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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(上)
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勇者vs勇者

 あの日、燃え盛る炎の中で俺は死んだ……


「こんなの勇者の仕事じゃねえ……」


 周囲の惨状がそれを突きつける。

 頭の良くない俺でも、必死に考えれば何かは浮かぶ。


「何が炎の勇者だ。これじゃあ、ただの臆病者じゃねえか……」


 多数が必ずしも正しいとは限らない。

 むしろ多数であるほど思考停止に陥りやすい。

 同調圧力によって、間違っていることを間違っていると言えない。


「勇者ってのは勇気がある者ってことのはずだ……」


 屈してはならない。戦わなければならない。


 最初の一歩は間違えた。

 ならば二歩目を間違うわけにはいかない。


 たとえ、裏切り者と罵られようと……

 たとえ、友を敵に回そうと……


「目が覚めた……」


 ここが、俺の分岐点。分水嶺。


「ソニア……約束は守ってもらうぞ」


 燃え盛る炎の中で俺はそれを決意した。


 †


 アストリア王都前を見渡せる丘の上。

 居ても立っても居られずに、戦場を俯瞰できる場所へと私は降り立っていた。


「これは酷い……」


 誰が見てもそう言ってしまうような惨状。

 それが目の前に広がっている。

 片付けられない死体が延々と大地を埋め尽くしていた。


「まさに魔王ですね……。あっ、ごめんなさい……」

「いや、これを見たら仕方ないよ……」


 アイリーンでさえ、そんな感想を口走ってしまうほどの凄惨な光景が広がっていた。

 私ですら血の気が引く思いだ。ウィオラ大平原での初戦の光景が可愛く見えるほどに……

 互いの総力がぶつかりあった結果だった。



 だからこそ、これ以上は駄目だ。

 散華ちゃんを魔王にしてはダメだ。

 世界はそれを望んで、その歯車は止まらない。


 噂には尾ひれがついて、ある事無い事吹き込まれる。

 そうして完全な魔王像が出来上がってしまうのだ。


 聖教会とそれを盲信する人々、世界はここに至っても、まだ自分たちは悪くないと思っている。

 むしろこの結果を見て、私たちが正しかったと開き直るだろう。

 人の無責任な無意識が、彼女をどんどん追い詰めていく。

 彼女を魔王たらしめていく……


 アストリアが滅びるまでこの地獄は終わらない。

 あるいは逆に世界が滅びるまで……


 そんな流れができてしまっている。


「誰かが……いや、私が断ち切らねばならない」


 それが多くの悲劇を生んだとしても……



 そんなとき、近くの森から戦闘の光が見えた。


「……まだ、戦ってる?」

「おかしいですね……これ以上の戦闘は無意味かと思われますが……」


 アストリア軍はすでに撤退して、事後処理に当たっている。

 街中の死体などの処理や避難民を戻すことで忙しい。戦死者の把握も必要だ。

 こちらまで手はまわっていない。


「勇者王はまだ捕まっていないらしいから、それかな……?」

「気になるなら、私が見てきますが……どうしますか?」


 あるとしたら、ダンだろうか?

