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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(上)
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宿屋

「それで今日はどうするかね? 泊まって行くなら部屋を用意させるが……」


 メイドさんでも雇っているのだろうか? どおりでこの男にしては部屋が綺麗だと思った。

 だが、答えは決まっている。


「ノー! 断じてノー!」


 これ以上は私の精神が持たない! 今日はもうお腹一杯だ!


「そ、そうか……そんなに嫌がらなくても……」

「いや、そういうわけでは……」


 困惑している父親に慌てて否定する。


 父親なのに凄く気を使うこの感覚はなんなのか!?


 そんなやりとりをアイリーンは微笑ましげに見ている。

 そこで一つ咳払いをすると、父親は気を取り直すように言った。


「では、近くの宿屋を手配しよう。また近いうちに来るといい」


 私は頷いて了解を示すと、そそくさと帰ろうとする。アイリーンもそれに従った。


「……ソニア、話をする心の準備ができたらで良い」


 うむ。しっかり見抜かれていた。


 玄関まで見送られて私たちはその場を後にする。

 言われた通りの方向へ歩いて向かうと、その宿屋はすぐに見つかった。

 普通の一般的な宿屋だった。


 連絡はすでに入っていたようで、すぐに部屋へと案内される。しかもお代は父親の方になっているらしい。

 えらく手回しが良いなと思いながらも、お礼を言って入る。


 部屋に二人きりになるとアイリーンは少し考えるようにしてから言った。


「ずいぶんとその、手慣れているというか……」


 彼女もやや不自然に感じていた様子だ。それは私も同じだった。


「ええ。何というか……まさか!?」


 とてつもなく、嫌な予感がする!!

 後妻は居ないと言っていた。


「あれで遊びまくりか!?」


 妻に先立たれて、一人暮らしはそういうことなのか!?

 毎晩パーリィーなのか!?

 爛れきった生活なのか!!


「後妻が居なくとも、隠し子が何人も……私の兄弟姉妹がたくさん居たらどうしたらいいんだ!?」


 だったら後妻の方が全然マシだったよ!!


 私が頭を抱えてショックに打ち震えていると、困惑したようにアイリーンは言った。


「いや、私が言いたかったのはそういうことではないのですが……」


 どうやらアイリーンと意見が違ったらしい。


 何だ違うのか……良かった。


 少々、私の豊かな妄想が迸ってしまったようだ。心を落ち着けよう。

 これも慣れないことをしたせいか……


「でも、良かったのですか?」

「うん? 何が?」

「泊まっていれば夜に話せたかも知れませんよ?」

「……無理です」


 きっとそれは無い。結局アイリーンのおかげであそこまで話せたのだと思う。

 一度は遠ざけようとして、この様である。

 

 父親と対面してそれがよくわかった。


「やっぱりアイリーンには居て欲しい」

「ソニア……」


 私は差し出すように両手を見せる。


「私の中にも根深い闇があったみたいです……」


 その手はなぜか震えていた……


 本当に自分でも意味がわからない。

 ただ、何かに近づいてる確信だけがあった。


 アイリーンは私の前で祈るように跪くと、その手を取って両手で握りしめてくれた。

 その手はまるで治癒魔法のように優しく私を包み込む……


 吸血鬼化しても、その辺りは変わらない。闇の聖女といったところだろうか……

 などと考えていると私の震えは次第に治まっていた。


「アイリーンに慰めて欲しいな……」


 弱気が出てしまったのか、つい言葉として出てしまう。

 甘えが出てしまう……


「調子に乗らない! 約束したでしょう? 帰ったらです」


 うむ。それでこそ最愛の師匠!

