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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第三章 魔窟編(下)
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異変

 ダンジョン中層、最奥の神殿。異変はここでも起きていた。

 突如、神殿とその最奥に安置されていたダンジョン・コアが消えたのだ。

 がらんどうとなったその場所で、ただ一つ残されたのはダンジョン・コアの片割れのみ。


「よもや、このような形で封印が解けるとは……喜ぶべきか否か……」


 そう声を発したのは襤褸(ぼろ)切れのような黒衣を纏う女。彼女こそ、そのダンジョン・コアの片割れだった。

 異変に気付き、その場へと急いで駆け付けたのはアルフヘイム女王とアルヴィト。


「ああ、ああ……」


 声にならない声で感激を表す女王は、驚きそして目からは涙が溢れ出ている。

 そしてすがりつくようにして、言葉を出せずにいた。


「私はそれほど慕われるような人間ではないよ……。マリー」

「……そんなこと言わないでください」


 ようやくのことでそれだけを口にしたエルフの女王に支えられながら、襤褸を纏った女は自身の状態を確かめる。

 まだその動きはぎこちなく、しばらく回復の時が必要だった。

 そこで言葉にならない女王の代わりにと進み出たのはアルヴィトだ。


「お久しぶりです。黒の魔女……いえ、エレシュキガル」

「ああ……アルヴィト。黒の魔女でいい……その名は私には残酷すぎる」


 自嘲するように黒の魔女は笑う。


「わかりました……。それでこれはいったいどういうことでしょう……?」


 アルヴィトが指しているのは黒の魔女が元に戻った事もあるが、周囲の神殿が消えたことにもあった。

 十一体の模造女神とともに……。


「ああ。見ていた。見てはいた……。おそらく転移したのだろう」

「転移ですか……?」

「古代の妄念が今になって形を結んだのだ……。どうやら私は不純物として取り除かれたらしい……」

「不純物……詳しく聞いても?」

「ああ、順を追って話そう……」


 復活した黒の魔女はかつて起きた古い戦いについて話す……。


 ある日、私の許に一人の男が来た。男は一人娘を取り戻したいのだという……。

 同情はするが、男の問題だ。わずらわしさもあり、深入りは避けたかった私は一つの鎧を与えて追い払った。それで十分のはずだった……。


 後日なにかのついでに街へ立ち寄ると、男は仲間と共に処刑されたらしいと耳にした。

 だが、私の与えた鎧は強力なものだ。信じられずに詳しい状況を聞くと、どうやら戦いにすらならなかったらしい。


 供養の一つくらいと、その場へ向かうと……。首の無い遺体は放置され、鎧も着たままだった。その無傷の鎧は、男が何の抵抗もしなかったことを示していた。


 そこで私は一人の娘と会った。いや、呆然自失している一柱の模造女神だ。

 彼女は首を持っていた。おそらく父親のものだろう……。


 私は彼女の手からその首を取り、墓を作り埋葬した。そして残された彼女を聖柩に納めた。彼女から湧き出る神性によって、当時の私にはそうするより他なかったからだ。

 言い訳をするなら、後で回収するつもりだったが……。その機はついに訪れなかった。今はどうなったか知れない……。


 ともあれ激しい怒りと悔恨に囚われた私は戦いを決意した。

 俗な言葉で言ってしまえば、私はキレた……。

 だが、その怒りに黒の書は呼応してしまったのだ!

