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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(上)
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趨勢

 赤の書を手に入れた散華は再び塔へと向かう。

 男の話の真偽を確かめるために……


 近衛騎士団主体の少数の精鋭たちが塔内部を進む。

 神殿までの道はすでに確保されていてほぼ労せずに、その大扉前まで辿り着いた。

 あるいはそれはダンジョンとは構造が変わったためでもある。


 問題の大扉をくぐり、散華は赤の書を誇示して道を進む。

 散華は魔導書と一体になったように、力が漲るのを感じていた。今なら、戦うことも可能だろう……


 神殿前、すぐに立ち塞がった模造女神たちだったが……

 両者は対峙してそこで止まる。


「赤の書を確認……因子適合。我らの主人と認めます」


 模造女神の一人の言葉に散華は安堵する。

 かなり胡散臭い男ではあったが、話は本当だったらしい。


「お待ちしておりました。……我らは貴女様の命に従います」


 驚くべきことに十一体の模造女神たちはその場に傅いて命令を待っている。

 そして十一体ともその視線が蓮華へと向く。


「神の血筋が入り込んでいます。排除いたしますか?」


 疑似神槍の矛先を蓮華に向けて威嚇するようにしながら進言していた。

 蓮華もそれには憮然としている。


「待て! 彼女は私の姉だ。私同様に従うように」

「……了解しました。嫌ですが」


 模造女神たちにもある程度、個性が残っているのかもしれない。

 すぐに解放してやろうと散華は思う、だがそこへ急報が入る。


 伝令兵から伝えられたそれは、聖教会が散華を魔王として認定したと言うものだった……

 それに応じて神聖カリス王国の勇者王が挙兵の準備を進めているという。


「早いな……」

「ええ、散華。今は……」

「姉様、わかってます」


 アストリアは近年カリスから独立したばかりの小国である。

 みすみす戦力を手放すことはできない。

 散華は瞑目してため息を一つつく。


「すまない……今、お前たちを解放してやることはできない……」


 それは王としての苦渋の決断だった。



 †



 一方、エルフたちの国アルフヘイムではブリュンヒルデの戴冠以来、大きな問題が起こっていた。

 同盟国であるアストリアを支援するべきだと言う上層部に対して、魔王そして連なる魔族などに手を貸せるか! という根強い反発があった。

 さらに迂闊に動くべきではないと言う慎重派の声もあって、中立の様相が強くなっている。


 もちろん神聖カリスとも浅からぬ縁があるため、使者を送って調停を申し出てはいたが、すげなくつき返されていた。

 そこからわかるのは相当な覚悟であり、もはや戦争は止められる段階にはないということだった。


 勇者というシステムが完成してしまっている彼の国では聖教会共々、前言撤回などあり得ない。それは国家の根幹に関わる事態である。ゆえに結果を出すまでは止まれない。


 女王の私室でブリュンヒルデは憤慨していた。


