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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(下)
174/186

断罪

 アストリア王都。中央広場、処刑場。

 

 前後に大通り、左右の小道に挟まれて、敷石が敷き詰められた円形の大広場がある。脇には申し訳程度の街路樹。

 そこに木組の処刑場が作られていた。

 普段は主にダンジョンへの進軍のための準備場であり、冒険者たちの準備場でもある。待ち合わせや買い物など様々な用途に使われている。

 もちろん平時にはこんな街の中心部に処刑場などあるはずもなく、公開処刑のために突貫工事で急遽用意された簡易的な場所だ。

 それでも大勢がなだれ込まないようしっかりバリケードが張られている。


 私たちは到着後すぐに、群衆に紛れながら兵の配置を調べる。他にも問題が起こりそうな物や障害などを把握と、対処法を考えておく。

 理想はサッと天使たちを奪取してサッと転移で逃げることだ。

 一応のプランとしては私が足止めして、アイリーンが転移を開く。そのまま(さら)って終了だ。

 たとえ兵士が転移に巻き込まれて二、三人着いてきてしまっても、転移先で倒してしまえば問題ない。

 問題があるとすれば散華ちゃんたちの動きだが……


「要注意だった模造女神とか、ツヴェルフさんの姉妹とかいないな……」

「彼女たちは彼女たちで強力すぎますので、使う場所、時を選ぶ必要がありますから……」

「だよね……こんな群衆の中では使えないか……武闘大会の闘技場のこと思い出したわ。懐かしい」


 あの時は大混乱が起きた。勇者のせいで。

 今から同じようなことをやろうとしている私が責めることはできないが……


「まさか自分たちが似たようなことやる羽目になるとは……」

「そうですね……ですが模造女神たちがいないなら、転移で追いかけられることはなさそうですね」

「確かに……転移門まではわりと距離があるはずだし、その前に逃げちゃえば成功のはず……でも、私達が追放されてから、この二年くらい? で変わったかも知れないから油断はできないけど……直通通路とか? 転移使えばわりと簡単にできるはずだし」


 思えばこの先すぐに見えるダンジョン、神の塔……思えばそこからの帰還後、少しの休養を許してもらい、それから国外追放になった。良くも悪くもあの場が起点だった気がする……


「……それでもアストリア国外へ逃げてしまえばもう、手は出せないはずです」

「そうだね。ごめん、アイリーンには頑張ってもらうことになる。私も覚えられればよかったんだけど」

「なぜか機会がありませんでしたね……」

「理由はわかってる。聖地巡礼のせいだ……掃除ばかりしていた気がする」


 やっとのことで逆天倫を破壊し、戻って焼けた家を建て直す前にグレイスとアウラが文句を言いに来た。

 簡単に紹介すると、グレイスはアイリーン似の清楚な美女だ。アウラは赤髪のどちらかというと暴れん坊、男勝りの……こちらも美女ではある。二人はアイリーンの元同僚の修道女だ。

 私が逆天倫を起動させたせいで天使が降臨し、その天使が地上で暴れたため信仰が地に落ちた。それで哀れにも二人が約束していた融資の話が打ち切られたのだとか……まあ、少しは悪かったと思ってる。それは今回の天使処刑の原因でもあるし…… 

 その二人にそのまま聖地巡礼の旅に連れ出されて……その途中で天使処刑の噂を聞いて急遽駆けつけたのが現状だ。


「初めは正直、酷かったですが……魔法で床を水浸しにしたり、それを乾かそうとして出火したり……」

「管理人のジジイ司祭にめっちゃ怒られた……アイリーンとグレイスがいないとヤバかった。アウラは私と同じであまり役に立ってなかったけど」

「今はもう立派にお掃除できますね」

「最初は連日、筋肉痛でヤバかった。でも、もうお掃除マスターと言っても過言ではないかも知れない」

「ふふっ……そうですね」


 アイリーンと暮らしてたので、フワッとはできてたはずなのに……熟練三人に比べられて……辛い修行だった……

 大体、地方の聖地だからか無駄に広すぎるし……もっともアウラは私よりちょっとできる程度だったが。

 まあ、スキルアップしたし。お掃除スキルだけど。


 ちなみに洗濯、料理、風呂などの高度なスキルは、一度やったら禁止された。

 前にも言ったかも知れないが、料理はできる。

 ただ、美味しいと言われないだけだ! まずいとも言えずに微妙な顔をされるだけだ!

