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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(下)
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天使捕縛

 曇天からポツポツと小雨が降り出していた。

 通報があって、アストリア騎士団長グランが手勢とともに駆けつけた廃屋。壁は半ば崩れ、レンガや柱が剥き出しになっている。天井などは大穴が空き、雨漏りがひどく床が濡れてしまっている。

 

「これは……酷いな」


 グランが思わずそう呟いたように、衛生的とは言えない屋内で何名もの怪我人たちが横たわっていた。

 怪我の部位には包帯を巻いただけの雑な処置。そこは血が滲んで固まっている。本来あるべき光り輝く波動も鳴りを潜め、やつれて白いドレスも汚れてしまっていた。

 そんな怯えながらも諦めたような表情をした怪我人たちは有翼人、天使だ。

 

 天使は理想を体現したかのように姿が整っている者が大半だ。だが今や怪我や疲労などで見る影もない。

 それらを下級兵士が乱暴に取り押さえ、引っ立てていく。抵抗は無かった。いや、抵抗する余力はなかったのだろう。

 あまりに乱暴な扱いに見かねたグランはそれを制する。


「敵対していたとはいえ、怪我人だ。丁重に頼む」

「ですが、こいつらは……いえ、わかりました」


 グランの人望もあって渋々ながら指示に従う兵士たち。ややぞんざいな扱いになりながらも天使は雨合羽を被せられ担架で運び出されて行く。

 それでも担架の数にも限りがあって、歩ける者は徒歩になる。雨の中、多くの天使が辛そうに歩かされることになった。

 そんな中、高位と思しき片翼の天使に告げられる。


「感謝します……」


 輝くはずの金の長髪は雨にぬれて色を落とし、片翼の大火傷は見るに堪えない。怪我でやつれ気味だが、見目形は整い、まさに天使というべき絶世の美人ではある。だがそれが尚更、憎悪や嗜虐心を煽る結果にしかなっていないのは、下級兵士達に見られる通りだ。


 今や人界に天使を助ける者はほぼいない。言ってしまえば孤立無援。

 先の戦乱からしばらく経っているが、未だに傷が癒えていないのは人には見せられないためだ。

 グランはそれを思うと、何とも言えない気分になった。


「……」


 何も答えられず、ただ頷くグラン。

 しかも待っているのは、下級兵士の行動に見られるように針の(むしろ)だろう。

 団内にも天使との戦いで命を落とした者がいるとなれば、下級兵士の方が一般的な考え方だ。ましてや民衆の方は言うまでもない。


「帰還する!」


 微妙な空気を払拭するように号令を下す。

 号令に従いゆっくりと帰還の隊列は進む。鎖に繋がれた天使達を引き連れながら。


 ソニアが先の一件に関与したことは知らされているし、その行動が結果的に散華女王を救うことになったこともわかる。

 ただそれはアストリア上層部のみに共有される認識であって、ソニアを知らない一般人や下級兵士達には通用しないことも重々承知していた。下手をすればマッチポンプと批判されかねない。そうなればまた新たな火種になるに違いなかった。


 であればこそグランのこの歯がゆい思いはどうしようもなく、ただ顔を顰めて隊列を見守るのだった……


 †


 アストリア王国はカリスを併合して一挙に強大化したため、様々な問題に直面していた。

 カリスはオリンポス領やティターン領など多くの地方都市と属領を持っていたためである。アストリアも元はカリスの一、地方領であったため、特にそうした地方では不服や不満、不審などで離脱する地方が相次いでいた。


「とてもソニアを追っている状況ではないのは幸いだろうか……」


 そう皮肉げに呟く玉座の女王。疲労もあって、頬杖をつきながらため息が漏れていた。

 窓外の雨が後押しするように、散華からは鬱屈した思いが滲み出ている。

 それを気遣い、蓮華は告げた。


「……あまり思い詰めないことです。これまで通り、問題は一つ一つ解決していくしかありません。幸い神聖カリスから引き継いだ臣下は多くが有能です。任せれば良いのです」

「……そう、ですね」


 大国を維持したいわけではないし、地方になればなるほど目が届かなくなるのは分かりきっている。自立すると言うのなら離脱はむしろ歓迎だった。

 新たな境界線のすり合わせの必要性はあったが、先の大戦や天使禍の影響もあって、しばらくはアストリアと戦争をしようなんて考える国も無いはずである。


 それよりも残った方の兵の配備や、領主との今後についての方針の話し合いなどそちらに忙殺される日々。

 またカリス領は復興中で、新たに街を作り直している最中だ。そちらは最後まで天使禍に抗っていた女騎士、エレノアを領主に据えて指揮させている。

 彼女は有能でとても助かっているが、ほぼ全面焼け野原になってしまったカリスにはどうしても必要な物資などの面で便宜を図らなくてはならなかった。


 忙しいなどと言っていられないほどには忙しい。それがまた散華の陰鬱な気分を加速させていた。

 そんな中へ伝令兵が入ってくる。


「報告します! グラン騎士団長が天使の首領を捕らえたとのことです!」


 それには散華も一瞬、目を見開き、驚きを見せた。


「分かりました。ありがとう」

「ハッ!」


 伝令兵へは蓮華が対応し、下がらせる。


「まったく……次から次へと……」

「お疲れなら、私が代わりに向かいますが?」

「いえ、姉様、私が行きます。間接的にとはいえ、助けられたわけですから。天使とは私が直接話さねばなりません」


 散華はそれを引き起こしたソニアも同じだと言うことを意識的に封じて告げる。


「……分かりました。ですが、雨が止んでからにしてください。今すぐどうこうなるというわけではないのですから」

 

