表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(下)
176/186

BAD END

 アストリア王城、謁見の間。

 玉座の前に連行されるように、アイリーンは(ひざまず)いていた。


「アイリーン、いかに不死者とて地獄の苦しみを味わうことになる……本当に良いのだな?」

「はい。おそらくそれが黒の書所持者の宿命なのでしょう……」

「推奨はできんが……その覚悟には応えねばなるまい……」

「感謝します……」


 伝手をたどり、アイリーンは交渉に成功していた。

 いずれソニアの命を奪うかもしれない者との交渉に複雑なものはあったが、それゆえに一番信じられる相手ではあった。

 ただ玉座の隣には、その取引に納得していない者がいる。


「アイリーン、一言だけ。わたくしはこのような決着を望んではいません。ですからその時まで待ちます……」

「蓮華……」


 それにはアイリーンがお辞儀で返す。

 瞑目したまま蓮華は、頷き、兵を手配する。

 次いで現れた兵士たちに王として、散華は指示をした。


「彼女こそ、災厄の魔女こと()()()()である。自ら投降なされた。留置場へお連れしろ……」


 ソニアは知らなかったが……

 アストリア監獄は王都郊外にあってやや遠い、天使処刑の速やかな執行にあたって、より近場の王都内に留置場が置かれていた。

 そこへの連行の命令だったが、アイリーンはともかくソニアはここで働いていたこともあり、未だ顔を知っている者は多い。


「えっ……ハッ!」


 一瞬、戸惑う兵士たちだったが、今や絶対の女王姉妹に疑念を挟むことは許されない。

 もちろん守秘義務があるし、そして何よりの証拠として彼女は青の書を所持していた。

 疑問には思いながらも、兵達は口を固く結ぶようにしてアイリーンを連行していった。


 その場に残された女王は自身を振り返り……


「私は最近、嘘ばかりついているな……」

「散華、貴女はよくやっています。少なくともここの皆はそれを知っています。矛盾の多い世の中ですから、正しい姿だけは失わないように……それで少なくとも一つは矛盾が減るのだと思います」

「そうですね……」


 玉座で深いため息を漏らす散華。憂鬱になる日が多くなった気がする。

 極めて政治的な判断と言ってしまえば聞こえは良いのかもしれないが、どうしても嘘は嘘だと彼女自身が思ってしまうのだった。


「一千人、人を殺せば英雄か……」

「散華、その考えはやめなさい。それは貴女を殺します……」

「わかっています……」


 女王である散華は自覚している。着実にその道を歩んでいることを……

 そしてそれらをよく知る赤の書もまた、それを訴えていた……


「いずれ私も赤の魔女として、民に討たれるのだろうな……」


 先の戦乱で、すでに兆候はあった……王であるからこそ退けない戦いだった。

 天使を処刑した時からそれが明確にわかるようになった。


 強すぎる光は濃い影を生むのだから……


 疲れからか悲観過ぎる思いを吐き出す女王、散華だったが……


「散華……その場合、わたくしは躊躇なくアストリアを滅ぼすでしょう。それを肝に銘じておいてください」

「えっ……姉様、それはちょとどうかと……すみません、愚痴がすぎました」


 この女、本気だ! そう思わせる何かがある!!

 散華はこの姉には敵わないと思った……



 †



 一日経っても、アイリーンは帰ってこなかった。


「やっぱり、おかしい。すぐに帰ってくるって……」


 アイリーンを信じて待つべき……そう思って動けないでいるが、お腹は空くらしい。

 食事に行くメモを残して、近場で食事を出してくれそうなところへ入る。


 客は多かったが、一人隅の方で関わらないように食べていると……


「今度は青の魔女が処刑されるらしい……」

「ついに捕まったか……あの災厄の魔女が……これでようやくアストリアも安泰だな」

「戦乱続きだったけど実際、散華女王は頑張ったよ……」

「ああ、一時は魔王と呼ばれて……」

「でも魔族に助けられた点は……どうなんだ?」

「それこそ教会の嘘だろ? 天使が暴れたんだぜ?」

「そう言われればそうだな!」


 そんな話が聞こえてきた。

 通信装置のおかげで噂だけは早い。

 一般に青の魔女はお婆ちゃんだったが、私の悪名が広がって……その名を汚してしまった。辺境の街までは顔は伝わっていないこともある。

 今、青の書を持っているのはアイリーンで、それが彼女の可能性は十二分に高い。

 加えて、正々堂々を旨とする散華ちゃんがそんな罠を張るはずもない。その必要も全くない。


「アイリーン……一体、どうなってるんだ……」


 食事もそこそこに、お代だけ払い店をすぐに出る。

 宿に戻って荷物を回収すると、すぐに街を飛び出した。

 完全に焦っていた……


 魔力で体力を上げて限界まで走る。だがそれで間に合うはずもない。

 アイリーンの転移ですでに国境付近の辺境。

 失敗はしたが、天使の処刑に間に合ったのはアイリーンの転移魔法あってこそだと痛感する。


 思わず涙が溢れるが……泣いている場合じゃない!