 アウラ曰く「味気ない保存食を食ってるみたいだな……」だそうだ。食事は食事だ。だからできている!!


 洗濯ではグレイスの下着を、生地が()っけ()けになるまで頑張った……ついでに修道衣も。

 グレイスの服に染みついたフェロモンが男を誘惑するといけないからな! 間違いを犯さないようお互いのため!

 そう思ってしっかり洗ってあげました。


 具体的に言うと、借りてきたオンボロの金盥(かなだらい)に水を汲んで、石鹸を削って衣服につける。それに河原で拾った小石と一緒に混ぜて……魔法で水流をつけて高速回転!

 それをしばらく待つ……すると、冒険者で流行りの? 実際はただ、冒険で傷ついただけだろうが……なんとダメージ加工に!

 あとは気の済むまでそれを何回も繰り返す……これが一番、大変だった。


 破れないギリギリの調整が難しかった。実は多少破れたかもしれんが、魔法でそれっぽく誤魔化したのでOKだ!

 その後、グレイスに「買い出しに行ったら、街の人々の視線がおかしいと思ったんですよ⁉︎」って顔を真っ赤にしてキレられた。頑張ったのに……

 アイリーンとアウラも今日は攻めてるな、とは思ったらしい……セクシーでしたよ。

 ちなみに買い出しに行ったのに、お布施が凄かったらしく……「修道院再建計画に近道が……しかし……」とグレイスは苦悩していた。


 洗濯をすると清々しい気分になるので良いと思います。

 グレイスの物だけ集中して念入りにやったので、他の物は時間なくてできなかった。非常に残念だ。


「……だが、アウラが『隊長、なにもできないんすね。ププッ』って煽ってきたのだけは忘れんぞ!」

「ソニア、それは忘れましょう……」


 まあ、そんな感じで時間はあったはずなのにアイリーンが転移魔法使えるからいいや……ってことでここまで来てしまった。

 とはいえ、今でも半ば隠匿されてる魔法だし、実際は簡単には使えないだろう。アイリーンと黒の魔女の適性が良かったとしか思えない。


「一心同体。アイリーンは私だから問題ない。つまり私が使えるのと同じ!」

「それは喜んで良いのでしょうか……」


 だから問題ない! アイリーンは困った顔をしながらも、嬉しそうにしている。


「それはともかく、来ないね……散華ちゃんたちは王族だから仕方ないとしても、天使はもう来てもいいはず……準備とかあるよね?」

「そうですね……」


 そんな雑談をしてしばらく待つ。


「まさか、一緒に来るのか……やってくれる」

「時間差があれば、それだけ攫い易いですから……考えてますね」


 大通りから、護衛と共に王族の馬車がゆっくりと広場に入ってくる。その背後の馬車は護送車か……牢がそのまま引かれているような馬車だ。

 馬車の隣、並走する軍馬にはツヴェルフさん以下、近衛兵部隊。護送兵は歩きだ。

 王族の馬車から二人が降りる。散華ちゃんと蓮華姉さんだ。続いて近衛兵団団長の藤乃が降りてきた。そのまま待っていた兵士に案内されて、刑場の背後に設置された壇上の席に女王である散華ちゃんが座る。その隣に蓮華姉さんが座った。その脇に立ち警戒するのが藤乃だ。


