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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(上)
155/186

駆け引き

 ソニアたちが戦場を去ってから数日後、再びアストリアに戦火が舞い降りようとしていた。


 初戦を凌いだアストリアはいよいよ脅威と見做され、神聖カリス軍に集ったその数はさらに数倍に膨れ上がっている。

 その数、十万とも二十万とも言われ正確な数字は伝わっていない。


 勇者王のこれで決めるという意思も伝わり、神聖カリス軍の士気は高くなっていた。

 あまりの圧倒的な数に、勝利しか見えないのも無理はない。

 誇示するようにゆっくりと進軍する神聖カリス軍。それは効果的に相手を追い詰めていく。


 もはやそれを止める手立てはなく、窮地に追い込まれる形となったアストリアは苦渋の決断を迫られていた。

 旗色が悪くなったことで逃げ出す者も増えている。


「ともかく、籠城で時を稼ぐしかないでしょう」

「時間を稼いでどうする? これ以上の援軍は見込めないぞ!?」

「だからと言って、撃って出れば死にに行くようなものだ! 荒波に飲まれるように粉砕されるだろう」


 アストリア王城の会議室では選択肢の無さに、作戦参謀たちも混乱して取り乱す始末となっていた。


「いや、籠城戦ならそれなりには戦いになるかと。散華様とアストリア、魔族軍、エルフ軍の総力ならば……」

「確かに……荒波に例えるなら、防波堤が必要か……」


 アストリア王都での決戦は避けられそうにない。それが皆の見解だった。


「それしかないのだろうな……」


 できれば王都を戦火に巻き込むのは避けたかった。それでも方法がないのならそうするより他にない。

 散華はその方針を決めると、各部署への通達を急がせる。

 その命を受けて、この地に駐留するアルフヘイム軍、魔族軍へも伝令兵が走って行った。



 緊張の中、皆が決戦の準備を進めている。

 王城では至る所で武器や物資の搬入、搬出……その間を縫うように武官や文官が走り回っている。


 そこへ帰還したのはダークエルフのエリスだ。

 アストリアへと先に帰還したエリスは、その銀の長髪を揺らしながら蓮華を探す。ソニアから受け取った布包を持って。

 ちなみにアリシアは遅れてくるはずだ。

 雷に乗れるようになったエリスと、風に乗るアリシアとでは飛行速度に差が出るのは仕方がない。

 ただエリスの場合、位置調整が非常に難しかったりするので、一概にこちらが優れているとも言えない。


 手近にいた人を捕まえて、蓮華の居場所を聞き出す。

 まだ、会議中らしい……このところ、ずっとそうだ。

 大階段を登り、上階へと向かう。すれ違う誰もが焦りと緊張に顔を強張らせていた。


「……あまり良くない雰囲気ね」


 周囲のひりつくような緊張感が、同調を促すように伝播している。誰もそれから逃れられない。

 それは蓮華と散華が詰める会議室でも同じだった。


 蓮華を廊下へと呼び出してエリスは布包を渡す。散華の前では渡し難いとの判断だ。


「蓮華。ソニアから贈り物」

「なんですか、エリス?」


 蓮華は布に丁寧に包まれたそれを見て、受け取るべきか迷う。


「散華同様……私とて、父上の死に関して思うところがないわけではないのですが……」

「それは……」


 どう答えるべきか言葉を詰まらせるエリス。


 ただしそれはソニアのせいではない。蓮華もそれはわかってはいる。

 だとしても引っかかるものがあるのは事実だろう。

 散華もそれゆえに許せないと思っていることを蓮華は知っている。


 だが、エリスを困らせたいわけでもない。


「とはいえ、私事にかまけて大事を疎かにするようでは、私らしくはないのでしょう……」


 蓮華は冷徹とも言えるほど、自身に対して一歩引いた視点で考える性質がある。

