアも……何かありました?」

「いや、大丈夫なら良いんだ。単に心配しすぎただけ」

「そうですか……」


 ちょっと不審気味に見られたが、これだけは言えない。あの聖堂でのアイリーンの姿は……

 それは確かに教授の狙い通り……私の起爆剤になっている。アレを避けるためなら、私は何でもするつもりだ。

 やはりまだ分岐点ではないためか、彼女は無事だった。それにホッとする。


「行こう……ちょっとクセのある人だけど、怖がらなくて良いと思う。多分、会ったの一回だけだと思うけど……」

「ソニア、それは余計に不安になる言い方ですが……」

「ごめん……」


 私の不安が出てしまいながら、私たちは夜のお店へと向かう。


「あ、そうだ。アイリーンに渡しておこうかな……私が持ってると問題起きそうだし」

「え? 何ですか?」

「寄付もらってきた。修道院再建の……」

「ソニア……何しに帰ったんですか……」

「いや、たまたまだよ? たまたま金ヅル……もとい、裕福なお方がいらっしゃったので」


 アイリーンに不審気に見られながらも、金貨()()渡した。

 実はあの後、アラネアに「私だけなんて酷いです!」と不満を言われた。それに平謝りだった私を憐んで、仕方なくフレイアとクロもちょっと出してくれたのだった。


「クソ野郎ニャ……」と非難はされたが……もちろん土下座しておきました。


 私にはっきり言うクロはともかく、さすがにフレイアの表情も強張っていた気がする……本当に何しに帰ったんだろう?

 結果的に、なぜか実家にお金の無心に行ってしまった。


 なぜだ……? そんなつもりじゃなかったのに……クソ野郎ニャ。


「せっかくの帰宅が……出だしは良かったはずなのに……微妙な後味になってしまった」

「ま、まぁ、それだけ修道院についてソニアが真剣に考えてくれたおかげでもありますし……預かります。えっ、こんなに……グレイスが喜びますね!」


 アイリーンも満更ではなさそうだ。じゃあ、良かったんだよな?


「うん。アラネアはもちろん、みんなのおかげだ」

「事が落ち着いたら、アウラやグレイスとお礼に伺いましょう」

「そうだね」


 夜道を歩きながら、本当にそうなるように願った。

 だってそれは、未来が変わった姿のはずだから……



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