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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第四章 赤薔薇編(上)
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赤薔薇

 あるいはあのまま私は、私の物語を終わらせてしまうことを、きっとできたのだろう……

 私達の戦いはこれからだ、なんてとってつけたように語れば、よくある物語のおしまい風だ。


 隣には美しい人。

 彼女もまたあの事件で傷を負った。身体的には治っても精神的にはまだ時間が必要だった。

 でも本当に美しいものはそうした傷に負けない。

 私はただ、それを信じたい。


 ともかく私は彼女と共に山奥の粗末な魔女の家で、余生を過ごす。

 アイリーンと共にひっそりと慎ましく暮らせれば、それだけで毎日が幸せというものだろう。

 規律正しい彼女の生活に合わせるのは、ちょっとだけ大変だけれども。


 心残りは勿論あって、忘れられない人たちがいる。

 修復できない痛みとともに懐かしさを覚える日々。


 全てが手に入るなんて思っていないし、それは傲慢というものだ。

 少し切なく苦い、だけど充分すぎるハッピーエンド……


 きっとそんな穏やかなものが手に入ったのだろう……


 ……



 時折、左目の義眼が疼く。


「このままでいいのか?」


 かすかな鈍い痛みとともに、失った左目はそんなことを訴えている……


 だからといって、なにができるというわけでもない。

 国外追放の私達は、罰は罰として受けなければならないと思う。

 そうでなくては失われた命にも申し訳が立たない。

 藻掻くようにして、動けずにいる。

 それが今の私だった。


「それでも私は……」



 †



 秘密結社『赤薔薇(レッドローズ)』……それはかつての残党達だ。

 一度は神の門によってこの世界を離れ、また舞い戻って来た帰還者達。その意思を継いだ末裔。

 多くの古代魔導技術を継承した彼らだったが、失ったものも多く、かつての栄華の再興には未だ至っていない。

 それが魔族の復権派と合流して今の形が出来上がったのである。


 そこには目的意識も種々雑多、それぞれバラバラで統一性はない。

 基本的に各々が好き勝手にやる。結果、何が起ころうと自己責任。協力するもしないも自由。

 それが基本理念であり、結果、実態を掴ませづらい秘密結社となっていた。

 にもかかわらず、その組織が維持されているのは最終的な結論が一致しているからだ。


 新世界の構築。

 既存世界を葬り去り、新たな秩序を打ち立てる。

 即ち新世界計画。

 過去の亡霊が蘇るように、その計画は引き継がれていた。



 重厚な石造りの建物の一室。

 豪華さよりも遮音性や隠密性を重視したようなそこには今、赤薔薇の幹部の面々が集まっている。

 上座の長を中心に、木製のテーブルを囲むようにして座についた者たちはいずれもその幹部だ。

 世界各地から集った者達。

 その種族も様々でダークエルフの女、煽動者と呼ばれる男、他に魔族らしい異形の者達が列席していた。


 席についた幹部達は皆、黙して長の言葉を待つ。

 静かに言葉を待つ中、皆が長の方へと視線を向ける。

 その視線の先には長の背後の赤薔薇をあしらった垂れ幕が異様に目立っていた。


 長は研究者然とした壮年の男。その格好から魔導士のようでもある。

 その片眼鏡の奥の瞳は険しく、何を考えているのかわからないといった近づき難い雰囲気を纏う。

 皆が沈黙する中、長の男はまるで魔法の構成を編むかのように、おもむろに口を開いた。


「かつて魔王は勇者に討ち取られた。そして世界は間違った方向に進み始めた」


 間を取って現状認識を促しながら、長は話を続ける。


「なればその間違いを正さねばならない。勇者は魔王によって討ち取られねばならない──」


 特に魔族にとってはそれこそが復権の鍵と言い伝えられている。故に賛同者も多く、頷きを返していた。

 そう前置きをした後、長は確認するように尋ねる。


「魔王候補は?」


 その熱のこもらない冷たい視線が隣の男へと移る。

 こちらの男は薄ら笑いを浮かべながら応じる。


「ご安心を。既に目星はついております」


 そう応じたのは今や幹部筆頭の薔薇の男。いつもどおりの商人姿で、ヘラヘラとした笑みを湛えている。

