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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(下)
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絶叫

 燃えていく……

 燃えていく……

 燃えていく……


 業火の熱風が頬を撫でていった……

 私がそう感じた時には、周囲は惨憺たる有り様となっていた。


 私が目にした中でも、群を抜いての圧倒的な被害。

 これまで凄惨な光景は幾つも見た。だが、それでもこれほどのものがかつてあっただろうかという群を抜いての凄絶な景色が広がっていた。

 簡潔に表現するなら、『地獄』だろうか……

 目に見える世界は破壊の青に包まれていた。


 天空では羽を焼かれた天使たちが燃え落ちていく。

 地上では全身を焼かれた兵士たちが黒炭のように散っていく。さらにはその屍をなお焼き尽くされている。

 大地の草花は視界に映る範囲全面が焼かれ、焦土と化した。

 全てを呑み込み蒼炎は猛威を振るったのだ。


 それは遠く、半壊したカリス王都まで及び縦横無尽に暴れまわった。

 最後の希望のように残されたカリス王城も音を立てて崩れ落ちていくのが、ぼんやりとした私の視界に映る。

 散華ちゃん達が護ろうとしていたものは脆くも崩れ去った。


 私はアイリーンの張った防壁とともに吹き飛ばされ、大地へ転がされていた。

 あまりの衝撃に一瞬、精神が虚脱したような状態に陥ったがハッと我に還る。

 全身が地面へ打ちつけた痛みに悲鳴をあげていた。


 「あ、ぐっ……」


 焦げた土を掴み、どうにか這い起きる。

 ゆっくりと力を込める掌が熱くて痛い……それでどうにか生きているらしいことを実感した。


「アイリーンっ!」


 すぐに周囲を探すと私同様に吹き飛ばされ、近くに転がっていたアイリーン。

 その火傷が酷い。全身が焼けただれ、見るも無残な状態だ。

 防壁だけでは間に合わず、どうやら私を庇ってくれたらしい。

 おかげでこちらの被害は少なかったが、逆にアイリーンが瀕死になっていた。


「すぐに治すから!」


 フラつく体を動かし、転げるように駆け寄り、その傍に跪く。

 彼女の状態を見ながら治癒魔法をかける。


 魔族化したことで不死者に近い彼女だからこそ、かろうじて生きてはいる。

 それでも酷い状態には変わりなく、私は懸命に命の糸を手繰り寄せる。

 知恵の泉に触れたことにより、最適化された魔導式が構成され紡がれる。

 それに従い魔素の青い光が掌に集まり次第に彼女の体へと浸透していった……


「アイリーンは私の腕の中では死なせない! 絶対に!」


 魔窟(ダンジョン)の奥、かつての苦い記憶とともに左目が疼く感覚。

 知恵の泉……失った左目とともに得た力は絶大だった。

 回復魔法が効果を発揮し、徐々に彼女は生気を取り戻した……


「ごほっ……」


 軽くむせるようにして、息を吹き返すアイリーン。

 やや苦しげにしながらも息を整えるアイリーンに私はほっと胸を撫で下ろす。


「アイリーン、大丈夫?」

「はい、ソニア。助かりました」


 私たちは支え合うようにして二人で起き上がる。


「それにしても危なかったですね……ごめんなさいソニア。昔貰った戦闘服を駄目にしてしまいました」


 ひどく残念そうにしているアイリーン。

 ああ……前にアラネアが作ってくれたヤツか。どうやら、修道服の下に着こんでいたらしい。


 アラネアの糸には炎耐性があった。私も焼き切るのに苦労した覚えがある。

 それでもそれを凌駕して焼け落ちている。それほど凄まじい威力だった……

 起き上がった拍子に、パラパラと彼女の戦闘服の残骸は灰となって落ちた。


「……あまり見つめないでください」

「アイリーンはセクシーを披露している」

