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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(上)
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紅蓮

 神聖カリス軍、出陣前。

 聖教会の呼びかけで各国、各領地からも兵が集まり、かつてない規模の大軍団が出来上がっていた。

 軍議が終わり、臣下たちが急いで準備に向かう中、ダンは残って王と対峙していた。


「どうしても戦わなくちゃならねえのか?」

「どうしたダン? 怖気付いたか?」


 揶揄するような勇者王の性格は、長い付き合いでダンも慣れている。

 そうじゃない、とかぶりを振って伝える。


「俺は知ってんだよ! お前の病気のこと……」

「病気か……少し違うが、まあ同じようなものか……」


 薔薇の男と勇者王の話をたまたまダンは聞いていた。それを指摘する。

 ため息を一つついて、勇者王は睨み据えるようにして言った。


「……だったら行かせろ。嫌なら残っても良い。それとその件は他言無用だ」

「ローレン……」


 ダンはそれ以上何も言えずに引き下がる。

 男の覚悟に気圧されるようにして退室した。


 それから何もできないまま……


 神聖カリス軍の準備は整い、かつてない規模の進軍が始まった。

 多くの軍馬と鎧の兵士が並んで街道を進む。


 その馬上でダンは迷っていた。

 頭の中にチラつくのは先日、ソニアに言われた言葉だ。


「炎の勇者ってのも妄言か?」


 確かに初めは妄言だった。

 だが、それはいつしか許容されるようになり、今ではそれを周囲に認められている。

 大佐に鍛えられ、大森林からの脱出によって確かにダンの中の何かが変わっていた。

 ゆえに今の状況に戸惑う。


「くそっ!」


 何度目かの自問の果てに辿り着くのは、何もできない己の無力さだ。


「この状況で、どうしろってんだよ!」


 神聖カリスにおいて勇者王は絶大な人気を誇る。その勇者王の決断に異を唱える者はいない。あるいは言い出せない空気になってしまっている。

 嫌なら残っても良いとは言われているものの、それこそ無責任で論外だ。


 ダンは将軍である。当然、従軍しなくてはならない。でなければ反逆者だ。

 己の中の勇者という理想像と、現実が乖離して葛藤を産む。


 ただ時間だけが過ぎて、決戦へと向かって行く……



 †



 勇者王の挙兵を受けて、散華もまた兵を挙げなくてはならない事態となっていた。

 アストリア国内でも王が魔王認定されたことに少なからず動揺が走っている。

 それでも華咲のこれまでの実績によって、大掛かりな反乱までには至っていない。

 だが、微妙な緊張状態にはなっていた。


 冒険者は基本的に戦争には参加しない。それは兵士の仕事であり、傭兵の仕事だからだ。

 だが、自国が蹂躙されるとなると話は別だ。そこに家族がいる者も多い。

 無論、逃げるか戦うかは自己判断ではある。

 ダンジョンで成り立つアストリアは冒険者が多い。結果、多くの者がその決断を下さねばならなかった。



 そうした中、アストリア軍内では皆が神経をすり減らしながら軍備を進めていた。

 敵は大軍ゆえに進軍速度は遅い。ゆえに迎え撃つ準備は充分にできる。


「問題はどこで受けて立つかですが……」


 その蓮華の言葉を受けて散華も地図を見ながら考え込む。

 激しい魔法の応酬となれば、土地や環境への影響も考えなくてはならない。

 本当に伝説の勇者対魔王の戦いのようになってしまえば、魔界と同じになってしまう。

 それでなくとも作物が育たなくなれば人が住めない土地になりかねない。


 アストリア王都は論外だ。それは最終防衛ラインといってもいい。少なくとも現段階ではない。


「ですが、ある程度こちら側へ引き込まねば勝機はないでしょう……」