 気付けば私は不死者となっていた……。死霊の軍団ができていた……。

 私は()()を見て……黒の書を元凶としてしまった……。黒の書を歪めてしまった……。


 そしてあの戦いが起きた……。

 その戦いの中、私は知った。模造女神計画はそれに連なる新世界計画の一環であったことを……。

 壮絶な戦いがあり、私は王都へと迫った。そこで模造女神たちとの決戦の中、それは起きた。


 ──大規模転移魔法。


 『神の門』と呼ばれる転移魔導装置によってそれは引き起こされた。これも新世界計画の一つだったらしい。

 その中で私は黒の書を失った。いや、意図的に別の場所へと飛ばされたのだ。

 そこで、つまりはこの場で、私は模造女神たちに貫かれた。だが、不死者のこの身は最後の力で共に封印されることに成功した……。


 残されたデュラハン達は私たちを神殿へと安置し、そこを守るようになった……。

 あとは知っての通りだ……。


 自嘲気味に話す黒の魔女だったが……。


「そんなことが……。我々は何も知らなかったのですね……」

「巻き込みたくなかったのだ……」


 当時はアルヴィトたちも種族間の争いなどで、とても手が回らなかった。そこを思いやってのことだった。


「……では、元に戻ったのは?」

「ああ、きっと転移門が起動したのだろう。あのときと同じ感覚があった……」

「ソニアたちがやったのでしょうか……」


 アルヴィトは考え込む。だが、黒の魔女は疲れたように……。


「すまない……どうやらまだ、本調子ではないらしい」


 当然だ。不死者とはいえ、今の今まで擬似聖槍に貫かれていたのだ。


「いえ、こちらこそすみません。では最後に一つだけ。模造女神たちはどこへ行ったかわかりますか?」

「おそらく上だろう……。だが、助けることは叶うまい……」


 確かに黒の魔女の今の状態であれと戦いになっても勝ち目はない。そうなれば結局、昔と同じ轍を踏むことになりかねない。


「触らぬ神に祟りなし。すべては過去の遺物だ……。今の人々が賢明であることを願うとしよう」


 深い悔恨とともに疲れたように黒の魔女は呟くのだった……。



 †



 アウラとグレイスを送り出した後。

 私はまだ逃げていた。逃げ続けていた。

 散華ちゃんたちの状況は気にはなるが、だからといって戻っては捕まるだけだ。

 振り切るように再び駆けだす。


 だが……。


「あれぇ……?」


 どうやら道に迷ったらしい。遭難してしまった……。


「……っていうか、何かおかしくない?」


 何というか……。道が変わっているような……。


「変だな……」


 とはいえ、進むしかない。

 鞄からメモを取り出し、歩いて地図をつけながら進む。


「やっぱり……」


 微妙に道が変わっていた。

 だが、大きく変化したわけではなさそうで少し安心する。


「一応、帰れそうだな……」


 何故だ? 地図の記入ミスだろうか……。いや、行きと帰りでは視点が変わるせいかも……。

 どこかで間違えたのだろう……。

 そうして時折休みながらしばらく進む。


「一度街に戻らないとな……」


 考えなしで逃げて来たので、水と干し肉、焼き菓子くらいしか鞄に入っていない。

 この先、魔物を食べるのは遠慮したい……。

 加えて私が料理を作れるかは未知数だ。

 家では主にクロが作ってくれる。というか私を台所に立たせない。

 こうしたダンジョンでもなぜか作った記憶が無い……。

 散華ちゃんはあれで負けず嫌いが災い? して万能型だ。お嬢様のくせに!

 アリシア先輩も旅慣れているのか普通にできる。

 他の面々がどうかは知らないが、なんというか私に作らせないようにしていた節さえある……。


 なぜだ? 


 昔、散華ちゃんに一度ご馳走したときは「不味くはない……」と好評? だった。「だが、美味しくもない……」とも言われた気がするのは気のせいだろう……。


「……たまたま上手くいってしまうことが無きにしも非ず……か」


 ちょっとやる気は出てきた!


「フッ、料理などレシピ通りに作ればいいだけのはず……ちなみに適量と少々が得意だ!」


 そこで材料となる魔物の死骸を思い出す……。


「うん……無理」


 先ほど散々焼いたのだった……。

 ある意味料理だが、とても食べる気にはなれない。

 十中八九、腹痛でのたうち回ることになりそうだ……。


 腹痛超怖い! 冒険者の死亡原因のワーストワンだ! 私見だが……。


 やはりやめておこう。それが賢明な判断だろう……。

 まだお腹減ってないしな……。それに考えてみれば調味料もないし……。

 そんなことを想定しながら進む。

 幸いダンジョン内の魔物は驚くほど居なくなっていた。

 それはきっと先ほど波のように現れた魔物達の大軍のせいだろう……。


「ここまで魔物が居ないとなると、やはり心配になってしまうな……」


 おかげで進みやすいのだがグレイスとアウラが言った通りなら、それはきっと散華ちゃん達の方へ集まってしまっているはずだ。


「独り言が多いか? 不安だからか……」


 そんなことをふと思う。

 ダンジョン内で一人だからな……仕方あるまい。


「これって、わりと最悪な状況では? 一人では休めないだろうし……」


 しまった! やっぱりアウラとグレイスについて行くべきだったか!?

 冷静に振り返ると今更なのだが……ダンジョン深層から一人で戻るなんてどこの英雄だよ!


 何やってるんだか、と自分に突っ込みたくなる……。


 いつぞや、似た様なことがあったことを思い出す。あの時は蜘蛛の巣に捕まって死にそうな目に遭った。

 アラネアのおかげで助かったのだった……。っていうかアラネアはよくあの環境で生きていられたな……。かなりサバイバル能力が高いのかもしれん……。


「慎重に行こう……」


 私は気を引き締めて進むことにする。

 それに今はゴーレムさんがいる。あの時とは違うはずだ。

 そうだ! ゴーレムさんはツヴェルフさんのお陰もあって、ほぼ自立行動が可能だ。

 一人とは言っても、実質二人。さっきも自然に私を守ってくれた。

 どこか行き止まりのような場所を見つけてゴーレムさんに見張りをしてもらえば……。その上、罠を張って置けば完璧だ!