「披露はしていません!」


 焼け焦げた修道服の名残が肌に引っ掛かっているだけの状態。

 中途半端に名残が残っているせいか、妙に……


「いかがわしい……」

「言わないでください!」


 何とかしてやりたいが、一張羅を渡してしまえば今度は私が下着姿を披露してしまう。

 仕方なくじっと見つめていると、アイリーンは嫌がるようにそそくさと近くの遺体へと向かってしまった。


 それは恐らく女兵士だった者の死体。

 中身は燃え落ちて、鎧だけが比較的マシな状態で転がっていた。とはいえ比較的マシなだけであって熱のためか変形してほぼただの板みたいになっているが……


 鎧には魔法耐性があったのだろうが、それを凌駕してしまった結果だ。

 そんな者達が燃え飛ばされゴロゴロと転がっている。

 何とも言えない情景が広がっていた。

 私はなるべく見ないように眉を顰めることしかできない……


 そこへ近づきアイリーンは手を合わせて瞑目し祈る。


「ごめんなさい。装備をお借りします」


 アイリーンは軽く氷魔法の詠唱をして熱を冷まし、それを手に取った。

 焼き切れてしまった鎧の革ベルトの代わりとして、自身の焼け残った修道服をちぎり取り、紐状にして通す。

 そうしてテキパキと鎧を身に着けていく。


 私はそれを「アイリーンは逞しいな」と思いながら見つめていた。


 とはいえ、鎧の残骸を身に着けただけの姿。

 所々、見え隠れしている。お尻なんてほぼ丸見えだ。


「これが噂に聞く裸に鎧……裸鎧」

「ソニア……こんな時にさすがに不謹慎ですよ?」


 羞恥に顔を赤らめながらも、そこはしっかりしているアイリーン。


「……ごめんなさい」


 私は素直に謝る。

 そう、わかっている。

 多少ふざけてでも気持ちを盛り上げなくては陰惨な光景に呑まれてしまう。怯えて竦んでしまう。

 防御本能のようなものが軽口となって出てしまっていた。


「いえ、わかっているなら良いのです。ただ、私がソニアを信じていることはわかっていてください」


 そんな私をアイリーンは許容してくれる。救ってくれる。


「うん、ありがとう。私もアイリーンを信じてる」


 そう、私は怯えていた。

 何より、この被害をもたらしたのは()()なのだ。

 逆天倫……あれはもはや私の分身といっても過言ではない。

 これを私がやったと言っても過言ではない……


 なぜならそれは確かに私の怒りだった……

 散華ちゃんを魔王としたことから始まった一連の騒動。

 私の父親が加担していたことへの負い目。

 天使を呼び込んでしまったことで加害者は被害者を気取り、さも自分たちは何も悪くなかったように振る舞う市民。


 それ以外にも様々なことが渾然一体となってぐちゃぐちゃとしていた私の心の奥底の部分。

 それをアレは蒼炎とともに読み取ってしまった。

 その象徴であるカリス王都へ矛先が向かったのは、そうしたものの帰結だろう。


 たとえ怒りがあったとしても、もちろん私はそんな破壊行為はしない。クール美少女であれば尚更だ。

 だがアレは生まれたて同然の赤子に等しい。

 加えて、世界中の呪いを一手に引き受けた歪みだろうか……


 忌まわれし呪い子は、今はその挙動を止めていた。

 目的を果たしたためか、静かに沈黙している。

 ぼうと今なお燃え盛るカリス王都を見つめながら……

 照り返しの蒼い光に曝されながら、何を思うのだろうか……


 しばらくして結果に満足したのか、逆天倫は再び動き出した。今度はアストリア方面へ向かうように。


「ああ……やはりそうなのか」


 さらにつけ加えるなら、アレは先の勇者のアストリア侵攻戦における戦死者たちの残滓から生まれている。

 膨大な魔素を集めるためにはそうするしかなかったためだ。

 もし、魔素にわずかでも戦死者達の意識の一部が残っているのだとしたら、次に向かうのはアストリア……

 

