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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(上)
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暴露

「血は争えないねぇ……」


 それは父さんのことだろうか? それとも私の……

 お婆ちゃんは過去を振り返るように悲し気にしていた。


「お婆ちゃん……。なんか久しぶり……」


 しばらく来るなと言われて避けていたらいつの間にか、あの家にお婆ちゃんは居なくなっていた。

 きっとお婆ちゃんはお婆ちゃんの方で忙しかったのだろうと思う。


「父さんに会った……」

「どうやら、そのようだね」


 そう言ってお婆ちゃんは私の左目にそっと触れる。

 ここでもそれは無くなっていて、義眼に変わっていた。

 きっとより深い場所に捧げられたためだろう……


「もう、私からの助言は必要ないだろうが……」

「いや、そんなことは……」


 お婆ちゃんと話すだけでも嬉しい。

 本当に、この父親との差はなんだろう……


「好きなようにしなさい」


 それ助言!? と言いそうになるのをどうにか堪えた。


「ああ、うん。ありがとう」


 それだけ言いたかったのか、私の意識が遠のくようにしてその場を離れていく……


「ソニア……すまない。私には止められなかった。あいつはお前に重い十字架を背負わせるだろう」


 嘆くように悲しむようにその声は聞こえる。


「だが、きっとお前なら再び立ち上がれると信じているよ」


 最後に囁くようなそんなお婆ちゃんの声を聞いた。


 なんだかそんな夢を見た……


 †



 翌朝、アイリーンともう一度父親の家へ向かう。

 だが、折悪しく外出中だった。玄関口で代わりに応対に出たのは秘書を名乗る女性だった。

 いかにも仕事ができそうな眼鏡の美人秘書だ。

 対応の早さや、部屋の綺麗さの原因は彼女だったようだ。


「お話は伺っております。手紙を預かっておりますのでお読みください」


 そう言って私は手紙を渡された。その場ですぐに開けて読む。


「ソニア、焦らずしばらく考えてから来なさい。それとお前にとっては決して良い話ではない。その覚悟をして、それでもと思うなら私の許へ来なさい」


 それだけが手紙に書かれていた。文面からは突き放しているようにも思える。

 だが、気が向いたら訪ねて来いと言ったのは奴だ。


「これは……」


 覗き込んだアイリーンも困惑している。


「少しお話を伺っても?」


 これだけではさっぱりだ。私は美人秘書に尋ねていた。

 仕事の邪魔かもしれないが、少しでも情報が欲しい。


「私ですか? いえ、わかりました」


 私は昨日来た居間へ案内されると、昨日同様にソファへと座る。

 美人秘書はこれまた同じように紅茶を出してくれた。きっと父親のことだ、それしか置いてないからだろう。


 だが、なぜか……


「美味い……」


 どういうことだよ!?


 それを見て美人秘書は微笑んでいるだけだ。隣でアイリーンも驚いていた。

 そうしてどこから聞こうかと私が考えを巡らせていると、それを察したように彼女は説明してくれた。


「彼とは仕事上の付き合いです。今でも彼は亡くなった奥様を愛していらっしゃる。それがどう繋がるのか私にはわかりませんが、それでもプライベートな時間を削ってまで目的を果たそうとしていることはわかります。私はそのお手伝いをしているだけです」


 そうか……父親はずっと変わらないのだな……

 子供の頃見た父親の背中はずっと仕事机に向かっていた。仕事にしか興味ないように……

 子供としては淋しくはあったのだと思う。


「ええと、仕事というのは?」


 その問いに対して彼女はしばらく逡巡してから言った。


「御息女にはやはり、隠さない方が良いのでしょうね……」


 それでもまだ迷っていたのか、言い訳のように彼女は言う。


「ダミーとして用意した話はあります。ですがそれは彼も望まないでしょう……」


 人に言えない仕事なのか……また暗殺者ではないだろうな!?