 ちょっと焚き付けた感があるので、気にはなる。


「いや、アイリーンは残って。じきに父さんが来るはずだから。私が見てくる」


 この場には、凄まじいまでの魔素が集約するように未だ滞空して渦巻いている。

 放っておけば、第二の魔界になりかねないほどだ。


 この地獄絵図はまさにうってつけだった。

 魔導構造体「逆天倫」を起動するために……


 私たちはあの後、一度赤薔薇の本部へ戻り、父親からその詳細を聞いた。

 驚くべき仕様だったが、そのため膨大な魔素が必要だという。

 この場はまさに適している。そう仕組まれた……


 だとしても全ての責任が父親にある訳でもない。

 奴は元々存在した火種に火をつけたに過ぎない。

 消す機会はいつでもあった。人々はそれを己の手で成し遂げねばならなかった。


 だが、世界は安穏と目を背け続けた。

 その結果がこれだ……。父親がやらずとも、いずれこうなっていたに違いない。

 その場合、もっと最悪な形で……


 私はその凄惨な光景を見ながら、それを確信する。


「……わかりました。ソニア、気を付けて」


 私はアイリーンへ頷き返すと、走って森へと入った。


 †


 森の中、互いに剣を構えた二人はじりじりと間合いを詰めていた。


「勇者とはなんだ?」


 その中で勇者王は問う。


「あくまで敵を討ち倒そうとする俺か?」


 紛れもなく世界はそれを望んでいる。だと言うのに……


「それを止めようとするお前か?」


 自問するように勇者王は、その相手へと問いただす。


「わかんねえよ……」


 ダンにはどちらが正しいかなどわからない。

 王としての立場もある。一概に否定することはできなかった。

 一方でそうは言いながらも、このままでは良くないことだけは分かっている。


「わかんねえ……だから本気で決着をつける!」


 ダンの答えに勇者王はフッと笑う。己の行いに後悔はない。

 それでも眩しく感じるのは何故だろう……


「いいだろう……」


 きっと何かしらの答えは出る。

 共にそれを信じて、剣に力を込める。


「いくぞ! 光の勇者ぁああああ!!」

「来いよ! 炎の勇者ぁアアアアア!!」


 そこでは二つの熱が激突した。

 二人の勇者は激しくぶつかり、最後の決戦へと入った。



 聖剣と凡庸な剣が激しい火花を散らす。

 どう見ても凡庸、むしろ、なまくらに近い剣が聖剣に拮抗できているのはダンの戦い方にある。

 魔法を練り込んだ炎が、剣を覆っている。炎の剣である。


 何合も剣を打ち合う。

 ダンの巨体を活かした大振りの剣を、あえて勇者王ローレンは真正面から受け止める。

 聖剣が軋みを上げながらも、グッと堪える。

 お返しとばかりに聖剣で鋭く突き上げる。ダンも少し掠めながらもギリギリで弾いた。

 それは意地のぶつかり合い。


 その度に炎が迸り、光が溢れる。

 それが肌を灼き、互いに距離を取る。


 「ぐっ!」

 「くっ!!」


 そして再び繰り返すように衝突する。

 そうしたことが何度も続く。

 

 しかし、その均衡は長くは続かなかった。

 しばらく互角に渡り合っていたが、次第に勇者王は劣勢へと追い込まれていく。

 それは聖剣が生命力を力に変えているためだ。命を削っている。


 元々、身体の限界が近かったこともある。さらに模造女神との連戦で疲弊しきっていた。

 それでも、自身を鼓舞するように、あるいは相手を挑発するように叫ぶ。


「オラ、どうした? 同情してんじゃねえぞ!? お前は今、命のやり取りにさらされているんだ!!」

「わかってるよ!」


 目に見えて力が衰えていく光の勇者……

 人形の器が限界の悲鳴をあげている。

 魂の乖離なのか、溢れ出る魔素がとまらない。

 それでもその剣先は鋭く、ダンの致命傷を狙ってくる。

 光の勇者の生きざまがそこにはあった。


 ダンは涙がとまらない。

 それでも勝つ。

 それがせめてもの手向けのはずだ。そう信じている。


 互いに手加減のない全力の一撃。

 自身の持てる全ての力を注ぎ込む。


「「俺が決めて、俺が創る……」」


 男たちは死力を尽くして、闘志と信念を燃やす。


「燃えろ俺、輝け俺……」


「独自魔法 日輪(ザ・サン)!」


 溢れ出る激情を力に変える。己の光を追い求めてダンは叫んだ。

 対するように死を賭した男の荘厳な輝きが、静かに響く。


「はじめに光ありき……」


「独自魔法 日天(ソール)


 それは炎と光の体現。

 火炎輪を背負った炎の勇者は、自身を灼きながらも炎と化す。

 夥しい光に包まれた光の勇者は、聖剣と共に光となる。


 地上に降りた二つの太陽がぶつかり合った!


