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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第三章 魔窟編(下)
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逃亡

 

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」


 謝罪の言葉を口にしながら私は廃墟の街を駆け抜ける。

 いつしか魔石灯は消えていて、暗がりが私を隠す。


 自覚はしている。とても大切なものを私は裏切ってしまった。

 もう一つのとても大切なもののために……。


 やってしまった。やらかしてしまった……。

 二兎追う者一兎も得ずとは言うが、大抵そうした言葉には逆があることを私は知っている。


「一挙両得! 一石二鳥! 濡れ手に粟! 両手に花!」


 そんな奇声を発しながら私は駆ける。走り続けると古代の街を抜けて洞窟状の通路へと出ていた。


 うう、虚しい……。


「何をやっているんだ……」


 思わず嘆息する。

 完全に敵の術中にハマってしまっている。

 それでも私は止まれない。もはや止まることは許されない。

 追手を躱すため闇に紛れて罠を張る。


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 私ではない。叫びたいのは山々だが……。

 後方で悲鳴が上がり、私の張った罠が発動したことを知る。

 きっと散華ちゃんの命令で私を捕らえに来た者が捕まったのだろう。


 拘束魔法。青薔薇の庭────


 すでにこの近辺は私の支配下にある。よほどの手練れでなければ追いつけないとの自負はある。なおかつ魔物から私を守ってくれる。一石二鳥だ……。


 何人もの悲鳴と助けようとする声が遠い。まだ大丈夫のようだ。

 なぜか女性の悲鳴が多い気がするのは気のせいだろうか……。

 ちょっと戻ってみたくなるのをグッと堪える!


「くっ……。散華ちゃんめ……。私の心理状態を知り尽くしているとでも言うのかッ……!!」


 私は振り切るように耳を塞いで駆け抜けるのだった……。



 †



「くっ……。魔女が!!」

「これではヴィアベル様に殺される……」


 彼女達、ヴィアベル配下の修道女たちの任務は黒の書の奪取だった。

 無論、邪魔な小娘は殺せと言われている。

 今頃はヴィアベル自らが軍隊の足止めをしているはずだった。


 ヴィアベルの側近と言ってもいい彼女達はいつも通り、その任務を淡々とこなす。

 ……そのはずだった。

 たかが小娘一人と侮っていた点は否定できない。黒の書を持って遁走した魔女はなかなかに狡猾だったらしい。

 

 闇に紛れた罠に何人ものヴィアベル配下の修道女が捕まっていく。予想外の抵抗にあって、驚いた時にはすでに遅かった。

 茨に縛り上げられるようにして彼女達は身動きが取れなくなっていた。


「ちょ……なんなの!? この茨ッ!」

「拙い……。このままでは……早く脱出を!」


 藻掻けば藻掻くほど糸に絡まるように、雁字搦めにされた彼女達はもう追うどころの話ではなくなっていた。

 そこには術者の思念が働いたのだろうか……。


 捕らえた修道女は絶対に逃がさない───



 †



 正直どこをどう走ったのか、覚えていない。


「まずい……。このままでは遭難してしまう……」


 逃げることに集中することで、落ち込みそうになる気持ちを遠ざけようとしたためでもある。


「むッ!!」


 異変を察知して私はその場から岩陰に隠れる。咄嗟に青薔薇の庭で自身の周囲を隠蔽する。

 同時に前方から何かの大軍が駆け抜けていった……。

 それは種々様々な魔物の群れだった。


「魔物の群れだと!? 一体、何が……!!」


 それでもあまりに多すぎる大軍に私は罠ごと引きずり出されそうになってしまう。


「うおおおおっ!!」


 すぐさまゴーレムさんを組んで壁にする。


「うう……なんだって、魔物がこんなに……」


 土の精霊の力が働いているのか、ゴーレムさんは私を自然に守ってくれる。

 だが、それでも魔物の波に抗えず……。

 ゴーレムさんごと私は舟にのるように流されてしまっていた……。


「戻ってしまうだろう! 邪魔をするな!」


 舟の上から蒼炎で魔物を焼き尽くす!