「散華ちゃん……」


 チラ見するだけだ。勘の良い彼女たちに絶対に視線を合わせてはいけない。とはいえ視線を向けないのも不自然なので、足下の辺を見ておく……

 散華ちゃんの出で立ちは全体的に白百合をあしらった白のパンツスーツ。王として威厳のある衣装。華美ではあるが、ほぼ男装なのは戦闘用だからだ。

 蓮華姉さんは愛用の白の着物姿だ。こちらも冒険者時代からの戦闘用。当然、二人とも帯刀している。

 藤乃はアストリア近衛兵団正装の軍服。いつも通りの男装だ。もちろん戦闘用。彼女が帯刀していなければ、それは職務放棄だ。


 この三人が要注意人物。離れて配置を指示している近衛兵団副長のツヴェルフさんも。

 ただ、ツヴェルフさんはどちらかというと群衆が暴れないように警戒している。王を直接護る藤乃とは役割分担されている様子だ。

 だから私たちがことを起こしたら相手になるのはまず先の三人だろう。グランさんたちが居ないのは、やはり大きい。連携されると先ほどのようにはいかなかったはずだ。

 それでも……


「来るなら来いってことですね……」


 アイリーンもそう思ったらしい。


 続いて兵によって、牢から鎖に繋がれた天使たちが降ろされる。そしてそのまま刑場へと連行されていく。

 まだ怪我が治っていない天使も居て、皆辛そうにしている。少し哀れだ。


 私の左目も同じだが、片羽になったり、片腕になったりと欠損したら流石に治癒魔法でも治せない。それはもう創造系魔法の範疇に近い。

 創造魔法は維持が難しく持続性、永続性が低い。

 いや、私の左目はやや特殊か……自ら捧げたのだから。だからアイリーンが吸血鬼、不死者として復活したのは例外中の例外だ。


 ()()()()()()()()()()()()()()()。魔法の無い現実に。奇跡のない日常に。

 それは先の創造系魔法が持続しない原因でもある。持続性の高い加工系の魔法であっても、魔素を消費する限り、放置すればいずれは朽ちる。

 実際、ゴーレムは魔石核などが決められたパターンの魔素を供給し続けることによって持続性を高めている。昨夜使った人除けの魔導結界も同じだ。


 もっとも、だからこそ人々は普通に暮らしていけるのではあるが。

 それを変えたければ、大きな代償を支払うか……脇道を用意するか……あるいはその両方か……


 それはともかく、いずれも美男美女揃いの天使たちのはずではあるが、その姿はやつれ、輝かんばかりの神気はなりを潜めていた。


 一番最後に連行された片翼の天使がどうやら天使長らしい。翼に火傷の跡があり、苦し気にしている金の長髪の美女だ。だが、その金髪は煤汚れたように色が落ち、天使の羽衣は薄汚れて、固まった血がこびりついている。ワンピース状のスカートの裾は引きずったのか、引きずられたのか……ビリビリに破れ、半裸に近くなってしまっていた……


「……あれを見れば、確かにグランさんが助けたくなるのはわかる」

「ですね……」


 アイリーンも同じ意見だった。国が大きくなって冒険者魂ではないが、皆がそうしたものを忘れてしまったとでもいうのだろうか……

 ただしこれは散華ちゃんを責めるべきではない。王であるほど罪人を優遇することはできない。彼女なら、少なくとも監獄での生活は保証したはずだ。末端の兵の態度まではわからないが……


 私は運良くというか、見逃してもらった感あるが……あそこに立っていたのは、もしかしたら私だったかも知れないと思う……そしてそれは、これからないとも言い切れない。私がこれからやろうとしていることを思えば。


「おかしい……数が少な過ぎる。七人? いや、七体か……少なくとも三倍くらいは居てもいいはず……」


 ほとんどの天使は天へ還っている。逆天倫に倒された者。逆天倫を破壊して務めを終えて帰った者。どちらにしろ天へ帰ったことに変わりはない。

 その二つができなかった生き残り、戦いで怪我をしていたり、そのため飛べなかったりした者。

 天空のゲート、「審判の太陽」を通り天界へ帰れなかった者たち。その中で捕まった者がここに来ているはずだった。


「まさか二回や三回に分けるとかじゃないよね……そうなったら絶望的なんだが……」


 最悪の場合、何回も助けに来ないといけなくなる……やっぱり監獄襲撃が正しかったのか?


