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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第三章 魔窟編(下)
135/186

義眼

 時は数日前へと遡る。

 その日、アストリアでは大混乱が起きていた。

 それはダンジョンが巨塔へと姿を変えたためだ。


 それを受けてある者は恐れ、平伏して涙し、またある者は周囲に怒号を撒き散らした。

 噂や風評はまだしも果ては神のお告げなどという者まで現れる始末に、治安維持のためアストリア騎士団はその対応を余儀なくされていた。


 アストリア王城、会議室。


 その場に座しているのは二人の老人。

 一人は老齢の国王代理、華咲翁。もう一人は教授と呼ばれる老魔導士。

 華咲翁が今の事態を受けて話を切り出した。


「パンドラの箱を開けてしまったらしいな……」

「パンドラの箱? いいえ、プロメテウスの火でしょう?」


 翁の言葉を訂正するように見解の相違について教授が述べる。

 それには取り合わないといった風に華咲翁は……。


「ふん、いずれにしろ時代は動く……。ワシらが隠した宿題が日の目を見たのじゃからな」

「こうなることはわかっていたことです。貴方もわかっていて送り出したはずでしょう?」

「そうではあるが、いざそうなってみるとな……」

「……わかりますよ」


 面白くもないといったように確認事項を進めて行く二人。


「この混乱はこの国一国には留まらぬ。世界を巻き込むことじゃろう」

「ええ……。新世界計画。先人たちは厄介な宿題を遺してくれたものです……」


 窓の外の巨塔は威圧するようにそびえ立っている。


「人の口に戸は立てられぬ。もはや激動の時代は避けられん」


 華咲翁はどこか疲れたようにそう漏らすのだった……。



 †



 アストリア王城。騎士団詰所。

 石造りの床上に無造作に置かれた武器、防具からは日頃にはない忙しさがうかがえる。

 一つの事件を解決して戻っては出動で、休む暇を少しでも捻出しようとした結果だ。


 街中は大混乱の最中にある。

 不幸中の幸いか、塔ができた事による被害者の報告は無い。

 それでも国王代理の許、急遽、ダンジョン内の捜索隊が編成される事態となっていた。

 このまま国の要人が行方不明などということになればアルフヘイム、アストリア両国にとって一大事である。


「捜索隊って言われてもな……」

「ええ。主要メンバーはすでにそのダンジョンの中ですし……」

「散華様、どうかご無事で……」


 留守を任されていたクリスティ、アリス、リリィの騎士団幹部の面々も困惑しながらも、その対応に追われていた。

 名のある冒険者や軍人はすでに今回の調査隊に編成されてしまっている。

 残ったのは最低限の治安維持部隊だけだ。

 そのことでグラン、アンナも頭を悩ませていた。


「つい先日、断罪の剣の大規模な捕縛があったばかりだというのに……」

「グラン!? それよ!」

「何がだ? ……アンナ」

「捕まった彼女達は優秀だわ……」

「まさか……」

「今は猫の手も借りたいほどでしょう?」

「確かに、司法取引もやむを得ないか……」


 背に腹は代えられない。

 二国の女王が帰って来ないなどという前代未聞の事態だけは絶対に避けねばならない。

 その決断を、留守を預かる騎士団長グランが下そうとした。

 そんなときだった……。国王帰還の報告があったのは。


 元ダンジョンの入り口。今は塔の入り口となっている門へ急行したアストリア騎士団の面々。

 警戒のために、周囲にはいつも以上の警備兵が配置されている。


 そんな中へそれはもう、助かったとばかりに急ぎ駆け付けたグラン達だったが……。

 帰還者たちのその敗残兵のごとき様相には息を吞むしかなかった。

 帰還を大々的に喜べるような状態ではなく、多くの者が疲れ果て、緊急搬送されていく……。


「ご無事でしたか!?」


 それでも騎士団長グランはそう声をかけ王城へと国王一行を護衛するのだった……。



 †



 そして私達はアストリアへと帰還した。

 ダンジョンの遠征に向かった者達の多くが喪に服しながら、怪我の治療に努めていた。


 それは私も例外ではない。

 しばらく失った左目の疼き、喪失感などに苛まれてベッドから離れることができなかった。

 熱っぽさも変わらず、倦怠感がありながら脳内では魔導式が繰り返し再生される……。

 頭がおかしくなりそうだった……。


 そんな状態だったので帰還の挨拶もそこそこに、しばらくは皆から心配されていた。


 反対にあれほど調子の悪そうだった三魔族クロ、リリス、アラネアはすっかり絶好調で寝てる私の許まで談笑などが聞こえて来る。


 くっ……あいつら……。いいですけど!


