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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(下)
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蒼焔

 空中の天使達は地上を見下ろし、睨みながら懸命に戦っていた。

 次々と散っていく天使達を横目に、二対の羽を持つ鎧姿の美しい女天使は空中で悔しがる。


「アレに我らの力は通用しない。ならば敵であろうと利用するしかないのだ……」

「天使長様……」


 先刻、天使達がアストリア軍を庇うように立ち回ったのもそのためである。


「最優先事項は超級魔導存在……即ちアレの破壊。今は耐えよ……必ず時は来る」

「ハッ……」


 命令を受けて周囲の天使達は武器を構える。


 天使にとって眼下の存在は不倶戴天の敵だった。

 その存在性が真っ向から正反対。

 天使が秩序の維持者であるとするなら、それは破壊の具現である。


 対する巨神は忌々しげに空を睨みつけていた。


「哀れな存在よ……それほどまでに世界を憎むか……」


 空を舞う女天使長はそう言葉にしたが、そこに同情は無い。

 迷いなく自身の任務をこなすだけであると、自身に課すのだった。


 †


「あれはアイリーンの魔法ですか……また強くなりましたね」


 逆天倫の防壁を破壊した魔法攻撃を見て、蓮華はそう評していた。


「エリスから報告は受けていましたが……やはりソニアは来てしまいましたか……」


 散華の心情を思えば心が痛む。

 同時に王として強くあるように望んでしまう自身の不甲斐なさに悔しさも感じていた。


「今は感傷に浸れる場合でも時でもありませんね……」


 今は目前の問題に集中しなくてはならない。

 エリスの報告通り、ソニアの手を離れていると言うのなら事態はより深刻になったとも言える。

 敵対する存在は気に病む暇すら与えてはくれない。


 眼前にて対峙する相手はこれまでにない絶対存在。

 防壁を取り去った今なお強大な魔素の歪みが周囲に存在し、その存在の絶対性を示していた。

 兵士たちも皆、緊張と震えを押し隠している。

 最前線の指揮官となれば尚更、気を抜くことも許されない。


 防壁を取り去ったことで、攻撃は通るはずである。

 攻勢を強めようと、蓮華が前線の全軍に突撃指示を出そうとして……

 魔神から立ち上る魔素が急激に膨れ上がっていた!


「なッ!? 全軍! 防御態勢ッ!!」


 蓮華は咄嗟に切り替えて指示を出すが、無情にも全軍へは間に合わなかった。

 油断は無かった。それでも相手は容易く予測を越えて来る。

 そうなっては誰であろうと回避のしようがなく……


 蓮華を庇うようにツヴェルフが割り込み、残る全ての魔力を注ぎ込み土魔法で防壁を張った!


「くっ、ああぁあああっ!」


 二人で支え合い、耐えるようにしてどうにかそれを維持する……


 それでも衝撃波によって、脆くも破壊される防壁。

 二人は弾き飛ばされ、何度も身体を大地へと打ちつけ、転がっていた。


 大技を放った直後の反撃(カウンター)