「……主に魔族の支援です」


 そこはやはり躊躇があった。それも当然だ。

 私もほっとすると同時に、怪訝な顔をしていたことだろう……


「この王都で?」

「はい……ですが秘密ですよ? 御息女だから話したのです」


 マジか……!? 未だ根強く残る魔族差別の本拠地みたいな場所だというのに……

 いや、勇者王に変わって大分マシになったとは聞いているが、庶民の意識がすぐに変わるわけでもない。


「聖教会と魔族差別は歴史上から言っても、根強く結びついていますから……」


 アイリーンは補足するように教えてくれた。

 確かにそうだ。残念ながら、どちらか一方を讃えるということは、もう片方を虐げることに等しい。

 勇者伝説の本拠地であれば、当然敵である魔王方、その眷属と見られている魔族を迫害する流れになる。


 なんてことだ!? まさかその渦中にいるとは……

 それが必要なことはわかる。立派な仕事だということも……

 だが、それは反逆の急先鋒ではないのか!? 少なくとも相手方にはそう取られるはずだ。


 そこで何か気づいたように美人秘書は言った。


「そちらの女性。魔族ですよね?」


 アイリーンを指して言ったのだろう。厳密には微妙だが、そう言えなくもない。


「……そう取ってもらっても構いません」

「?」


 答えたアイリーンにその意味が掴めず困惑している美人秘書。


「アイリーンは人から魔族に変わったので……」


 私はそう簡潔に説明する。


「それは珍しい。ダンジョンの奥や魔界でしかその事例はないと聞いてましたが……」


 眼鏡の奥の瞳を輝かせるようにして彼女はその話にくいついてきた。


 魔素の吹き溜りや高魔力存在(ダンジョン・コア)はそうそう発見されない。そうした魔素が濃いところに日常的に住むようにして、長時間晒された者が魔族になると言われている。

