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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(上)
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決意

 ああ……私はなんということを……

 どうして、そんな大事なことを忘れていたのか?

 忘れられていたのか!?

 あり得ないだろう!


 氷塊が解けるように、封印が解かれるように……

 追憶から戻った私は全てを思い出す……


 それは罪の記憶。

 悔恨してもしきれない私の原罪。


 幼いあの日、私の魔法が暴走した。

 暴走した独自魔法は私を捕らえて……

 母は身を挺して私を護ってくれた。


 気付けば残されたのは私、一人。

 驚いて駆け付けたお婆ちゃんに抱きついて泣くだけだった。

 父さんは後で事情を知って……



 お婆ちゃんは私に記憶の封印を施した。

 幼い私の精神を案じてのことだ。

 感謝こそすれ、それを責めることはできない。


「ソニア、お前の独自魔法を禁ずる。決して使ってはいけないよ」


 ただ、その後お婆ちゃんはそう言って、それを禁じた。

 そのときは意味がわからなかったが、心の奥底で恐怖があったのかもしれない……

 お婆ちゃんの言うことなのでその通りにした。

 そうして生きてきた。



 だが、あの日、あの時。

 必死な私はその禁を破る。

 アイリーンを助けるためにはそれが必要だった……

 独自魔法を超えて暴走に近い状態をあえて作った。

 そうして至ったのが知恵の泉。


 だが、あのときはあの選択しか有り得なかった。

 そこに後悔はない。


 後悔があるのは……

 それらを完全に忘れ去っていたことだ。


 ああ、家族を壊したのは私だった……


 全てを思い出した私はもう一度謝ろうとして、母に止められていた。


「何度も言いますが、私がそうしたのです。私が辛いのは貴女がそれで苦しむことです」

「母さん……」


 私の謝罪が母を苦しめるだけなら、これ以上彼女を苦しませるわけにはいかない。


「魔女はクールに、でしたね……」

「ふふ。覚えていたのですね、ソニア」


 私もそれだけは心の奥底に引っかかっていたらしい。

 二人の意思が通じたように、私たちは微笑む。涙は流れていても。


「ソニア、できれば私ではなくあの人を救ってあげて欲しい」

「父さんを……?」


 母に対しての負い目と感謝が混ざり合う。私にそれを断る選択肢は無い。


「ええ、本当に貴女たちは不器用なところがそっくり……」

「……それはない」


 ハッ、つい言葉で出てしまった。

 そんな私に母さんは愛おしいものを慈しむように微笑みかけてくれる。

 家の家系の特徴である銀髪が、この場所にはよく映えて美しい。


 うむ。確実に私は母親似だ!


 それにしても、私ではなくって……

 ああ、そういうことなのか……

 ただ、これだけのために奴は動いているのか……


 父親の目的が明白になると、見えてくるものがあるらしい。


「じゃあ、行かなくては……父さんのことは考えてみる」

「ええ。ソニア、よろしくね」


 もう一度母に抱きしめられて、魔素の光とともに私はその場から帰って行く……


 考えてみるとは言ったが、母さんの願いだけは是が非でも叶えなくてはならない。

 それだけは私にとっての贖罪であり、絶対だった。



 †


 母との対面を終えた私は、帰り際に眠るように思考の海にいた。

 もしかしたら、それは私の独自魔法の影響だったのかもしれない。

 これまでのことが頭の中で整理されていく。


 前提として、これまで私たちは赤薔薇に合流してから内情を探りつつ、戦争の早期終結へと向けて動いてきた。

 その基本方針は変わらない。

 父親の動向は特に入念に調べ上げた。父さんは今、赤薔薇の首魁となっている。


 赤薔薇には魔族や協力者の他に帰還者と呼ばれる者たちが居て、どうやらそれは古代魔導王国の子孫らしい。

 転移門で昔の黒の魔女との戦いから脱出した者たちの子孫だ。

 そのためか、妙な魔導具をいくつも持っている。

 父さんが帰還者だとは聞いたことがないので、研究者として合流したのだと思われる。


 ただ、気になるのは実質的に赤薔薇のナンバーツーの立場にいる薔薇十字と呼ばれる者の存在だったが、私の前には姿を現さなかった。

 ならば気にしても仕方ないと割り切ることにする。


 赤薔薇が厄介だったのは基本的には独自活動が推奨されていることだ。それによって対立することも多いらしい。


 それでも調査を進めた私たちはいくつかの成果をあげた。

 どうやら父親は『逆天倫』と言うものに執心している。


 それは魔導具かと思ったが、その枠には収まらない特級魔導具らしい。

 かつての新世界計画の流れを汲む第二の鍵だった。

 赤薔薇内では魔導構造体と呼ばれている。

 どうやらそれを完成させるために、このような大掛かりな事態が必要だったようだ。


 それがエリザベートの言っていた魔族との垣根を取り除く用意というものだった。

 そうなると朧げに話は繋がってくる。


 魔族とは魔素に汚染された人々のことで、それは呪いに似ている。

 魔素から来る呪いも大別すれば魔法の一種。それを取り除こうと言うのだろう。


 また、私の昔の独自魔法は母を虜囚にしてしまった。彼女はあの場所から離れられない。

 ならば母の今の状態もあるいは呪いと呼べるのかもしれない。

 であれば、父親の狙いはそれを使っての母の解放……


 どちらも呪いの解放を目的としている……

 魔族と父親、二つの目的は一致して、赤薔薇という組織は出来上がっている。



 魔導構造体『逆天倫』、それは世界に対する劇薬だ。

 世界を新たな秩序で塗り替えるものだ。

 なるほど新世界計画の第二の要と言われるだけはある。


 ただ、そう上手くいくのか? という懸念はある。



 それでも私は母との約束を最優先にしなくてはならない。

 これまでの贖罪と共に……


 †


 私は現実世界へと戻った。

 瞬きをしながらゆっくりと目を開く。


「ソニア!?」


 すぐ近くにアイリーンが見える。どうやら膝枕をされていたらしい。

 うむ。もう少しこのままでいよう。

 