 もちろん私が国外追放となったことは伝えてある。


「ご主人様は何かやらかすと思ってたニャ。いつもの事ニャ。安心しろニャ。家はちゃんと守ってやるニャ」

「そうですわね。この程度で済んで良かったのでは?」


 クロ、リリス、おまえら……。くっ……私の調子さえよければ……!


 そこに関してはなんの悲壮感も無く、二人は優雅にお茶などを嗜んでいた。

 今回は割と本気で深刻な問題なのだが、そうは思われてないらしい。

 どころか、いつも通りと思われていた。

 それはそれで凹む……。


「すいませんご主人様……。私もしばらく忙しくなりそうなので、ついていけないです……」


 うむ。アラネアは良い子なので許す!


 聞けば、うちの書店の片隅に置いていたアラネア作の小物に客の目が留まり、注文が殺到してしまったらしい。彼女は着実に顧客を増やしている。実に喜ばしいことだ。


 そのことで一番悩んでいたのはエルフのフレイアだ。彼女はアルフヘイムから連絡役として派遣されて来ている。本国からは個人の裁量に任せるとのことだったらしい。


「結局、好きにしろってことですよね……。ついて行きたいのは山々ですが……」


 悩んでいるところ申し訳ないが、はっきり言って行く当てがないので正直ついて来られても困る。


「フレイア、できればここに残って偶に状況を伝えて欲しい。どこかに落ち着いたら連絡するから」

「ソニア様がそう仰られるのであれば……わかりました」


 そうしてフレイアには納得してもらった。


 回復が早かったアイリーンは毎日、看病に来てくれる。日中はひどく眠そうで気だるげだったのは、吸血鬼化の影響だろうか……。「夜の方が快適になってしまいました……」とこぼしていた。


 アリシア先輩や、エリス、藤乃もお見舞いに来てくれたが忙しそうだった。それはアルフヘイム女王陛下達が帰還の準備を進めているからだ。忙しいアルヴィト達からもよろしく伝えて欲しいとのことだった。


 他にもグランさん、アンナさん、クリスティ、アリス、リリィたちも来てくれたが、こちらも巨塔騒ぎでの治安維持で忙しいようだ……。


 アウラ、グレイスも来た。今回の働きで彼女たちもアストリア王都を離れることを許可されたらしい。

 アイリーンとは頻繁に連絡を取り合っているが、墓を建てるという目的があるそうで一緒には来ないそうだ。


 ただ、散華ちゃんや蓮華姉さんが来ることは無い……。

 悲し気な藤乃から言われたのは……。


「いずれ和解されることを願っています……」


 私だってそうしたい。だが、その方法がまるで思いつかないのだった……。



 そんな一週間を乗り切って、ようやく体調が回復したところだ。

 国外追放まで、いましばらくの猶予が与えられた私は教授の許に訪れていた。

 そこは王城別棟の教授室。


「義手、義肢、義体、義眼……それらを全部集めると何ができる?」

「……自動人形(オートマタ)とかですか?」

「そう、自動人形は元は医療から発展したと言われている」

「ええと、つまり?」

「うむ。ソニア君の左目は見えるようになるよ」


 マジですか!? ……良かった。


「ああ。でもこれ秘密だからね? 私しか施術できないから……わかるよね?」

「人が殺到してしまうからですか?」

「そうなのだよ。かつての魔導大国なら可能だったろうが、今はね……。ほら、私天才だから、困っちゃうよね……」


 その魔導大国は黒の魔女が破壊した。今はこの街の地下で眠っている。

 世界の人々……すまぬ……。まあ、今後はその辺りの研究も進むだろう……。


「それにツヴェルフとその姉妹も見ないといけないからね……。大忙しだよ」


 私と同じく無茶をしたツヴェルフさんもノインの応急処置で動けるようにはなっていたが、まだあの大火傷が治ってはいない。

 ノインは会った時から怪我をしていた。他の姉妹も戦闘をくぐり抜けて満身創痍だった……。

 皆、別室で寝かせられていることになっているが、実はアイリーンの話ではベッドへ磔にされているらしい……。

 教授を怒らせてはならないのだ!