 そんな状態で長続きするはずもなく、すぐに体力が尽きて……

 街がまだ全然、近くに見えている。焦って空回りしているだけだった。


「ハァッ、ハァッ……くそ! 何をやってるんだ!! 次の街で馬車を……それでも駄目だ」


 どれだけ飛ばしても、おそらく一週間はかかるだろう……

 アイリーンに連絡はつかない。もう、他に人を頼らなければ無理だ。

 私は絶望感に苛まれて……


「ごめん、助けて……アリシア、エリス」


 泣き叫ぶように助けを呼んだ……


 イヤリングの通信機で呼ぶと、二人のエルフはすぐと言っていいほど早く来た。


「青の魔女が処刑されるって噂は聞いたわ。それで驚いて……散華がそんなことするはずないって思ってたけど」

「天使の処刑の直後だから間違いじゃない? って話してたところだったのよ。間違いではあったみたいだけど……」


 急いでいるので、できるだけ手早く私の知る限りの事情を話した。


「天使の処刑で散華が苦心していたのは知っているから、それについては何も言えなくて……それにアストリアが大きくなったせいで、忙しくて……ごめん、ソニア」

「道理で追いやられるように、アルフヘイムに赴任させられたわけね……」


 彼女たちは外交官、繋ぎとして重宝されている。無理もないことだった。

 アリシアとエリスの言葉から、やっぱり散華ちゃんも不本意ながら決断せざるを得なかったのだとわかる。

 だが、今となってはどうしようもなく、無理を言っているのは私だ。


「ソニアも言ってくれれば……水くさいわ」


 彼女たちには板挟みのような状態にしてしまって、本当に悪いと思っている……だからこそ言えなかった。


「言えないよ。アリシアとエリスはアストリアにとって重要な人材だから。私も叛逆したいわけじゃないし、本当は頼るつもりもなかったんだ。それでも緊急事態だから……」

「私たちにはそんな遠慮いらないから……」

「ちょっとエリス、それ私が言おうとしたのに!」


 エリスが珍しくデレた。それにキレるアリシア。そのいつもの光景にちょっと感動する。


「ごめん、もっと話したいけど今は急ぐから……」

「そうだったわね……」


 できれば転移の使える黒の魔女に頼みたかったが、彼女たちは魔界に向かったはずで、魔界は私が起こした魔族の混乱のせいで音信不通だ。

 と言うのも、逆天倫を起動して魔族は人間に戻った。だが、逆天倫が暴走して破壊せざるをえなくなった。それによって人に戻った魔族は再び、魔族に戻り……魔族中心の魔界では大混乱に陥っている。


 本当に私は何をやっているんだ……何度も自分を罵ってしまう。

 今頃はエリザベートやリリスたちと協力して、魔族の混乱の対処に当たってくれているはず……


 そうなると知り合いで、最も早く移動できるのは空を飛べるこの二人だ。


「でも、ごめんソニア。私たちじゃ転移ほど早く行けない」

「私も自分一人なら、雷の力で行けるけど、人を送るのは難しいわ……」


 二人はどうすれば私を早く送れるか考えてくれる。


「無理を言ってるのはわかる。できるだけでいいから。お願いします」


 珍しくしおらしいことを言っているのはわかる。二人も驚いているが、私にとってはそれほどの緊急事態だ。


「そうね。わかった……風と雷の力で飛ばすから……あとはソニアがなんとかして?」

「ありがとう」

「いい? ちゃんと身体を守るのよ? 雷の力を侮らないで」

「風はソニアを守るように働かせるけど、最後は自分の力で身体を守ってね」

「わかった……」


 二人はそれぞれ魔法を展開する。アリシアは緑の書、エリスは紫の書を使って……


「本気で全力で飛ばすから、私たちは後から行くことになるわ」

「できるだけ早く行くから……」


 私は頷く、二人には感謝しかない。


「王都はこの方角のはずだから……」

「行くわよ!!」


 風と雷の魔素が私を包む。

 足下に魔法陣が展開して……

 私は空を飛んだ。砲弾になって……


 えっ、速い! 怖い! 苦しい!

