歓迎
「私を嵌めたのか!?」
「そうではない。だが、そう取られても仕方はない……」
父さんは隠す気はないというように話す。
「引き返すには最後の機会だ。時間はあまりないが、よく考えるのだ。私は強制はしない。だが魔族、赤薔薇は魔王である散華王の味方だ」
その言葉から私は逃げ出すように退室した。
父さんは追いかけては来なかった。
代わりにアイリーンとエリザベートが追ってくる。
ズカズカと歩みを止めない私に、後ろから声がかかる。
「ソニア、待ちなさい!」
「ソニア様。案内いたします」
ああ、そうだった……秘密結社なだけあって建物もここまでの道も割と複雑な構造をしている。そのせいで帰り道がわからない。
「残念ながら交渉は決裂してしまったようですね……」
そう言って悲しそうにするエリザベートだったが、それが私の怒りを助長させた。
「交渉!? あれが!?」
エリザベートには罪が無いとはわかっていても、荒らげた声は鎮まらない。
「誤解されやすい方ですが、我々には真摯に向き合ってくださっています」
「利用されているだけだ!」
私はエリザベートへはっきり断言してやる。目を覚ませと言わんばかりに。
だが、彼女の芯はブレない。
「そうかも知れません……ですが利用し合うのと、手を取り合うのは違うのでしょうか?」
「……わからないよ」
私に負い目もあってか、強くは出られなくなる。
一番良くないのは奪えるだけ奪う者だ。利用するだけしておいて何も返さない者だ。
少なくとも私はそう思っている。
「だとしてもあの男がこの状況の原因だろう!?」
「原因はいくつもあって、必ずしもそうだとは言い切れませんが、その一つではあります」
「だったら、どうして!?」
興奮気味の私に対して、あくまでエリザベートは諭すように穏やかに向き合う。
「誰かが声を上げなくては何も変わりません。魔族の悲願なのです。それが状況に合致してしまったのです」
「一体、何を目指しているんだ!? 魔族の世界か!?」
「いえ、隔たりのない世の中を……」
どうしてそうなるんだ!? こんなことをしたら両者に恨みが募るだけじゃないのか?
やってることは真逆ではないのか?
私のその疑問を制するように、彼女は先を言葉にした。
「その準備があるのです……ですがこれ以上は今は教えられません。協力を確約していただかない限りは……」
この期に及んでまだ秘密があると言うのか!?
「すみません一方的でしたね。しばらく考えていただけると幸いです」
エリザベートはそう言って退いてくれた。
私もそれで少しは冷静さを取り戻す。
「ごめん、ちょっとカッとなった」
「いえ、では出口へ案内いたしましょう」
その口論をアイリーンは黙って聞いていた。
事情を聞かされていない彼女には口を挟めないことだからだ。
だから後で事情を説明しなくてはならない。それを考えると気が重かった……
†
「そんなことが……それはまた厄介なことになりましたね……」
宿へ帰った後、アイリーンには包み隠さず話した。
「こう言ってはなんですが、どちら側も戦争を望んでいる。深入りは避けるべきかと……」
アイリーンの言った通りで、きっとそれが賢明な判断というものだろう。
「でも気になることを言っていた。魔王は散華ちゃんらしい……」
「!? 彼女は魔族ではないはずですが……それどころか……」
そう、女神様の系譜だ。アイリーンも驚いている。
そんなことが、あり得るのか?
いや、既存の通念にとらわれてはいけないのかも知れない。
どうもそうしたことを狙っている節が見え隠れしている。
そこではたと思い出したようにアイリーンは言った。
「そういえば……いえ、古い記述で信憑性はわかりませんが、古代の魔王を立てたのは冥府の神々を信奉する一派だったとも言われています。であれば……」
「そういうこともあり得ると?」
私が聞くと、彼女は頷いた。
「ソニアはどうしたいのですか?」
「父さんを止めたい……いや、きっともうその段階ではないはず。だとすれば……」
周到に準備された計画だ。
もう戦争を止めるのは無理だろう。どちらも振り上げた拳は、振り下ろすまで止まれない。
であればできるだけ被害の少ない着地点を見つけてやるしかない。
となるとやはり、赤薔薇に入らなければ情報まで入ってこない。
それに監視というわけではないが、これ以上奴を野放しにしてはいけない。
あれでも私の父親なのだ。知らぬ存ぜぬではきまりが悪い。
必要とあらば邪魔することも視野に入れて動かなくてはならない。
父さんには言いたいことは山ほどあるが、今は我慢する。
赤薔薇の内情がまるでわからない以上、他に何をどうするべきかもわからない。
†
そんな折、小さな事件が起きる。
聖教会の発表後から、私たちを狙って数人のストーカーが現れるようになった。
その日は日用品を買った帰り道だった……
「ソニア、またつけられています……」
「またか……私が囮になる。アイリーンお願い」
「わかりました……」
私も怒っていた点は認めざるを得ない。
ただでさえ、こに来てから混乱気味なのに、そんなことをされては爆発もする。
本気のアイリーンの隠行について来れる者は居ない。
私が首をそらして、注意を向ける隙にアイリーンは消えている。
混乱したストーカーたちは私を追うしかない。
私はただ路地へと走って……後方では敵が気付かぬうちに一人、二人と消えている。
「何っ!?」
そう言って気づいた時には私たちがリーダーらしき男を前後で挟み撃ちだ。
私の振り返りざまの、回し蹴りの一撃。
それは自分でも驚くほど綺麗に決まった。クリーンヒットだ!