「アストリアとの同盟は前女王が遺した最後の偉業。それを守れないのならば何のために女王になったのか? 跡を継いだのか!?」


 ブリュンヒルデもまたエルフの女王らしくそのプライドは高い。

 前女王がアルフヘイムを去った今でも彼女を信奉し、遺してくれたものに敬意を払っている。


「それができないのであれば何が女王か!?」


 自身の無力さが嫌になる。戴冠したてで、こうした問題が起きては無理からぬことではあったが……


「これもまた私が乗り越えねばならぬ試練なのだろうな……」


 ため息を吐く現アルフヘイム女王ブリュンヒルデ。


「珍しく荒れているな……」


 そんな時、私室へ訪ねてきたのはミスト将軍だった。ブリュンヒルデの戴冠に伴って彼女は今、近衛騎士団長となっている。


「ああ、ミストか……愚痴くらい許せ……」


 疲れたように言う女王にミストは労わるように言う。


「陛下、貴女は先のダンジョンで多くを学んだはずだ。今、アストリアでも彼の女王は懸命に戦っているのだろう?」

「そうだな……」


 混迷する世界において、ダンジョンという暗闇の底で真実の光を見た。

 アルフヘイムの将軍でもあった双樹の死は確かに何かを遺した。

 絶望の中で光るそれは愛であり、希望だったと思う。

 悲惨な戦いではあったが、残ったものは確かにある。


 ミストの言葉でブリュンヒルデはそれを思い出すと、自然と苛立ちは収まっていった……


「我らは聖教会へ与していない。にも関わらずその思想は似てしまっている。聖教会の発表を鵜呑みにするとは……今こそ考えを改めるべきなのかもしれん」


 聖教会は一つの歴史であり連なる勇者と魔王の戦いは、聖樹信仰の彼女たちにとっても変わらない。

 むしろ一定の距離を保ったことが、今のアルフヘイムを形作ったとも言える。


「だが、具体的には?」

「利用するようで悪いとは思うが……うってつけの人物がいる。ソニア・ロンドだ」

「青の魔女か……なるほど」


 ミストの言葉にブリュンヒルデは納得する。

 すぐに手配し、会場を整えさせた。



 ブリュンヒルデは王城のバルコニーから王の言葉を告げる。

 集まった人々は今後の方針の発表に固唾を飲んで見守っていた。


 ブリュンヒルデもまたこの会見に臨み、私情を捨てて国民の意思を尊重する覚悟だった。

 訴えが受け入れられないのならそれが国民の意思なのだろう。


 戦争は辛い。勇者の蜂起から、神獣戦、アストリアのダンジョンと戦いは続いてしまっている。

 それでなくともエルフ族は常人と比べて子供が生まれにくい。それは長命の代償だ。

 国民感情もわかるゆえに、派兵を見送ることも視野に入れねばならない。


「今、同盟国であるアストリアが苦難に直面している。にも関わらず我らは派兵を渋っている。その考えが間違っているとまでは言わぬ。ただもう一度考えてみてほしい……」


 ブリュンヒルデはそれでも、もう一度だけ考えて欲しいと訴える。


「青の魔女を思い出せ。彼女の功績を、私たちに残してくれたその意味を……」


 言葉は少なくとも、あの惨禍を経験した者たちにそれは強く響いた。

 エルフ族にとって今やあの戦いは一つの奇跡で、伝説である。

 もちろん、彼女一人の力ではない。アルフヘイムとアストリア、それに協力した多くの者たちの力があってこそ成し遂げられた偉業だ。

 


