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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(下)
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転移失敗

 何としてでも天使の処刑だけは止めなくては!

 その想いだけで出たためはっきり言ってノープランだ。

 それを察してかアイリーンは転移でアストリア国内ではあると思うが、寂れた森の中へ転移していた。

 周囲を見渡せば開けた場所で、そこだけ作ったように木々が無い。隠れ家か何かだろうか……?


「……てか、ここどこ?」


 アイリーンにそう聞くが、彼女は驚き狼狽えていた。


「ごめんなさい。ソニア、違うんです」

「ええと……何が?」

「転移を邪魔されました。強力な使い手です。おかげでこんな場所に……まるで誘導されたように」

「ええ!? そんなことある……? いや、あるか……」


 転移も万能ではなく、大規模結界のようなもので魔素に干渉すれば邪魔はできる。魔法の宿命として、より魔力の強力な方、あるいは巧妙に編まれたものの方へと変換されるためだ。

 だがそれができるのは当然、術者より強力な使い手でなくてはならない。ましてや転移の誘導なんて高等技術……


 アイリーンの魔法を邪魔するなんて何者?

 真っ先に思い浮かぶのは教授だが、私たちを邪魔する理由は少なくとも私にはわからない……

 他に七識の書を持つ、エリス、アリシア、ツヴェルフさんも邪魔する理由はないはずで、アイリーンの転移を邪魔できるかと言われると微妙だ。

 散華ちゃんや蓮華姉さんならば、あり得るかもしれないが……アイリーンが驚くほどだろうか?

 全然私たちの知らない誰かという線もあるが……


 

 そんな考えを巡らす私たちの前に、奥の木陰からその犯人が姿を現す。


「お待ちしておりました……」


 艶やかな黒の長髪からは普段は隠している魔族特有の巻き角が覗き、肢体は見るものを惹きつけて止まない妖艶さを醸し出している。

 いつかアラネアから送られた漆黒のドレスを纏う姿はまるで女帝。

 一見、柔らかな物腰でありながら、引き締まった有無を言わせぬ空気を纏う女性……リリスだ。

 

 なるほど、転移の邪魔をしたのはどうやらリリスだったらしい。

 何か私に用だろうか……?


 そう考える前に、その後方に控えた巨漢の方に驚く。

 筋骨隆々の恵まれた体躯。歴戦を思わせる武具を纏い、相応の威圧感を放つ三面六臂の異形の魔族。

 その連れの大男が、片膝をついて大いに畏まっているのだから、何事かと思う。


「リリス……ええと、そちらの方は?」

「アレは良いのです。用があるのはわたくしの方ですので」

「ええっ!? 良くないよ! 気になって仕方ないんだが……」


 後ろに控えているのに威圧感が半端ない。威圧感の大きさはリリスも同じいや、それ以上だったが……


「……仕方ありませんね。紹介しておきます。彼は魔族王。今の魔界を預かる者です」

「お初にお目にかかります。以後、お見知り置きを……青の魔女殿」

「あ、どうもご丁寧に……ってどんな関係!?」

「昔の知り合いです」


 驚いて口をあんぐりとさせてしまう私……決してアレ扱いして良い人物ではないのだが……

 魔族王……エリザベートから居ることは聞いていたが、直接会ったのは初めてだった。赤薔薇と協力関係にあったことから、話は聞いてはいる。私は会ったことがなかったが……

 アレ? ってことは先の件の黒幕の一人では……? 赤薔薇にも名前を連ねていたような……

 いや、どこまで関わったのか詳しくは知らないので何とも言えないが……


 大混乱に陥りかける私の頭脳。

 秘密結社赤薔薇には父親の他に幹部が何名もいた。私が見逃した薔薇十字もその一人だ。幹部だけあって、ほとんどの者には会ったことがないが……

 わかっていたことではあったが、何だか私だけ貧乏くじを引かされたような気がしなくもない。


 いや、ともかく今は先を急がねば!

 散華ちゃんに天使処刑をさせてはいけないのだから!