 蓮華は地図上のいくつかのポイントを指し示しながら、散華へ確認する。

 何しろ敵は大軍でアストリア軍は寡兵だ。少数精鋭と言っても良いが、それでも数で押し切られては勝ち目はない。


 こちら側へ引き入れるほど被害は大きくなるが、敵もそれだけ疲弊する。

 そうわかっていても、街や村を破壊して戦うのは心苦しく、復興も大変になる。


 二人は確認を進め国境の内側、ウィオラ大平原を決戦の場と決める。

 魔王認定された以上、敵の狙いは散華の首だ。必然、敵も味方もそこに集まることになる。


「散華……場合によっては……」

「わかっています。姉様……」


 模造女神たちを使う。だが、それは酷い結末を迎えることは目に見えている。

 恐怖で世界を支配しかねない。

 それでもどうしようもなくなったら……と散華は思う。


「それをすれば確実に魔王と呼ばれてしまうな……」

「散華……」


 散華の自嘲じみた言葉に、蓮華は何も返せない。

 ただ、重荷を背負わせていることに心を痛める……



 先行して兵を進めたアストリア軍は予定通りウィオラ大平原に布陣した。

 土嚢や木柵を組み、簡易的な砦を作って待ち構える。


 そうして待つと敵の姿が現れ始める。

 多くの者が、およそ初めて見るだろう長蛇の列の大軍勢に驚き息を呑む。

 睨み合うように両陣営互いに最後の確認をする。


 敵の数はおよそ数倍。圧倒されている者も多い。

 アストリアの命運を賭けた大戦の前に、発破をかける必要があった。

 散華は陣頭に立ち、王として言葉を選ぶ。


「我らは、そして彼らは歴史から何も学ばなかった……」


 既に敵は目前に見えている。最大の緊張の中、互いに対峙し鎮まり返っている。


「魔王だ、勇者だなどという言葉が先行して真実を見る目を失っていた……」


 どんなに言葉を並べ立てても結局、戦争の本質は変わらぬ領土争い。権力闘争に他ならない。


「だが、間違いは間違いとして糺さねばならぬ!」


 それはどうしようもなく間違っていく世界に対しての慟哭だった。


「今こそくだらぬ争いに終止符を打つ! 全軍突撃!」


 全軍が奮い立つようにアストリア軍から応じる声が上がる。


 世界を二分した戦いは今、始まってしまうのだった。



 魔法が飛び交い、矢が降り注ぐ。盾で防御し魔法壁を張る。

 その隙間を縫うように軍馬、戦士たちが駆け抜ける。

 両陣営入り乱れた剣戟の音が鳴り響く。


 始まりこそ互角に推移していたものの、数の利で徐々に神聖カリス軍が圧していく。

 死者はともかく怪我をした者から交代させ、治癒魔法で復帰させる。

 そうなれば交代要員の多い方が圧倒的に有利だ。


 それからは聖教会の発表に毒されたかのように勇者王の軍は破竹の勢いで進撃した。

 その神聖カリス軍を評するなら、総じて皆、狂っている。

 それもそのはずで皆、それを御伽噺として聞かされて育っている。まるで洗脳のように……


「俺たちは勇者軍だ進め、進め、進め!」

「勇者が負けるはずがない!」

「神の加護は俺たちにある!」


 盲信の怖さか、考えることをやめた人々はただ前へと進む。

 大怪我を負いながらも進む。血飛沫を上げながらも進む。

 見苦しく、(おぞ)ましくただ進む狂気……


 不死者(アンデッド)顔負けの狂気と盲信は、もはや人と呼べるのかすらわからない。

 有り体に言ってそれは「怪物」だった……


 怪物の暴威に戦線は突破され、アストリア軍は退却を余儀なくされる。

 何度も退却を繰り返して、拠点を移る。濃厚じみた敗色に皆、疲労を隠せない。


「あれはもう、人ではない……」


 アストリア陣営、本陣幕舎内で心を痛めるようにそう言ったのは散華だったが、アストリア軍の兵士誰もがそう思っていたことだろう。

 事実、神の加護のようにそれは周囲の魔素に感応して「怪物」の力を引き上げている。


 散華は早々に決断を迫られつつあった……


「姉様、私が出ます。赤の書ならば戦況を覆せるはず……」


