王都カリス
神聖カリス王国。王都カリス。
私たちがその場へ到着したとき、なんだか凄い人集りだった。
見れば、どこぞの神官団がパレードを行なっている。
大々的な行進で旗まで翻っている。
「あの紋章。あれは、聖教会ですね……」
その旗の紋章を見て、アイリーンはそう教えてくれる。
大きな十字型の星を中心にしてその円周にいくつもの小さな星が散りばめられていた。
「あれが、そうなんだ」
まさか、いきなり出会うとは……
アリシアたちに不穏な動きがあると忠告されていたことだったが、巡り合わせが良いのか悪いのか……
仕組まれていないだろうな? と勘ぐってしまうほどだった。
「でも何のパレードなんだろう?」
到着したばかりで何も知らない私たちは首を捻る。
「知らねえのか? 魔王討伐だよ! 魔王討伐!!」
親切なのか、ただ自慢したかったのか……
隣に立った物知り顔の男が、興奮したようにそのパレードを見ながら説明してくれる。
「子供の頃から聞かされた英雄譚だったが、こんな場面に立ち会えるとはな……」
「へえ……」
感涙に咽び泣く意外に巨漢の男を、反応に困りながら冷めた目で見つめてやると……
「うおっ!? 何だ、ダンかよ……」
久しぶりに見たな。生きてたのか……
「!? ソニアか。アストリアを離れたって聞いてたが……」
出会って早々に、心を抉られる話になる。
「その話はしたくない……」
こいつにまで伝わっているのは普通に凹む。
小国とは言え、宰相ともなれば噂となって当然ではあるのだが……凹む。
「それより、何でダンがここにいるんだ?」
「お、おう。いや、お前が何でここにいるんだって話だが……まあ良い。俺は将軍だからな。これだけのパレードとなると警備に出ないわけにはいかねえよ」
こいつが将軍だと!?
呆気にとられるほど驚いたが、思えばその辺りは全く興味なかったので聞き流した気もする。
前に会ったのはアルフヘイムの戦いの時か? いつの間にか居なくなっていたが……聞いた気もする。
「出世したな……」
「お、おう。おかげさまでな。お前は……まあ、良いか、色々あったようだな」
私の眼帯を見て、深く聞くのは止めたようだった。
アストリアがダンジョン攻略に乗り出したのは伝わっているし、その結果があの神の塔だ。
聞くまでもなく、色々と話せないこともある。
「まあ……そういうことだ」
またダンの役職はかつて双樹氏が務めていたものだ。
そこはかとなく複雑な気持ちにはなる。
念押しに、意味深げに言っておけばそれ以上聞かれることはなかった。
「ところでソニア、そちらの美人さんは?」
「私のものだ。手を出したらぶっ飛ばす!」
人避けの魔法であまり気づかれないが、一応こいつも元勇者パーティー。今や将軍ともなれば流石に気づいたらしい。
アイリーンは美人だからな。ベールと日傘で顔を隠しているが、身体つきでわかってしまう。
私の言葉に、アイリーンの日傘とベールに隠れた顔が少し緩んで見えたのは気のせいだろうか……
調子に乗って、こちらも念押ししておく。
「ククク、さらには周囲を巻き込んで混沌の海へと沈めてやろう……。将軍の貴様は、間違いなく責任を取ることになるだろう……」
「聞かなかったことにしてくれ……お互いに」
「賢明な判断だな……」
しっかり脅してやって水に流す。
「俺は警備があるからしばらく離れられないが、ソニア、問題は起こすなよ?」
「お前が言うな……」
お互いを牽制し合って、別れる私たちだった……
私がここへ来るのは初めてだ。
独立する前、アストリアは地方都市だった。
その頃はあまり良い噂は聞かないものだったが、最近は活気に溢れてきているようだ。
人通りも多く、つい先日まで田舎暮らしの私たちはちょっと酔い気味だった。
「アイリーンは来たことある?」
「はい……任務で。あまり良い印象はありませんでしたが……」
「変わってきてる?」
「ええ。どうやらそのようですね……」
あの勇者王が頑張っているようだ。
私たちにとってはあまり良い印象のない勇者だったが、意外である。
とりあえず場所を把握するために、パレードについて行くようにして大通りをそのまま進むと、中央広場のような場所に出た。
王城は大通りを進んだ中央奥。大抵どこもそうだろう。
先の方に聳え立っているのが見える。
パレードはそこで右折してどうやら帰って行く様子だ。
その向かう先を見ると、東門あたりに巨大な白亜の神殿がある。
「もしかしてあれが?」
「はい、そうです」
「うへぇ……って言葉が出てしまうな」
まさに豪華絢爛。カリス時代の悪趣味を塗り固めたような神殿。
新王の改革が進んでいるせいか、まだ王城の方が可愛げがある。
正直、近寄ることはないだろう……
「私、嫌いかも……」
見た目で判断するのは良くないかもしれないが、そんな感想が漏れていた。
「ええ。同じく……。ですが時代の流れで仕方のないことかもしれません。勇者というのもその後ろ盾があってこそ、これまで続いてこられたのですから……」
根深い闇を見た気持ちになる。光が強いほど、その陰も濃いらしい……
ちなみに冒険者ギルドはその中央広場付近にあった。
こちらも歴史ある大国の王都なだけあって相応に大きく、出入りする人が多い。
しばらく大丈夫なはずだが、お金に困れば働かなくてはならない。場所は覚えておこう。
大まかな場所を把握して、賑々しい大通りを外れて脇道へ入る。目指す場所がその方角だからだ。
大通りに人が溢れかえっている分、逆にそこはやけにひっそりとして不気味に映った。
だが、人避けの魔法がかかっているので知り合いやある程度高ランク冒険者クラスの人物でなければ、看破されないし絡まれることもない。
寂れた道を進むと、建物まで古くなり、壊れかけのものも現れてきていた。
そうして道を進んでいると、背後から声をかけられた。
「……ソニア!?」
つい先日会ったばかりだ。見間違えるはずもない。
「父さん……」
いや、ここで会わなくとも……
家を目指していたのだが、心の準備というものが……
「いや、何というか……早かったな」
「うん……」
父親も驚いていた。もっと考えこむと思っていたのだろう。あるいは来ないか……
「すぐ、この先だ。ついてきてくれ……」
「わかった」
互いに短い言葉を交わす。どうにも距離感が掴めない。それはお互い様だったが……
着いた場所は割と古い家が立ち並ぶ一角。一般的な住居でアストリアの家とそれほど変わらない。
その家の前でなぜか立ち止まるアイリーン。
「アイリーンさんでしたね。中へどうぞ」
遠慮しているのだろうと、父親からも促される。
「ですが……」
私を見るアイリーン。……わかっている。
「アイリーンは私のもの! 手を出したら許さん!」
きっちり言ってやりましたよ!