 ただし、散華に関しては別だったが……


 そのためなのか、ソニアには妙な信頼を持っていた。

 この状況下での贈り物など、見過ごして良いものであるはずがない。そうした妙な信頼だ。


 蓮華はエリスから布包を受け取る。


「蓮華のそういうところ、本当に尊敬するわ」

「エリス、それは褒め言葉として受け取っておきますよ」


 エリスは普通に褒めたつもりだったが、受け取り方によっては確かに揶揄したように聞こえなくもない。

 それには苦笑だけで返すエリスだった。


 蓮華が布を開くとそこには一冊の魔導書。輝くような白い魔素を放っている。

 これには蓮華も驚いて、目を見開いていた。


「これは……!?」

「貴女なら扱えるだろうって……」


 渡されたそれは白の書だ。

 蓮華は恐る恐る触れるように、そっとその白く美しい指を魔導書へと伸ばす。


「……なるほど、確かに受け取りました」


 瞑目して告げる。その指先から何かが伝わったかのように……

 不幸にもそれを手にできなかった者の意思をも汲んだように、受け継がれるものがある。

 実質的に断罪の剣を引き継いだ蓮華が、それを受け取ったのは数奇な運命とも言えるだろう。

 一瞬、主人を得たことに喜ぶように魔導書は輝いた。


「赤の書を得たとき、散華もこのような気持ちだったのでしょうか……確かにこれは私のもののようです」


 エリスもそれには胸を撫で下ろす心地がした。

 七識の書は使い手を選ぶ。ソニアは大丈夫だと言っていたが、心配ではあった。


「ソニアに借りを作りたくはありませんでしたが、それもこの戦いに勝たねば意味のないこと……ならば遠慮なく使わせていただきましょう」


 それはどちらかと言うと、散華への負い目であって、ソニアを責めているわけではなかった。

 ただ、言い訳じみてしまうのは仕方のないことだろうと思う蓮華とエリスだった。



 †



 時は残酷にも、迫るように過ぎていく。

 アストリア王都決戦。

 両軍はいよいよ、その市壁の内と外で対峙した。


 その始まりはアストリア軍側が善戦していた。

 激しい魔法と弓矢の応酬。それは高所の有利を活かした市壁上から放たれる方に分があった。

 また市壁も魔法防御の結界で強固に対策してあり、神聖カリス軍を一歩も王都の中へは立ち入らせない。

 硬く大門は閉ざされたままで、両軍ともに持久戦に陥っている。


 攻めあぐねた勇者軍は早々にその大軍を活かし、王都周辺を封鎖。

 物資の輸送を完全に止めに入る。

 つまりは兵糧攻めである。


 そのまま数日が経過し、初めはその効果が見えるようにアストリア軍に疲労の色が見えていた。

 だが、いつからか一転してその効果が見えなくなる。

 痩せ我慢というわけでもなさそうだった。


 むしろ反対に目に見えて神聖カリス側の士気が悪化してきていた。消費量だけで言えば、大軍を擁する方が圧倒的に多いためだ。

 そのため俺たちは勇者軍だ、と虎の威を借る狐のように周辺の村々へ略奪行為へ走る者たちまで現れ始めていた。


「馬鹿どもが! 勇者軍が略奪行為などあり得ないだろう!!」


 あくまで勇者として魔王を討つという名のもとに集まっているのだ。それを許せば大義名分など根底から覆される。


 さらに言えば、それは勇者王の尊厳の何かに抵触した。

 尊崇するかつての面影に泥を塗られた。傷つけられた。

 それゆえの激怒であった。


 怒り心頭に発した勇者王は即刻、処刑を命じる。

 その恐怖は軍内に波及して、著しく士気を低下させてしまう。

 そんな事態にまで発展していたのである。


「それでも、貴方のそういうところに私は惹かれたのかも知れません」

「やめろ……」


 しばらくの間、不愉快さを爆発させていた勇者王だったが、その矛先を変えるように薔薇男は淡々と勇者王へと進言した。


「これ以上は無意味でしょうね……噂の転移門が使われているのだとしたら……」