 巨神は防御へと回していた力を攻撃へと転嫁させたのである。

 力の渦が奔流となって爆発したのだった。

 ただの魔力の暴発。そうとしか思えない力が巨神を中心に放たれていた……


 言うなれば全方位攻撃。

 先ずその直撃を受けたのは周囲を飛び交っていた天使達だった。

 翼をもがれ、羽を落とし、天使達が散っていく。

 被害は甚大なものとなり、さしもの天使達も態勢を立て直すべく一度退がるしかなかった。


 それは防御壁を成していたアストリア軍後方部隊へさえ届き、一瞬にして全軍を壊滅状態へと追い込んでいた。

 生き残った兵は各々の判断で逃げるように散り散りとなって退いている。

 後方では防御壁の再構築を急ぐアストリア軍。


 天使の軍、アストリア軍前線部隊の双方に甚大な被害をもたらしていた。

 逆天倫を守る障壁は破壊された。だが、本当の戦いはここからだった……



 最前線にいたツヴェルフと蓮華も傷つき倒れている。

 間一髪でツヴェルフの防壁魔法が間に合ったおかげで一命は取り留めた。

 二人とも衝撃波と転がった拍子によって服は裂け、傷を負い血で濡らしていた。ツヴェルフに至っては片腕を無くしている。

 それでも、自動人形(オートマタ)のツヴェルフは冷静に進言した。


「蓮華、一度退きましょう。前線は崩壊しました……」


 蓮華は何度も打ちつけた身体中の痛みに顔を顰めた。

 混乱する頭を振りながら起き上がり、蓮華が周囲の状況を確認すると、まさに惨状の一言だった。

 それは空中の模造女神達ですら態勢を立て直すべく、退くほどである。


「くっ……そうですね。散華、あとは頼みましたよ……」


 蓮華とツヴェルフは肩を寄せ合うようにして支え合い、その場から退却するのだった。



 空中にいたアリシアとエリスも異変を感じて咄嗟に防御魔法で防いだものの、余波で弾き飛ばされていた。

 他の天使達と同様に大地まで落下している。


「イタタ……なんて力よ……」

「アリシア、大丈夫?」

「なんとかね。しばらくは動けなさそうだけど。そっちは?」

「私も同じよ。回復に専念しないと……でもここじゃ、邪魔になるわ。一度、退くわよ」

「……わかったわ」


 こうしてアリシアとエリスも撤退している。



 ただの一撃によってアストリア全軍は混乱し、恐慌状態に陥っていた。

 それは王であっても例外ではない。


「姉様!! ツヴェルフは!? アリシアとエリスは無事か?」


 力の爆発の余波は後方で陣取る散華たちの許まで届いていた。

 後方では万全の防壁と防御態勢のおかげで大きな被害こそなかったが、それは大いに兵士たちへ恐怖を与えていた。

 普段ならこうした場面でも冷静沈着な大器を見せる散華であったが、今回ばかりは相手が悪い。

 巨神はそれほどの異質さを存分に発揮しながら、ゆっくりと迫りつつあった。


 散華が確認を急がせるように指示を出そうとしたところへ、近衛騎士団長の藤乃が報告に来ていた。


「ご安心を……今は退却を始めています」


 取り乱す散華に藤乃が、確認した事実を淡々と伝える。

 胸を撫で下ろし、呼吸を整えて落ち着くと散華は的確に指示を出していく。


「藤乃、退却を援護する。出るぞ!」

「ハッ!」


 退く者たちを援護するように、そして決着をつけるべく散華女王の本陣が進み出るのだった。



 †



 力の一端を示した逆天倫に驚き、私の心臓は早鐘を打っていた。

 攻撃を終えて逆天倫は戦場を荒野に変えながらさらに進もうとしていた。


 蓮華姉さん、ツヴェルフさんが後退して行くのが見える。アリシアとエリスも弾き飛ばされるようにして墜落していった。


 助けに行くか? いや、散華ちゃんの本陣が動き出している。

 ならば私も彼女に合わせて動かなくてはならない。


「あれは絶対にここでくい止めなくては……」


 ここで逃がせば次は対策をされてしまう。そうなれば今回の戦いの全てが無に帰す。

 私から盗み取った魔導知識がそれをさせてしまう。


 それは人類の……いや、この世界の敗北を意味している。

 次は絶対に無い。


 戦場の狂気と私の怒りがアレを形作ってしまった。

 だから、カリスを攻め、同時に帰ろうとしている。

 それを私は再認識し、決意する。


「アイリーンごめん、防御を任せる。アレは私を警戒しているから……」

「はい。任せてください」


 私の知識があるなら、散華ちゃんと私のどちらも警戒しているはずだ。

 加えて私が彼女を補助するなら……


「勝機はあると信じたい……」


 近間にまで軍を進めた散華ちゃんは、撤退部隊を援護させながらその中から進み出る。

 逆天倫と対峙した彼女、どちらも警戒して睨み合っていた。


「アイリーン、少し近寄ろう……アレの気が逸れるかもしれない。お願い」

「わかりました」


 何度もすまないとは思うが、便利なのでつい頼んでしまう。

 アイリーンの呪文と共に転移魔法が構成される。

 私たちはあえて逆天倫の後方へと転移した。散華ちゃんのアストリア軍とは反対側である。


 突然の転移に驚いたのだろうか?