 もしかして死ぬのでは!?


 風が守ってくれてはいるが、紫の雷が周囲で勢いよく流れていく。


 意識だけはどうにかとばないように……


「とてつもなく拙い気がする!!」


 急速に地面が迫っている。

 ほぼ直感の命の危機に、咄嗟(とっさ)に前方に水魔法を展開する。

 風に包まれた槍が雷を帯びて、大地に激突した!!


「ぐはっ……」


 それでも衝撃で身体がバラバラになりそうになった。魔法のおかげででかろうじて命を繋ぐ。

 全身に治癒魔法を巡らせ、痛みを取り除く……


 そうしてようやく落ち着いて当たりを見回すが……

 砂塵が凄い……大地にちょっとしたクレーターができていた。


「生きてる!! 奇跡だ……」


 怖すぎる!! もう二度とやらないっ!!


 そう固く決意しても、その状況に驚愕して震えた……


 本当に良く生きてたな……


「ふう……危うく自殺するところだった……」



 見渡すと近くに街を囲む外壁が見える。

 ここはアストリア王都の城壁裏当たりだろうか……


「ドンピシャすぎる……凄いな……」


 音と砂塵に驚いた兵士が「敵襲か!?」と騒ぎ出していた。


「ヤバっ!」


 私は逃げるようにその場を後にした。


 ……


 少し離れて森へ入り、何事も無かったように街へ入る隊列に紛れる。


「天使に続いて、災厄の魔女か……散華女王は持ってるな」

「いや、実力だろ……」


 中心部だから当然かもしれないが、ここでもそんな噂が絶えなかった。

 逆天倫事件を起こし、さらには天使の処刑を邪魔したのもあって、今では災厄の魔女と呼ばれているらしい。

 青の魔女を否定されるよりはマシか……


 焦りながらも、人混みに紛れて大通りを進む。

 天使の処刑場……そこはまだ撤去は始まっていなかった。

 それは次の罪人が現れたからで。


 群衆は帰ってなかったのでは? と思わせるくらいの人だかり。

 そこにどうにか紛れ込んだ。


 周囲には違和感を覚える人もいるには居たが……


「あれ? なんか前と雰囲気が違うような……」

「相手は魔女だ。幻惑に引っかかってるんだよ。見ただろう? 証拠の青の書」

「確かに……信じるなら女王陛下か……」


 天使処刑で名声を高めた女王にとって、その流れは決定事項だった。


 焦りながらもバリケード前へ、苦労して紛れ込む……

 明確に私が来るのを警戒したのだろう……それは異例の速さだった。


 間に合いはした……だが、それは彼女の最後を見るのが間に合っただけだった。


「ごめんなさい、ソニア……」


 磔にされたアイリーンの唇の動きで、それだけははっきりとわかった。

 冒険者用の()()()()に隠されて、顔は判別しづらくしてあったが……


 暴れて駆けつけようとする私を押し潰すように……私は誰かに組み伏せられた。


「ちゃんと目に焼き付けておきなさい……彼女の献身を。貴女の罪を」

「藤乃、離せッ!!」


 何もできずにもがく私の前で、散華女王が自ら黒刀を振るいアイリーンの五体を切断し、焼いた……

 天使処刑に振るったあの技だ……


 それはあまりに一瞬で……呆然と私はなす術もなかった……

 あのアイリーンがまるで抵抗すらしなかったのが、余計に私を混乱させていた。

 それはほぼ天使処刑と同じ光景で……


「災厄の魔女は死んだ……我々は一連の戦いに勝利したのだ!!」


 ウオオォォオオ──


 女王の勝利宣言に、怒号のような歓喜が湧く。止まらない。

 まるでお祭りのようだ。


 私は愚かだ……

 私はこんなにも恨まれていたのか……アイリーンはだから守ろうとして……今、はっきりとそれがわかった。


「丁重に葬ってやれ……」


 そう言い残して、彼女は馬車へ乗り王城へ去って行った。

 組み伏せられたままの私とは目を合わせようとはしなかった。


 黒衣の葬儀兵が丁重に焼けた遺体を回収していく……

 ところがお祭り騒ぎに、一般人が何人か乱入しようとして……


「一切、触れるな! 魔女の遺体だ!! 呪われるぞ!」


 その言葉に一般人たちは怯えて、竦んでしまった。

 そうした者たちを追い払うための葬儀兵だったが、それはそれで異例で異様な光景だった……


 天使の時と違って今回、遺体は焼け残っている……アイリーンの不死性がなせる業だが……散華ちゃんがあえて手加減したとも言える。