 だが、それには姉から異を唱えられる。


「なりません! 大将が動くのは最後です。それに貴女は魔王であるか否かを問われているのです。今動いてはなりません……」


 そうなればアストリア軍内からも離脱者が現れかねない。

 今もどこか微妙な空気が流れている。それが怪物の暴挙を許してしまっている。


「ですが……」


 アストリアが孤立しているのは周知の事実。周辺諸国の動きもきな臭い。不用意には動けない。


「私が仕掛けます……」


 静かに瞑目した蓮華は己の禁を破る決意をしていた……



 夜に入り、神聖カリスの怪物もその活動を停止する。

 初戦の勝利に沸き立ち、酔いしれている。そこに油断があった。


 闇に潜む修道女の軍団は、蓮華の指揮によって敵の部隊長を次々と暗殺していく……

 断罪の剣の残党たちだ。

 修道服を鮮血に染めて任務を完遂する。


「やってくれたな……」


 明朝になって発見される死体に、怪物さえも恐怖し、その歩みを止める。

 思わぬ足止めを食らって再編に時間を取られる神聖カリス軍。


「だが、そうでなくてはな……」


 神聖カリス幕舎内でその報告を聞いた勇者王は、その事態を喜ぶように迎えたのだった。



 それは多頭の怪物の首を落として刎ね、次が生えてくるのを待つのに似ている。

 自身も血塗れで帰って来た姉に散華は驚く。


「時間稼ぎ程度ですが……少しは休めるでしょう」

「姉様、よくやってくれました……」

「ふふ、散華に褒められるのは嬉しいですね」


 気丈には振る舞っているが、その手は震えている。

 蓮華でさえ、暗殺は初めての行為だ。それも当然だった。


 かつて暗殺術に特化した断罪の剣と華咲が別れたのには理由がある。

 寝首を掻く……

 一方はそれを是として、他方はそれを否としたからだ。


 姉の血塗れで震える手を取り、散華は決意する……


「姉様、やはりこれ以上アストリアへ被害を出すわけにはいきません」

「ですが……」

「私は決めました。この力で魔王とされるのなら、それは私が受け入れるべきことなのです」

「散華……」


 その散華の覚悟には蓮華も折れざるを得なかった。

 このままでは負けは見えている。賭けに出るべきなのだろう……


「修羅道においては不殺(ころさず)など許されない……それが分かった」


 やらなければやられるどころの話ではない。そんな単純な話では決して無い。

 愛する者を奪われる。命を嘲弄される。尊厳を凌辱される。全てを奪われる。

 最愛の姉の血塗れで震える手を取ったとき、それを理解した……

 ゆえに散華自ら先陣に立つ。


「魔王だ! 魔王が現れたぞ!」

「勇者の力を借りるまでもねえ! 首を取れ!」

「魔王を討ち取った奴が次の勇者だ!」


 狂った怪物は狂騒しながらアストリア軍先陣に立つ散華へと迫る。


「黒の魔女もこんな気持ちだったのかもしれないな……」


 降りかかる火の粉を払うだけで魔王にされてしまう世界ならば、魔王になってやろう。

 赤の書の悲憤は訴える。「正義は何処にありや?」と……


 戦場を睨み据えた真紅の赤薔薇は哀しむように……

 赤の書を掲げて、その力を解放した。


「其は紅蓮の檻 其は赤き炎帝の憤怒 紅焔(こうえん)よ赤の盟約に従い我が敵の命運を断ち切れ……」

 

 静かな詠唱に従って大地に巨大な魔法陣が描かれる。


炎獄(ムスペルヘイム)


 火山が噴火したかのように大地から炎龍が溢れ出る。敵を焼き尽くす。

 赤薔薇の女王の一撫で……それは広範囲殲滅魔法だった…… 


 多くの者がきっと何が起きたかわからなかったことだろう……


 一撃粉砕。

 まさしくその言葉通りに……

 鼻っ柱を折られた「怪物」は散り散りとなって恐怖、叫喚しながら逃亡し、霧散した。


 以降、劣勢にあったアストリア軍は徐々に戦線を巻き返していく……



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