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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第三章 魔窟編(下)
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混戦

 戦乱の渦中、アルフヘイムのエルフ達は懸命に戦っていた。

 それを補佐するようにアリシアとエリスは立ちまわっている。

 継承した緑の書、紫の書を片手に風魔法、雷魔法が魔物の群れへと炸裂する!

 だが、次々に襲い来る魔物を相手に、息つく暇すら与えてはくれない。


「アリシア、追ってもいいわよ」


 とどめを刺した細剣を魔物から抜きながら、ダークエルフのエリスはアリシアへと声をかけた。それはアリシアを思いやってのことだったが……。


「エリス、冗談言わないで。この状況でできるわけないでしょう?」

「冷静ね。助かるけど、いいの?」

「追いたいわよ! だからこうして頑張ってるんでしょう?」


 こうしたところのあるアリシアをエリスは好ましいと感じる。

 同時に反省をする。一人抜ければそれだけの負担が確実に皆にのしかかる状況だ。それはきっとエリス一人では賄いきれない。


「……そうね。ちょっと意地悪だったかしら?」

「そんなことより、アレ」

「ええ、何か変わったのかしらね……」


 二人の前ではこのアルフヘイム軍の大将、ブリュンヒルデが戦っていた。アルフヘイム軍正規軍装の白銀鎧は返り血にまみれ、戦いの壮絶さを物語っている。

 彼女の持つ魔剣グラムが閃く度に、真っ二つにされた魔物の死骸が転がる。

 流麗に踊るように舞うその剣技は決して魔剣の恩恵だけではない。彼女自身が積み重ねた研鑽の結果だった。


 アルフヘイム最強と名高い彼女ですら、この状況には苦戦を強いられていた。

 それでもどうにかアルフヘイム軍が持ちこたえていたのは彼女のおかげだ。だからこそアリシアとエリスもその場を離れるわけには行かなかった。


 とある村でヴィアベルは同じことをした。その場を体験したアルフヘイム軍はアストリア軍より、わずかに速く動くことができていた。

 アストリア軍より少数だったことも幸いして、王城の城壁を利用するように布陣できていたのだった。


 それでも四方八方からの魔物の群れに分断されて、アストリア軍の状況はつかめない。

 今は必死に活路を切り開く。それが打開策のはずだと信じて……。


 そうした中にあって獅子奮迅の活躍を見せるブリュンヒルデ。

 その場のエルフたちは皆、刮目し、その姿に次代の希望を見るのだった……。



 †



 アストリアの近衛騎士団長である藤乃は、護衛対象の散華たちとは離れてしまっていた。

 四方八方、どこからでも来る敵に対応し続けた結果だ。


「双樹様が守ってはくださるはずだが……。己の未熟が情けない」


 魔物の数が多すぎるのだ。それでもどうにか近衛騎士団を集めて円陣を組むことに成功していたのは彼女の手腕だ。


「人材不足が泣けてきますね……。本気で登用、あるいは育成を検討するように進言しなくては……」


 なにしろ国として独立したのが最近なのだ。まだまだ至らない点は多くあった。その上、国を乱す勢力に狙われてはいくら時間があっても足りはしない。


「本当に散華様はご苦労なされている。それなのにあのバカ者め……」


 きっとそれは八つ当たりなのだろう。

 先に述べた点からも、やはりいろいろと軍内部に不備があった点は否定できない。おそらく不満も溜まっていたのだろう。

 そこを敵に突かれた形だった。


 近衛騎士団、副団長のツヴェルフは昨日の戦いの怪我で今は離脱している。今はノインが守っているはずだが、魔物を放置しては彼女達の場所まで行きかねない。


「魔笛なんて……。あんなやり方、私は認めるわけにはいきません!」


 藤乃は激昂し奮闘する。

 近衛騎士団は華咲一門が主体となっている。平時はそれはそれで問題があろうが、こうした場合にはそれがとても強固に働いていた。

 華咲の剣技が遺憾なく発揮され、着実に魔物の数を減らしていく。