 木々を薙ぎ倒して、森に更地ができる。

 互いの独自魔法が、大地に巨大なクレーターを作って、両者は吹き飛び倒れた。



 それでも立ち上がったのは、ダンだった。

 満身創痍の身体を引きずり、勇者王へと近寄る。


「ボロボロじゃねえか……?」


 勇者王にも、そんな皮肉を言うだけの力は残っていたらしい。


「お前が言うな……」


 強かに木へと打ち付けられて、勇者王ローレンは限界に来ていた。

 木の根本で、彼はもはや手足すら動かない。


「いいのかよ? 今なら止め、刺せるぜ?」

「お前を殺すことが目的じゃない。止めることだ」

「はッ……立派な勇者じゃねえかよ、ダン」

「お前もな……ローレン」


 そんなことを言い合いながらも、二人は笑い合う。認め合うことはできたらしい、と互いに思う。

 勇者王は聖剣を差し出す。


「持ってけよ……それと、一つだけ忠告してやる。身を隠せ。じゃなきゃ、(かつ)ぎ上げられて俺の二の舞だ……」

「……わかった」


 ダンは聖剣を受け取り、その王へと跪き敬礼を返した。

 涙だけが流れて、それ以上は言葉にはならなかった。

 振り切るように、その場を後にする。


「眩しい炎だ……」


 去り行く背中へ一言呟くと、勇者王は眠るように目を閉じた。

 それに振り返ることなく、痛みに耐えながらダンは歩き去る。


「ソニア……約束は果たした。次はお前の番だ」


 ダンはそれだけ残すように口にすると、忠告通りに身を隠すのだった……



 †



 激しい魔力の爆発を見て、私がそこへたどり着いた時にはすでに決着がついていた。


「ダンの姿はないか……」


 ダンの姿はなく、木に寄りかかるようにして倒れている光の勇者が一人。


「あの馬鹿を焚きつけやがって……」

「!? まだ、息が……」


 さすがに止めをさしたわけではないらしい。私もほっとする。

 ダンは直情馬鹿だからな……。焚き付けたことに多少、罪悪感はあった。

 すぐに治癒魔法をかけようと近寄る。


「やめろ……」

「でも……」

「おかげでこれ以上ない良い幕引じゃねえか……」


 皮肉気に言う勇者だったが、その顔は満足そうだ……

 まるでアストライアの最後の時のように……



 私がどうするべきか、戸惑っていると。


「ああ、迎えに来たのか……姉さん。今、行く……」


 私を見て勇者はそう言った。手を伸ばすように……

 私は思わず後ろを振り返る……だが誰も居ない。


 もう一度勇者の方へ振り返ると、既に勇者は居なかった。

 そこには似ても似つかぬ人形だけが置かれている……


 後ろの樹にもたれかかりながら、安心したような格好で座る人形。

 その表情は穏やかで安らかに眠りについていた。


「これは……一体?」


 意味がわからず、困惑する私に誰かが近づいて来た。


「逝ってしまいましたね……」


 一度だけあっただろうか……それは薔薇の匂いのきつい男だった。


「彼もまた、時代の犠牲者であったのかも知れません……」

「憐れめと?」


 私はその意図が読めずに尋ねていた。非難のつもりはない。


「いえいえ、ただ、覚えておいてあげて欲しいだけです……」

「そうか……忘れられないほど、嫌な奴ではあった……」


 どう言うわけか、私とは毎度敵対していた気がする。

 それでも死者には敬意を表そう。


「ふふ。それで良いのでしょう……」


 そう言って薔薇男は微笑む。

 懐から一輪の薔薇を取り出すと、その人形へと添えた。

 墓前に花を添えるように。


 私も倣うように、魔法で青薔薇を構成する。

 その脇へと添える。

 それからアイリーンに習った祈りを捧げ、冥福を祈る。


「案外、彼も喜ぶかもしれません」

「そうか……」


 しばらく黙祷すると、薔薇男はこちらへ尋ねてきた。


「さて、どうしますか? 戦いますか?」

「なぜだ?」


 今の私は神聖カリス軍でもアストリア軍でもない。むしろそれを止める立場だ。

 さらに言えば、こいつと戦っても意味がない。


「おや? 言いましたよね? これが最後の舞台ですよ? 私の用意できる……これ以上はありません」


 一度会った時に言われた言葉を思い出す。確か舞台を用意すると言っていたか……


「それに私は恨まれても仕方ないと思ってますが? 貴女の父親を導いたのも私ですから……」

「そうか……そういうことか……」

「だって、狡いじゃないですか? 完全蘇生なんて……」


 アイリーンのことか? いや、おそらく私のことだろう。きっと父親から聞いたのだ。


 母に貰った身体なのだと痛感する。

 暴走する私の独自魔法を引き継いだ母はその身代わりとなった。

 アイリーンのことを思えば、私がその時、死んでいたとしてもおかしくはない。


「いえ、責めているのではないのですよ。むしろその真理の一端にあやかりたいと……手を組んだのは、そんな理由からです」


 つまりこの男が赤薔薇のナンバーツーということらしい。

 暗躍したのは事実だろう。だが、この男は父親の補佐をしただけだ。

 巡り巡ってその原因が私にあるとしたら、とても怒る気にはなれない。


 互いに思いはあって、ぶつかるしかないのならそれもしよう。

 だが、なにより……

 死者を悼むように言葉にする。


「勇者の墓前だ。やめておけ……」


 そう私が言うと、呆気にとられたように薔薇男は一瞬呆けた後、突然笑い出した。


「ふふ。アハハ! これは一本取られました。いや、完敗です。その通りです」


 うむ。……戦わずして勝ったらしい。


「そうですね……勇者の墓前ですから、止めておくとしましょう」


 傍らの木の根元に倒れた男の人形に、もう一度私達は冥福を祈る。

 人形の姿は今や勇者とは似ても似つかない。ただの人形だ。


「本当に貴女たち親子は面白い。いえ、私は大人しく身を引くといたしましょう」


 自身で納得するように宣言してから、薔薇男は人形へと別れを告げるように一礼する。


「私達の用意した舞台に貴女がどう抗うか……楽しみにしていますよ」


 こちらを気にした訳でもないのだろうが、そう言って薔薇男は去って行った。


「高みの見物とか……一発、ぶん殴っても良かったかもしれん」


 そんなことを思いながら、私も人形を一瞥だけしてその場を後にした。



 アイリーンの許へと急ぎながら、考える。


「ここが世界の分岐点。勇者は倒れた。それでも戦いを望むと言うなら……私は容赦しない」


 今一度、自身に言い聞かせるように、己の立場を明確に宣言する。

 逆天倫を起動するか否か、その判断は世界に委ねられている。


「私は引き金でしかないのだから……」


 それを私は自身に課す。


 暗雲は勢いを増して広がりはじめ、今にも雨が降り出しそうだった……



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