「なんでいきなり宣戦布告みたいなことを……そうではなくて」
額に手を当てて困惑を示したアイリーンは、違うと言う。
んん? ああ。そういえば約束してたわ。父親に会うときは別れるんだっけ……
だから入るのを躊躇っていたのか……
不意に遭遇してしまったのでは仕方ない。
「アイリーン入って」
「……分かりました」
驚いたのか、目を白黒させてから父親は苦笑していた。
「ソニアも変わりなくて安心した……」
むむ、聞き捨てならない! と思っていたらアイリーンが興味深々だった。
「昔から、その、こうだったと……?」
こうって何!? そこは言い淀まないで!
「ええ。そうですね……懐かしい」
そう言いながら、どこか寂しげな顔を見せる父親に、反感の言葉が止まる。
「……ああ、すまない。中へどうぞ」
私たちは居間へ通されると、ソファに座るよう促された。
父親は買い物の帰りだったらしく、それを置きに行った。
戻ってくるまで中を観察する。
綺麗にしてはあるが、内装は質素だ。無頓着と言っても良い。
思えば、何かの研究に没頭するあまり、そうしたところに気が向いていない人だった。
こちらも変わらないなと思う……
珍しく気を回したのか、戻ってきた父親は紅茶を入れてくれた。
見た目と香りは良いが……
うむ。不味い……やっぱりな!
そこにも無頓着さが表れていた。
「ここで一人暮らしを?」
アイリーンが私には聞きにくいことを聞いてくれる。
後妻とかいたら、迷惑にならないうちにさっさと帰るつもりだ!
とは言え、一人暮らしでは広いくらいで家族がいたら狭そうな家だ。
「ええ。妻に先立たれてから……ああ、もちろんソニアの母ですが、その、塞ぎ込んでしまいまして……」
「それは……すみません」
「いえ、その話をしに来たのでしょうから。話す準備はしていましたのでお気になさらず」
待ってくれ! こっちの準備ができていない! いきなり鉢合わせたんだ!!
その思いが通じたのだろうか……
「……まあ、その話は後でも良いでしょう」
準備ができていると言っても、思うところはあったのだろう……
こちらを一瞬だけ見て、止めた様子だった。
「それにしても……先ほどの宣戦布告ではないが、あまり良くない時に来たな」
「魔王討伐の話ですか?」
「うむ。聖教会が正式に勇者を立てる意向を示した」
「まさか……魔王が見つかったと!?」
その辺りは流石に修道女のアイリーンは詳しい。
確か、勇者は魔王復活を恐れた王や司祭が代々置いた装置のようなもの。制度と言っても良い。
なので当然その時が来れば、戦わなければならないとされている。
「その辺りが微妙なんだが、先に立ててしまえば自ずと魔王は見つかると主張しているらしい」
「そんな無茶が通ったのですか!?」
アイリーンもそれには驚いていた。私も仰天だ。
「聖教会も各地で離反や反乱が起きて微妙な時期だからね……必死なのさ」
なんてこった……。こんなことなら家でおとなしくしていた方が良かったくらいだ。
世情に疎くなると、こういう場合があるので困る。
要するにアリシア先輩の話からさらに悪化していたというわけだ。
やはり、アストライアの死が関係しているのだろうか?
アイリーンも複雑な心境だろう……それが表情に表れていた。
「前カリス王が魔王だった……って落ちでは?」
一応、気になったので言ってみた。
「悪党ではあったようだが、魔王と呼ぶには弱いだろう」
そのことを詳しく説明してくれる。
「そもそも、そんなシステム自体が間違っていると言わざるを得ないが……魔族にとってはそれが逆の希望となってしまっている点は否めない。彼らには伝説の魔王が必要だからね」
魔族の魔王伝説は聞いたことがある。
簡単に言ってしまえば、伝説の魔王が復活して、虐げられている魔族を解放するというものだ。
魔族の御伽噺のようなものらしい。
まるっきり反対側の勇者伝説である。
誰から聞いたんだっけ? クロ……いや、リリスだったか……?
「でもそれなら現れない可能性も……」
「伝え聞いたところでは自信があるらしい。それに、あれだけのパレードをして宣伝しておいて、居ませんでしたでは通らない。聖教会も威信を賭けている。その場合は、それこそ前カリス王クラスの悪党でも、魔王として担ぎ上げるだろう」
嫌な話を聞いた……
私たちは本当に悪い時期に来てしまったようだった。