 よって事例が少ないという話になる。


「であれば、尚のこと我々の活動に興味はありませんか?」


 いきなり熱心な勧誘がきた。


「申し遅れました。私、秘密結社赤薔薇、エリザベートと申します」


 この王都では秘密にしなければならない活動だとは思うが、よりにもよって秘密結社とは……

 父さんは一体何を考えているんだ!? ますます奴の実態が分からなくなる。


「今は特に微妙な時期だというのはご存知ですよね?」

「魔王討伐……」

「はい……おかげで各所で迫害に拍車がかかっています。魔王が魔族王というのは根強い説の一つですから」


 エリザベートは悲哀を込めて説明する。


「彼もその対応に追われて、しばらく留守にするかも知れません」


 いや、まさかそんな状況になっているとは思いもしなかった私は、呆然としてしまうのだった……


「ですので……もし、興味がおありで我々の活動に理解を示していただけるのなら、よければご案内しますが……?」


 要するに仕事場へと案内してくれるらしい。だが、今の私たちには困惑しかなかった。


「少し考えさせてください。驚きすぎて……」

「そうですよね。失礼しました。御息女が魔族に理解ある方で、こちらも舞い上がってしまって……」


 快く了承してくれたエリザベート。


 まあ、家には三人いるし……アストリアはその点ここに比べてかなり緩いが、それでも万が一のために秘密にはしている。

 クロは獣人を装っている。アラネアは腕輪の魔導具で基本、人型で生活している。リリスは見た目ではほぼわからない。

 きっと理解はあるのだろう。そうでなくては魔女とは呼べないと思う。


「では、やはり貴女も?」

「はい」


 私が確認すると、そう言って彼女はスカートに隠していた尻尾をちらりと見せてくれた。細長く黒い。そして先端が矢のように尖っている。

 どうやら小悪魔型と呼ばれる種族のようだ。彼女も一見ではわからない。でなければこの王都で潜伏などできないだろう。



 話が一段落して、私たちはお礼を言って宿へ帰る。

 宿の部屋へ戻ると、すぐに今後の相談になった。


「思ったより、さらにまずい状況かもしれません」


 注意を促すように、真剣な顔でアイリーンはそう言った。


「本当にタイミングが悪かったんだな。おいそれと言えないのはわかるが、先に言っておいて欲しかった」


 会ったときの言動から否定的な面は確かに窺えていた。

 だとしてもそんな活動をしているとは思わない。


 私の母は魔族ではない。お婆ちゃんの娘なので魔女かもしれないが、魔族ではない。

 私も違うので母も違うはずだ。


 でも大昔は魔女も魔族のくくりに入れられていたときもあったという記録を読んだこともある。

 それを思うと、なんとも言えない気分にさせられるのだった……


「聖教会が諸悪の根源のような気もするが……」

「ソニア、信仰は素晴らしいものです。ですが、間違えるのはいつも人です。そこは履き違えないようにしてください……」


 私はアイリーンなら信じられる。

 どんな道具も扱う人によっては危険にもなる。おそらく、そういうことなのだろう。


「ですが、実際どうしますか? こうなっては帰るというのも一つの手ではあります」


 アイリーンはそう提案してくれる。

 でもそれは見捨てると同義だ。父親はともかく、あの秘書は良い娘だ。

 帰りたいのは山々なのだが……もう少し詳しく調べた方が良いのかもしれない。

 父親も隠す気はないのだろう。


「とりあえず、近く赤薔薇とやらに案内してもらって内情を知ってから対策を取ろうかと……余計な気苦労かもしれませんし……」

「そうですね。わかりました」


 それからその日は頭の整理がてら、二人で近くを散策して過ごした。まだ来たばかりなので土地勘が無いためだ。 


 次の日も父親は留守だった。

 その辺りの調整を美人秘書エリザベートと話し合うと、三日後に仕事場へと案内してくれるということになった。



 私たちは空いてしまった時間を王都の見物に回る。


 冒険者ギルドは流石に大きく人も多いが、ここにも浮ついた空気が流れている。

 さすがに王都のギルドとなると、何人かの看破能力に長けた者にはアイリーンが魔族に見えてしまうようだ。

 不穏な空気が流れ始めたのを見て、私たちは逃げるようにその場を去った。


「ソニア、無理して私に合わせなくても良いのですよ?」


 通りを歩きながらアイリーンは落ち込んだ様子でそんなことを言う。

 彼女はアストリアではあまりなかった差別というものを痛感していた。

 人から変わったことで、余計にその差が身にしみるのだろう……


「アイリーンは無理して私に合わせなくてはダメなのです」


 元気づけるように私はあえて、そう言う。


「ソニア……」


 彼女は私と離れないと誓った。それは一つの契約だ。魔族契約と類似した何かだ。


「人はそれを結婚という……」

「もう、何を言ってるんですか……」


 恥ずかしがったアイリーンに、組んだ腕から脇を小突かれたのだった。



 †



 三日後、エリザベートによって赤薔薇の隠れ家へと案内された私たち。

 民家から地下通路を通り、大広間へと出る。

 石柱が立ち並び、壁には赤薔薇の旗が所々に掲げられている。さらに奥には部屋がいくつもあるようだ。


 そこでは父親が待っていた。仕事用なのか、会った時とは違って片眼鏡を着けている。

 周囲の反応から、かなりの重役扱いのようだ。美人秘書もいるし……


「ソニア……本当に来てしまったのだな」


 この男には言いたいことは山ほどある。それを察したのか……


「すまない。しばらく二人にさせて欲しい」


 そう言ったのは父親だが、それは私と父親、両者の意見だったようだ。

 私を伴って父さんは奥の部屋へと入る。

 アイリーンとエリザベートにはその場に残ってもらった。


「これは一体どういうことなんだ!?」


 部屋へ入るや否や、開口一番にそんな言葉が出ていた。

 必要なことはわかる。だが言わずにはいられない!