 それは蓮華も理解していて何も言わなかったが、無理をしているのは分かりきっていた。少しでも休むようにと提案する。


「そう、ですね……」


 姉に心配をかけるのは本意ではないので、散華もそれを了承した。

 だが、雨は数日、降り止むことはなかった。

 それに反するように市井では天使捕縛の噂は広まり、公開処刑を求める声が高まっていた……



 数日降り続いた雨が止んだのを待って、散華は急ぎ天使の囚われている監獄へと向かう。

 負傷したツヴェルフはまだ回復に専念している。近衛騎士団長、藤乃の指揮のもと、数名の近衛兵が周囲を囲み、馬車が進む。

 王城を離れしばらく街の郊外を進むと、修復された監獄へとたどり着いた。


 監獄を守る衛兵たちに畏まられながらも案内されて、石造の回廊を進む。

 そうして散華は鎖に繋がれた天使たちと対面した。

 天使の傷は未だ癒えておらず痛々しいが、グランの指示か応急処置は施されている。天使も治癒魔法を使えるはず……というより本職に近い。先の戦いでそれだけ魔力と体力を消費した結果、そちらの回復を優先せざるを得なかったのだろう。


 藤乃に人払をさせ、鉄格子を挟んで直接首領……片翼の天使長と呼ばれる者と話をする。

 失った翼の火傷跡が生々しい。治癒魔法で癒したとしても失われた翼が戻ることはない……


「わかっているだろうが……お前達は助からない……助けられない……」


 散華は正直に伝える。思うところはあるが、そうする他はできなかった。

 だが、対面した天使長は落ち着いた物腰で受け入れるように応える。


「気に病む必要はありません。この身は天に還るのみ。同じことです。無論、痛いのは嫌ですし肉体的に怯えは出てしまいますが……」


 片翼の女天使は獄中でそう言い切った。

 先の戦いで蒼炎に焼かれたのは何も彼女ばかりではない。獄中の何名もが似たような状態だった。

 本来であればこんな監獄より病院に入れるべきだが、苦しめられた民衆がそれを許すはずもない。

 あまり衛生的とは言えない獄中が一番安全だという皮肉な状況になってしまっている。


「それよりも貴女の方が理解できません。仮にも女神様の血を継ぐ者でありながら、なぜ地上に固執するのですか?」


 天使だからこそ散華の血筋を見抜いていた。

 その質問に散華は瞑目し、迷う。明確には自身にも答えられなかった……

 あまりにも身勝手な俗世でなぜ王などをしているのか、と問われたように思えて……

 代わりに言葉として出たのは散華自身にも不本意な言葉だった。


「……我らには大きな溝があるようだ。そもそもの価値観が違うらしい」

「そのようですね。対話によって解決できるものでしょうか……」

「わからぬ。だが、話はせねばならない。互いのために」


 天使に助けられた部分のある散華にとって、信じる正義というものが揺れていた。

 だが、天使長は敢えてか散華のそうした逡巡には触れず……


「そうですね。分かりました……我々、天使の役目は世界の歪みを排除すること。超級魔導存在、あなた方は逆天倫と呼んだそれです……」

「では、なぜ人を襲った?」

「……人が創ったからです。これからまた創るかもしれないからです。知っていますよ。かつての実験は黒の魔女が止めたのでしょう? 言い逃れはできません」

「……横暴だとは?」

「あれほどのものを目の当たりにして、そんな言葉が通りますか?」


 制御で繋がった散華にはわかる。わかってしまう。

 アレは世界の闇が凝縮されたような強大な存在だった。大勢の犠牲の上、壊せたのは本当に偶然で奇跡だった。

 一般には青の魔女(ソニア)が創ったとされてしまっているが、基幹技術は神の塔や模造女神と同じく過去の魔導大国の遺産であることは模造女神達からも聞かされている。


 天使は天使の正義を通した。そう告げられる。

「正義と正義が潰し合う」などと言う陳腐な言葉は、散華は今の今まで信じたことはない。多くの事柄には人の欲望や損益、あるいは誤解などが絡み合うためだ。

 だが、その信念が揺らいでいた。


「本当の正義は互いに潰し合うことはないと私は信じてきた」

「理想論ですね……」

「……そう痛感しているよ」


 表情を硬らせ、悩む散華に天使長は意外にも反省を口にした。


「ですが、それは本当は正しい。貴女のような方が居られるなら……いえ、我々も事を急ぐあまりに見誤ったのかもしれません……」

「ハハ、まさか獄中の者に慰められるとはな……」


 自身の不甲斐なさに乾いた笑いを放つ散華。


「貴女が無理をしてくれていることくらいはわかります。ですが、限界なのでしょう? 我らは我らの罪を償いましょう」

「すまない……もう民衆は抑えられない」

「私たちの非でもあります。貴女が謝ることではありませんよ」

「そうか……」


 身を斬られるような想いに、散華はそれ以上言葉が続かなかった。

 それでも最後に謝意だけはと絞り出す。


「……最後に一つだけ。間接的にだが、私はお前達に助けられた。感謝する」

「それこそ、お互い様でしょう……」


 散華は魔王とされた事を言ったのだが、天使長は逆天倫のことだと理解した。


「そうか……」


 些細な食い違いには訂正する気力も湧かず、散華はそれだけ言い残してその場を後にした。


 その邂逅は散華にとって得るものが大きかったが、同時に世の中への失望も大きくさせるものだった。

 監獄を出ると、散華は待たせていた馬車に乗り込む。


「私は一体何のために戦っているのだろうな……」


 帰還の馬車の中。散華は一人、沈痛な想いに身を焦がし続けるのだった……



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