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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
終章 青薔薇編
177/186

最後の講義

 時間をかけてでもアストリアを脱出する気でいた私だったが……いきなりその計画は頓挫した。


 聖堂を出て門前に向かうと、何か違和感がある。

 待ち伏せだろうか……? そう思って静かに足を止める。


 暗くて判りづらかったが、転移魔法のような空間の歪み……

 今の私は泥棒で、現行犯だ。


 咄嗟に近くの樹の影に隠れて様子を伺うが……


「ソニア……出てきてください。聖堂に侵入者がいれば、管理者である教授にはわかります」


 バレていた……そう、甘くはないか……

 仕方なく姿を現すと、そこに居たのはツヴェルフさん。


「あ、えっと良かった……無事だったんだ。ごめん、一人で残しちゃって」

「大丈夫です。散華は決して悪い人ではないです……それよりも教授がお待ちです」


 えっと、そうだね? そうなの? どう言えば、と迷っていると……


「アイリーンは私が引き受けます。この転移門のゲートを潜ってください」


 彼女を一人残してしまった負目もあってか、私はそれに従うしかなかった。

 ツヴェルフさんが全く気にした様子はなかったのもある。

 ベルトを外してアイリーンを彼女に託す。


「お願いします」

「お願いされます。私は聖堂で待ちます、ソニアは帰って来ないかもしれないので……」


 どういうこと!? 私、死ぬの?


 向かうように示して、多くは語らないツヴェルフさん。教授が待っているのは確かのようだ。

 それ以上は教授に聞けというようにゲートを差し示される。

 彼女自身、詳しくは聞いていない様子で、無理に聞き出すのは困難だろう。

 そんなやりとりをして私はゲートへ向かうと、彼女は言った通り聖堂へ向い、ついては来ない様子だった。


「罠……なはずないか……やれやれ、疑心暗鬼に陥っているな……」


 自分の滑稽さに苦笑する。教授が罠を張る意味が全くない。彼がやろうと思えば、指を動かすより簡単だからだ。

 ここ数日で色々と起こりすぎて、私は混乱気味だった。


 ツヴェルフさんの言ったゲートを潜ると、あの転移門前へ出た。場所が変わっていない様子から、おそらくダンジョン地下の遺跡だろう……

 確か転移門ごと地下へ移動したというような記述を前に見た気がするので、移動しようと思えばできるんだろうけど……大掛かりだし、結局ここが一番安全なのかもしれない。

 思えば、転移はアイリーンのおかげで何度もしたが、転移門を使ったのは初めてだったはず。少し感動がある。


 そこは相変わらず、前文明の遺物であるよくわからない機械類が並ぶ異様な場所だ。


 教授はそこで私を待っていた。


「広大無辺な原初の神の力は、人の身には扱えぬ。そこでかつての魔導士たちは創造の七日間を基にいわゆる翻訳機を作り上げた。それこそが七識の魔導書……だが当然、神の火を盗んだ者には天罰が降った」


 待ってたんだよな……転移門に向かってブツブツ独り言、言ってますけど……

 巨大な構造物なので、もしかしたら私に気づいてないのだろうか……


「呪いも恩恵も要するに天罰だ。であればそれを受けた魔族、逸脱者……あるいは天使でさえも、それから逃れるのは難しい。それがこの世界の道理、ルールであるなら尚更だ……天の定めたルール、それらを総じて天倫と呼ぶ」


 教授らしいと言えば、教授らしいが……もしかして私に聞かせてるんだろうか?


「何の話ですか? 教授……」


 待たせてたら悪いので、声かけちゃったけど。良かったんだろうか……

 結構、重要なことを言っていた気もしなくもないが……

 全く気にした素振りもなく、こちらに向き直ると教授は続けた。


「私はここを離れることにしたよ……」

「えっ!?」


 急だな!! さっきの話とは全く関係なさそうだし……


 どうしよう、お土産とか渡した方がいいんだろうか……? 無罪放免になったはずだし、買いに行けばなんとか……


「去る前に、挨拶というか……伝え忘れはないだろうかと思ってね。復習、おさらいなど……呼び出したのはそんなところだ。君への最後の講義と思ってくれていい」

「はぁ……」


 真面目に授業は受けてたはずだと思う。アストリアがこうなる前で、私が追放になる前だけど……


「さて、答え合わせをしようか……君がこの世界についてどこまで理解したか……」

「えっ、今ですか!?」


 いきなり試験みたいになってる……!!