 逆天倫の意識が、はっきりと私の方に向いたのがわかる。

 どうやら優先順位は私の方が上だったらしい。

 当然か……私が創り、今なおその繋がりが僅かに残っているのだから。


 猛るようにこちらへ振り返り、逆天倫は攻撃を繰り出そうとした。

 剛腕に魔素を集め、その腕を振り抜こうと迫る!


 だが、その機を逃す散華ちゃんではない。

 彼女が赤の書を開いている!


 アイリーンが防御の結界を張る!

 私も咄嗟に義眼を発動しようとしたが、巨大な拳が迫っていた……


「死」が一瞬脳裏に過った。


 だが、巨大な拳は眼前で止められ、動けずにいた。

 散華ちゃんの強制制御が間に合ったのだろう。


 私の背中から冷や汗が伝い落ちるのを感じる。


 いや、臆している場合ではない!

 今が好機のはず。


 私は全力を解放して散華ちゃんの援護に入った。

 意思と呼応して義眼が紅く輝く!


 散華ちゃんの赤の書の発動に合わせるようにしてその力を重ねる。

 二重制御の力に耐えきれずに逆天倫は次第に動きを止め始めた。

 膝をつくようにして沈み込む逆天倫。


「まだだ!」


 だが、アレは別格だと私は知っている。

 外側からも雁字搦めにするため、残る力を全て注いだ。


「青薔薇の庭!」


 直下へと組んだ大地の魔法陣から発生させた荊棘がうねり、巻きつくように這い上がっていく。

 青薔薇は足元からその巨体を縛り上げていった……



 逆天倫は完全に沈黙していた。


 私の反対側に大きな力を感じる。

 その力強い紅の光は散華ちゃんだ。

 逆転倫への導線を通じて彼女とも繋がっているのを感じ取る。


「ソニア……」

「散華ちゃん……」


 今はそれ以上は何も語れない。それが許される状況でもない。

 手を取り合うようにただ魔力だけを重ねる。

 強く結びつくようにと……



 長時間に渡る戦いに、高かった日も既に傾き、暗くなっていた。

 アストリア軍内で松明(たいまつ)と魔石灯が灯されていく。


 だが、あとは破壊するだけ……

 そのことに安堵してしまったのかもしれない。

 油断したとも言えない、一瞬の隙だったのか……

 私と散華ちゃんの力を遮るように……


 気づけば、逆天倫の周囲の魔素が乱れ始めていた。

 巨神の瞳が怪しく青く輝く……


 窮地を悟ったのだろうか……逆天倫が初めて言葉を口にしていた。


 それは呪いの言葉だ。世界を呪う言葉だ。


 不吉な呪言が空より降ってくる。

 耳をすましてはならない。アレを聞いてはならない。心を傾けることさえ許されない……


「其ハ地獄ノ大釜 深淵ノ業火 一切万象、塵ヘト還レ……」


 あまりの恐怖にアストリア兵たちの間から発狂して自害する者達が現れ始めていた。

 それは正しい選択だったのかもしれない。

 これより起こる悲劇を見ずに済んだのだから……


深淵ノ蒼炎アビス・ブルーフレイム


 逆天倫を中心に放射状に放たれた火焔流は私とお婆ちゃんの蒼炎だった。

 それもかつてない大規模の蒼炎。私やお婆ちゃんですら扱えないほどの渾身の一撃。

 明確な殺意と破壊の意思が込められたそれは、先の全方位攻撃など比ではないほどの破壊をもたらした。


 破壊の炎は荒廃した都市まで至り、旧神聖カリス王都を散々なまでに破壊し尽くした。

 鎧ごと兵士たちを焼き尽くし、天空へは天使たちまで届いている。

 それは紛れもなく私の知識から引き出したものだった。


 天使が、人々が炎に巻かれて消えていく……

 そこかしこから聞こえる断末魔の叫びが胸につき刺さり、心を抉った。


 大切な絆の炎が人々の命脈を断ち切っていった……

 束縛の青薔薇は蒼炎によって燃え落ちて……

 燃え上がる蒼炎が辺りを明るく照らし出す。それはまるで地獄の女神を讃えるように……

 巨神、逆天倫は再び立ち上がっていた……



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