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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(上)
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義眼の機能

 父親が去った後、私は精神的にひどく疲れて項垂(うなだ)れていた……

 まさにぐったりと言った感じで椅子へともたれかかる。


 ここに父親が来たことは衝撃だった。

 まあ確かに、アルフヘイムからこっち、やや派手にやり過ぎた感はある。

 少し調べれば、わかってしまうものなのかもしれない。


 手元には残されたメモがある。

 その住所の書かれたメモを手にしながら思い悩む。


「あ……結局、母親のこと聞きそびれた」


 思えば、母は私が生まれてすぐに亡くなったと聞いていた。少なくともお婆ちゃんからは……


「もしかして違うのか?」


 くっ……ダメだ。

 それを考えると、左目が疼くように頭痛までしてくる。


 気になる言い方しやがって!


 とは思うものの、父さんの方も話すべきか迷っていたように思う。

 それで「気が向いたらきなさい……」ということか……


 そうしてしばらくメモを睨んでいたが……

 思考がまとまらない。


 ジンジンとした痛みと混乱に襲われて、まるで知恵の泉に触れた時のようだ……


「ああ、ダメだ。今日はもうこれ以上はダメだ……」


 酷く重苦しく感じる身体を動かして立ち上がると、アイリーンに声をかける。


「ごめんアイリーン、先に寝る」

「ソニア……」


 心配かけてしまったが、感情と思考がぐちゃぐちゃだ。

 はっきり言って余裕がない。


 寝室へ戻ると、ベッドへ倒れるように潜って布団を頭から被る。

 それでも暗闇が私に延々と同じことを繰り返し考えさせてしまう。


「ああ、そう言えば泉の女神には逢ったな……」


 疼痛の中、どうにかそんなことを思い出した時には深い眠りに落ちていた……



 翌朝、眠ったことで少しはスッキリしていた。

 アイリーンには心配をかけてしまっているので事情を話さないわけにはいかない。

 簡単に事情を話すと、私が父さんと呼んだことで大方は察してくれていた。

 参考にと、朝食をとりながら彼女にも聞いてみる。


「アイリーンはどう思う?」

「ソニアがどうしたいかですよ? 私はついて行くだけですから」

「危ないかもしれないよ?」


 正直、私は信用していないし、できない。

 十年も隔たりがあればそんなものだと思う。

 今さら、何が目的なのかもわからない。

 強いて言うなら、それを確かめに行くと言うのは理由になるだろうか……

 いや、アイリーンに聞いたのはむしろ行かない理由が欲しかったのかもしれない。


「ソニアは私が護ります」

「その献身は嬉しいしアイリーンの美徳だけど、私もアイリーンが傷つくのは見たくない」

「ソニア……」


 それは素直な気持ちだ。

 彼女の過去は清算された。今度は私の番だとでも言うのだろうか……

 このまま何もできないのか? という閉塞感を打開したかったのも事実ではあるが……

 ただ、こういうことじゃないとも思う。

 はっきり言ってしまえば、(わずら)わしい。


 住所は神聖カリス王国、王都を示している。そこに何かあるなら、知ってはおくべきだ。

 いつもの私ならそうしている……と思う。

 父親ということで殊更身構えてしまっているのかもしれない。

 とは言え……


「知りたくないってのも本音なんだな……」


 しばらく、それらのことが尾を引いて何も手につかなかった。