 正直、心身がボロボロでそんな気分ではないのだが……

 そんなことはお構いなしで、教授は一方的に話し、止まりそうにない。


「現女王が在位の限り、アストリアは安泰だ。めでたし、めでたし……ではないかね?」

「それは皮肉ですか?」

「一般論だよ。確かに君にとって、君たちにとっては今のところバッドエンドかもしれないがね。いや、酷く無難な結果に私も驚いているよ」

「やっぱり皮肉じゃないですか……教授、止め刺すために呼んだんですか……」


 凹む話だが、確かに教授の言うとおりではある。

 アストリアは安泰で、これからも天使や私たちなどの小さな犠牲には目を瞑り、繁栄は築かれていく……それが約束されたようなものだ。

 それが現実だと割り切れば、きっと多くの国民には住みやすいはずだ……


「まあ、そう邪険にしないでくれ。実際、散華女王はよくやっている。頑張りすぎなほどに……君は知らないだろうが……そうだな」

「……」

「君は知らなければならない。それが君の失敗だからだ……」

「私の失敗……」


 教授は頷く。

 正直、もう目を背けたいが……私のために言ってくれる教授の話は聞かなくてはならないだろう……


「まず一つ。彼女はまず天使をほぼ全て天界へ還した。この転移門を使って……もちろん極秘裏に。知っているのは管理者である私と数名だろう。公には監獄で亡くなったことになってるが……もちろんこれは秘密だ」


 それにはちょっと驚いた……確かに数が少なすぎると思ってはいたが、彼女の嘘に騙された形だ。


「転移門……そんな手が……なるほど確かに」


 転移門のゲートなら、審判の太陽が無くなっても天界へ還せるのか……転移門は前文明が、天界との戦争を想定して作ったのだから当然と言えば当然だった。


「もちろん全ての天使を還すわけにはいかない。どうしても憎悪の受け皿が必要だ。そしてそれは天使の責任でもある……そこで散華女王は天使長以下、上級天使と契約した。天使をほぼ全て帰還させる代わりに、数名が生贄として処刑される契約だ」


 それを聞いてハッとする。天使が逃げない理由が全くわからなかったからだ。


「だから、あのとき天使は頑なに逃亡を拒んだのか……」


 確かにそれが失敗の原因なら……あの状況下では攫うしかなかった……


 くそ! だが今頃、知ってもどうにもならない!!


 悔しさが込み上げてくる……もっと情報を集めるべきだった。……時間はあったはずなのに。久々の帰郷で浮かれてしまったのだろうか……


「君の失敗は知らなかったことだろう。準備不足だったとも言える」

「ぐふっ……やっぱり止めを刺しに……」

「彼女も苦渋の決断だったろう……それを君は邪魔をした。激怒し、愛想尽かされるのも当然だろうね?」


 教授、ドSですか……傷の上から塩を塗られまくっている!?


 対面した時、めっちゃ煽られたのもそのせいか!!


「二つ目。アイリーンは自分から提案した。青の魔女として処刑されることに。もちろん、君を守るためだ。彼女は不死者だからね。散華君が遺体をバラバラにしたのは、そうしないとすぐに復活する可能性があるからだ。少なくとも死んだことを民衆が納得しなくてはならない。他の遺体は各地に封印されているだろう……アイリーンは周到だったよ。修道院のアイリスたちは魔法で眠らせて、私には君の実家への便宜を頼んだ。さすが元暗殺者なだけあって、自分の存在を消すのが上手い……」