 アストリアを壊したらその次は、味方したアルフヘイム、あるいは魔界方面へ向かうのだろうか……

 もはや彼女は全てを破壊しつくすまでは止まれないのだから。


「ここで止めないと。止めてあげないとッ!」


 過ちはもはや取り戻せない。

 それでも止まれない彼女は誰かが止めてやらねばならない。

 私が止めてやらなくてはならない。



 †



 カリス王都郊外。

 一時、戦線を離脱したエリスとアリシアは避難者の救護に当たっていた。


「間一髪だったわね……あんな大魔法が来るなんて、アリシア良く気づいたわ。おかげで避難者の被害も最小限にとどめられた……」

「……あまり言いたくはないけどアレってソニアに似てるのよね」

「それは……いえ、この蒼炎を見ればね」


 二人のエルフは遠く沈黙した巨神を、やや憂いを帯びた表情で見つめていた。

 こうなってしまった概要はソニアに接触した時に聞いている。それでもこれほどとは想像できてはいなかった。


 傍を見れば、燃え盛るかつての王都に多くの避難者はその脚を止め、絶望に涙を流している。

 へたりこみ、もはや動く気すら失ってしまったように瞳に力を失う者までいる。

 それはカリスのかつての栄光を知る者達なら尚更だった。


 だが、それは一様に被害者ばかりという訳でもない。この惨状を引き起こした原因、遠因に組していた者たちも大勢いる。与しないまでもそれをあえて見逃した者達も。

 その何とも言えない雰囲気に言葉を飲むエリスとアリシアだったが。


「私達はできることをしましょう」

「そうね……」


 エリスに促されてアリシアは同意し、脚を止めた避難者たちへ発破をかける。


「絶望したいならしなさい! それでもアストリアは貴方たちを受け入れる。貴方たちが敵としたアストリアが! 今後どうなるかなんて誰にもわからないわ。けど生き延びた者にしか未来は作れない。その責任は負えない。……わかったら今は足を動かしなさい!」


 その直截的な物言いはもちろん反感を呼んだ。

 だが、「何様だよ!」「こっちは被害者だぞ」などと文句を垂れ流しながらも、へたり込んでいた者達は渋々それに従うように立ち上がる。

 心のどこかで負い目を感じてはいるのだろう。

 避難誘導の兵士に先導されて脚を止めていた人々は徐々にその場を離れていった。


「ふふっ……驚いたわ、アリシア。ちょっと前女王陛下みたいだった」

「そう? わりと憧れてたのかもね……」


 束の間、昔を懐かしむようにしたアリシア。

 それを見て、成長を見守る姉のような微笑みを浮かべるエリスだった。



 †


「私が止めないと……」


 その敵意に反応したように逆天倫は私たちへの再度の攻撃の構えを見せていた。

 立ち塞がった私たちに再び青い魔素の光を纏うようにして……


 その姿に、私はこれでもかというほど打ちのめされそうになる。


「ああ……」


 やめろ! やめてくれ!!


 悲鳴は言葉にならず、嗚咽だけが漏れる。


 だがもう、それだけはさせてはならない!


 怯みそうになる心を叱咤し、強制的に制御に介入する。


 これまで私は蒼炎で数多の魔物を葬った。

 逆天倫にとって今の私たちはその魔物と同じなのだ。

 それは逆天倫の悲痛な叫びのように。


 私の制御の邪魔が入り、威力を最小限にまでとどめた蒼炎が放たれる!