 こういう時はちゃんと厳しくしてくれる。

 帰ってからが楽しみだ。早く帰りたい。


 いや、もうすぐに帰りたい……


「うむ。ならば私が慰めてあげよう!」

「いえ、私はそんなこと望んでません!」


 手を離して逃げるアイリーンをにじり寄るようにして壁際まで追い詰める。


「ふふ、そろそろ切れているのでは無いかね? 欲しくてたまらないのでは無いかね?」

「止めなさい! ソニア、それ以上近づかないで!?」


 私が首筋を見せつけながら近づけるとアイリーンは妖しい目つきになって、ぼんやりしている。

 アイリーンの美しい口が開かれると、私に鈍い痛みが走った。


「おうふ……」


 首筋をぴちゃぴちゃと彼女の美しい舌が音を奏でる。

 それを心地よく聞いていると、意識がぼんやりと霞がかってくる。


 ……あっ、意識が遠のきそう。

 お花畑が私を誘っている!?

 いざ、行かん! 新世界へ……


 しばらくしてガバッとアイリーンは私から離れた。

 気づいたらしい。良かった!

 昇天するところだった!!


 少しクラッとした私を、アイリーンは支えてくれる。彼女はすぐに止血しながら魔法で傷を治す。


「ああ、私は何ということを……。我慢してたのに……ソニア、酷いです!」


 やっぱり、我慢してたんだ。……だから今回は激しかった。


「食事を抜くのは良く無いと思うのです」

「食事はちゃんと摂ってます!」


 その辺が実はよくわからない。アイリーンにしかわから無いのだろう。

 一種の魔女の呪いの一つと言えなくも無い。

 ならば私がちゃんと付き合わねばならない。


「まあ、心配だったのです。あれから、無かったですから……」

「……ソニア。わかりました。ちゃんと血が欲しくなったら言いますから」


 適度のガス抜きではないが、定期的には必要なことだと思う。


「でも、こういうことはダメですよ!!」


 はい。しっかり叱られました。



 そんなことがあってから、失った血を取り戻すために宿屋の食堂に向かう。


 案内されて席に着くと他の客たちが話している声が聴こえてくる。

 熱狂的に熱く語り合う姿が多い。どこもお祭り騒ぎの様子だ。

 話題はもちろん魔王討伐のことだった……


「俺、今度の遠征から帰ってきたらあいつに告白しようと思う……」

「おい、マジかよ!」


 隣席ではそんな話をしている男たち。


「……止めてあげた方が良いのかしら?」


 まあ、運よく生き残るかも知れないし? いいか……?


「気が早すぎますね。まだ戦争になると決まったわけではないでしょうに……」


 アイリーンの言う通りではあるが、、父親の話からほぼ確定ではある。


「問題はどこと、ぶつかるかですか……。それを考えるとアストリアはかなり危険ですね」

「神の塔……ですか……」

「ええ。今やどの国も狙っていると言いますから、アルフヘイム以外ですが……」


 情報収集などしなくともそうした話は聞こえてきていた。

 逆にアルフヘイムとの同盟がストッパーの役目を果たしてくれているようだ。

 手を出したいけど出せない。アストリアとその周辺諸国は現在そんな緊張状態に置かれている。

 アリシアやエリスはきっと忙しいはずだ。もう少し労ってあげても良かったかも知れない。


「でも魔族とはほぼ関係がないですし、私の家に居るくらいで……」

「そうですね。アストリアは辺境と言っても過言ではないですし、魔界からは離れすぎてますから……」


 このカリスを挟んで反対側。オリンポス領にある最高峰オリンポスの山々を越えた先、未開の地があると言う。そのさらに先が魔界だと言われている。

 つまりはとんでもなく遠い。魔族もおいそれとはやってこられない。


 とはいえ、居ないわけでもない。アラネアが居たのはアルフヘイム王城近くの洞窟だったし、私はリリスを召喚魔法で呼んだ。クロは獣人だと思われている。きっと何代にも渡って移動してきた種族もいるだろう。

 また、今のアイリーンやベラドンナもあるいは魔族とするなら、他で発生していてもおかしくはない。


「魔界か……黒の魔女とベラドンナが向かった先だったな。あとはアルフヘイム前女王とアルヴィトがそれを追いかけて……」


 そう考えると、向こうは向こうでヤバくない?