「アイリーン、どうして……」


 青の書を持って行ったことから、彼女に計画性があったのは明らかだ。散華ちゃんとの対面で、アイリーンの提案だったことは知っている。

 それでもどうして、という思いは消えない。

 私自身が失敗を認めたくないのかもしれない……


「どうして? 君は分かっていたはずだ。アイリーンは贖罪の機会を求めていた。君の左目を奪ったことに対して……また君の血を奪うことに対して……ましてや、彼女はその人生において多くを奪ってきたと考えている。故に罰を受けるべきだとも……君は愛されているが、多くが重なる君は同時に自己嫌悪の対象でもある……これは君の問題だ。どうするかは君次第だ」


 はっきりとそう言われると、目が覚めたように感じる。私の目が曇っていたのか……

 教授の言うとおりだ。私はまた目を逸らしてしまったらしい……彼女を失うのが怖くて。

 彼女が時折、私を見るのが辛そうにしていたのは知っていて、何もできなかった。いや、時間が傷を癒すのを願った。

 分かっていたはずなのに……


「……どうするって……決まってる。手脚を探して復活させます……」


 もう、それしかできることはない。だが……


「まあ、それが無難なところだろう……」


 さっきから一々、棘が無いですか!? 教授!! 


「ふむ。とりあえず君が知らなくてはならないのはこの二点だろう。そして三点目」

「まだ、あるんですか……」


 もう私の精神力はズタズタのボロボロです……白目剥きそう……


「これが最も重要だ。私からの餞別と思ってくれたまえ。この転移門は私が手を加えた特別製でね……やろうと思えば、()()()()()が可能だ。もちろん相応の代償が必要となるが……」

「はい?」


 え? 何言ってるのこの人……それってつまり……


「ある程度ではあるが、やり直しというか……巻き戻しが可能だ。もちろん誰もが使えるというわけではない。君たちのような、知恵の泉……あるいは知識の炎など……識界の秘奥に身を捧げられる者。そこで現体を代価に()()()()のみを過去の自分へと飛ばす……先に言っておくが、これはかなりのハイリスクだ」


 私の聞き間違いでなければ、左目を代償にしたのと同じように……

 今の身体を捨てて、過去の自分の身体へ入ると言うことだろうか?


「未来へも行けなくはないが、いずれ来る未来に向かってもあまり意味はないだろう……それに現体を代価にすれば死んでいる可能性が高い。その場合、勇者のように人形に魂を写すか……まあ、それは今は関係ないだろう」


 今、割と凄いことサラッと言ったような……


「ただし、遠い過去へ戻るほど、改変は難しい。過去へ戻るほど、今の君との繋がりが薄くなるためだ。全く君と関係のない遠い過去へ飛ばされても、多くの場合、野垂れ死ぬだけだろう」


 ですよね……簡単に過去を変えられたら大迷惑だし……


「世界は元に戻ろうとする。現実は奇跡を必要としない……波風が立つより、フラットな状態の方が安定しているからだ。運命の輪も凸凹の道より、摩擦の少ない平坦な道を好む。それが天倫であり、それを守るのが天使の役目だ」


 私がここにきた時に話してたことだろうと思う。薄々は感じていた事柄を、教授ははっきりと言葉にしてくれる。


「そう言うと大袈裟に聞こえるかもしれないが、要は正常に戻ろうとする人体のようなものだ。多少の異常は許容範囲だろう……もちろん神話のように、樹にたとえてもそれは変わらない」


 教授はよりわかりやすいようにと示してくれる。私は本当にかつての講義を思い出していた。

 言いしれぬ懐かしさと共に……


「人もまたその影響下からは逃れられない。あるいは人こそがその元凶なのか……鶏が先か卵が先か、相互に影響し合う世界にどちらが先かの判別は難しい」


 今まで断片的で不明確、不可思議だったものが何か一本の線に繋がった気がする……さすが教授。


 んん……待てよ? 時空間転移といえば……それに近いものを見たはずだ。


「……ってことはもしかして、散華ちゃんのあの技」


 いや、他に考えられないはず。その着想の原点のようなものだ。


「ふむ。鋭いね。君の考えでおおよそ間違ってはいないだろう。だが、性格上も、立場上も彼女が時空間転移を使うことはない。仮に父親の死が回避できるとしても、戦乱での犠牲を少なくできるとしても……彼女は使わない。それは彼女の正義に反するからだ。我らの女王陛下はそういう者だ。それは君の方がよく知っているだろう? ……だから私にはその機能の封印を命じた」