「これだけの人を集めたのですから、それは無いかと……向こうもこれで終わらせるような雰囲気ですし……」

「確かに……何度もできるほど王族や兵士も暇じゃないか……つまり本当にこれだけしか捕まってない?」


 不思議に思いながらも、兵士たちによって、七体の天使が鎖に繋がれたまま磔刑台へと繋がれていった。


 周囲の人々がざわつき始める。

 恨みをぶつける者。私たちと同じように「少なくね?」と疑問に持つ者。

 他にも「あれが天使か……」と初めて見る者も少なくない。

 その他に「散華様……」と平伏している者がいるのはいつもの光景なので、それは気にしない方が良い。


 準備が終わると、その散華様が動いた。


 席から立ち上がり、処刑場へ降りる。

 皆からよく見える場所に立ち、罪状と共に皆の疑問への説明に入る。


「天使たちは全世界に混乱を巻き起こした。その犠牲となった者たちには哀悼の意を表する」


 王自ら深くお辞儀をして、兵士たち皆がそれに続いた。群衆たちも遅れて続く……その中には泣いている人も。

 しばらくそうして静まった後、アストリア女王は続けた。


「皆も知っている通り、天使の多くは天空のゲートから天界へ帰った。ただその際、怪我を負い天空のゲートまで至れなかった者たちは野に潜んだ。そして、先日その住処を暴き、多くの天使を逮捕した。だが、その怪我ゆえに多くが監獄の生活に耐えられなかった……天使は地上の住人ではない。その慣れないせいでもあるだろう」


 これから言うことに、重い決断を下すために女王は一拍そこで置く。そして続けた。


「だが、ここに集めたのはいずれも隊長格の上級天使たちだ。監獄での生活を耐え抜いた者たち。彼女らを断罪し、ここに我らの勝利を宣言する!」


 オオォー!! と吠えるような群衆の声援。皆が納得させられていた。私もそうなのか……と。


「ここに一応の決着はつく……しかし、これだけは言っておかねばならない。私はお前たちを全霊をかけて守ろう。だが、心して欲しい! 天よりの使者を人の法で裁くことを! その覚悟を!!」


 その発言には冷や水を浴びせられたように、その意図を掴めず静まり返る群集。

 決着がつくと言っておきながら、それは決着がつかないというような意味合いにも取れる。

 中には「え? また戦争?」と怯える者たちも少なからずいた。確かにそういう意味にも取れるが……


「珍しいな……散華ちゃんが失言?」

「いえ、明確な意図を持ってのことのようですが……冷や水を浴びせられたのは確かですね」


 それはきっと彼女にとって重要な儀式だった。あるいは審判を委ねるためか……


 それでも、それを打ち消すように……


「散華様万歳!!」


 口々に群衆から湧き上がる歓呼の声……それは賛同の証だった。

 それを聞き届けて、頷くと女王は席に戻った。そして「始めよ」と合図を出す。


 天使の多くは顔を恐怖や痛みで歪めながらも目を瞑り、耐えている。処刑人が槍を持ってそれぞれ、その隣に歩いて来る。槍を構えて……


「ソニア?」


 アイリーンが合図を待っている。ふうとため息を一つだけつく。私を整えるため。


「行こう……」

「はい! 転移魔法展開」


 私とアイリーンだけ転移する。刑場のど真ん中。

 防御結界は張られていない。おそらく、大衆が暴動を起こして雪崩れ込んだ時に備えてだろう。賊よりも一番怖いのはそれだろうから。だから、動かないと踏んで……


「這え……青薔薇」


 転移後、用意していた魔法をすぐに放つ。荊棘が地面を走り処刑人七人を拘束した。


「なっ⁉︎」

「グアっ‼︎」


 悲鳴をあげて拘束された処刑人たちが暴れてもがいている。

 群衆も兵士も含めて皆が動揺して驚く中、天使たちは何が起きたかと目を開いた。

 ただ、数名だけ驚かなかった者たちも……


 壇上から飛び降りる三つの影。もちろん散華、蓮華、藤乃の三人だ。

 素早く刑場へと駆け寄ってくる。

 それを牽制して……


「迎え撃て、青薔薇!」


 槍のように荊棘を飛ばして阻止するが……三者ともに一刀両断。


「これだから華咲はッ!」


 牽制がわずかな時間稼ぎにもならない。


 短剣を構えて、追撃に備える。

 アイリーンが天使を確保して、転移魔法を展開するまで私が耐えなくてはならない!


