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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(下)
168/186

贖罪の巡礼

 逆天倫を破壊したことにより使命を終えたのだろうか……

 天上の審判の太陽(ジャッジメント・サン)は消えつつあった。多くの天使が地上から飛び立ち、そこから天界へ帰還して行くのが見える。

 ただ、全ての天使が帰還できるわけではない。今回の戦いで多くの被害を受けた天使達は傷を癒すため地上に留まるしかなかった様子だ。翼を失った者も多数おり、それらは各地に潜伏していたようだが、現地人と衝突し至る所で混乱は収まってはいなかった。


 他に、一時的に人に戻った魔族は逆天倫の破壊によって元に戻ってしまったらしい……

 それらの混乱も起きていて、多くの村々で「人に化けていた」と大騒ぎになってしまっていた。私たちが見つけた魔族はこっそり逃して事なきを得たが、全ての村や街を回れるわけでもない。

 魔界の魔族軍が駐留していたアストリアはまだマシで、他の国まではどうなっているのかはわからない。

 秘密結社赤薔薇は実質、解散したがエリザベートに連絡して謝罪とフォローにまわってもらえるようお願いしておいた。もっとも私が連絡しなくても優秀な彼女は異変を察知してすでに動いていたが……


 関連して母の方はあまり心配していない。そちらはきっと父さんが何とかするはずだからだ。ここまでさせておいてそうでなかったら、ブッとばすと思う。


 ともかく信仰対象だった天使に裏切られたと豪語する者も多い中、天使や魔族に対する確執は以前より深まってしまったように思えた……



 そうした各地の様子を見ながら私とアイリーンは何度か転移して、ようやく燃えてしまった魔女の家へと帰っていた。

 逆天倫に壊され、焼け落ちたままの魔女の家だ。急いで逆天倫を追いかけたのでそのままになっている。


 だが、ここにはもう居られないだろう。おそらく私は指名手配されているからだ。散華ちゃんは王であるゆえにそうしたことから逃れられない。

 私たちがここに居ることは普通に報告として聞いているはず。それでなくとも追手がかかるのは時間の問題だ。

 アリシアやエリス、ツヴェルフさん達には私たちの板挟みにしてしまって申し訳なく思う。

 


「すぐに出ていかないとな……」

「ですね……ですが今度はどこへ行きましょうか?」

「うーん、遠いけど魔界かアルフヘイムあたり……こことは真逆になっちゃうけど、アイリーンの転移でなんとかなるかな?……他は南下して小国連合のどこかの国に入る手もあるけど……」

「ですがそれは下手をすれば明確にアストリアと敵対する形になりかねませんよ?」

「ああ、そっか……」


 小国連合は先の戦いで手痛い被害を被った。

 自業自得ではあるが、今回の事件を知れば私を是非とも手に入れようとしないとも限らない。


「ともかく今は休みましょう。何をするにせよ、疲れていては上手く行きませんから」

「……そうだね。もう、ヘトヘトだよ」

「ふふ……ですね」


 周囲は残しておいたゴーレム二体が守ってくれている。

 何か起きたとしても対処できるはずで、今はとても休みたかった。

 出発前と同様に、私たちは燃え残った家の残骸を尻目に野宿する。


 結果的に言えば爆睡した。とりあえず一連の事件には一応の決着はついたはずで、安堵もあったのだと思う。

 その朝方。


「ふわぁ……こんな場所でよく眠れたな……」

「ええ、よく眠っていましたね、ソニア」

「……もう、魔法かけたでしょ? アイリーン」

「さぁ、なんのことでしょう?」


 とぼけるアイリーン。いや、いくら疲れていたとはいえ、こんな野宿で熟睡とか私でもおかしいと思う。

 確証はないので追求できないが、感謝はしているのでそれを伝える。


「ありがとう」

「ですから、知りませんよ?」


 照れ臭そうにしながら、否定を続けるアイリーンだった。


 アイリーンと地面に座り、乾パンや干し肉など保存食ばかりの簡易的な朝食を取り終え休憩する。

 諸々の問題は残っているにせよ、一連の戦いは一応は終わった。ダンと交わした約束は守れたかというとほぼ有耶無耶になってしまい微妙だが、戦争は終結したはずなので目的は果たしたはずだと思う。

