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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(上)
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地獄

 空にはいつしか暗雲が垂れ込めている。厚みを増して黒々と広がっていた。


 結果としてアストリア大門は破れた。

 だが、神聖カリス軍の勢いはそこまでだった。


 それは爆裂だった……

 突如後方より何者かの魔法が爆裂したのだ。

 連鎖するように光の爆発が走っていく。


 魔王の襲来か!? そう神聖カリス軍に緊張が走る。


 四方八方、至る場所で神性魔法の爆裂が起こっている。


「なぜ、神が敵対する……」

「女神……」


 模造女神など知らない者たちだからこそ、少し魔法に詳しい者ならそれが神だと勘繰ってしまう。

 囲い込むように十一柱の模造女神達が各方面から神聖カリス軍へと襲いかかっていた。

 


 後方司令部はすでに瓦解して、その内三体の模造女神が勇者王に迫る。

 森の中を隠れるように逃げ進むが、逃げきれないと踏んで、勇者王は相手していた。


「ハハッ。マジか!? 良いじゃねえか!」


 複製聖剣を振りかざしながら、勇者王は満悦の笑みを浮かべる。


「しかも模造女神かよ。いつかの仕返しか!? 因縁だとでも!?」


 模造女神から繰り出される擬似神槍とぶつかり合い、激しい神性の火花を散らす。

 光と光がぶつかり合う。薄暗い森の中はその場所だけ酷く明るく目立つ。

 女神たちも聖剣を警戒して、三位一体となって当たっていた。

 