「青薔薇の庭園!!」


 さらに周囲に荊棘で編んだ結界を作る。どうにか刑場へ入られる前に分断できた……

 冷や汗ものだったがこれで……

 と、ホッとするのも束の間。


「燃やせ赤の書……」


 散華ちゃんのその言葉だけ聞こえて……


 うそん……


 私の十八番(おはこ)の魔法は一瞬にして燃え散らされた……


 驚愕を禁じ得ない。いつの間に刀は納刀され、赤の書を手にしていた散華ちゃん。


 代わりに背後から散華ちゃんを守るように蓮華姉さんが刀を構えている。連携は完璧のようだ……


 私も実はアイリーンから守られている。自分の仕事をこなしながらも抜け目なく牽制してくれるのはさすがだ。


「そうなると三人目が拙いッ……!」


 空中の燃え散った青薔薇をものともせずに、高速の突きが私の命を狙って来る!

 近衛兵団長、藤乃だ! 


 ギリギリ心臓近くで短剣を滑り込ませる! 刀を弾いて火花が散った!


 正確すぎたせいでどうにか凌げた……私は心臓を護っただけだ。


「殺す気か! 藤乃! あ、いや、殺す気か……」

「貴女の幼馴染である散華様にやらせるくらいなら、私がこの手で散らせましょう。ソニア、ロンド」


 それが、彼女の忠誠心というわけだ……少しは手加減してほしい。

 流石に無理に割って入ったため、少し軍服が焦げている。ダメージ覚悟の特攻……思い切り良すぎだろ……


 散華ちゃんが見守ってるあたり、今の言葉通り私がやりますとでも進言したのだろう。良い方に考えればそれはそれで助かる。こちらに必要なのは時間稼ぎだから……


「くっ……!」


 休まずに突きの三連撃、三段突きが迫る。


 かろうじて捌き切り、後方へ跳んで逃げた。


「それは悪手です」


 ところが彼女はピッタリと張り付いて、ぬるりと滑るようにその刃が私の心臓へ……


「しまっ……」


 死んだ……そう思ったとき。

 風を薙ぐ剛剣が私たちの間に走っていた……


 金属音が鳴り響き、藤乃の刀が上方へ弾かれている。

 そこで体勢を立て直すため、藤乃は一度退いた。


 危ねえ……おっぱいを掠めた……気がする。

 ちょっと服が切れている……アラネアの戦闘服じゃなければ死んでたかも……

 二人ともだけどな!


 思わぬ横槍が入り、私たちは距離をとって対峙していた。


「あ、ごめんなさい。ソニア……」

「いや、助かったよ。ツヴェルフさん……」


 剛剣の主、ツヴェルフさんに助けられていた。

 助けられたんだよな? まさか、私たちまとめて粉砕しようとしてないよね?


 気まずかったのか、ちょっと私からの視線を逸らすツヴェルフさん……


 ただ、藤乃がやるならと任せていた散華ちゃんたちも、これには驚いて様子を見ている。驚いたのは私も同じだ。

 もちろん必殺の一撃を防がれた当の藤乃はなおさらで、ツヴェルフさんに疑問を投げた。


「……どういうつもりですか、ツヴェルフ? 王を護るのが私たちの役目のはず……反旗を翻したと考えても?」


 非情に徹する藤乃……冷静沈着な彼女ではあるが、ここまで冷徹な姿は私も見たことがない。

 それをものともせず、大剣を構えて対峙するツヴェルフさん。近衛兵同士の諍い……それに応じて。


「ソニアが居なくなってから、王城はギスギスしていました……」

「起きたことが起きたことだ……それは仕方のないこと。そしてそれはソニアがいなくなったからではない」


戦争とか色々あったから……それは私も同じだ。


「はい。その通りです。ですが皆が辛そうにしていたのも事実です。……決してソニアが居ないからではありませんが」


 うん? なぜかグサグサ刺してくるんだが? 心が痛い!

