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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(上)
153/186

過去

 独自魔法を発動したソニアの身体が(くずお)れる。

 それを支えたのはその手を取った父親だ。

 彼は内心を押し殺すようにして、無感動にその身体を地面へと横たえる。


「ソニア!?」


 驚き慌てるアイリーンは、引き継ぐようにソニアの膝枕をした。


「これは……貴方は何をしたのですか!?」


 敵意が無いにも関わらず、このような仕打ちをする男に対しての混乱があった。

 アイリーンには、その意図がわからない。


「私ではない。ソニアがやったのです。アイリーンさん、貴女を蘇生させた魔法です」

「私を……どういうことですか?」


 アイリーンがかつてその魔法を自身に受けたとき、彼女は深い闇の中にいた。

 おそらく死を経験したのだと思っている。

 それゆえにソニアが何をしたのかはわかっていなかった。


「今、ソニアは識界で母に会っています。記憶の封印は解かれ、全てを思い出すはず……」


 意図したのか、していなかったのか……それを読み取ることは不可能だった。


「何を……」

「私にも辛い記憶なのでね。これ以上は帰ってきたソニアに聞いて欲しい……」


 彼はもうそれ以上は語ろうとしない。

 それでもアイリーンは詰め寄るように問い質す。


「ソニアがまた眼を失ったら今度は治りませんよ!?」


 左目の魔導具は一つしかない。左目が義眼で機能しているのは本当に偶然で、幸運だっただけだ。


「泉の水を飲まなければ、人体に影響は出ないはず。きっと彼女がそれをさせない。今は静かに帰りを待ちましょう……」

「……わかりました。ですが、その言葉を違えたら私はあなたを許しません!」


 ソニアの父親はただ、それには頷くのみだった。

 そうするより他はないとばかりに意識を失ったソニアを抱きしめ、アイリーンはその無事を祈る。


 彼はそれを見届けると、その場を去って行った……



 †



 青薔薇の咲き乱れる場所。

 星灯(ほしあかり)が青く澄んだ泉を照らしている。

 静かな水面には、走馬灯のように私の記憶が映し出されていた。

 それは、思い出したくない忌まわしい記憶……


 独自魔法を発動した私は、識界のその場所へと降り立つ。

 泉のすぐそばで女神も一人、私を待っていた。


「思い出してしまったのですね……」

「母さん……」


 自然と瞳から涙がポロポロと溢れる。

 溢れ出る涙は私の意思では止められない。


「覚えていないなら、それが貴女のためだと思っていました」


 貴女は私を責めてもいいのに……

 私は完全に忘れていたのに……

 言葉にならない想いだけが、溢れてくる。


「それでも、あなたから久しぶりにそう呼ばれるのは嬉しく思ってしまいます。ソニア……」


 女神は哀しげに微笑む。


 そんな私たちの関係を示すように……

 湖面に映る記憶は私の大罪を暴き出していた……


「ごめんなさい……」


 私は涙を流しながら、ひたすら謝る。

 それしかできないように、謝罪の言葉を繰り返す。


 そんな私に母は寄り添い、ただ抱きしめてくれた。


「私がそうしたのです。ソニア、貴女は謝らなくて良いのです……」

「でも……」


 私は私の独自魔法に母を閉じ込めた。

 檻を作り虜囚としてしまった……

 その後悔があるのに……


「それにまたこうして会えました。いつでも会えます」

「母さん……」


 そう言って母は微笑む。

 ああ、この人が私の母親なのだ。


 止まらない涙は後悔だけでなく、感涙も混じっていただろうか……


「あなたが向き合うと決めたのなら、その意思を尊重しましょう……」


 母さんに誘われて、私は泉と向き合う。

 それは悲しくとも、忘れてしまっても良い想い出ではなかった。

 絶対に覚えておかなくてはならない想い出だった……


 深く悔恨する私は、泉と同調するように過去へと遡って行った……



 †



 それは幼少時の記憶。封印された過去。


 幼い私が野花を集めて、お婆ちゃんとお母さんにプレゼントしている。

 大袈裟に喜ぶお母さんとお婆ちゃん。

 対してお父さんは物欲しそうに言った。


「ソニア、お父さんには無いのかい?」

「これ……」


 なんか、家の庭にいたバッタをあげていた。


「ああ、うん。ありがとう。嬉しいよ……」


 そう言う割に、微妙な顔をしていた父親。

 しれっとそのバッタを逃している。


「ソニア、お父さんにも優しくしてあげて……」


 むう……お母さんにそう言われては仕方ない。

 これでも精一杯、気を遣ったのだが……


 奴はライバルだ。私たちでお母さんを取り合っている。

 そんな心境だったのかもしれない。


 私とお母さんは仲良しで、四葉のクローバーを探したり、流れ星を探したりといつも一緒だった。

 一緒に歌を歌ったり、本を読んでもらったりもする。


 そんな幸せな日々が続く、今度は私が絵を描いていた。


「ソニア、それはなあに?」

「知恵の泉! 青くて綺麗で、周りには青薔薇が咲いてるの!」


 母親に聞かれて元気よく答える私。

 散華ちゃんとも出会う前で、この頃はまだクールなんて知らなかったし、それほど興味もなかったと思う。


「そんなに綺麗なら、お母さんも見てみたいわ」

「うん! 私が連れてってあげる!」


 銀髪幼女が屈託無く笑って、つられるように母さんも笑顔になっていた。


 誰だこの天使は……本当に私か!?