 またその復興には近隣だけでなく、王都からも応援が派遣されている。


 それ以前にも、あまり知られてはいないことだが、奴隷となりかけていた者たちを助けてもいた。


「エルフのプライドというものを今一度考えて欲しい。私が望むのはそれだけだ」


 集まった多くの者たちが静まり返る。女王の言葉を聞いて今一度吟味する。


「それを言われてはな……」


 それは奴隷の手から娘を助けられた男だった……


「そうだな……」


 それはリーヴの街で家を失った者たちだった……

 その奇跡を直接目にした者たちもいた。


 多くの拍手によって見送られるブリュンヒルデ。

 それでも戦乱続きのアルフヘイムに余力はないとの声も大きい。

 だが、この訴えが功を奏して全面賛成とまでは行かないまでも、派兵を容認する流れにはなったのだった。



 私室で民意を聞いていたブリュンヒルデは、椅子に身体を投げ出して休みながら言う。


「ふう、ひとまずは女王としての第一歩は許容されたようだ」

「ああ。素直に立派だったと言わせてもらおう」


 ミストに労われるブリュンヒルデは、疲れたというようにぐったりしていた。


「私はずるいことをしているな。ソニア・ロンドはアストリアを出たというのに……」

「今もどこかで戦っているさ。彼の魔女はあれでなかなか手強い……」

「確かにどこか抜けているかと思えば、何故かそれを覆す。不思議な娘だった」


 二人は想いを馳せる。今頃は何をしているのだろうと……



 †



 そうした一方でアストリア周辺諸国では連日会議の席が設けられていた。

 聖教会によるアストリア王の魔王認定によって、対アストリア周辺諸国連合ともいうべき組織が出来上がっている。


「愚かな聖教会が勇者と魔王をぶつけてくれる。それが真実であろうとなかろうと我らには関係がない」

「そうだとも、重要なのは神聖カリスとアストリアが潰しあってくれることだ」


 どれも皆、小国の王たちであり、カリス時代からカリスには恨みが募っている。

 だが、小国ゆえに一国では太刀打ちできないこともまた知っていた。


「上手く運べばアストリアがまるまる手に入るだろう……無論、ダンジョン、神の塔をもだ」

「そして、神の塔を制圧すればあとは……神聖カリスも自ずと手に入るというわけですね……」


 共有された情報をもとに意思の統合を図る。


「しかし、それほどですか? 神の塔とは……」

「わからぬ、それゆえに絶対にしくじってはならん……」

「だが、成功すれば我らの懸念も払拭されるというもの……」


 失敗は論外、語るまでもない。ゆえに成功しか見ない。見られない。

 千載一遇の好機を前に、王たちは興奮を抑えるように確認を進める。


「ですが、そう上手く行きますか?」

「アストリアは神聖カリスに対してあまりにも小国だ。全軍を投入する必要があるはず。そこを後ろから刺せば……」

「なるほど……勇者に加勢したとでも言えば大義名分も立ちますか……」

「そういうことだ」


 そうして王たちは奸計をめぐらす。

 誰もがいずれ他の者を出し抜いてやると腹の底で考えながらも、今だけは連携する。

 それほどアストリアは垂涎の的だった……

 さらに女王である二人の美姫が手に入るとなれば必然、張り切ろうというものだ。この際、政略結婚でも良い。それで支配の口実はできあがる。


「あとは我ら連合によって神の塔を管理、運用というわけですね……」

「神の塔さえ手に入れてしまえば、あとはどうとでもなる。あれには転移門があるらしいからな」

「その噂、本当でしょうか?」

「手に入れればわかるさ……」

「ですね……」


 仮にそうでなくともアストリアは手に入る算段だ。問題はない。


「時期を誤るなよ? 動くのは奴らが潰しあったあとだ。必ずや好機は訪れよう……」

「重々承知しております……」


 獣が涎を垂らすようにして、アストリアへと欲望の絡んだ魔手を伸ばす。

 小国の王たちは皆その得られる利益の巨大さに、暗く澱んだ目を輝かすのだった。



 †



 また別の場所……魔界。

 かつての勇者と魔王が戦ったとされる土地。

 今なお魔素の影響が大きく、常人には踏み入れられない土地である。


 そこには勇者と魔王の戦いの痕跡が色濃く残っている。

 魔王の墓標のように巨大なクレーターができている。その中心部の底には街がある。

 そこは異形たちの楽園。人として認められない者たちの街。

 奈落の街タルタロス。


 その王城に一人の異形の大男が、深く瞑想していた。


「赤の書の継承者が見つかったか……ならば我らも動かねばならぬ」


 玉座の異形の大男は、その三面六臂の体躯を興奮したように震わせた。


「魔族王サマ……本気デスカ? アストリアは遠いですヨ?」


 側近の人の大きさの蟷螂(カマキリ)のような男が注意を込めて確認する。


「我らの悲願は人として認められること。そのための魔王伝説。であればその後継者を見極めねばならん……」


 魔族王と呼ばれた男は決然として言う。


「軍備を整えよ。整い次第、進軍を開始する!」


 畏まったように蟷螂は敬礼すると、急いで王城を退室して行った。



 世界は混沌の様相を見せ始め、全世界を巻き込んだ空前絶後の大戦が起ころうとしていた。


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