 明らかにツヴェルフさんがこちらをチラ見して、恨み言を言ってた……なんか、ごめん。


「きっかけがなければ私も動かなかったでしょう。ですが、そのきっかけが現れた以上、黙っているわけにはいきません!」

「理由を言えと言っている!」


 苛立ち、藤乃が刀を突きつける。


「私は……私たちは……」


 再度の問いにツヴェルフさんは頷いて……


「王は護っても、散華は護っていない!」


 答えは決まっているとばかりに、迷いなく彼女は言い切った。

 そして彼女は大剣を構え直す。敵対すると明示したのだ。


 王を守るのではなく、散華ちゃんを守るのだと……


 ツヴェルフさん、かっけえ……惚れる……いや、惚れた。


 ツヴェルフさんらしい核心をつく簡潔かつ的確な言葉。

 私が上手く言葉にできなかったこと。むしろツヴェルフさんだからこそ言い切れる言葉……

 それを言ってくれて、ちょっと感動して涙が出た。


 それには藤乃も目を見開き驚いていたが……冷静さを取り戻すように一息つくと……


「なるほど……痛いところを突く、ですが……それが役目というもの! 人の王とはそうあるべきもの……貴女は貴女方は華咲に……アストリア王に課せられた重荷を……その期待をまるでわかっていない!!」


 そんなことは藤乃もわかっていると……怒りを滲ませて剣撃が激しくなる……まるで苦しみ、悲鳴を上げるように……

 

 藤乃は私情を振り捨てるように迫り、ツヴェルフさんはそれを迎え撃つ!

 互角に渡り合う両者。藤乃は前から強かったが、ツヴェルフさんは本当に強くなったと思う……


 近衛兵団長と副長の戦い、追ってきた近衛兵たちも動揺して動けないでいた。なにより高度な戦いについていけず、間に入れば両者の足を引っ張るだけになるのは明白だった。

 その間に、二人は剣を互いに交えつつ戦場を移動し、私たちからは離れていった……



 私に味方ができたことで動揺したのは、むしろ群集の方だった。


「なんだ? 賊じゃなくて内乱なのか……?」


 方々でそんな囁きが聞こえ始める……

 群衆が動揺すれば、それを抑える兵士たちも警戒し動けなくなる。ツヴェルフさんのおかげで効果的にこちらに有利な状況ができていた。


 だが……


狼狽(うろた)えるな! たかが一人、魔女の幻惑に(そそのか)されただけのこと。問題ない。それは私、自ら証明しよう……」


 様子を見ていた散華女王が動く……それは群衆に安心感のような静寂を取り戻していた。


 彼女へ誰もが期待の眼差しを向け、私へは憎悪と侮蔑の視線、罵倒まで飛んでくる。


「くそ……そんなことだから!」


 一見、民衆の期待が彼女を押し上げている。だがそれは反面、実際は型にはまった王への拘束であり、強制、隷属だ……

 私から見ればそれは、稀代の名君を凡俗へと押し下げている……

 それを彼女自身が一番にわかっていてなお、抗うことは許されない……


 ついに来るか……

 藤乃との戦いですでに棺桶一歩手前まで行き、心臓は早鐘を打ち、冷や汗が背中を伝っていたが、気合いを入れ直す。


 と、そこで……



「ソニア!」


 私をアイリーンが呼んだ。

 む、さすがアイリーン! もう準備できたか! と迫る散華ちゃんの動きに合わせるように後退する……


 落ち着け……無理に戦う必要はない。だが、戦場が離れてしまったツヴェルフさんが気にかかる。

 いや、ツヴェルフさん一人ならアイリーンの転移でどうとでもなるはず……

 それにもう、近衛兵たちは動き出している。動揺はあったものの、アストリアきっての精鋭である。藤乃や散華ちゃんたちの邪魔をしないように、処刑場に入れないでいただけだ。もはや時間はない。