 だがそれでも私たちを殺すには十分すぎる威力。

 制御で手一杯で防御ができない私を庇うのは当然、アイリーンで……



「ぐっ……」


 私の眼前で再び被弾したアイリーンが苦しげに呻く。


「アイリーン!」

「大丈夫です! 私はソニアの腕の中では死ねないのでしょう? それは少し残念ですけど……」


 アイリーンはそう気丈に振る舞うが、辛そうに顔を顰めている。

 私の蒼炎が彼女を傷つけたことには変わりなく……さらには多くの者の命まで奪ってしまった。

 動揺は精神力を削り、制御は解かれそうになる。

 焦れば焦るほど迷宮に呑まれるかのように……


 アイリーンを苦しめてしまうことへの焦燥が半端ない。

 狼狽する私へかけられたのは聖女の言葉だった。


「ソニア……終わらせてあげましょう。この悲劇を」

「アイリーン……」


 そう、終わらせなくてはならない。

 世界に憎まれし者に安息を。

 疎まれし者に救済を。


「……アイリーンもうちょっとだけ我慢して。私が生きている限りアイリーンは死なせない。それが魔女の呪いだから!」

「はい! その言葉を待っていました……」


 きっと全てが間違っていて、アレが生まれてしまった。

 一人一人の間違いがアレを産んでしまった。


 言い訳にしか聞こえないかもしれないが、責任転嫁をしたいわけではない。

 確かに私はその後押しをしてしまった。そこに責任はある。私の父親にも責任がある。それも認める。

 確かに負い目はあって、その気おくれが微妙な制御の穴を生んだのは否定できない。


 だが、散華ちゃんを魔王にしたのは? 魔族を蔑んだ社会を作ったのは? それを維持したのは?

 勇者を賛美する一方で、その反動として魔族を虐げてきたのは何もカリスばかりではない。

 アルフヘイムにもアストリアにもそうした者たちはいる。


 昔の奴隷制度も始めは便利だ、都合が良いとして大勢が認めていた。魔族差別はいずれ奴隷制度への回帰を促しかねない危険な問題だった。

 それでなくともカリスには前王の時代にはきな臭い噂や事件が絶えなかった。裏でエルフの奴隷化を目論んだ節があったのは私も目にした通りだ。

 そのために今は亡き勇者王やアルフヘイムの精鋭によって前カリス王国が倒されたのはまだ記憶に新しい。


 その後の神聖カリス王国はこれまでの方針を一変して良くやっていたようだが、根底に根付いた問題は自身が勇者であるが故に払拭できなかったようだ。

 あるいは勇者王はそれでも残ってしまった問題を清算しようとでもしたのだろうか?


 逆転倫を望んだのは魔族だが、そうさせたのは大勢の一般市民、大衆だ。

 勇者を祭り上げ、聖教会の体制に異を唱えないばかりか、賛同して散華ちゃんを魔王と決めつけた。

 挙げ句の果てに、私が逆転倫を起動したことによる天使の降臨には掌を返して散華ちゃんへ助けを求めた。


 大勢が良いとすれば、良いものだという認識になってしまう側面が人にはある。

 共感性ならまだしも、同調圧力や利権などが加われば尚更手に負えない。

 個々人の行動の結果が社会へ影響を与える以上、そこは切っても切り離せない。

 黙認は許容に等しく、従って差別や迫害は改善されない。どころか悪化への一途を辿る。

 本当にそうなのか? このままで良いのか? は常に考えていかなくてはならないと思う。


 古い魔導の教えに「梵我一如(ぼんがいちにょ)」というものがある。

 要約すれば、(ブラフマン)(世界)と(アートマン)(個人)は同一だという教えだ。

 これは独自魔法の基礎とも言われる教えだ。


 全ては過去から流れ、繋がってここに至った。因果の結果がここにある。

 それも純然たる事実だった。


「自分たちにだけ非は無いなどと、認めさせはしない……」


 だから……


「この悲劇を終わらせよう……」


 間違いは新たな間違いを生み出す。

 それでも今度は失敗しないために……


 私は決意を込めて青の書を開く。私の意思に呼応するように鞄の中の外典まで輝いていた。


 対して制御を嫌がり、猛然と逆天倫は暴れ出す。

 その都度蒼炎を放ちアイリーンが被弾する!


 彼女の漏れる呻きと悲鳴に耐えながら。

 だが、着実に私の制御の糸は蜘蛛の巣のように逆天倫へと伸びていった。


 一進一退の攻防。長時間に渡る根比べが続く。

 方々で燃え残る蒼炎に息苦しさは覚えるものの、暗さはそれほど感じない。


 私はひたすら合わせるように義眼へと力を送る。

 集中し高まる魔素によって瞳が青く輝き、制御のため左目の義眼はより赤く輝いて……



しばらく更新できなくて申し訳ございませんでした。

作中ではないですが、環境疲れみたいなものが出てしまってました。

依然としてコロナ禍が続いてますので皆様もお気をつけください。


変わらずこの物語を応援してくださる皆様に感謝を!

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