 そうであるなら包囲など意味はない。単純に転移して物資の補給をすれば良いからだ。

 実際、追い詰められたアストリアは打開策として転移門の復旧を完了していた。

 無論、それを扱える教授(イレギュラー)が存在してこそだったが……


「あるいは魔族方に転移魔法使いがいるとしても同じです」

「転移魔法とはそれほどか……」

「ええ。古代魔導王国、秘中の秘ですから……」


 歴史ある由緒正しい戦術であっても、容易に粉砕される。

 恐ろしいのはそれだけではない。

 魔族軍が唐突に後方から現れたように、いつどこで襲われるかわかったものではないからだ。

 つまりは常に全方位に気を配らねばならない。


「だとしたら大軍を抱えるこちらの方が先に参ってしまうでしょう」


 薔薇男自身、限定的な転移用の小型魔導具を持っている。

 ただ制限があって転移門ほど融通は効かない。せいぜい一人が転移できるだけの代物だ。

 それだけでもかなり有効で、その性質は熟知している。


「やってくれるな……だとしたら」

「ええ。もう方法は一つしかないでしょう」


 正攻法の正面突破。だが、実際は玉砕覚悟の突撃だ。

 困ったようにはしているが、どちらも盤上遊戯(ボードゲーム)を楽しむようなやりとりではあった。


「時間をかけるほどこちらが不利になるのですから、これは仕方ないでしょう」

「そうだな」


 それでも楽しむように勇者王はその準備をさせるのだった。



 †


 先の手痛い敗退によって、情勢を見守ることしか出来ずにいた対アストリア周辺諸国連合の王たち。


 彼らはここに至っては何の利益も生まなくなっていることに気づく。

 大軍での正面突破を決断した神聖カリス軍に対して、誰の目にもアストリアの命運は風前の灯に見え、これから巻き返すのは不可能だと思われた。

 もはや下手に横入りすれば、次の標的は自分たちである。


「アストリアの粘りもここまでか……」


 それを肯定するように、自分たちを苦しめた魔導連弩は沈黙を保っている。

 軍師の誰もが、弾が尽きたのだろうという見方だった。


「神聖カリスに恩を売るしかあるまい……」

「不本意だがな……」


 反対側より援護する旨を伝令兵へ持たせて、勇者王へと送る。

 一転して意気消沈した王たちは、嵐が過ぎ去るのを待つ心境へと変わっていた。


 ただしそれは、まだ決して諦めていないアストリアにとっては十分な脅威ではあった……



 †



「教授のおかげで転移門は復旧した。魔界の国タルタロスと、アルフヘイム王国の協力もあって、こちらの物資にはゆとりがある。このまま持久戦を続けてくれれば、相手は勝手に倒れてくれたのだがな……」

「そう、甘くはないようですね……」


 物見からの報告を受けて、散華と蓮華は次の手を迫られていた。


 神聖カリス軍は王都周辺の包囲を辞めて軍を集中し始めている。

 方針を変えたのは明白で、その狙いは正門への一点突破の集中攻撃。

 数の暴力で攻められれば、アストリアなど木っ端微塵だろう。


 そして突撃は開始されてしまう。今度は犠牲など意に介さないように……

 神聖カリス軍は苛烈に攻めて攻めて、攻めまくる。

 多大な犠牲を払いながら、神聖カリス軍はアストリア王都正面、大門を破壊に取りかかった。


 複数の破城槌の突撃によって鋼鉄の大門が、唸りを上げて軋み、歪んでいく。

 その突撃に付き合わされるように、アストリア側の被害も尋常ではなくなっていた。


「いよいよ決断の時か……」

「散華……」


 いずれ正門は破られるだろう。もはや一刻の猶予もない。

 王城の玉座で報告を受けながら、散華は姉と視線を合わせ頷く。

 それから徐に立ち上がると、それを宣言した。


「模造女神を使う……」


 最後まで悩み抜き、ついに女王は禁忌を犯す決断をした……


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