 だからこそ尊敬される女王だ。天使のことも苦渋の決断だったはず……私利私欲では絶対に使わない。


 そうだった……だからこそ私は彼女に、茨ではない道を用意してあげたい。その当初の目的を今、思い出した。


「それでも時空間転移の理論を応用し、彼女なりに昇華したのがあの技だろう。もちろん誰でもできることではないよ」


 やはりそうだった。もしかしたら、私への牽制も含めて……


「私も管理を任されている以上、報告する義務があるからね」

「ええと……それって……」

「ああ……今君がここにいることはもちろん秘密だ。二人とも教え子だ。贔屓はしないと思ってくれていい。だから今、君に同じ情報を伝えている」


 随分、都合の良い義務だな!


 要は教授の胸先三寸ということだ……おかげで助かるけど。


「君が仮にこれを使うとして……おそらくだが、まだ天使の処刑前くらいまでならどうにかなるだろう……もちろん、君が物凄く頑張ればだがね? どうするかは君に任せるよ……重ね重ね言うが、世界は元に戻ろうとする。これを甘く見ない方が良い。私が提示できるのはその機会だけで、君が成功する保証まではできない」


 天使の処刑前か……アイリーンとの結婚は無くなってしまう。それはとても残念だが……今、苦しんでいる彼女を助けなくては意味がない。


 いや、世界が元に戻ろうとするなら、それは未来が変えられないってことでは……


「君が変えなくてはならないのは天使の未来ではない。むしろ君にとってはアイリーンの方が重要ではないのかね?」

「まさか……」


 アレをまた繰り返すと言うのか……


「残酷だとは思ったがね……君を本気にさせるためには必要な措置だと思った」


 特に何の感慨も無いといった風情で……

 犯人が名乗り出ました……でも、なんとなくそんな気はしてた……聖堂の管理者だから。

 とはいえ、教授は遺体を意味あるように配置しただけだ。

 ショックはあるが……怒る気にはなれなかった。

 本来は怒るべきなのだろうか……? 正直、色々ありすぎて摩耗した精神にはそれは酷く負担のかかる行為だ。


 いつだって正解はわからない……こうした方が良かった、ああした方が良かったなどと、たらればを語っても所詮、一般論は一般論でしかない。

 推奨は推奨であって、結果を保証するわけじゃない。そうなる傾向や可能性が高いという統計や推測にすぎない。

 だから、今の私には、その気にはなれなかった。それだけだ。


 むしろ、教授のことが少し分かった気がする。

 だからこそ言いしれぬ魅力があったと思う。賛同こそできないが……


「ただ、次も私とは限らないと覚えておきたまえ。世界は元に戻る、同じ道を辿る……とはいえ、誤差は出る。むしろ、その誤差を利用して君は目的を果たさなくてはならない。今回は私の指示だったが、次はここに運んだ葬儀兵、あるいは群集かもしれない……事件を起こしたせいで、君は恨まれているからね。もっとも私も人のことは言えないが……」


 そういうことか……

 でも天使を助ければ、必然的にアイリーンもあんな行動はしなかったはず……


 本当に必要なものは何か? それをちゃんと見極めなくてはならない。


「それと、これも重ねてになってしまうが……このままの未来でも万人にとっては、十分過ぎるほど幸せだろう。無難な結果ではあるが、これも散華君が必死に頑張った結果ではあるのだよ」

「散華ちゃん……」

「現状、私の見立てでは今の散華君に君は敵わない。覚悟の違い……結局はそこに集約されるだろう。散華君は君を討ち取る覚悟だったが、君は上手く躱して逃げるつもりだったのではないかね?」

