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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(上)
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失意

 神聖カリス王都ではすでに敗戦は伝わり、一向に帰らない勇者王に死亡説が流れていた。

 それを肯定するように神聖カリス王政府から発表が出る。


「王は身罷られました。今は争いを止め、喪に服しましょう」


 この一連の戦いで神聖カリスは大損害を受けた。

 多くの兵を失った。神聖カリスにはもはや再起の望みはない。

 さらには後継者が居ないことで、大混乱に陥っている。

 むしろこれ以上は、本当に国が滅びかねない。そこまで至っている。

 それゆえの声明だった。


 だが、深い悲しみと失望。怨嗟の声は怨念となって人々を支配していた。

 それを利用して完全に追い込まれた聖教会は、その最後の威信にかけて暴挙に出たのだった。


「戦いは終わらない! 王の意思を継ぎ、新たな勇者が現れる! 魔王を討ち取ったものこそ、それだ!」


 それがあたかも正義であるように虚飾が覆っていく。

 こうして死してなお、勇者王は美談にされて利用された。

 身勝手な怨恨を持つ者たちが集まり、騙すようにその輪を広げていく。

 混乱に拍車をかけるようにして、神聖カリス王政府はもはやまともに機能しなくなっていた。

 残された騎士団の一部が鎮圧に乗り出すものの、王を欠いた状態では焼け石に水の有様だった。


 それを利用するように各地で盗賊紛い、強盗紛いの略奪者が横行し始める。

 それらは皆、自称「勇者」として名乗りを上げていた……

 これまで勇者王によって抑え付けられていた各地の無法者たちが、それを理由に活発に次代の覇権争いへと加わり始めたのである。


 戦い、争い、混乱はすでに神聖カリス一国の手を離れて、散発的に様々な場所で発生し始めていた。

 それはアストリア国内に限らず、神聖カリス王国内、ひいては世界中で起こっていた。


 人々の負の面が折り重なり、凝固したように最悪な形で怪物は復活したのである。

 皮肉にも勇者王という(たが)が外れたことによって、事態はより混迷へと進み、収拾がつかない結果となっていた。


 多くの国で大軍を失ったことによる治安の悪化が原因なのはいうまでもない。

 これを受けて神聖カリス各地の領主たちは王府に力無しと見るや、続々と反旗を翻し始めた。

 それはアストリアの報復を恐れたためでもあり、責任逃れの離反でもあった。その流れは戦に関わった各地へと波及していく。

 さらに各地の富豪達が思うままに保身に走り、無法者達と結託するまでに至れば事実上、神聖カリスは瓦解を始めていた。


 それはまさしく乱世の始まりだった……



 †



 アストリア王城。謁見の間。

 行方不明となっていた三体の模造女神が帰還していた。


「勇者王に一度捕まりましたが、何故か解放されました……」

「王は死亡したので、もう封印の必要はないそうです」

「私たちを解放したのは薔薇の匂いのきつい男でした。その後は逃げられてしまいましたが……」


 感情の籠らない視線で、主人へと淡々と報告をする模造女神たち。

 自動人形よりも人形的な彼女たちに、憐憫の情が湧くものの今はそれを押し殺す。


「そうか……よくやってくれた。今は休んでくれ」


 散華は与えられた部屋へと退室していく模造女神たちを見送った。

 薔薇男の行動に不審なものを感じながらも、それ以上の追求は意味がないことを悟る。


「勇者王は死んだか……これで戦争が終わってくれれば良いが……」


 その呟きは皆の代弁だった。勝利はしたものの被害は大きい。

 王都こそ守られたものの、多くの将兵を失った。他の街や村にも相応の被害が出ている。

 事後処理と復興はすぐに始められて、皆が今も忙しく休む暇もない。


 願うように呟いたその結果は、数日を待たずして出ていた。

 それも形を変えて、より悪い方向へと……