「すみません……」

「そうだね。あまり無茶をしないでくれたまえ」

「はい……」


 私は代償として左目を失った。左目の眼球は魔素へと還ってしまった。


 そこで教授が義眼を用意してくれたのだが……。

 その義眼……何やら魔素が漏れて薄っすら輝いて見える。


「これ……。魔導具ですよね……」

「うむ。遺跡でみつけたのだが、用途がなくてね……。と言っても魔導具だ。おいそれと譲り渡すわけにもいかずにしまってあったのだよ。いずれツヴェルフが片目を失った時にでも移植しようかと思っていたのだが……まさか君の方が必要となるとはね」

「すみません……」


 私はひたすら謝るしかなかった。


「ところでその目で何を見たのかね?」


 そのときの教授の鋭い眼光に一瞬、私は驚き躊躇するが別に隠す必要はないはずだった。


「……泉をみました。アルフヘイムの聖樹のある湖に似ていた気がします」

「ほう、それは賢神(ミーミル)の泉というものだね……君の書店名の由来でもある」

「やはりそうなのですね……」

「ならば代償がこの程度で済んで良かったと思うべきだね。かの魔導神でさえ、その泉の一口に片目を失ったらしいからね。……生きていたいのなら二度とは近づかない事だ」

「……気をつけます」


 教授の口調はやんわりとしていたが、たぶんそれは叱られたのだろうと思う。


「ちょうどいい、では神話に倣ってこの義眼は『擬似魔眼バロール』と名付けようか……」

「冗談ですよね……?」

「私は本気だよ?」

「はい。分かりました……」


 それは冗談なのか本気なのか……。あるいは無茶をした私への罰だったのかもしれない……。

 施術をお願いする私にそれ以上、否定できるはずもなく……。

 こうして私はどエライ名前の魔導具を左目につけることになった。


 私は教授に案内されて別室へと向かう。

 そこは普段、ツヴェルフさんのメンテナンスルームらしい。様々な機器が置かれているが、どれも私には用途がわからない。


「ソニア……私もサポートしますので頑張って」


 そこではアイリーンが助手として催眠と治癒魔法を待機していた。

 私は手術台に寝かせられる。

 彼女が手を握ってくれるだけで不思議と不安は和らいだ。

 そして教授が執刀する。


 と言っても、アイリーンの催眠魔法で眠らされている間に手術は終わっていた。

 彼女の催眠魔法は何気に凶悪だ……私も何度も煮え湯を飲まされた。

 それが、ここでこれほど役に立つとは……。


 左目に集中すると魔素回路が接続される。魔力を込めると擬似魔眼バロールは稼働した。

 自動で私の性質を読み取り、組み込む。色を失っていた瞳孔が青に変わる。

 その際、熱を帯びてその様はまるで蒼炎をまとうように青く輝く。


「うぐっ!」


 ジュッと焼くように神経が繋がったような感覚がある。

 義眼から少し涙がこぼれる……。


 ぼやけていた視界が整い出し、次第に鮮明になっていった。


「凄い……。涙といい、ほぼ元通り……」

「うむ。良かったね。違和感はないかね? 他の機能は? 伝説の魔眼は石化をもっていたらしいが……」

「石化はダメでしょう……今のところは何も」


 石化に何の得があるんだ……。


「そうか……。一応気をつけたまえ。私ですらその機能は把握しきれていないからね」


 そう言ってハハハと笑う教授だった。


 何つけさせてんだよ!?


 などと言えるはずもなく……。


「ありがとうございます……」


 私は微妙な気持ちになりながらもお礼を言うしかないのだった。


 そして、その日は家で安静にしているようにとのことだったので、帰ってからはゆっくりと読書に励んだ。

 次の日の朝、顔を洗って鏡を見る。


「なんじゃこりゃあ!?」


 そこに映っていたのは左目が黄色に輝く私……。

 昨日まで青かったはずの義眼はなぜか瞳孔の色が変わっていた。

 試しに軽く魔素を操ると、それに反応して左目が黄緑色に輝く……。


 その日、驚いて再び検診に向かうと、教授曰く……。


「黄の書の影響を受けたのかも知れないな……。そしてそのまま定着したのだろう」

「あっ……!」


 昨晩の事を思い出す。

 黄の書は自室の机に置いたままだ。どうやら昨晩調べようとしたのがまずかったらしい。

 ロックは解除されていたので、そのまま寝落ちした私は……。


「君もお茶目だねぇ……」


 半ば呆れられたようにそう言われて、すごすごと退散した私だった……。


 私はオッドアイになっていたのだ……。



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