「私はまた向き合っていなかったと……?」


 リリスの時と同じ失敗を何度も繰り返している……

 教授はそれに頷き、続ける……


「世界が元に戻ろうとするとはいえ、確かにターニングポイントというのは存在する。天使処刑の結果がアイリーンをあのような行動に走らせた……またそれは散華君にとっても、君にとっても分岐点だったろう……」


 三叉路の女神(ヘカテー)……か、あの場では、天使、散華、アイリーンの三者が重要だったと思う。

 やはりあの場で、散華ちゃんと向き合わねばならなかったのだ……例え敵わないとしても。

 おそらくそれを見せなかったから、アイリーンはあんな行動に走ってしまった……


 散華ちゃんについても私が知らないだけで、彼女は立派な女王だった……

 結果が同じだったとしても、こちらの見る目が曇っていたとしたら……素直に向き合えたとは到底言えない……


 私はどうしたら良いのだろうか……これより悪くなることは考えられないが、良くなる保証もない。

 世界が元に戻りたがるなら、同じことを繰り返すことになる……

 吊るされたアイリーンの姿が一瞬で脳内に蘇り、身震いしてしまう。


 何より、散華ちゃん、アイリーン、他にも藤乃、蓮華姉さん、ツヴェルフさん……彼女たちの頑張りを私は足蹴にしようとしている……もちろんここまで届けてくれたエリス、アリシア達も……


 教授の言った通り、多くの人々にとっては、これはこれで幸せな結果なのだ……奇跡を求めない限りは……

 散華ちゃんの約束を信じるなら、アイリーンだっていつかは戻って来る。

 なによりあれは彼女が罰を望んだ結果だ。ならばアイリーンを苦しみから救いたいのは私情でしかないのかもしれない。


 本当にいつだって正解はわからない……


 むしろ散華ちゃんの方が正しいまである。


 私は一体、これ以上どうしたいんだろう……


 悩む私のせいで沈鬱な空気になりつつあったが……





 非常に残念なことに……それは私だけだったらしい。


 目の前の彼はそんなもの気にするはずもなく……


「だが、そんなものはどうでも良いな! 魔法使いなら我儘(わがまま)になりなさい。一々気にしていたらやってられん!! 奇跡を起こすのが魔法使いの本分だろう!」


 ニカッと笑う教授。それは今までで一番いい笑顔だった。

 

 それには私ですら思わず唖然とする。


 ああ、この人は本当に悪い人だな! それを今、私は確信した。


 私が言えたことじゃないけれど、人には絶対「その道は選ぶな」と言います……でも。


「教授……」


 背中を押されて腹が決まる。


 結局、私も悪い魔女なんだろう……


 目の前に提示された奇跡に、飛び付かずにはいられない。


 なにより、こんな弱気を見せたからアイリーンは私を守るように動いてしまった。

 それを痛感しているから……


「教授、お願いします!」

「本当に良いのだね? 私が誘導したみたいで気が引けるのだが……今一度考え直しても良いのだよ?」

「今更、良い人振るんですか? 完全に悪魔が魂を差し出せって言ってる構図ですよ?」

「ハハハ、そう言わないでくれ。自覚はある」

「あるんですね……行きます」


 皆が等しく不幸を背負うより、今は苦しくとも幸福な未来を目指したいから……


「うむ。ならば転移門を起動しよう……起動すれば、現体とは別れることになる。ここにはもう、戻れない。君は過去を変えるしかなくなる……そのまま進めば、もちろん世界は元に戻そうとして君の身体を要求するだろう……気をつけたまえ」


 え? そうなの!? それは先に言って欲しかったよ!!


 まあ、結局、変えるしかないのだから一緒だけど……

 なるほどツヴェルフさんがここには帰ってこないかも、と言っていたはずだと今更、納得して……


「それと、最後に一つだけ助言を。君はかつて幼少期に天使と会っているはずだ。君のお婆さん、青の魔女が連れて行ったと聞いている……覚えているなら、彼を頼りたまえ」


 天使なんていたっけ……? 一人だけありえない人物が名乗ってた気もする。


 うっ、なぜかむしろ消したい過去だった気が……


<でもそうねぇ。強いて言うなら天使(えんじぇる)ってところかしら? これナイショよ?>


 記憶力がわりと良い自分が憎い! いや、これは防衛本能が働いてるからか……悪い記憶の方が残りやすいやつだ!