 その前兆としてアストリア各地で略奪や犯罪などの事件が多発し始めていた。

 それはアストリアが恐れられた結果であり、勇者王が死亡したためでもあった。



 加えて転移門の脅威を目の当たりにしたのは、何も敵国ばかりではない。

 自国であるアストリアの民、それも略奪などで被害を受けた村々あるいは街は結束するように報復を叫ぶようになっていた。

 さらに強欲な者たちが裏で糸を引いて、その声を大きくしている。そうした者たちは全く被害を受けていないにもかかわらず、味方面をしてその欲望を隠す。


「まさか、こうなるとは……読み切れなかった」

「転移門が強力過ぎたのです……」


 散華が己の不甲斐なさを嘆き、蓮華が仕方なしと宥める。

 強力な力に頼った代償は大きかった。


 王だからこそ、民意を完全に無視することはできない。

 ましてや、転移門がある限り、他国は恐怖し襲って来る。周辺諸国連合が良い例だ。


「無理もないのだろうな。転移門によって敵王都への言わば直接攻撃(ダイレクトアタック)が可能となってしまったのだから……」


 もはや後がなくなった聖教会は暗躍して、再び兵を集めている様子だという。

 世界は、そしてアストリアは岐路に立たされていた。


「残念ですが……もはや神聖カリスを獲らねば戦いは終わらないでしょう」

「一方的に戦いを押し付けてきた挙句がそれか……人はそこまで愚かなのか……」


 これには流石に散華と蓮華も憤慨を禁じ得なかった。

 敵が徹底抗戦を望む以上、それはやむを得ない措置であったのかもしれない。


「誰もが転移門を狙っている。ならばこそ、誰にも渡すわけにはいかない」


 アストリアはアルフヘイム王国軍と魔界タルタロス軍を歓待しながらも、次の戦いへの準備を進めざるを得なくなっていた。


 †


「こんな結果が待っているのか……」


 姿を隠したダンは失望を禁じ得ない。

 立ち寄った街の酒場で食事をとっていると、自然と会話が耳に入ってくる。

 曰く、「何処何処が襲われた」「隣の領主が兵を集めているらしい」「山賊が今じゃ領主の代わりとなっている……」などと。


 ダンは脇に立てかけた聖剣を見る。

 譲り受けた聖剣は友の偉大さを如実に物語っているかのようだった……


「アストリアはソニアに任せる……」


 とはいえ、すぐに結果が出るわけでもない。約束は有効のはずで、それを待つしかない。


 酒場を出たダンは深くフードを被り、顔を隠しながら足速に進む。

 王都へは戻れない。

 今戻れば確かにこの混乱は収められるかもしれない。だが、それをすれば次の勇者王として担ぎ上げられてしまう。勇者王の遺言の通りに……

 そうなれば元の木阿弥だ。同じことが繰り返されてしまうだろう。


「それでも、俺がなんとかしねえと……」


 この混乱の責任の一端は己にある。

 だからダンは元騎士団長として、単身、各地の鎮圧に乗り出すのだった。

 その街で購入した目の周りだけ隠す、ごく平凡な仮面を被り正体を隠す。

 聖剣を手に受け継いだ者として、今度こそ本当の勇者として……


 †


 世界への深い失望は、悲嘆として言葉になる。


「ああ……やはり、こうなるのか……」


 それでも逡巡してしまうのは、私の心の弱さなのだろうか……


「駄目だ。これ以上は……世界が本気で散華ちゃんを魔王にしてしまう……」


 自身を納得させるような言葉が、言い訳のように出てしまう。

 あえて犯そうとする大罪に、私自身、身震いするのを止められない。

 それでも……


「わからせなくてはならない……」



 宙空に浮かんだ魔法陣は、戦場の魔素を吸い込むようにして結晶化していく。

 大きく巨大な水晶体の内部には、幾重もの魔素によるラインが形成されていた。そこに脈打つように光が走り、多層的に魔導式を構成している。

 それは魔導具というより、もはや魔法の結晶だった。

 高魔力存在(ダンジョン・コア)をさらに精錬して、純度を増したような代物。

 過去の遺物であり、それは一つの奇跡だった。

 魔導構造体『逆天倫』である。


 すでに父さんとエリザベートの手によって最終調整を終えて、待機している。