 集中できない。かと言って、明確な決断もできない。

 そんな状態でも、アイリーンは静かに見守ってくれていた。



 その日の午後、アイリーンは近くの村まで買いものに行った。

 近くと行っても山一つ向こう側だ。

 もっとも、吸血鬼化した彼女にはそれほどの距離でもない。

 いつもならついて行くところだが、今はとてもそんな気分にはなれない。

 そんな私を心配して今日はやめようとする彼女だったが、必要なものは必要なのでお願いする。


「すぐに帰ってきますから……おとなしく待っていてくださいね」

「いえ、病気ではないのですが……」

「それでもです!」


 そんなアイリーンに私は了承するしかない。

 再三になるが、この家ではアイリーンの言うことは絶対だ。



 アイリーンが行ったのを確認して、私はぼんやりと過ごしていた。

 しばらく何も手につかなかった私は一つの目的を思い出す。


「このままじゃ、いけないしな……」


 私は鞄を持って墓地へと向かう。

 家の裏手から少し道を進む。

 周りを樹々で囲まれた中、開けた場所の中心に木漏れ日を受けて墓碑が置かれている。


 藁にも縋りたい気分だったのかもしれない。


「ある意味、神頼みかもしれない……」


 そこは毎朝、アイリーンが祈りを捧げる場所だ。

 彼女はあの一連の騒動に巻き込まれた全ての者たちへの安息を祈っている。

 森の中でも綺麗にしてあるところは彼女の性格を表しているように思う。

 墓碑の下にはアストライアとヒュムネの遺品が眠っている。


 そこで鞄から取り出したのは白の書だ。

 家の禁書庫から引っ張り出して持ってきた。



 読まれない本ほど哀しい物はない。

 使われない道具ほど虚しい物はない。


「在るべきものを在るべき場所へ……か」


 アストライアの最後の言葉を思い出す。

 彼女は、あれほど白の書を求めた。その一心であの騒動を引き起こしてしまった。

 こうして一目だけでも、と思ってしまうのはいけないことだろうか……


「一応、大師匠だしな……」


 言い訳のように呟いてから、墓前へと慎重に白の書を捧げる。

 眩しいほどの純白なそれは使い手を選ぶ。つまり私には使えない。

 じっと見るだけで眩暈を覚えそうになる。

 だが、知恵の泉に触れた私には、それを抑制することは可能だ。


「んん? 今思えば黒の書もけっこうヤバかったのか?」


 黒の書は黒の魔女に譲られて、今はアイリーンが継承している。


「ダンジョンだったし、何より必死だったからな……」


 先に黒の魔女と会っていたのが、良かったのかもしれない。

 あの黒竜は彼女の使い魔と言っていた。あるいは黒竜によって力を使われていたからだろう。

 思い出すと冷や汗が出てしまうが、振り返ればけっこうな体験をしたようだ。


 アイリーンの祈りを思い出して真似る。

 白の書を置くと、悲しむようにわずかに魔素の光を帯びて白の書が輝いた……そんな気がした。


 あの一連の事件はきっとなにかボタンを掛け違えたような、そんな些細なことだったのかもしれない。


「お前も使って欲しかったのかもな……」


 自然と私は、白の書に向けてそんな言葉を漏らしていた。


 そっと墓前に置かれた白の書に手を伸ばす。

 そして触れた。


「あ……ヤバい……」


 眩暈がしていた。

 原因は失った左目だ。そこにはまる義眼がうずく。

 白熱するようにそれが起動していた。


「ああああアアッ!」


 不意を突かれた痛みに、思わず悲鳴が漏れる。

 同時に思うことがある。


 ああ……そういう仕組みだったか……

 迂闊だった。よくよく調べれば、黄の書でわかったはずだろう?

 どうして瞳が黄色くなった?