 脳裏に過ったソレを反射的に無理やり打ち消す……封印したはずのトラウマが刺激された気がする。


 いや、後で考えよう……今は転移に集中しなくては! うん、今は考えてはいけない!!


「教授、ありがとうございました!!」

「ああ、私も楽しかったよ……武運を祈っている」


 現体である私の身体が魔素へ変換されていく……元は母にもらった身体。幼少の頃、本来であれば私がこうなるはずだった。だが、身代わりとなった母は父が解放したはずだ……

 だからこれも世界が元に戻ろうとしているのかもしれないな、と思った……



「時空間転移門起動……」


 そう機械の合成音声が聞こえた。


 識体が転移魔法陣を超えるのが、感覚でわかる……

 光に包まれて私は跳躍した。




 †



 ソニアが転移して、その場に残った者たち……

 話し合いが終わっただろう頃合いをみて、ツヴェルフは教授の元へ来ていた。


「教授、どうしてソニアにやらせるんですか?」

「ツヴェルフ、不満かね?」

「はい、可哀想です」


 ツヴェルフはソニアへの心配と、アイリーンへの仕打ちの非難も混じってそう尋ねていた。

 ただ、そんなことはお構いなしにいつも通り教授は話す。


「私やあの華咲のジジイが、あっさり未来を変えたとして、誰が喜ぶのかね? おそらく皆、気づきもしないだろう。それはもはや、害悪でしかないよ……」

「なるほど……」

「彼女の未来は、彼女が変えてこそ輝く……それが、(えにし)というものだ」

「教授からそんな言葉が出るとは少々意外です……」


 驚いた表情を見せるツヴェルフ。アイリーンへの仕打ちを考えれば尚更だったが……


「これは変な意味に取らないで欲しいのだが……私にだって愛情のようなものはあるよ。あくまで例え話としてだが、自分の作品をより完璧に近い姿で送り出してあげたい。それに近しい愛情だ……アイリーンのことだって本当に必要な措置だ。これからのソニア君はそれほどの脅威と相対しなくてはならないのだから……」

「納得しました……いえ、納得というより理解はできました」


 ツヴェルフにとって不満は変わりはしなかったが、理由はわかる。


「それは良かった。白黒はっきりつくことばかりじゃない。君も成長したね」

「ありがとうございます」

「彼女が成功すれば、我らが知らないうちに未来は変わっているだろう……失敗したとしてもそれはそれで受けいれよう」

「ソニアは成功します」

「私もそう願っているよ」


 成功か失敗かは明白にわかる。ソニアがこのまま、転移門で肉体を失ったままなら失敗だ。アイリーンもそのままだろう……

 それは酷く残酷な結末だったが……


 彼女が消え去った転移門を二人は見つめて。


「……今更だが、不思議な娘だ。彼女なら難局を打開してくれるのではないかと……期待するし、応援したくなる。そして皆が惹きつけられる」

「それがソニアの良いところです。それがわかるとは、教授も成長しましたね……」

「ハハ……ありがとう。まさかこの歳で褒められるとは思わなかったよ」


 冗談なのか、真面目に言っているのか判りづらいツヴェルフだったが、それに教授はさして気にもしないのだった。


「今の完成されたアストリアは、もはや地上の天界だ。そこには微塵も興味が湧かないが……それを変えると言うのなら、ここで待つのもありか……」


 それは教授の独り言だったが、いつものことなので気にしないツヴェルフ。

 もしここに第三者がいたら、父娘のように似ていると思ったかもしれない。


「……さて、では結果を楽しみに待つとしよう」

「はい」


 そうしてツヴェルフと教授は転移門を使い、その場を後にした。



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