 いくらか余裕が出てきたのか、振り返って反省すると大失敗の連続のように思えて涙が出そうだった……


「頑張ったんだけどな……」

「ソニア、私はちゃんと見ていましたから、わかってますよ」

「うん。ありがとう、アイリーン。アイリーンに助けてもらわなかったら今頃、冗談じゃなく断頭台だったよ」

「ソニア、それは笑えません……」

「ごめん……」


 アリシアとエリス、いや大勢に助けられてなおこの様だ。

 ツヴェルフさんは片腕を無くしていたが大丈夫だろうか……教授のことだ。きっと対応してくれるはずだが、心配なのは変わらない。

 大勢が亡くなり、犠牲となった。私だけでなく多くの思惑が絡み合った結果だ。


「アイリーンはこれからどうしたい?」

「そうですね……慎ましく暮らすのも良いですが……やはり戦後処理というか、魔族の問題を解決しながらできれば地に落ちてしまった信仰も取り戻したいです」

「……やっぱりそれが冒険者らしいかな」

「ソニアだって本当は気にしてるんでしょう?」

「それはそうだよ……罪悪感が半端ないもん」


 大勢を巻き込んでしまった。謝罪してもしきれないが、他にどういう選択肢があったというのだろうか……

 魔族の悲願である以上、逆天倫の起動は必須だった。であればその時点でもう結果は変わらなかったのかもしれない。

 そんなことを何度も繰り返し懊悩煩悶(おうのうはんもん)した。


「私もせめて供養というか、何かしたいけど……」


 その言葉に反応したのはアイリーンではなく……


「その言葉を待っていた!」


 誰だ!?


 警戒して振り返って見れば二人の修道女がこちらに歩いてきていた。


「隊長、それにアイリーン久しぶりだな!」

「ご無沙汰しております」


 それは見知った顔で、私の警戒に反応したゴーレムも下げさせる。


「アウラ! グレイス! どうして……?」


 それには一見淑やかながら、やや怒ったようにグレイスが返す。


「どうして? 自分が何をしたか、お分かりになっていないのですかね?」


 グレイスのやけに言葉が鋭い。いや、したことは大いに反省している最中なのだが……


「自分がしたことは済まないと思ってる。でも、お前たちには迷惑は……」


 今、問題になっているのは主に天使と魔族であって、迷惑はかけてないはず……


「それは私たちが何をするために奔走しているか知ってての言葉ですか?」

「ええと……修道院の再建だっけ?」

「そうです。ですが、どなたかのおかげで信仰は地に落ち、やっとの交渉で取り付けた支援や援助は次々に打ち切られる始末……」

「う……」


 涙目になって訴えるグレイス。アウラはそれを宥めるように「私たち頑張ったよな……」と肩を抱いていた。


「いや……うん。ごめんなさい……」

「……ソニアも苦労したのです。責めるのはそのくらいにしてください」


 アイリーンが助け舟を出してくれるが、グレイスは止まらない。


「いいえ、アイリーン。貴女も地に落ちた信仰を救いたいと思っているはず!」

「それは……否定できません」


 私の防壁は脆くもあっさりと撃沈した。


「私たちが言いたいのは責任をとってくださいということです!」


 んん? これってもしかして強請(ゆす)られてない?

 いや、まさかグレイスがそんなことするはず……アイリーンの次に修道女の鑑とも言えるあのグレイスが……


「ええと、つまり……お金?」

「さすがにこの惨状を見て、そんな酷いことは言いませんよ。あまり期待できなさそうですし……たんまり溜め込んでいるなら別ですけど」


 別なのか……グレイスは逞しくなってしまったようだ。


 見ての通り家は焼け落ちている。金品はいくつか残っていて全くお金がないわけではないが、修道院が建てられるほど余裕があるわけでもない。

 グレイスはそれを見てため息をついてから言った。


「ですので、私たちを手伝ってください! 修道院再建計画を!」

「……」


 修道院再建計画……言われて少し考えてみるが、今の世界情勢では暗雲しかないのは明白だ。

 天使の真実は、世界の維持機能であってそれは必ずしも人々の味方とは限らない。それが暴露されたためだ。


「ええ!? 今の情勢じゃ、どう考えても無理ぽ……」

「たとえ何年かかっても成し遂げるのです! 我々が罪を償うにはそれしかないのです!」


 ええ……言い切るなぁ……

 グレイスってこんな熱い性格だっただろうか?