 奇しくも勇者が一度死んだのも、模造女神とアストリアに要因がある。

 同じく敵対したのは華咲の姉妹。


「ようやくらしくなってきたじゃねえか!? 楽しもうぜ!」


 奇縁に、勇者王は最高だと言わんばかりに吼える。


「そんな余裕ないでしょう?」


 やれやれと言ったふうに薔薇男は注意を促す。

 付き合わされる身にもなって欲しいとばかりに、魔導具で援護する。


 不意の一撃によって、近衛兵達は勇者王を庇いすでに壊滅状態。

 模造女神達は神聖なオーラによって護られており、生半可な攻撃では通用しないためだ。


 二対三の状況に追い込まれて、薔薇男でさえ、つい弱音が出る。


「聖剣一本に、神槍三本では流石に分が悪いですねえ……しかも、どちらも古代魔導王国産ですし」

「奪えば良いだろ?」

「簡単に言わないでくださいよ……」


 不満のようにそう言いながらも、試みる薔薇男。

 持っている魔導具を駆使して戦う、その姿はまるで錬金術師といったところだろうか……


 瓶詰めにされた赤い薔薇の花弁を撒くと、相手の神性オーラが阻害された。

 薔薇の鞭で相手の擬似神槍を巻き上げて、叩き落とす。


「へぇ、意外にやるじゃねえか……」


 横目に見ただけだが、意外に見事な腕前に勇者王も驚いていた。


「私もそれなりには修羅場を潜ってますので……」


 勇者王が二体を相手取ったおかげで、薔薇男はどうにか一本の擬似神槍の奪取に成功する。


「……くっ」


 妙な魔導具の連投にやや怯みながら、模造女神は一度下がって周囲の近衛兵の死体から剣を奪った。


「私が使っても効果は微妙ですね……」


 そう言いながらも薔薇男は奪った神槍を振り回しながら牽制する。

 模造女神達も警戒して距離を取る。


「そんなことより、お前知ってたんだろ? 対策は?」


 背中合わせに勇者王は聖剣を構えて尋ねる。その響きは真剣だ。

 飛来した神聖魔法を聖剣で弾きながら答えを待つ。


 薔薇男は少し考えるようにして言った。


「……大会覚えてますか?」

「ああ……忘れもしねえよ」


 微妙な気分になりながら即答する勇者王。


「あの、模造女神は封印されていたんです。聖櫃に……あれも古代遺産ですから」

「つまり、逆をやれって?」

「察しが良いですね……この儀式剣で、女神一人ずつから血を一滴ほどお願いします」


 懐から薔薇男が取り出したそれは、見たことのある短剣だった。それを後ろ手に手渡される。

 大会後にすかさず回収していたらしい。


「無茶振りしやがって……ハッ、やってやるさ……」

「援護くらいはしますよ……」


 珍しくやる気の二人はどちらも、にやりと笑っていた。


 †


 アストリア正門へ突撃した多くの部隊はまだ後方で何が起きているのか気づいていなかった。

 あるいは気づいても、それから逃げるように押し出されていた。


 勢いに乗るように、正門を破り突貫した怪物は、なだれ込むようにアストリア大通りへとその頭を突き出す。

 うねるように軍勢が吐き出されていく。だが……


 てっきり大軍が待ち受けていると思っていた神聖カリス軍。

 思わずそこで立ち止まってしまう。


「は、え?」

「これは……一体!?」


 街中、そこには誰もいなかった。

 見渡す限り、街の建物しかない。気配すらなく王都内には人一人すら居ない様子だ。

 それもそのはずで、街の住人達は転移門によってすでに避難している。


 勢い込んで突入したものの、相手がいないのでは拍子抜けしたように鎮まりかえってしまう。


「罠……」


 誰が言ったのだろうか……すぐに警戒の緊張が走る。


 よく見れば大通りの前方、奥。

 一人だけ和装の白装束の女がいる。

 ひどく美しい女だった。


「これ以上の狼藉は許されません……」


 いつしか天空から雪が降っていた……

 その一帯だけ異様に気温が下がっている。


 そんなことにはお構いなしといったように、獲物に気づいた部隊長が叫んだ。


「あれこそ魔王の姉! 捕らえろ!!」


 魔王の姉さえ捕らえてしまえば、ほぼ勝利は確定である。あとは人質として脅せば良い。

 しかも獲物はたった一人。

 瞳を輝かすように怪物は、涎を垂らして獲物へと殺到する……

 袋の鼠だったのは、果たしてどちらだろうか……


「愚かな……学習という言葉を知らないようですね……」


 その女、蓮華が舞うように白く輝く魔導書を開く。

 すると、白光が一閃した。


 その光は熱を奪うように……

 凍りつくほど酷く寒い……

 そう感じた時には……


「わたくし、これでも勇者のパーティーにいたのですけれど、覚えていないのでしょうか……」


 辺り一面に氷の華が咲いた。

 現れたのは息も凍るような白銀の世界。

 その場に面した大通りの石畳、建物さえ、氷結していく。


「これが……【雪月花】……」


 その記憶を呼び覚ましたときにはすでに遅い。氷の彫像が出来上がっている。

 街の大通りは一面の氷の彫像で、再び封鎖されたのだった。


「魔導書とは恐ろしいものですね……これでは怪談の雪女です」


 白の書を閉じながら、その威力に蓮華自身驚く。

 なるほど手に入れたくなるのも道理、と納得する蓮華だった。


「まずは一手……」


 人々で構成された巨大な怪物はまず顔面を氷漬けにされて止まった。

 氷漬けにされて再び閉ざされた正門。


「姉様……」


 それを合図と見て進発した散華の軍勢が、側面から怪物の胴を両断にかかる。


「馬鹿な……いつの間に側面に……」


 驚き慌てた神聖カリス軍は大混乱に陥った。

 アストリア軍は転移門で軍勢ごと移動したのである。

 どこから襲ってくるかわからない敵に対処しろなどというのは、どだい無理な話だ。


 魔王の業火が、燃え広がるように怪物の全身を焼く。


 さらにそれを合図に空に現れた風神と雷神は、大嵐を呼んだ。

 竜巻が巻き起こり、その内側を幾重もの紫の稲妻が舞う。

 魔王の業火と相まって、天まで届く巨大な火炎龍が稲妻を伴い、荒れ狂った。

 群衆の怪物は、その身体を四散させていく。


「嫌な仕事よね……こんなのは……」


 滞空しながらエリスは紫の書を手に、嘆くように言った。


「村々を襲ったんじゃ、盗賊と同じよ……」


 それを隣のアリシアが諭すように言う。こちらも緑の書を手にしている。


「それもそうね……」


 数が多いだけ、なおさらたちが悪い。

 俺たちはやってない、悪くないなどと、どの口が言えるのか……

 現に今、王都を襲っている。

 アストリアにとっては大量の犯罪者集団でしかない。


 空中のエリスとアリシアはそう結論づけた。


 それに同調したように大地の神は怒り、軍勢を押し戻す。


「殺したくは無いのです。それでも歯向かうというのなら、容赦はできないのです……」


 黄の書を手にしたツヴェルフと、その姉妹達は市壁上に陣取っていた。

 姉妹達はエルフの弓兵と共に矢を連射する。魔導連弩は尽きても、ここに至っては通常矢で十分だった。

 それを援護するように、ゲンドゥル率いるエルフ魔法部隊からも魔法が飛ぶ。

 