 ただ、一般人を追い払うための文言だったのだろうが……それを簡単に信じてしまう人々……

 私はさらにショックを受けていた……


「魔女は火刑、火炙り……そうしないと死なない。そんなことを未だに信じている連中がいるから……」


 魔法は一般的で冒険者には魔導士、魔女も多い。だが、魔法が使えない者は使えない。

 その違いは何かと言われても、正直わからない。


 しかし、私があえて言うなら、彼らは魔法を使えないことを信仰している。日常に奇跡が必要ないことを信仰している。

 そして己の信仰が現実化するなら、それはもはや独自魔法だ。


 世界は元に戻ろうとする。奇跡を必要としない日常に……その原因は彼らなのか……

 それとも彼らこそ信仰に操られているのか……それはわからない。


 そのためなのか、魔法が一般化しても、遺伝子とかミームとか言うレベルで魔族や魔女などを拒否、拒絶する者たちはいる。

 もちろん魔法が使えない全員がそうだとは言わないが、そこから来る恐怖心を拭えない者は多い……



 ただ、私にとってその衝撃は計り知れないものがあった。犠牲になったのがアイリーンだからだろうか……


 転移が使えず、私が来るのが遅かった……


「もういいや……全てを壊そう……アストリアも……」


 組み伏せられたまま、涙が流れる。

 なんだかバカらしくなった……これまで守ってきたことがどうでもよくなる……


 しかし……


「本心でそう言っているなら、ソニア、私は貴女を侮辱します。軽蔑します。それはアイリーンも同じでしょう……」


 その言葉とは逆に、藤乃が泣きそうな顔で……言葉が胸に突き刺さる。


 くそッ……何もできない。


 罪悪感は確かにあって……自業自得は否めない。

 確かにアイリーンはそれを望まない。自暴自棄になっても意味はない。



「ソニア・ロンド、陛下がお待ちです……アイリーンのことが知りたいなら、貴女は来なくてはならない」

「今更何を……」


 卑怯だとは思うが、彼女に言ってもどうにもならない。

 隠されるように馬車に乗せられ、そのまま連行されて行く。

 何も話す気にはなれず、車内は無言で重苦しい空気のまま藤乃と共に揺られながら王城へ向かった。



 ……アストリア王城。



 すぐに謁見の間へ連れて行かれて。


 私は女王と対面した。

 壇上の女王は、玉座で鉄仮面のような無表情のまま、私に沙汰を言い渡した。


「おめでとう。お前は無罪放免だ、ソニア。アイリーンのおかげでな……家に帰るなり好きにするが良い。もちろん実家に帰ってもかまわない。ただし、青の魔女を名乗るのは許さない」


 意味がわからない……何がどうなっているんだ?


()()()()は死んだ……今しがた処刑されてな。これが現実だ。そして青の書も、青の魔女であるアイリーンの遺体も返すわけにはいかぬ。話は以上だ。ではな……()()()()殿。もう、会うこともないだろう」


 それでも青の魔女として、アイリーンが処刑されたのはわかった。私の身代わりに……


「散華ッ! お前!!」


 激昂して暴れようとする私に刀が突きつけられる。

 首筋に当てられた剣の主人は藤乃だ。近衛兵団長の仕事として。


「およしなさい、ソニア・ロンド。皆がお前のために苦心したのがわからないのですか? アイリーンの献身を無駄にするのですか?」

「ぐっ……!!」


 いや、明らかに煽ってきてるだろ……とは思うが、アイリーンをだされると弱い。

 歯噛みして絶えていると……


「藤乃、よい……これでもまだ歯向かう馬鹿なら、けじめとして私自ら引導を渡そう……」

「ですが……わかりました」


 女王の言葉に剣を納める藤乃。


「ソニア、命を無駄にするな……アイリーンとはいずれ会えるだろう。諦めない限りは……私もその点では約束は守る。それはアイリーンとの契約でもある」

「散華ちゃん……」


 それは女王の最後の慈悲だった……

 多くを求めすぎたのだろうか……全ては手に入らない。そんなことはわかっている。


 ここまでくれば、流石に私にも、もうわかった。アイリーンは女王と取引をした。

 不死者であることを理由に、私の身代わりとして罰を受けた。世間の非難を躱すために。

 それがアイリーンの望みだと言うなら、私はその場を立ち去るしかなかった。逃げるように……


「うっ、ぐっ……どうして、こんなことに……」


 私が悪いのは分かっている。その上で何をすれば良かった?