 それに特に感慨もなく了解の頷きだけを返して、長は面々を見渡すとその方針を告げる。


「今、千年の時を経て、神の塔は打ち立てられた。計画は既に最終段階へと移行したのだ」


 初耳だった者たちもいたのだろう。おお! とざわめきが返っていく。

 それが静まるのをみて、長は続けた。


「導きの魔王を立てよ。逆天倫(ぎゃくてんりん)を回せ。さすれば貴卿らの悲願は達せられよう」


 それを聞いた者達。中でも特に魔族の復権派の熱量は最高潮に高まっていた。

 そうして号令が下されると、幹部会議は解散となるのだった。



 その一方で、そのバラバラな目的意識のために微妙な立場に立たされる者もいる。


「まずいことになったわね……」


 そう呟いたのは、その場に出席していた一人、ダークエルフの女だ。

 いつも通りの占い師姿の彼女は、幹部に割り当てられた控室へ帰ると思わず嘆息を漏らしていた。


「何年ぶりかの幹部会議なんて、嫌な予感しかなかったけど……」


 疲れたようにそのダークエルフの女、ゲンドゥルはソファへと身体を落とし仰向けに寝ると、何もない天井を見つめて考える。


 彼女の母国、アルフヘイムでは目的を達成し帰還した女王が栄退し、新たにブリュンヒルデが女王の座についていた。

 その戴冠の儀の後。


 女王の七剣であったゲンドゥルは、その流れで一緒に退官しようとしたのだが……

 先手を打つようにダークエルフの英雄であるアルヴィトから直々に言われてしまう。


「後は任せましたよ。エリスがアストリアに帰化した今、実質この国のダークエルフたちを束ねるのは貴女の役目です。宜しくお願い致しますね?」

「は、いい!?」


 あまりの驚きに悲鳴のような絶叫が出ていた。

 だが、アルヴィトは分かっていたように、にこやかに微笑んだままだ。


 (いや、何言ってんのこの人? 私がダークエルフの長? あり得ないでしょ!?)


 とは思ったものの「ちょっと待って下さい!」と言う言葉さえ、あまりの驚きで出てこない。

 さらには先の神獣戦の微妙な立場もあって、すぐに嫌と言えない。

 どうにか言い訳をして辞退をと考えるが、良い案が浮かばない。


 (エリスゥ!? あの、女っ! てっきりヤツが後釜だとばかりに安心してたのに!! まさか、私にお鉢が回ってくるなんて!?)


 そんな恨み言しか思いつかないゲンドゥルだった……


「私は前女王、マリーと共に旅に出ますので」


 そう言ってアルヴィトは本当に旅に出てしまった。前女王陛下と共に。

 聞けば秘境の地、魔界へと向かったらしい。そこで誰かと落ち合う予定のようだ。


「……」


 有無を言わせない迫力と、ダークエルフの英雄に反論などできるはずもなく……

 唖然としながら見送ってしまったのは最大の失敗だったと、気づいたときには既に遅い。

 しかもアルヴィトは既に後任にゲンドゥルを指名したと吹聴してある用意周到さだ。

 やられた、と頭を抱えるしかないゲンドゥルだった。


 おお、と呻き声を上げながら天井を見上げ、ゲンドゥルは先日の記憶から戻る。


「どうしてこんなことに……」


 昔は明確な目的意識があったのだと思う。だから赤薔薇の誘いに乗ったはずだった。

 おかげでそれなりの地位につくことができた。

 赤薔薇でも、アルフヘイムにおいても。


 だが、幹部ともなればどちらも共に甘くない。

 その結果はご覧の通りの板挟みだ。


 魔界の者どもはともかく、なんだかんだで戦乱続きのアルフヘイムに余力などあろうはずがない。

 さらに女王も交代したばかりとあっては自国のことでいっぱいいっぱいだ。

 つまりは新世界計画なんてものに構ってはいられない。


 じゃあ、どうするべきかしら? と、何度目かの後悔を含んだ葛藤とゲンドゥルが必死に向き合っていたところへ、不意にドアのノック音が響いた。


 やれやれと思いながら、精神的に疲れた身体をソファから引き起こしてドアへと向かう。


「何かしら?」


 ドアを開けるとそこには先の薔薇男。

 疲れがさらに加速したようにうんざりする。


「おや、お疲れのようですね? お互い色々ありましたし、一応断りを入れておこうと思ったのですが……」

「何の断りよ……まあ、いいわ。入って」


 正直思い当たることが多すぎて、お話にならない。


「ええ。失礼しますよ」


 先のソファへとゲンドゥルが座ると、薔薇男がテーブルを挟んで対面へと腰を下ろす。

 嫌な奴が来たと思いながらも対応するのは、情報は多い方が良いと身に染みているからだ。

 