 それでも一人、一人と仲間が倒れて行くのを歯嚙みしながら、一匹ずつ確実に仕留めて行く。

 一匹でも多く魔物の数を減らす。それが、結果的に皆を助けることに繋がっているはずだった。


「どうか、ご無事で……」


 己の仕える主の無事を願いながら、藤乃は必死に剣を振るい続けるのだった……。



 †



 とある研究者の家。その地下の研究室。


「ツヴェルフ待ちなさい!」

「行かなくてはなりません。私は近衛騎士団副団長なので……」

「無茶です! その怪我では! いくら常人とは違うとはいえ、本当に死にますよ!?」

「ノイン……。どいてください」


 ノインとツヴェルフ、自動人形(オートマタ)の二人は睨み合う。

 至る所に魔物が徘徊しては異変に気付かない方がおかしい。

 昨日の黒竜戦で大怪我、大火傷を負ったツヴェルフの看護のために残ったノイン。シェルター状のその場所から外に出ない限りは安全だったが、ツヴェルフは助けに出ようとしていた。


 だが、満身創痍のツヴェルフはその気持ちとは裏腹に身体がついていかないのだった。

 それでも動こうとして、あっさりとノインに組み敷かれてしまう。


「悔しいです……」

「あなたは昨日あれほど頑張ったでしょう? 今は信じて待ちましょう」


 項垂れるようなツヴェルフに救いの手は意外なところから上がった。

 その部屋の片隅、ぞんざいに押し込められた柩の中から声がする。


「おい。ノイン、首繋げよ。代わりに行ってやるからよ」


 それは誰かが番をしなくてはならないのだが、兵達からは気味悪がられて仕方なくこの場所に置いてある物だった……。それがこうして時折、声を発するのだ。

 余計に不気味になって兵達は誰もこの場に近寄らない……。


「……アインス、その言葉本当ですか?」

「管理システムはダウンしたんだ。嘘を言う必要もないだろう?」

「まあ、そうですね……」


 ノインは悩む。本来であれば独断で決めて良いことではない。


「緊急事態ということで許してもらいましょうか……」


 ノインは決意するとその柩を開けた。自分に似た姉妹が生首のままというのもいい気はしない……。

 しかもそれらが、雑に放り込まれていてはノインですら「うっ」と呻くのも無理からぬことだった。


 しばらく作業に集中するため、ツヴェルフは後ろ手に椅子に縛り付けて置いた。

 逃げないようにしっかりと脚まで椅子の足に括り付ける念の入れようだ……。


「ノイン……。この格好はなぜか切ないのですが……」

「暴れる子にはお仕置きです!」

「あう……」


 哀し気に項垂れるツヴェルフだった。


「……お前等。遊んでないで早くしてくれない?」

「……わかってます」


 アインスの不満にノインは応えて、作業に入る。

 その部屋に残った機器を操作して綺麗に修復していく。驚くほど綺麗な切断面で、首を繋ぐことは容易だった。重傷のツヴェルフよりはかなりマシな状態だ。


「応急処置なのであまり無茶な動きをするとまた取れますから、注意してくださいね」

「……わかったよ」


 治ったアインス、そして他の守護兵の姉妹たちは室内を見て回る。


「この場所……。懐かしいな……。おかげで何を守るべきだったか、思い出したよ」

「アインス……」

「ノインはその馬鹿を見張ってな。目を離したらすぐに飛び出しそうだ」

「馬鹿じゃないです……」


 ツヴェルフは不貞腐れるが、内心は嬉しかった。


「ですが……魔導連弩は昨日全て壊れてしまいました……」

「私達は守護兵だぜ。何とかするさ……」


 ノインの応急処置が終わると、十体の自動人形(オートマタ)がその場から出陣した。



 †



 散華は完全に思考が止まってしまっていた。

 重圧や焦り。倒れていく兵たちは昨日の黒竜戦をどうにか生き残った猛者達だ。激変する状況についていけない。

 そしてなによりソニアの裏切りとも言える逃亡……。


 それでも誰かが私を守っている。

 それだけはわかった……。


 私の隣に倒れているのはきっと姉様だろう……。

 二人を守るように誰かが懸命に戦っている。

 魔物の群れと戦っている……。


「とう、さま……」


 やっとのことでそれだけは口にできた。

 とうさま?