「これを手伝わせるために私を呼んだのか!?」


 父親は仕事机に向かい着席すると、それを黙して聞いていた。


「そうではない。……ソニア、いつだって選択肢はお前にある。私は何も強制はしない」


 私の昂りとは打って変わって、父親は毅然としている。


「再三、忠告はしたはずだ。真実へ至るには痛みを伴う。それでも覚悟があるのなら、この手を取るがいい」


 言っていることはお婆ちゃんと同じのはずなのに、それは真逆のベクトルに聞こえる。


「でなければ、帰るがいい……」


 まるで突き放すような言葉。仕事用の片眼鏡さえ、冷酷に映る。

 これがこの男の普段の姿なのだろう。


「だが、お前には言って無かったことがある。この状況を仕組んだのは全て赤薔薇だ」

「は!? 何を言って……」


 そこで出た言葉に、私は流石に耳を疑う。


「魔族の迫害によって、魔族の我慢も限界に来ていた。それを利用する形になってしまったのは残念だが……ここで立たねば魔族の尊厳、未来は失われる」

「馬鹿な!? あえて戦争を煽ったと言うのか?」

「そうだ…… 」

 

 真摯に真実を伝えようというのはわかる。わかるが……

 血の気が引くようにして昂っていたものが無くなる。私は薄ら寒ささえ感じ始めていた。


「どうして今それを私に言うんだ!?」

「言っただろう? もう、誰にも止められない。間もなくアストリアは未曾有の危難に襲われる」

「なんでそこでアストリアが……!?」


 一体何を考えているんだ? と言う言葉では言い表せないほどの歪さを感じていた。

 それでも聞かなくてはならない。アストリアが関わってくるとなれば尚更だ。


「魔王は……散華王だからだ」

「散華ちゃんが!? どうして!?」


 こいつはどこまで知っているんだ!? いや、どこまで操ったんだ!?

 隠されていたことが暴露されるに従って、私は興奮など微塵も感じずただただ恐怖を覚える。

 それでも目の前の男からは冷めた目で、淡々と事実だけが告げられる。

 だが、それにはどこか懺悔のような響きを帯びていた。


「理由はいくつもある。魔界は遠い。いくら強靭な魔族とて進軍すれば疲弊する。生物である以上それは絶対の理。人は彼らを化け物扱いするが、そうではないのはお前も良くわかっているだろう?」


 確かに彼ら彼女らは種族によって様々な特徴を持ち、人を凌駕した存在にも思える。だが、実際はその反動の弱点があったりと、いわゆるピーキーなだけだ。

 それもそのはずで基本は人が濃い魔素によって変化したものだからだ。


「であれば今、渦中のアストリアと手を組みたいのは必然」


 魔王という呼称に踊らされてどこかにそれが居ると思い込んでいたが……

 最悪なことにどちらか一方という話ではなかったのだ!

 

 魔王というのが本当にいるとしたら、それはこいつではないのか!?

 私はそんなことを考えてしまっていた。


「だが、一番の理由は彼女が赤の書に選ばれたからだ」


 どうしてそこで赤の書が出てくる!? 選ばれたとはどういう……


 いや、すぐに知らせなくては……アリシアに伝えればすぐに知らせてくれるだろう。

 くっ、……国外追放でアストリアに入れないのが悔やまれる。


 私はすぐに帰ろうとして部屋を出ようとする。


「待てソニア、もう遅い」

「何が!?」


 だが私の思いとは別に、事態は急転の様相を見せていた。

 この男はそれを知っていて三日後などという日付を選んだに違いなかった。


 既に先んじて聖教会から発表があったと言う。


「神託は降った……魔王はアストリア王である!!」


 その発表がもう街には大々的に流されていると言う。

 それはきっと周辺諸国を巻き込んだ大戦の発端となるだろう……


 私は翻弄されるばかりで、またしても何もできなかった……



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