「少しは休めるな……」


 そう考えると少し余裕が出てきた。


「ゴーレム舟はわりと良かったのか? 足が疲れた……」


 近くの岩場で再度ゴーレムさんを組んで、肩に乗せてもらう。そうして慎重に私は進んだ。


「これなら魔物の襲撃にも備えられる。だが、振動が伝わって来るのが今後の課題だな……」


 楽ではあるが、振動でお尻が痛くなってくる。

 そうこうしながら私は時折休憩を入れながら進んだ。

 それでも焦りがあるのか、自然と足早になってしまう。

 やはり一向に魔物とは出会わず、中層あたりまで来ただろうか……私は広めの通路に出ていた。


「ここまでダンジョン内で魔物に出会わないなんて……異常だ……」


 幸運ではあるのだが、その幸運は誰かの不幸と隣り合わせのはずで……やはり心配になってしまう……。


「中層か……。神殿へ向かうという選択肢もあるが……」


 神殿にはアルヴィト達が残っている。事情を話せばわかってもらえるかもしれないが……。その場合、黒の書は返さねばならない。


「悪いが、もうしばらく貸してもらおう……」


 いずれにしろ散華ちゃん達が報告に向かうはずだ。私は街へ急ぐことにする。


 ……とそこへ、誰かが近づいてくる。

 カツン、カツンと洞窟内にも関わらず、その響く足音はどこかで聞いたことがある……。

 高いヒール独特の、己を誇示するかのような音だ。

 拒絶反応なのか、反射的に嫌な汗が背中を伝う……。

 私の不安を塗り固めたように広がる前方の暗がりから、女の声がした……。


「あら? あら、あら、あら、あら……。黒の書が一人で歩いていますわ。なんということでしょう……。これも敬虔な私への神からの贈り物でしょうか?」


 そんなことを言い、黒の書を求める女を私は一人しか知らない……。


 尊大に己を誇示するようにその女は私の前に姿を現した。

 白銀の巫女装束に身を包み、己が神であるかのように振る舞うその女……。


「教主アストライア……」


 なんでここに!? 待ち伏せていたのか!?


 驚く私とは対照的に悠然と微笑むアストライア。


「お久しぶり、というべきかしら? 青の魔女……だった方?」


 こいつ……。私から青の書を奪っておいて……。


 あの日、牢獄での邂逅。私から青の書を奪い、師匠はこいつを追って行った……。

 私はゴーレムさんから降りてアストライアと対峙する。はやる気持ちを落ち着けて、応じる。


「……黒の書は持っている。たしか交換条件だったはずだな?」

「あら? そうでしたわね。私もしばらく忙しくしていたもので、忘れてましたわ」


 それにしては一人のようだが……。

 いや、アストライアの陰に誰かいる。

 修道服の黒衣がダンジョンの暗がりに溶け込みその実態を掴ませない……。

 手下の一人だろうか……。ここまで気配を消せるのはかなりの手練れだ。油断できない。


「……少々、こちらの事情も変わりましてね。黒の書もいただくことにしましたの。ああ、ご安心ください。青の書はここにありますので、私を倒せればちゃんと手に入りますよ? 対等な条件ではないかしら?」

「つまり、戦って奪い取れと?」

「この青の書もそうして得ましたし?」


 みせつけるように青の書を取り出すアストライア……。

 煽ってきているのは明白だった。


「くっ……是非も無いか……」


 こうなる気はしていた……。覚悟を決めて私は臨戦態勢を取る。

 いずれにしろ決着はつけるつもりだったのだ。それが早まっただけだ。

 だが、しかし……。


「ですが、やはり嘘はつきたくありませんね。一応、約束は約束ですし?」

「何を……」


 対して一向に臨戦態勢を取らないアストライア。

 少なくとも()()アストライアは戦う気はないらしい。


「ですのでアイリーン、取って来てください」


 なんでそこで師匠の名前? と私が不審に思っていると……。

 ゆらりとアストライアの後ろの人影が揺れる。


「わかりました……」


 応じるように暗がりから現れた人物は私の良く知る人物で……。


「馬鹿な!?」


 唖然として驚愕する他なかった……。それは身間違えようも無く……。


「師匠……。どうして……」


 思わず構えを解きそうになる……。だが、師匠はそれを制するように……。


「ソニア……。ソニア・ロンド。抵抗しなければ死にますよ?」


 凍えるような殺意とともに、師匠は妖しく微笑んでいた……。



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