 そう思い直して私はリリスへ用件を尋ねる。


「そ、そう。ええと、リリス……何の用? わりと急いでいるんだが……」

「何の用? その言葉は聞き捨てなりませんね……ご主人様……いえ、ソニア様」


 あえて改まった言い方に言い直すリリス。

 凄みというのだろうか……リリスからの威圧感が増大する!

 これまで見てきた中で最大級の怒りのような圧力。否応なしに緊迫感が高まり、冷や汗で私の背中が濡れ始めていた。



「あなたは魔族をどうするおつもりですか? 場を掻き回すだけなら迷惑です……」


 ああ……そうか……

 どうやらリリスは私が逆天倫を起動し、破壊したこと……そのおかげで魔族がさらに窮地に陥ったことを怒っているらしい。


「違いますよ。魔族の困窮が結果として貴女にあるとしても、それは望んだ魔族も同じ。そこの男のように」


 心を読まれた? そう驚くが、その視線は後ろを向いた。

 鋭い視線を向けられて魔族王は恐縮してしまっている。哀れなほど身を縮こまらせ微動だにしない。


「……ですが、ソニア様。貴女にその自覚が無いのは大問題です」


 凄まじい威圧で、私まで屈しそうになるのを懸命に耐える。


「責任は感じている……」


 やっとの想いでそれだけを絞り出した。


「本当でしょうか? 現状を憂えていると? 本当にわかって言っていますか?」


 確かに私は結果的に多くの魔族を翻弄してしまっただけだった……利用したと言っても過言ではない。

 リリスが怒るのもわかるし、申し訳なくも思う。


「もうすでにアストリアにとって貴女は犯罪者ではなく、反逆者になりつつあります。貴女にその気がなくとも世間の目はそうなっています。その上、天使まで助けるとなれば決定的なものとなるでしょう。アストリアの家も手放し、我らとも決別する覚悟がおありですか?」

「それは……」


 ……確かにそうだ。もちろん私自身は反逆者などになる気はないのだが、いくら否定しようともそう見られてしまうだろう。

 天使を助けるとはそういうことだ。だから縁を切らねばそれだけ周囲に迷惑をかけてしまう。


 今の今までこっそり助ける気でいたから、そこまで考えが及んでいなかった。

 アストリアの状況がわかっていなかったのもある……街に潜伏してから状況を見て考えれば、というのはどうやら甘い考えだったらしい。


 仮に誰にも見つからずに助けられたとしても、犯人が私であるという事実は変わらない。それに散華ちゃんや蓮華姉さんが気づかないはずもない。結果、犯人を公表せざるを得なくなる。

 隠蔽などあり得ない。犯人隠匿など爆弾でしかないのだから。

 すでにアストリアを国外追放の身であり、逆天倫の事件を起こした大罪人であるなら尚更だった。


「かつての黒の魔女と同様に、悪い意味で反逆の魔女としての汚名を着せられることになるでしょう。そうなればもう貴女にアストリアでの居場所はない……それでも向かうというのですか?」


 この先の道には決定的な決裂が待っている。

 リリスはそれを見抜いていた。だからこそこんな場所で待ち伏せていたのだろう。

 動揺する私を前にリリスはなおも続ける。


「……だというのに魔族の中には、未だ貴女に希望を見出す者たちがいるのです。他ならぬ貴女が逆天倫などという奇跡を起こしてしまったがゆえに……」


 だから掻き回すだけなら迷惑だと……


「大切なものを捨ててまで、貴女は我々魔族に何を示すのですか? 示そうというのですか?」

「……」


 それは安易には答えられない問いだった。答えてはいけない問いだった。


「答えられないのですね。ならば、やはりここで止めてやるのが慈悲というもの……」


 怒気はさらに膨れ上がる。

 リリスはここを通りたければ、戦えと言っている。

 口先だけなら、何とでも言える。ゆえに態度で示せ、行動で示せと。


「不甲斐ない魔族王の代わりに、私が魔族を代表して引導を渡しましょう……」


 

 覚悟を問われていた。


 それでも天使を助けないという選択肢はあり得ない……

 それをすれば本当に散華ちゃんは魔王になってしまう。今は良くともいずれ必ず……

 彼女を魔王にするか、私が反逆の魔女となるか……選択を迫られていた。

 