 そんな私とは対照的にアイリーンは血相を変えて心配していた。


「大丈夫なのですか!? 身体に異変は?」

「あ、うん。大丈夫。今回は何もない」


 安堵のため息を漏らすアイリーン。なんだか申し訳ない。


「あれ? 父さんは……」


 膝枕を堪能しながら首だけ振って辺りを見る。


「どうやら帰ったようです……」


 そこに不満があるのか、複雑な表情をしているアイリーン。

 アイリーンに影響をされてなのか、私も少しは寂しく思う。少しだけだから!

 どちらにしろ、また会いに行かなくてはならない。


「ごめんアイリーン。私は父さんを助けなくてはいけなくなった……」

「ソニア、それはどういう? あえて失礼なことを言いますが、あの男は危険です」


 アイリーンの言う通りで、その心配はもっともだった。

 実際、悪者なのだろう。この狂った世界にとっては……

 だが、私までそれを認めてしまってはいけない。


 父さんは囚われた母さんを必死に解放しようとしているだけなのだから。

 それを私は母さんとの対話で知った。

 本当に不器用でわかりづらい男だ……



 だからこそ、これまで尽くしてくれたアイリーンには誠実に、真摯に向き合わなくてはならない。

 私はアイリーンに丁寧に説明する。

 私の過去とその大罪を……思い出に苦しみながら、ゆっくりと。


「私はきっと、この狂った世界に復讐をしてしまう……」

「ソニア……」

「アイリーンは私を止めるべきだと思う……それでも……」


 全ての事象は多層的に重なり合って、様々な思惑が絡み合っている。

 実際、父親のやろうとしていることは、この世界の人々には害悪でしかない。

 それでも安穏と魔族を否定し続ける世界よりはマシだ。

 それは家の三魔族や、魔族化したアイリーンのためでもある。


 本当の魔王というのが居たとするなら、それはやはり父さんのことだと思う……少なくとも私にはそう見える。

 そして、私はその意思を継承しようとしていた。


「それでも、やめないと言うのですね?」

「はい……」


 魔女は魔王の意思を継ぐ。それを決めた。


「もし、アイリーンがそれを許せないというのなら……」

「ソニア、その先は言わないでください!」


 察したのか、悲しみ、怒るようにアイリーンはそれを止めた。

 私だって言いたくはなかった。決別してでも母の望みを叶えると決めたことは……


「私は貴女に助けられました。貴女を止めるのはきっと私ではないのでしょう……」

「アイリーン……」

「いつまでも共について行きます。その左目に誓ったのですから……」


 そう言ってアイリーンは私の左目の眼帯にそっと触れる。

 優しく触れるその手から、彼女の愛情が伝わってくるようで心地良い。


 そうだ。これ以上、大切なものは裏切れない。

 本当に涙が出てくるほど、アイリーンは私に尽くしてくれる。

 嬉しすぎて私は暴走気味になる。


「……アイリーン、キスしていい?」

「な、何を言ってるのですか!?」


 それにはしどろもどろになりながら狼狽えるアイリーン。

 それでも、アイリーンはその強靭な自制心を発揮して……


「ダメです! 全部、家に帰ってからの約束です!」


 帰ったら良いらしい……


 やったぜ! いよいよ家に帰るのが楽しみになった!



 私はそこで起き上がる。

 ふと、頭によぎったのはダンのことだ。約束通りなら奴は勇者を止めに動くはず。

 詭弁かもしれないが、ダンと約束したのは散華ちゃんを止めることであって、父親を止めることではない。


 責任の一端が父親にあるとしても、原因は聖教会でありその教えを許容した人々にある。

 それこそ初代、勇者と魔王の戦いから続く因縁である。

 父親一人に全責任を押し付けるのは、それこそ横暴というものだろう……

 

 勇者と散華ちゃん、両者を止めてそれで全てが丸く収まるのなら、私は身を引いても良い。

 家に帰ってアイリーンと楽しく過ごすつもりだ。

 父さんとのことも他の方法を探す。場合によっては父さんも止める。


 だが、もしそうでないのなら……

 それでも世界は目を背け続けるというのなら……


「私は世界の敵になる……」


 それをこのとき私は決意した。



 †



 国境沿いの野外駐屯地。

 神聖カリス軍は方々から続々と集まってくる軍隊の対応に追われていた。


「よくぞここまで集まりましたね……」


 そう、薔薇男が驚いたように見渡す限りの兵士で溢れている。


「皆、お祭りが好きなんだろ……」

「それは些か不謹慎な発言かと……」


 この戦争自体を聖教会の祭事だと言わんばかりの勇者王に、一応の注意を促す薔薇男。


「なら、出る杭は打たれるってやつさ」


 勇者王がそう評したように、旧来の固定観念から抜け出せない人々が保身に走った結果がそれだった。

 変化を認めない。求めない。

 ゆえに排除に走る。


 既にアストリアの援軍として魔族軍が現れたのは周知の事実であり、交戦した者たちにとってはなおさら骨身に染みている。

 魔族との協定、同盟などあってはならない。

 そんな思いが透けて見える。


 準備が整うのを見て、勇者王は宣言するように言った。


「さあ、第二幕の始まりだ」


 準備を終えた神聖カリス軍はアストリア王都を目指して再び進軍を開始した。



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