「ぐあっ……!?」
男は悲鳴を上げて倒れた。
「お見事です。ですが……下着が見えてました」
後ろから合流したアイリーンが注意を促す。
おおう……頭に血が上って思わぬ粗相を……
倒れている男に目を遣る。こいつ私のパンツ見てないだろうな……?
その顔に見覚えがある。
「なんだストーカーはダンかよ……」
「ストーカーじゃない! 神聖カリス王国騎士団長だ!」
その言葉に反応して、地面に倒れながら抗議するダン。
心なしか顔が赤い気がするが、そこには突っ込まないぞ! 藪蛇になりそうだ。
「騎士団長がストーカーとか、この国終わってるな……」
「ストーカーじゃないって言ってるだろ!? 監視だよ!」
ちょっと煽ってやると、ダンは白状した。ダンは私のパンツを見た負い目か、口が軽い。
やっぱりこいつが騎士団長で大丈夫なのか……?
「ほう? なぜ監視を?」
「ぐっ……それは、わかるだろ? お前たちはアストリアから来た……」
「なるほど。聖教会の妄言を真に受けてしまったのですね……」
アイリーンが詳しく話せと詰め寄る。
「妄言? そんなこと誰も言っていない! 魔王はアストリア王だと誰もが言っている」
「そんなはずがない!」
私は思わず声を荒げる。
いや、こいつに怒っても仕方ない。私は努めて冷静に振る舞う。
最近の私は気が立っている。その自覚はある。
「お前は戦争がしたいのか?」
「そんなはず無いだろう……」
「ならば、お前が勇者王を止めるべきでは無いのか?」
「それは……」
街中のこの熱狂は、狂気と変わらない。
こいつもどこかおかしいと感じていたのかも知れない。
次第に意気消沈したようになるダンを前にして、真剣に問い詰める。
「勇者ってのは戦いを煽る道具のことか?」
「違う!」
「ならば炎の勇者ってのも妄言か?」
「違う……」
こいつは馬鹿だが、真っ直ぐな所は私も認めている。
「であれば代わりと言ってはなんだが、散華ちゃん、アストリア王は私が止めよう……」
確約できないことを言うべきではないが、その意思がなくては何もできない。
ダンにそう提案したのだったが……
「……それが、できねえんだよ!!」
突然ダンはそう声を荒らげて悔しげに言い残す。
私を突き放すように立ち上がると、そのまま逃げ去った。
後を追うように倒れていた団員たちも続いて行った。
勇者側も勇者側で何か事情があるのだろうか……?
その姿はまるで逆側の自分を見ているようで苦しくなった……
†
アリシアと連絡が取れた。
聖教会の発表は世界中にまで流れていた。アストリアもそれで混乱しているようだった。
赤の書については確認できていない。アリシアとエリスは相当に忙しい。
聖教会の発表に呼応するように周辺諸国の動きもきな臭くなってきているそうで、その対応に追われているという。
ただ怪しげな男が謁見に来たようだ。
私たちに監視が送られた以上、姿を晦ます必要があった。
アストリア側の外交官であるアリシアとしっかり連絡を取り合っている私は、ほぼスパイのようなもの。
いつ投獄されてもおかしくはない。ダンも次は本気で軍を派遣してくるかもしれない。
今はそんな状況に陥っている。
そうしたとき、赤薔薇は都合が良い。
奇妙な流れに乗せられている感覚が拭えないが、疑心暗鬼に陥っているのかもしれない。
そうして私はこの男に再度、面会していた。
同じ部屋に通された私はどう切り出すか迷う。だが、父さんは見計らって尋ねて来た。
「覚悟はできたと見て良いのかな?」
「これ以上何があると……?」
「本当に覚えていないのだな……」
私が逆に問い詰めるように返すと、なぜか父さんは辛そうに、そして哀しそうにしていた。
本当になんだというのか!? ここに来てから精神的に休まらない。
アイリーンが居なくてはとうにまいっていたはずだ。
だが、それ以上は何も言ってはこない。
父さんが言わない以上、私にはそれを知る術はない。
いや、本当は恐れていた……
それにその件に触れるとなぜか身体の震えが止まらない。冷や汗が止まらない。
それが今聞くべきではないと示しているようだった。
「では……皆へ挨拶しよう。ついて来なさい」
私は集会場のような場所へと連れていかれた。
そこには赤薔薇の団員なのだろう……皆が集まっていた。
そこで壇上に登ると父さんは周囲へ誇示するように大仰に振る舞う。
「ようこそ赤薔薇へ。我々は歓迎しよう、ソニア・ロンド」
その言葉に周囲から拍手が巻き起こる。
娘ということで特別待遇なのだろうか……
エリザベートが拍手している隣、アイリーンと目が合う。
私たちは頷き合った。
それも今は受け入れる。
ともかく今はこの混乱を収めなくてはならない。赤薔薇の力を借りてでも……