「アイリーン何とか言ってやって……」


 現状ではかなり厳しいことをわかってもらえればと、アイリーンを振り返るが……


「グレイス。感動しました。必ずや我々の手で成し遂げましょう。断罪の剣の理想を今一度……」

「アイリーン、貴女ならわかってくれると信じておりました!」


 おおう……私の最後の防壁が感化されとる。


 事を盛大に炎上させた私に拒否権があるはずもなく……

 話は勝手に進み、私は修道院復興計画とやらを手伝わされることになった……


 グレイスは神妙な面持ちで話を続ける。

 

「ここにいるのは皆罪人。咎人です。私たちには相応の責任の取り方があるはずです」

「いや、お前たちは一応、ダンジョン攻略まで手伝って許されたはずでは?」


 そのはずなのだが、グレイスは納得していないように眉を顰める。


「許されてはいませんよ。功績によって罰を免除してもらっただけです。罪は一生背負っていくものです。修道女であれば尚更……それはアイリーン、貴女も同じはず」

「そう……ですね」


 グレイスとアイリーンは断罪の剣の顛末に思いを馳せているように同意し、アウラは頷いていた。それが彼女たちの考える修道女のあるべき姿なのかもしれない。

 今の私にはそれが身に染みるような思いだった。


「もしかして励ましに来てくれた?」

「それは隊長次第ですよ。あまりに責任を感じていないようなら、叱りつけていたでしょう……ですが、その必要はなさそうなので」


 うむ。今、叱られたら立ち直れない自信がある……


「ソニア、不安かもしれませんが皆、貴女は塞ぎ込むより動いた方が良いと思っているのです」

「うん。そうかもしれない……ありがとう」


 その後、互いに別れてからのことを話し合い情報交換をした。

 やはり私のことは方々に伝わってしまっているらしい。一般人にまでは面は割れていないとは思うが、一層の注意が必要とのことだ。

 それからグレイスやアウラはアイリーンが作った断罪の剣の墓碑へ墓参りをしたり、これからの打ち合わせをする。

 天幕(テント)住みだったが、話し合いと計画を進めながら何事もなく数日が経過した。

 考えてみれば散華ちゃん、というかアストリアの方も私を追えるほど暇ではないのだろうか? もしかしたら多少の猶予を与えてくれたのかもしれない。

 いずれにしろここは去らねばならないだろうが……それを考えると丁度よかったのかもしれない。


 そうして決まった今後の方針だが、修道院再建計画の第一歩として、お布施を募りながらの聖地巡礼の旅に出ることになった。旅をして各地の聖地や神殿を巡る予定だ。


 ここは元カリスの僻地だが、カリスはアストリアに併合されることが決まったというお触れが出ている。

 私とアイリーンはアストリアの国外追放の身なので出ていかなくてはならない。もっとも罪状が増えた身では守っても仕方ないのかもしれないが……

 逆にグレイスとアウラはアルフヘイムの国外追放だ。よって私たちはアストリアとアルフヘイムを避けての聖地巡礼となる。



「ソニア、素敵ですよ!」

「ええ、とても似合ってます!」

「そ、そう? 自分じゃわからないけど……」


 さらに数日後、修道服を纏う私。特製の濃紺の修道服をグレイスとアイリーンが協力して仕立ててくれた。

 アウラは案の定、裁縫が苦手らしい。私も人のことは言えないが……

 思えば修道服を自分で着たのは初めてだ。基本、見る専だから。カモフラージュにもなって丁度良い。

 感激したように目を輝かす二人。ともかくアイリーンやグレイスが喜んでくれるなら嬉しい。


「馬子にも衣装だな」


 それ褒めてねえよ! アウラはブッとばして良いだろうか……


 そんな調子で私たちは旅立った。墓守のためにゴーレムは残して。

 今なお虐げられる魔族を助けながらの贖罪の巡礼。天使も見つけたらどうにか助ける予定だ。


 だが、やはり地に落ちてしまった信仰への世間の風当たりは厳しく、多くの神殿で神官が逃げ出したこともあり、想像以上に困難な旅が続いた。


 私が引き起こした結果をまざまざと見せつけられ、何度も気分を悪くする。

 信じていた天使には裏切られたと思っている者が大半で、未だに信仰を続けている者など狂人扱いに近い。

 流石に足蹴にされたり、唾を吐きかけられるような真似をされればこちらも防御やある程度の抵抗はする。

 それでもその度に気分が落ち込むのはどうしようもなかった。


「ソニア……本当に無理そうなら辞めても良いのですよ」

「いや、大丈夫。アイリーン。決めたことだから……」


 アイリーンやグレイス、アウラにまで心配されながらもどうにかついて行く。

 正直に言えば私は魔女で三人ほど信仰心が厚くない。そんな私が修道女の恰好なんて、馬鹿にしているのではないだろうかと心配になるのだが……三人はなぜか嫌な顔はしない。

 