 あとは起動(キー)を差し込むだけで起動するはずだ。


 私は何度も自問した。これで良いのか? と。

 今もそれは同じで、迷ってはいる……

 だがそうした時、現実は容赦なくその残酷を突きつけてくる。


 勇者王の敗北と死亡は世界各地へと伝わっている。

 それでも戦争は終わらない……どころか、さらに悪化して収拾がつかない状態だ。

 各地で蜂起を求める動きが再燃して加速している。


 神聖カリスに至っては次は攻められると、戦々恐々としている。無論、敵対した他の国々も同じだ。

 しかもその気になれば、アストリア軍は転移門を使っての直接攻撃が可能だ。

 さらには最後に投入された模造女神。彼女たちも転移魔法が使えるのは、アストライア戦で私とアイリーンが直に確認している。

 過剰戦力がアストリアに集中してしまっている。恐れないわけがない。



 それに伴ってアストリア各地で、便乗するように犯罪が増えている。裏で手を引いている者たちも多いことは明白だった。


 アストリアも今は事後処理で忙しくて動けずにいるが、それが終われば報復の声は無視できなくなる。

 王として民衆が望めば、それを成さねばならない。

 つまりはもう、一刻の猶予も無い。


「わかってはいた。もはや容赦はしない。慈悲もない……」

「ソニア……本当に良いのですね?」


 心配したアイリーンに尋ねられる。


「ごめん、アイリーンを共犯にするようで悪いけど……もう、耐えられそうにない」

「ソニア、私のことは良いのです。すでに一心同体なのだと思ってください」


 アイリーンには感謝しかない。だからこそ、そこに罪悪感は覚えるものの……


 現状に、心は酷く醒めて、気持ち悪い……

 各地で混沌が渦巻き、弱者の淘汰が始まっている。

 無法者が幅を利かせ、利得、権益の奪い合いだ。それで次の勇者を名乗るのだから、尚更タチが悪い。


「こんな醜い世界は壊さなくては……」


 この後に及んで、陰に隠れる卑怯者どもには相応の鉄槌を下す。

 それでも責任を全て魔王になすりつけるというのなら……

 因果は応報となって、その累が及ぶだろう……

 たとえ万人に等しく災禍が降り掛かろうとも、自分に罪は無いなどと吠えるのは認めない。



 前を見れば、多すぎて未だに片付けられない無惨な戦場の死骸は、死臭を放っている。

 それを糧とするように、逆天倫は哀しく輝く。

 反射的に、脳裏に光の勇者の死が過ぎる。


「死を想え……か。真逆へ走りはしたが、奴もまた起点は同じだったのかもしれない。激しい憤怒があったように思う」


 それは自戒するように言葉に乗る。


「私の身は母さんに助けられた。だが、母さんはきっとこんなことは望んでいないのだろう……」


 それでも……と思う。


「世界は散華ちゃんを殺す。逃げ場を潰して、魔王へと変質させてしまう。それを黙って見ているわけにはいかない……」


 人々は意識的、無意識的に罪を犯している。そしてそれを反省しない。

 その傍若無人に鉄槌を下そう。


「それでもお前たちが選んだ世界だ。それほど大事なら、その手で護って見せろよ……」


 目を覚ませと祈るように……

 私は逆天倫を起動させる。そう決意して、その結晶体の前に立った。


「父さん……」

「ソニア、本当に良いのだな?」


 父さんが最後の確認として聞いて来る。それを隣のエリザベートが心配気に見つめる中。

 決断した私はもう迷わない。鍵は私が持っている。


「はい……」

「感謝する……」


 私は父さんに促されるように、青薔薇の眼帯を外した。


「これより世界を粛清する……」


 父さんの号令にエリザベート、そして私とアイリーンは頷いた。

 逆天倫の前に立ち、私は赤の書を想う。


 「ぐっ……!」


 およそ真逆の属性に左目からの苦痛が伴う。それに耐える。


 私の無機質な左目の義眼が、魔導構造体「逆天倫」と呼応するように紅く輝く……

 最後の起動鍵として、そして制御鍵として、赤の義眼が魔素の接続を開始し始めていた……



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