 そんな別人疑惑が出始めたころ……

 事態は急変へと向かって行く。



 その日、私はいつもの日課をこなしていた。

 お婆ちゃんが寝ている隙に、青の書を持ち出すのはいつものことだ。

 借りるのだ。盗んでいるわけじゃない、と罪悪感を誤魔化しながら……


 でもきっと見て見ぬふりをしてくれている。それくらいはわかる。


「これが無いと格好がつかないしな……」


 庭でいつも通りの魔法の詠唱を行う。

 今日はとても調子がいい。


 地面に小さな蒼炎が踊っている。

 前に延焼しかけて怒られた時に比べたら格段の進歩だ!


「でも、いつも同じことをしていてもつまらないな……」


 ああ、もっといろんなことを試したい。

 できれば、独自魔法と呼ばれるものをやってみたい。


 でもそれはお婆ちゃんだけでなく、お母さんからも駄目だと言われていた。

 だけど、お婆ちゃんもお母さんも使えるのだ。


 私にとって二人は憧れの魔女だ。

 とくにお母さんは、お婆ちゃんのおかげで名こそその陰に隠れてしまっているが、実力的には匹敵する。


「今日は調子がいいのに……」


 お婆ちゃんは寝ている。お母さんはお昼ごはんの支度だろう……


「大人は狡い。どうして私は駄目なんだ……」


 それにお母さんと約束した。

 いつか知恵の泉を見せてあげると……


「魔法はそれを叶えるためにあるのに……」


 幼い私には好奇心と功名心だけは人一倍あったらしい。

 ただ、それはお母さんとお婆ちゃんに褒められたい、幸せにしたい、という至極真っ当なものではあった。

 ちなみに、お父さんはついでだ。


 禁断の実に手を伸ばしてしまうように……

 その日、私はそれを行ってしまった。



 それは未熟な原型だった……


「独自魔法『知恵の泉』!」


 幼い私は禁を破り……悲劇は起こる。



 独自魔法は己の心、魂と結びついている。

 それは諸刃の剣で、場合によっては己を傷つける。

 ましてや未熟な者が行えば、死に至ることも少なくない。


 禁止されるものには必ず相応の理由がある。

 そのことが幼少の私にはわかっていなかった……



 中途半端に発現した独自魔法は私の内面へと向かう。


 私はいつしか深い霧に包まれた場所に居た……

 誰も居ない寂しい場所。

 青薔薇が咲いて想像通りで理想的な場所ではあったが……


「お父さん、お母さん、お婆ちゃん!! どこにいるの!」


 誰も居ないことに私は恐怖して、迷子になったように叫んでいた。

 その深い霧を抜けるようにすると美しい泉があった。

 思わず私はそれを手に取ってしまう……



 泉の中で身体が消えていく……

 気付いたときには魔法が暴走して私の身体は、指先から蒼い光となって消え始めていた。


「ああ……アアッ!!」


 私は助けを求めて絶叫した!



 絶叫がきっかけとなり、私は現実へと戻っていた。

 ただ、身体が消えていくのは収まらない。


 絶体絶命の窮地……

 幼い私は何もできずに震えて、涙する……


 その悲鳴を聞きつけたのか、家の中からお母さんが飛び出してきた。


「ソニア!?」


 慌てて母さんが私を抱きしめる。

 そんな母に必死にしがみつこうとした。だが、もう腕がない……

 どこかで私は諦めていた……


 

 母さんから美しい声が聞こえる。

 謳うように魔法の聖句が流れて……


「独自魔法……『青の継承』」



 母の魔法が発動して、私の蒼い光が母へと移る。


 ああ、だめ!! そんなことをしてはだめ!

 泣きながらそう訴える。


「……大丈夫。落ち着いて。いい? 冷静に、クールに、よ」


 暴れる私を宥めるために、母はそんな言葉を私に遺す。


 それは母の最期の言葉となった。


 私の身体は落ち着きを取り戻すように再生していく。

 反対に魔法の全てを吸収するようにして、母の身体は青い魔素と共に消えていった……


 そこには喪失感だけが残った。

 私は茫然自失だったのだと思う。


「ああ、いつも冷静でクールで居なくちゃ……」


 こんな過ちを犯してはいけない……

 それだけが言葉として出ていた。



 気付くと、いつの間にか私はベッドで寝ていた。

 何があったのか思い出せない……

 父さんと、お婆ちゃんが言い争っているような声が聞こえる。


「義母さんがついて居ながらどうしてこんな……!?」

「私は万能の神ではないよ……」

「……いえ、すいません」


 それは自分の責任を棚上げした言葉だ。それでも出てしまうのは仕方ないことだろう。


「子供の成長は早い。あの子は特に……だが、今は私が記憶を封印しておこう」


 ベッドに寝かされた私はそんな言葉を聞いていた……

 なんだか酷く疲れたように怠い……もう少し寝よう。



 うなされるように夢を見る。

 それは夢なのか現実なのか、もうわからない。


「ソニア、魔女はいつでもクールにね……」

「やだ……やだよ……」


 母は微笑みながら魔素となって消えていく。

 私の身代わりとなって……


 その日、私は魔女になった……



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