 溢れる涙を袖で拭い、まとまらない思考を繰り返して。


 王城を出ると、待っていたエルフの二人と出会った。

 二人は飛べるのでさすがに早い。心配して、急いで後を追ってきてくれんたんだろうけど……

 正直、会いたくなかった……手伝ってくれたのに、また失敗してしまったから。


「ソニア……」

「ごめん、もういいんだ。話はついたから……手伝ってくれてありがとう」

「またいつでも呼んで? 力になるわ」

「ありがとう……エリス、アリシア」


 それ以上は何も言えずに二人とは別れた……

 二人も私に気を遣ってくれて何も言わなかった。


 一人になりたかった。

 どこをどう歩いたのか……ちょうど良い廃墟があって、その丘で座ってボーっと日が落ちるのを見ていた。

 誰もこない場所。どこか私たちの魔女の家に似ている気がした。

 ただ、涙が溢れた。


「ハハ……無罪放免だって……嘘でしょ……やったね……」


 あり得ない幸運のはずなのに、笑えない。


 私はまた失敗した……

 情けない姿を見せて、アイリーンを不安にさせたから……

 だから彼女は、私を守るために身を挺してしまった。


 袖で何度目かの涙を拭う。

 アイリーンの遺体だけでも……なんとか探し出して……


「遺体を集めよう……」


 今の私にはそれしかできることがない……

 散華女王は返せないと言った。死んだはずの者が復活したら困るから……だから場所は教えてもらえない。

 ……探すしかない。


 幸い契約魔法が有効で、ある程度の範囲までは絞れる。黒の書もあるので見つけられるはずだ。

 ここまでアイリーンは見越していたのだろうか……


「うっぐ……泣いてる場合じゃないのに……」


 裂けるような心の痛み、涙は止まった先から溢れてくる。

 自己嫌悪と巨大すぎる喪失感に苛まれて、思考がまとまらない。どころかなにもする気が無くなっていく……


 それでも懸命に立ちあがろうと、希望の欠片をかき集める。


 アイリーンは生きてはいるはず……不死者だから。

 もっとも、五体バラバラにされた上に焼かれて人の精神が耐えられればの話だが……

 おそらく、ダンジョンでの発見時の黒の魔女とほぼ同じ状態に陥っていると考えられる。


「早く遺体を見つけないといけない……立ち止まっている時間はない……」


 盗み出すことになるが、そのくらいは大目に見てもらおう。女王だってそれはわかっているだろう……


 もう、アイリーンさえ居れば良い。他に何もいらない……


 アイリーンが勝ち取った私の無罪放免。


 もう一切、世界とは関わらず隠者のように二人で慎ましく生きていこう……



 それを決めてからは身体は迅速に動いた。

 夜闇に紛れてアイリーンの遺体を探し求める。

 決断のせいか、吹っ切れたように思考はクリアになっている。



 アイリーンとの契約のつながりから魔素を追っていくと、遺体は聖堂に封印されていた。王城が学園だった頃、その片隅のアイリーンが通っていた場所。

 森に囲まれた静かな聖堂。その奥の使われていない倉庫。

 近くにアイリスの住む修道院があるが、今は夜遅いので人気はなかった。

 倉庫の扉には真新しい鍵が付け替えられていて、さらに鎖が厳重に巻かれ、立ち入り禁止にしてあった。



 それらを少し苦労して、魔法と短剣を使い躊躇なくブチ破る。

 扉を開けて中に入る。


 そこはまるで祭壇だった……

 何もない倉庫の中心部。四方に封印の魔法石。それらが創る魔法陣の結界の中。

 彼女の遺体は罪人として鎖が掛けられ、宙吊りにされていた……頭と胴体だけ……手脚は無い。

 頭と胴は繋がっておらず、それぞれに鎖がかかっていた。


 それらが、魔法石と魔法陣の編み出す魔素の光に照らし出されている……


 彼女の美しい顔の反面は大火傷で見る影は無かったが、それでもその美しさは隠しきれない。

 だが、その虚ろな瞳は夢見るように定まらない。

 大火傷のせいか、それとも胴が繋がっていないせいか唇が震えるだけで声にならない吐息が漏れていた。


 彼女のトレードマークのような修道服は斬られた上に焼け焦げ、燃え残りがわずかに身体に張り付いているだけだ。