 その大きく偉大な背中は、きっと私が目指したもの。


 散華の瞳に光が戻る。


「父様ッ!」

「ああ、散華。大丈夫だ。お前達は私が守る」


 いくら手練れとて、魔物の数が多すぎた。兵士たちは散り散りになり、もはや命令など機能しない。


 双樹はすでに満身創痍。思考停止した散華を守ろうとして蓮華は倒れ、今や双樹一人で二人を守っていたためだ。


「ああ……姉様!」


 倒れた姉の身体を抱きしめる。呼吸と脈は生きている。まだ生きている!

 そこに希望を見出した散華は立ち上がる。

 今度は自分が姉を守るためにと立ち上がった。


「私のせいだ……。私の未熟が……だから今は!」


 双樹は微笑む。

 本当に逞しくなったと思いながら……。先のカリスでの大戦の罪過を悔い、生き永らえたこの身には過ぎた代物だと思う。


「散華、見せてやろう。華咲の剣技を!」

「はい。父様!」


 二人の剣技の連携が縦横無尽に走る!

 それによって魔物達は押し返され、怯みつつあった。


 その中で散華は感じていた。その異常な熱を。

 共鳴するように自身の力の高ぶりを感じる!

 その父から授かった黒刀『濡羽鴉』も喜び震えるように、その力を解放した。


 本当に父様は凄い! 凄い!


 散華は高揚し興奮していた。

 その異常な魔素(マナ)の輝きに眩むように……。

 その激しすぎる命の輝きについぞ気づかぬまま……。


 どこからともなく現れた守護兵の援軍がさらにそれを後押しした。

 ついには逃げ出す魔物も出始める。

 その機を見て取ったアストリア近衛騎士団、アルフヘイム軍が主体となって押し返す!

 魔物の数は着実に減っていった……。


 そうして長い戦いの後、夥しい死体死骸とともに血まみれの宴は幕を閉じた。

 生き残った者はその凄惨さに言葉を失う。

 辺り一面の死骸。返り血を浴びていない者は一人もいない。



 中でも……。


 くらりと……。


 その大きな背中が傾いて。


 倒れた……。


「とう、さま……?」


 散華は驚き、近づくとその身体を抱き起す。

 あの強い父様が倒れるはずはない。それはあってはならないことで……。


 かつての悪夢がよみがえる。

 散華が王になると決めたとき、あの時流れた死亡説は誤報だった……。


「また嘘ですよね……?」


 だが、その身体を包む魔素の輝きが止まらない。

 命の輝きが魔素となって漏れだしていく……。


「どうやら、力を使い果たしたようだ……」


 虚ろな瞳で声を漏らす双樹に、支える散華は動揺を隠せない。


「父様、しっかりしてください! すぐに治療を!」


 散華は素早く治癒魔法を組み、双樹の身体へと流す。だが、その魔法はすぐに分解されて魔素へと還ってしまう……。


「どうして……!?」


 激しく驚き困惑する散華の手を、双樹は優しく掴む。

 そして首を振ると、それを押しとどめた。それは死期を悟ったが故に……。


「散華、お前は立派にやっている。蓮華と共に私の誇りだ」


 誤報である余地は微塵もなく……。


 目の前で……。


 命の灯が……。


 消えていく……。


「ああっ! とうさま!!」


 双樹の身体が魔素の光となって消えていく……。


「あとはお任せください……」


 藤乃に支えられながら反対側に回った姉が、その手を取り悲し気に応えていた。

 生き残った兵達も皆、集い囲むようにして膝をつき黙祷する。中には嗚咽を漏らす者も居た。


「姉様! それは!? お前達もやめろ! ……やめてくれ!」


 声を荒らげた散華に反して。


「いつでも見守っている……」


 双樹は満足したように微笑むと、光となって散った……。


「ああああああああッ!」


 くずおれた散華の号泣と悲鳴だけがいつまでも響き渡るのだった……。



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