 意識を手放しながら私はその魔導具の機能を知る。

 それはおそらく劣化複製品(コピー)のような機能……


「擬似七識の書か……」


 今となっては誰が何の目的でその魔導具をつくったのかはわからない。

 だが、私はその時、その義眼の機能を知ったのだった……



 †



「うう……」

「ソニア!」


 目を覚ますと私はベッドの上にいた。隣で椅子に座ったアイリーンが瞳を潤ませている。

 またも心配をかけてしまったらしい。

 見れば辺りはすっかり暗くなり、夜になっている。魔石灯の明かりが私たちを照らしていた。


「ここは……」

「私達の家ですよ。貴女が居ないので探してみれば、墓地で倒れていたので驚きました」

「ああ、そうか……」


 私はぼんやりする頭を振って思い出していた。

 アイリーンは門番をしていたゴーレムさんと私を探して、ここまで運んでくれたそうだ。

 白の書もゴーレムさんが運んで回収してくれていた。

 私が側に倒れていたこともあって、アイリーンほどなら下手に触れない方が良いのはわかったのだろう。


「何があったのですか? それにその目は?」

「アイリーン、つまり義眼の色は……」

「白です」

「やっぱり……」


 私は心配する彼女に事情を詳しく話した。


「どうして私がいない時にそんな危ないことをしたのですか!?」

「ごめん……いや、白の書だから。黒の書を持ってるアイリーンとは相性が……」


 アイリーンの身体のことは本当にわからない。

 人が高魔力存在(ダンジョン・コア)などの魔力の吹き溜りに長時間晒されると魔族化することがある。

 きっとそれと同じような状態だとは思うのだが……確証はない。

 だから、避けるような真似をしてしまった。


「でも、おかげで義眼の機能がわかった」と言おうとして……


「そんな話ではありません!」


 アイリーンにぴしりと指摘される。……確かにその通りだ。


「……ごめんなさい」


 謝るしかない私に、彼女は真剣な目で見つめて言う。


「ソニア、良いですか……貴女は色々なことができるようになってしまいました」


 心を落ち着けて私は黙って彼女の言葉を聴く。


「……ですが、それゆえに見ていて危なっかしい。私はそんな貴女が心配なのです」

「慢心していると?」

「いいえ、そうではありません。貴女は片目を犠牲にして私を助けてしまいました。……もしあのとき、アストライアの最後のとき……彼女が望めば彼女を助けたのではないですか?」

「それは……」


 それは自分でもわからない。……だが、無かったとも明言できない。

 多くを犠牲にして、得たものはほんのわずかで……

 ただ、目の前で散る命があるならそれを助けようと……


 触発されるように左目が疼き、何かを思い出しそうだった。


「お婆ちゃんの死ぬ時の姿が……いや、それ以前に何か……」


 喉まで出かかった言葉が出ないように、もう少しのところでとても重要だと思われる何かが出てこない。

 代わりになぜか、私の目から涙がポロポロとこぼれ落ちる。


「何で? なんで私は泣いているんだ……?」

「ソニア……」


 わけがわからず流れる涙に、恥ずかしくなり混乱してしまう。

 アイリーンが驚いていても止められない。


「ごめんなさい。言い過ぎました……」


 アイリーンはそう言って、涙を流し続ける私を抱きしめる。

 混乱していた私も彼女の胸の中で安堵を得ると、どうにか涙は止まるのだった。

 

 そうして気持ちが落ち着い頃、私はどうにか言葉にする。


「自分でもわからないんです。どうして涙が出たのか……」

「昨日のことに限らず、これまで色々ありましたから。きっとソニアも知らずに我慢してしまっていたのでしょう……」

「そうなのかな……」


 確かにこれまで色々とあり過ぎた。

 双樹氏の死から、散華ちゃんと険悪になってアストリアを追放。

 アイリーンと方々を旅して、それはそれで楽しくはあったが、どこかで常に散華ちゃんのことは引っかかっていたと思う。

 アリシア先輩の件は自業自得だとしても、どうにかここに隠れ住んでいたら、まさかの父親の来訪……

 頑張り過ぎたのかもしれない……


「今はしっかり休んでください……」


 アイリーンの手が私に触れると、私は再び深い眠りに落ちていた。


 ああ、これは催眠魔法か……アイリーンの催眠魔法に耐性なさ過ぎだろ、私……

 いや、黒の書を得た上に、吸血鬼化したアイリーンの催眠魔法に敵うはずもないか……


 そんなことを思いながら、深いところへと落ちていくのだった……



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