 さらに八方から包囲するように模造女神たちによって神聖魔法が放たれる。


 既に司令部からの連絡は途絶えている。

 蜘蛛の子を散らすという表現がぴったりとはまったように。

 神聖カリス軍は阿鼻叫喚の地獄から命からがら逃げ出す。

 誰もが他者を盾にして、自分だけが生き残ることに賭ける。


「魔王の、神々の逆鱗に触れた……」


 その場の誰もが、それを思ったときには命を散らしていた。

 まるで花が散るように、いとも容易く……


 さらにダメ押しとばかりに、転移門によって背後に現れた軍勢。

 指揮系統がズタズタではそれに対応できるはずもない。


 それは横断するように血飛沫を撒き散らしながら、アストリア正門へと堂々と凱旋する。

 先頭をきる三面六臂の大男が大斧を担いだ姿は、それだけで恐怖を誘う。

 地獄を百鬼夜行が横断していく……


「ああ、魔族……」

「逃げたければ逃げるがいい。刃向かわねば命までは取らぬ」


 絶望した者は、なぜか魔族王に許されて涙し逃走した。


「ああ、女神様……お許しを」


 反対に跪き、女神に縋った者は慈悲を与えられ、擬似神槍に貫かれて魔素となって消えた。



 味方である別働隊のエルフたちはその状況に戦慄する。既に彼女たちの仕事はない。


「よもやこのような結果が待っていようとは……少しばかり同情してしまうな」


 ミスト将軍が呟いたように、凄惨なほどアストリア側の完全勝利だった。


 †


 対アストリア周辺諸国連合。司令部幕舎内。

 小国の王達も必然の勝利に安心しきり、前線へと出ている。

 あるいは隙を見て、華咲の姉妹だけでも奪えぬものか、と下心を隠しながら……

 そこへ焦った様子の伝令兵が駆け込んで来る。


「は!? 今何と言った?」

「はい。ですから神聖カリス側が大敗を喫して壊滅したようです」

「馬鹿な!? あれで負けたというのか!」


 信じられないのも無理はない。それほどの戦力差だ。明らかに兵の数が違いすぎた。そのはずだった。

 皆が驚きを隠せない。

 正反対の裏門側を攻めていた対アストリア周辺諸国連合は、一転して大混乱に見舞われていた。


「すぐに撤退だ! 急げ!!」


 その伝令が伝わらないうちに、矢が雨のように天空から降り注ぐ。


「!?」


 正門側からとって返したアストリア軍に攻撃を受けたのだ。

 正門での蹂躙が、裏門で再び起こる。

 断末魔の悲鳴があちこちで巻き起こる。

 血まみれ、泥まみれで命からがら逃げ出す小国の王達。数人はその場で息絶えた。


「ああ、これが魔王……」


 それを理解した時には既に遅い。瞬く間に血みどろの惨状が出来上がっている。

 下心の代償は高くついたのだった……



 †



 三体の模造女神をどうにか聖櫃に収めて封印した勇者王は、肩で息をしていた。

 中に模造女神が眠る黒い棺が三つある。

 同じように苦しげな薔薇男とともに、その上に腰を下ろして、息を整える。


「こんなだったか?」


 勇者王は三つの棺を見ながら不審に思っていた。


「少し、改良しまして……」

「器用だな……」


 そんな話をしてから、薔薇男は尋ねる。

 あれだけ聖剣を振るったのだ。その身体は限界に来ているはずだった。


「大丈夫ですか?」

「一応、まだ生きている」


 二人とも、いくつもの傷を負っていた。

 それでも模造女神を相手取って、生きているだけ大したものである。


「惨敗ですねえ……どうします? まだ続けますか?」

「生き残ったしな……運命の神が再起しろって言ってるのかもな?」

「そんなに信心深かったですか?」


 その問いには勇者王は笑って、冗談のように言う。


「これでも天使に会った男だぜ?」

「ハハ、そうでしたね。私は逃げましたけど……」


 森の中、傷ついた男二人が笑い合う。


「敗走した兵が残っているかもしれません。少し様子を見てきます。しばらくここでお休みを」

「ああ……頼む」


 そうして薔薇男が一礼して去った後、勇者王は近くの倒木に移動するとそこへ座って休憩する。

 棺の上に座るのは少々、気分がよろしくなかった。


 その機を狙ったかのように……

 ふらりと、そこに覚悟を込めて、男が現れた。


「お前か……ダン……」

「ローレン、お前を止めに来た」


 その真剣な表情を見て、勇者王も覚悟を決める。

 三体の模造女神と闘い、既に満身創痍。限界を超えて勇者王は立ち上がる。

 だが、ダンの方も一度死の淵まで行き、魔法で癒されたものの、精彩を欠いている。


「裏切ったな、などとは言うまい……いいぜ、来いよ」


 両者は剣を構える。

 緊迫した空気が、どちらも真剣であることを示していた。


 複製された聖剣は魔素を帯びて眩しく輝く。

 それに対峙するのは、戦場で拾った酷く凡庸な、しかも所々傷ついた大剣。

 対照的な二人が対峙した……



応援、ブックマークありがとうございます!

苦しむ時もありまして、本当に励まされます。

もう少し続きますので、引き続きよろしくお願いいたします。

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