 そんな調子でどうにかついて行くと、 本当にごく僅かに私たちの話に耳を傾け、真摯に聞いてくれる者たちは居る。

 押し付けるのではなく理解者を増やす。まずはそこから始めなくてはお話にならない。

 修道院再建計画……想像以上に遠い遠い道のりだと理解させられた。


 人々に煙たがられはしたが、各地の昔の神殿や聖域とされる場所を巡る旅は楽しかった。とはいえ、多くの神殿が破壊される事態に陥っていたが……


「教会運営にお金がかかるのはわかりますが、多くの支部が行きすぎて拝金主義に走った結果でもあるのかもしれません……」


 破壊された神殿を見てアイリーンは哀しげに感想を述べる。特にゴテゴテとした金銀、宝石類などの過剰装飾があったであろう部分は見るも無惨に破壊され、奪われ尽くしていた。


「聖教会のこと?」

「はい。これを見れば先の戦いをソニアばかりに責任を押し付けるのは間違っていると確信できます」


 皆が傷ついた。倒れた者も生き残った者も……

 散華ちゃんにしろ、私にしろ非情な決断を下さねばならなかった。そんな戦いを胸に刻み、各地に祈りを捧げて私たちは巡礼の旅を続ける。


 願わくはその魂の安らかならんことを……偽物の修道女の私だが、この祈りだけは本物であるように、と。



「そうですね……多くの者が道を誤った結果です。勿論、我々も含めて」


 グレイスもそれに賛同する。二人とも私を励ましてくれているのがわかる。


「ま、そんな気にすんなよ。皆が悪かったんだからよ」

「アウラは直球だな……」


 そうして笑い合えるのは本当に救われたと思う。


 そんな旅路だったが、旅先で私たちは不穏なことを耳にする。

 わずかに残る数名の神官と信者からの話だ。かなりの辺境ではあまり天使禍の影響はなかったらしく無事な場所もいくつか残っていた。


「アストリアで大勢の天使が捕まったらしい……傷ついて動けなかった天使たちだそうだ」

「当然だが、極刑を求める声が日増しに高まってるって話だ」

「えっ!? その話、本当ですか!」


 私は思わずその話に食いつく。責任の重さを痛感してのことだ。


「こんな場所じゃ本当かどうかなんてわかんねえよ。ただカリスからの避難民はそう言ってたぜ」


 復興中のカリスよりはとこちらへ流れてきた難民だろうか……


「アイリーン、グレイス。ついでにアウラ……」

「ついでって何だよ!」


 アウラのそんな抗議など耳に入らないくらいには深刻な状況だ。


「私、行かなくちゃならない……」

「ソニア……」


 避難民が陸路で何日もかけての情報となるともう時間はないのかもしれない。もしかしたらすでに処刑されてしまっているのかもしれない。

 いや、魔導具での通信の可能性もあるか……いずれにせよ行ってみなくてはわからない。


 方々を旅したせいでエリスやアリシア、ツヴェルフさんともしばらく連絡を取れてはいなかった。

 そんな状況になっていたなんて……迂闊だったと言わざるを得ない。


 言ってしまえば天使は捕まらない私の代わりに処刑されるようなものだ。

 散華ちゃんだって天使に助けられた部分はある……それがわかっていてもなお、王として決断をしなくてはならないのだろう……人々の憤怒の矛先を受け止める者がいなくてはならないから。


「魔族を助けるだけでなく、天使も助ける。巡礼として何も間違ってはいません。私とアウラはこちらでの祈りと挨拶を済ませてから、追って行きますので先にアイリーンと向かってください」


 グレイスにそう了承されて、私はアイリーンと頷く。


「グレイス、アウラありがとう」


 巡礼者には場所や食事などの便宜を図ってもらう以上、相応の礼儀がある。お祈りはもちろん、場合によっては掃除など幾つかの雑務をこなす。

 それらを押し付けて申し訳ないと思いながらも、私は急ぐ必要があった。


「言っておきますが、修道院再建計画からは逃しませんので……」

「お、おう……」


 別れ際にそれだけはグレイスに釘を刺される。

 正直、巡礼の旅よりも一番逃げたいヤツだったが……

 もう、さっさとどこかでお金を工面して建ててしまった方が良いのでは……


 そんなことを思いながらグレイスとアウラに見送られて、私はアイリーンの転移で急ぎアストリアへと向かうのだった……



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