 そう考えて、アイリーンの許へ急ぐ……すると。


「無理です! 撤退しましょう!!」

「は? え? なんで?」


 アイリーンの意外な失敗宣言に頭が混乱して取り乱す。

 成功しか考えていなかった私の悪い癖が出てしまっていた……



 失敗の原因を特定しようと、瞬時に状況を把握するため見渡す。転移魔法陣は完成している。そこは問題ない。

 だが、天使たちが集まっていない。いや、アイリーンによって拘束は解かれているのに動こうとしていない。

 ばかりか、磔刑台の前で瞑目して跪き、明確に断罪されるのを待っている。


「これは一体……」

「ソニア、彼女たちは処刑を受け入れるそうです……」

「バカなッ⁉︎」


 アイリーンの説明に愕然として、言葉が汚くなる。

 リリスとの話で確かにそんな悪い予感はしていた。しかしながら原因がわからない以上対策は無く、ここまで来てしまった。

 私が逆天倫を起動したから反発してるのか? それともアイリーンが不死者だから? ……いや、理由はわからないが、こうなったら拘束して無理にでも……


「馬鹿はお前だ、ソニア。……何度、罪を重ねる気だ? 私たちがどれほどお前に慈悲をかけたか……わかってのことなのだろうな!!」


 散華ちゃんが来る! 王の憤怒を纏わせて……

 拙い! こうなったらもう全員、問答無用で攫うしか……

 だが、その判断は遅きに失していた……


「良かろう。現実をはっきりと目に焼き付けるがいい……」


 散華ちゃんが抜刀の構えを見せる。


 ダメだ……!


 それをさせてはダメなんだッ……!!


 心はそう叫んでいたが、多分に怒気を孕んだ視線に射抜かれて……

 私は一瞬、怯んでしまった。


「ゴーレムッ!」


 そして、思わず……自衛の防御壁を作ってしまった。魔石核を取り出し、石床からゴーレムを構成した。

 それは私とアイリーンだけを守る……


 だがそれは致命的な一瞬。


「しまったッ……!!」


 直感が絶対的に外れを引いたことを悟らせる。

 その意図を完全に誤解して……その遅れた一手は、狩人が獲物を狩るのには十分すぎた。


「独自魔法の詠唱が意味する所は畢竟、自己暗示だ……」


 審判は下された。もはや運命は変えられない。

 そう、わからせるように女王は私に語る……


「魔法の詠唱に重要なのは本質であって言葉ではない……」


 言わんとする意図はわかる。本質さえ捉えれば、それは即ち無詠唱でも問題ない……

 だが、一般に無詠唱は威力が低くなる。それは雑念が入り込むからだ。独自魔法などの大魔法クラスになればなおさらだ。

 下手をすれば失敗。高度な魔法になればなるほどそれは命を脅かす。

 故に一般には詠唱が推奨されるが、やはり早さが重要な場面は多くある。

 速さをとるか、威力をとるか……それが魔導士、魔女など魔法使いの永遠の課題だが……


 だが、彼女はそこで留まらない……


「即ち魔法とは、()()を用意して()()を導くもの……」


 因果……魔法で構成した炎は燃え続けることはないが、燃えたという結果は残り続ける。

 基本的に現実は、世界は奇跡を許さない。奇跡が溢れかえれば、それはただの混沌だ。

 ゆえに魔法の炎は消えるし、世界は元に戻そうとする。だが、一度結果が確定してしまえばそれを戻すことはできない。無い結果と有る結果が混線してしまうからだ。「覆水盆に返らず」だ。


 彼女の言葉は半ば理解はできるものの、その意図が掴めない。対処法などなおさらだ。


「原因を滑り込ませれば、結果は必然でしかない……」


 これは……⁉︎

 独自魔法のはずだ……だが、何か異様な……


 魔素を帯びて彼女の瞳が炎のように紅くゆらめく……


「華咲流秘奥義『散華──絶炎──』」


 死神の鎌が私を素通りしたのを幻視する……


 神速の抜刀が一度に七体の天使の首を刎ねていた……

 神の慈悲のようにそれは苦痛すら感じさせず絶命へと導いただろう……


 遅れて切り離された傷口から燃え散るように魔素が放たれ消えていく……

 天使の首は宙を舞い、落ちる前に焼失した……胴は倒れる前に焼失した……


 天使は散った。ただ床に焼け焦げた後だけを残して……



────その日、正義は(けが)れたのだ。



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