 黒の魔女は転移魔法が使えるし……前科もある。義憤に駆られてなんてことがないとも言えない。

 何より、彼女たちは現状、魔界しか居場所がない不死者(アンデッド)だ。そこを追われるとなると、きっと立ち上がってしまう。

 そうなると前女王もついて行くだろう。アルヴィトが止めてくれるだろうか?


「すごいメンバーが揃いすぎてますね……」

「ええ。厄介なことにならなければ良いのですが……」


 何がどう転ぶかわからない。とは言え、黒の魔女も反省していたようだし、さすがに無いか……

 黒の書はアイリーンが受け取ったしな……きっと罪悪感があったのだろう。


「聖教会と勇者次第ですかね?」

「そうですね……」


 結局のところ、どこへでも喧嘩を吹っかけることはできてしまう。

 自身を顧みなければ……

 その損得や利害のバランスというか、天秤のような物を壊してしまえば……平和は安易に崩れ去る。


 どこもが浮ついた空気の中、私たちはひっそりと食事を摂るのだった……



 食事を終えて再び部屋へ戻った私たち。寝る前のいくつかの準備を終える。

 そうしてベッドへ入り天井を見上げると、自然と反省のような言葉が漏れていた。


「ああ、でも結局、今日は何も聞けなかったな……」


 結局、今の仕事とか、どうやって暮らしているのかとか聞いてない。


「そうでしょうか? 色々と分かったのでは? それに、また明日がありますよ」


 まあ、確かに後妻が居ないことはわかった。私の姉妹や兄弟も居ないらしい。

 あとは割と普通に暮らしている様子だ。

 一歩目としては、それだけで十分なのかも知れない。


 でも明日、いや明日でなくとも良いが……気が重い。

 それに父親も「心の準備ができてからで良い」と言っていた。


「えぇ……もう、よくない? 迷惑だろうし……」


 精神的な疲れが尋常ではない。はっきり言って行きたくない。


「長く離れていたのです。関係を修復するのはかなりの労力でしょう……失敗した私が言うのも変ですが……」


 そう言ってアイリーンは哀しげにしていた。

 あの戦いでアイリーンがアストライアのことに限らず、多くを失ったことは聞いている。

 部下や、かつての仲間たちをも敵に回した。私を生かすために……

 沈痛な面持ちを見せるアイリーンに対して、私は感謝しかない。


「失敗からの方が多くを学べるらしいですよ。それにあれはあれで認め合ったとは思います」


 アストライアの最後はやはり尾を引くものだった……


 考えてみれば今回の魔王討伐の一件もその辺りから派生している。

 もしかしたら、アイリーンもその決着をつけるために来たのかも知れない。


「そう、ですね……」


 慰めになったかどうかはわからないが、アイリーンも戦っている。

 ならば私も、と奮起することはできたのだった……



 †



 真実に迫ったとき、穏やかな日々は急転する。

 それを男は知っている。

 もちろん葛藤はあって、正しい道ではないのだろう。何よりそれを彼女が望まない。

 仕事机に向かい、座った片眼鏡の男は脇の書類に目を通す。


「彼女はお前を愛していた。だから私も何もしない……責めることもない」


 刻々と進行していく時計の針に、覚えるのは満足か、それとも……

 それは男にもわからなかった。


「ただ、私は私の贖罪を果たそう……」


 今や男を突き動かすのは一つの決意のみ。

 男は赤薔薇からの進捗状況を知らせる書類を読み終えて、片眼鏡を外す。

 それを脇に置いて、書類を手に暖炉へと向かった。


「故に決断はお前に任せよう……ソニア」


 暖炉の灯りに照らされた男の顔は揺るぎない信念を帯びていながら、どこか悲しげにも見える。

 赤々と燃え盛る火に、男は書類を投げ入れた。

 炎は舐めとるようにそれを黒々と燃やしていった……


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