 本気はひしひしと伝わってくる。やるしかないと私は理解させられる。

 相手は強大で、自然に焦りが出るのを私は懸命に鎮める。


 懐にしまった逆天倫の欠片……旅先でも手放す気にはなれず、自戒のために持ち歩いてしまった。

 懐に手を入れ握りしめる。

 あの時の後悔を思えば、それがお守りのように心が定まった。


 もう後悔はしたくないから……

 


 私が戦う構えをとったことにより、アイリーンも援護しようと動く。

 だが、こちらの手助けをしようとするアイリーンを魔族王が制していた。


「邪魔をするのですか?」

「何卒、手出しをしないでいただきたい……これは魔族の命運を賭けた一戦なれば……」

「皆がそんな物をソニアに押し付けるから……!」


 アイリーンと魔族王の間で一触即発の空気が流れたが、魔族王は首を差し出すように膝をついた。

「いつでも殺せ、だが戦いの邪魔だけはさせぬ」という意思表示にアイリーンも気勢を削がれ、戸惑う。


「我は逆天倫という大罪を魔女殿に押し付けた。我には何も言う資格はない。求められるなら潔く自刃しよう。だが、今はただ、見届けるのみ」

「ならば尚更、止めるべきでは?」

「できぬ! それだけはできぬのだ。リリス様がどれほど我らを導いてくれたか……」


 苦悩する表情を見せる大男。

 それを助けるというわけではないが、リリスとは私が一対一で決着をつけるべきだと思う。

 きっと、そうしなくては伝わらないから。


「アイリーン、大丈夫だから……私を信じて少し待って」

「ソニア……分かりました」


 私の説得にアイリーンも構えた短剣を納めた。だが、そうは言ったものの困難は極まりない。


「あら、良いのですか? こちらは二人がかりでも一向に構いませんよ?」


 挑発ではない。事実であり、絶対強者の威厳をこれでもかと叩きつけてくるリリス。

 今のリリスはこれまで私に見せてきた者と違う。溢れ出るオーラと余裕にそれが如実に現れている。


「制限を解除させていただきました。ついでに使い魔契約もこちらで破棄しておきましたので、存分に力を解放してくださって結構です」


 制限が何かは知らないが、使い魔契約とはそうそう簡単に切れるものではない。そうならないように何重もの制約が課せられている。

 ましてや契約した使い魔の方から切られるなんてのは、ほぼほぼあり得ない。あってはならないことだからだ。


 だが、現に繋がりは感じられず、私は困惑する。

 しかも私の契約を破棄するなんてそんな生易しいものではない。これでも青の魔女と認められるほどには魔法には自信があり、しかも私は知恵の泉に触れている。

 にもかかわらず契約を切られたのは、明確に私より格上の相手だという証明だ。


 対峙したリリスは以前クロと戦った時とは、はっきり言って別人。寂しさを覚えるものの、それを言っていられる場合でもない。


「殺しはしません。貴女からは魔法を奪いましょう。無論、魔女としては生きられなくなりますが……」


 そんなの死んだのと同じじゃないか!?


 それは私の人生を全否定しにかかっているようなものだ。

 だが、リリスもそれほど本気なのだ。彼女なりの慈悲でもあるのだろう。私の罪はそれほどまでに重いのだから……


 対峙するリリスは落ち着き払い、絶対強者の威厳を放っている。

 その視線は静かにこちらを射抜いていた。


 圧力に呑まれてはダメだ。あえてフー、と息を吐き出し短剣を構える。

 心を鎮め、もう、逃げないと決める。意思を貫くと決める……せめて父親のようにと。


「私は私の道しか歩めない。リリス、悪いが押し通らせてもらう……」

「良い覚悟です……持てる全ての力を示しなさい……」


 言われるまでもなく、相手は格上。下手な小細工など通用しない。策を弄すれば逆にこちらが不利に追い込まれるのが目に見える。

 よって全力以外あり得ない。


 私はリリスと正面から全力で衝突した!



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