 着ていたはずの青の外套は燃え(かす)になったのか、見る影もない。

 あるいは盛大に燃えたのは外套の方で、それで人目を誤魔化したのかもしれない。


 それでも背中から首筋、下腹部から左胸へ蛇が暴れたかのような大火傷がとぐろを巻いて胴に張り付き、肌を焼いていた。

 焼かれなかった美しい肌との対比が奇妙に目を魅き、魅了されそうになるほどだ。

 それはまるで新たな聖体のように宙に鎮座していた。


 正義の女神の神殿の奥。

 象徴的で、ある種のメッセージ性を感じずにはいられない光景……

 それはまるで何者かの女神への怒りのような……そうした侮辱を感じずにはいられなかった。


「これがあなたの望みなのだろう……?」と。


 あるいは、私への直接的なメッセージだとするなら……


「これがお前の罪だ……しっかりと刻みつけておけ……」か……


 その両方かもしれない。


「一体、誰が……」


 散華ちゃん……ではなさそうだ。先程、直接言われたばかりだし……彼女の性格上、直接言うだろう。こんな回りくどいやり方はしない。

 では、私に恨みがある兵士とかだろうか……?


「いや、そんなのはどうでもいい! 今はアイリーンを……」


 血痕が多少床に散っていたが、焼かれたせいなのか、あまり血が出ている様子はない。

 確かにこれなら、私だと言われたら納得するしかない……そんな惨状だった。


 胸が痛い……苦しい。それでも、彼女はもっと苦しんでいるはずで。


 どうやら私が奪いに来ることを見越して、手脚は別々の場所に封印したようだ。

 ただ、どう言うわけか、そこに見張りは居なかった。魔女の遺体を恐れて逃げ出したのだろうか……?


「ごめん、待たせた……」


 急いで助け出そうと……

 結界を壊すのは容易かった。四方の魔法石を破壊する。

 次に鎖を外して、胴と首を繋ぎ合わせる。


「すぐに繋ぐから……」


 治癒魔法で首と胴の接合は上手くいった……しかし、火傷は簡単に治らなかった。


「くそッ!! 赤の書の力か……!」


 治癒魔法が通らず、焦って何度も失敗する。

 傷に響くのだろう……それは逆にアイリーンを苦しめてしまっていた。


「そ……に……あ……。そ、に、あ……」


 声にならない声を、もどかしそうにあげるアイリーン。


 彼女は「大丈夫です」と言おうとしているようだった……辛そうな苦悶の表情で。

 それと「ごめんなさい」とも……


 だが、意識は混濁している様子だ……機械的に同じ言葉を繰り返している。


 私は頬擦りするように半身の彼女を抱きしめて。


「私こそ、ごめん……」


 その言葉は届いたのだろうか……繰り返していたアイリーンの言葉は止まった。



 近くに手脚はなさそうだった。

 アイリーンをこのままにしておくわけにはいかないので、先にどこか安全な場所へ……

 できればアストリアではない方が良い。だが、距離が遠くなれば時間もかかりアイリーンにそれだけ負担をかけてしまう……

 アイリーンがこの状態では転移は使えない。

 今の私は泥棒だ……だから人を頼るわけにもいかない。いや、頼りたくない……


「まずは王都を脱出して、それから考えよう……」


 腰ベルトでアイリーンを固定して背負う。


「ごめん、手脚はちょっと待って。すぐに見つけるから……それと火傷も……」


 アイリーンが頷いた気配だけが、背中越しに伝わる。

 私の背中で安心したように彼女は眠った……


「帰ろう……アイリーン。私たちの家に」


 聖堂を出て門へ向かう。月明かりを頼りに、彼女を背負った私はとぼとぼと歩き出した。


 感情は凍結してるのに、なぜか涙だけが溢れ出て止まらなかった……


 もう()()()いくらでもあるのだから……




<B A D E N D……>



完結……! 長かった……


すいません、嘘です。

まだしばらく続きます。どうかお付き合いください。


でもキリが良いので、赤薔薇編は終わります。

次回は新章(予定)です。よろしくお願いします!


今日は猫の日らしいです。全く猫は出てきませんでしたが……

応援ありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