(でも、こいつが来ると面倒ごとが増える気がするのよね……)


 内心でそんなことを思いながらも、ゲンドゥルは探りを入れるのを忘れない。


「断りってことは魔王の正体でも教えてくれるのかしら?」

「それは……秘密です。確信はありますが、間違っていないとも限りませんし」

「間違っている方が嬉しいわね」


 そうであれば、少なくとも計画は進まないはずだ。

 ゲンドゥルはそんな素直な感想を漏らしていた。


「おや、他の方々に聞かれたら殺されますよ?」

「そのくらいの対策はしてきてるわよ」

「ハハ。まあ、そうですよね。そうでなくては幹部など務まりません」


 屈託無く笑うその姿には、案外私も認めているらしいと感じるゲンドゥルだった。


(そう言えば確かこいつも……)


 ふと、そこで思い出したことがある。


「それで、あんたは結局どっちの味方なのよ?」

「どっち、とは?」


 何を尋ねられているのか理解できないといった様子で返す薔薇男。

 そこへ踏み込むように身を乗り出すゲンドゥル。


「知ってるわよ。アンタ今、神聖カリスに身を置いているんでしょう?」

「ええ、王様には懇意にしていただいておりますよ」

「だったら……わかるでしょう?」


 こいつの言う王様とは、神聖カリス王、つまりは勇者のことだ。

 であれば先の会議の方針とは相反する。そのはずだ。


「ああ、なるほど。それでどちらの味方かと言うことですか……」


 気づきませんでしたとばかりに、そう振る舞ってから男は告げる。


「私は私の味方ですよ」


 断言するように、そして言い切るようにして悪びれもせず男は言ってのける。


「そもそも、それが赤薔薇の基本理念のはず。目的が一致する限りは協力して、敵対すれば味方であろうと全力で排除する」


 それを聞いてゲンドゥルは思う。

 そう、こいつはこういう奴だった。完全に聞く相手を間違えた……

 後悔と共に失望のため息が漏れる。乗り出していた身体も自然とソファへと戻る。


「アンタは悩みがなさそうで良いわね」


 余計に落胆したようにゲンドゥルはそう言ったのだが……


「……と言うのは建前で、気持ちはわかりますよ。なかなか上手くはいかないものですね」


 意外にも、薔薇の男は遠い目をしながら窓の方を見て共感を示すのだった。

 男の意外な一面を見て、ゲンドゥルは目を見開いて驚く。


「そんなに驚かれなくても……一応、私も人の子だったみたいですよ?」

「それ、本気で言ってる?」


 とぼけたように振る舞う薔薇男に、少し苛立ちを覚えながらも詰問してしまう。

 あるいはそれは互いに照れ隠しだったのかもしれない。


「もちろん。いやね、自分でも驚いているのですよ。こんな私にね」


 不思議とそれは本心で言っているように聞こえた。


「あっそう。それで、結局どうするのよ?」


 どっちの味方につくのか。結局はそこに戻るとばかりにもう一度尋ねていた。


「お膳立てはしますよ。あとは、なるようになる。でしょう?」


 その目は結局、やる事は同じだと告げていた。

 神獣戦の前科もある。こいつらしいといえば、らしい答えだった。


「……やっぱり、アンタとは合いそうにないわね」

「おや、それは残念です」


 全く残念そうに見えない様子で言ってのける薔薇男。

 そう言い合いながらもゲンドゥルの悩みは、いつしか決意へと変わっていた。


「戦場であったら容赦しないわよ」

「ええ。その時はお互いに死力を尽くしましょう」


 誓約のように握手を交わして、別れる二人だった……


お待たせしました。

また、ちまちま書いていきたいと思います。

よろしくお願い致します。

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