 そうしてゴーレム舟が止まったのはしばらくしてからだった……。


「大分、押し戻されてしまったか?」


 無論、全部倒したわけではない。

 ほとんどの魔物が何かに引き寄せられるように先へと進んで行った。

 私に襲い掛かって来たのはごくわずかだろう。

 罠を張りながら進んだおかげもあって、捕まっている魔物も多い。おかげで命拾いした。

 だが、危ないところだった……。

 ゼェ、ハァと息を整えていると……。


「その声は……。隊長?」

「むッ、アウラ、グレイス……」


 そこにはあの魔物の群れを切り抜けてきたらしい二人が立っていた。

 むう、私の罠も二人は抜けて来たようだ……。


「私を連れ戻しに来たのか!?」


 私は隊長だ。言うまでもなく連れ戻しに来たのだろう。だが、今戻っては元の木阿弥だ……。

 仕方なく私は臨戦態勢を取る。

 師匠と同じ六剣聖となれば、二人が相手だと厳しいだろうか……。でもやるしかない!

 私が構えると、グレイスは言った。


「戦う気はありません。私達はヴィアベル、隊長を陥れた相手を追って来たのですが……」


 ううん? どうやら違ったらしい。


 私は構えを解いて告げる。


「敵前逃亡は死罪だぞ! ……そう、キョクチューハットに書いてある!」

「隊長がそれを言いますか……。逃げたのではなくて追って来たのです! なんですか? キョクチューハットって……」

「やはり、私を追って……!? ちなみにキョクチューハットは極東の軍規みたいなものらしい。そう、散華ちゃんのお爺さんが言ってた気がする……」

「うろ覚えじゃないですか……。私達はヴィアベルを追って来たのです」

「つまり、私同様逃げて来たと……」

「違いますよ!?」


 普段物静かなグレイスの顔の微妙に苛ついてる感が怖い!

 からかっているんじゃないんだ!

 一人で不安だったので、安心して口数が多くなってしまったのだ!

 ……知識をひけらかしてしまった感は認めよう。


 それから私は逃げた後の状況を二人から詳しく聞いた。


「むう、そんなことに……どおりで魔物の大軍が、ってあれ? もしかして狙われてるの私か?」


 黒の書を手に取る。

 それはそうだろう。そのために私を罠に嵌めたのだから……。

 自覚がなかったことに驚愕する……。それほど私は動揺していたのだ……。


「おかしい。なぜ敵は襲ってこない? 罠に嵌めたくせに……」

「追って来る途中で何人かの罠に捕まった修道女を見ましたが……。戦ったのでは?」

「知らずに倒してしまっていたのか……。まあ、そういうこともあるだろうか?」


 首を捻るように答えた私にアウラとグレイスは呆れていた。


「彼女達も一応、厳しい修行を乗り越えたはずなのですが……」

「まあ、隊長らしいんじゃないか……」


 私だって努力はしている! そうは見えないのだろうか……。ショックだ……。


「皆、心配していました。戻られては?」

「無理だ! 散華ちゃんたちはともかく、兵士達が許さない。いや、散華ちゃんも許してくれないかも……」


 私を捕らえろと言ったときの散華ちゃんの冷たい視線が思い浮かぶ。普段の散華ちゃんならあんなことは言わないだろう。

 重責に追い詰められていたのは散華ちゃんも同じだったのだ……。それを私は……。


「あの混乱では、もうそれはないかと……」

「すぐにヴィアベルを追った私達はともかく、あれでは……」


 グレイスの言葉を強調するようにアウラも顔を顰めた。

 どうやらとてもひどい状況だったらしい。


「ともかく、私達はヴィアベルを探してここまできたのですが……。隊長は彼女を?」

「いや、誰も見ていないし、会ってもいないが……」

「では追い抜いてしまったのでしょうか……。双樹殿に斬られて重傷を負っていましたから……。」

「そうなのか……」


 双樹氏に斬られて生きているだけで凄い……。

 だが、嵌められた事には腹が立つが、私が会ったことは無い女だ。正直、あまりピンとこない。


「大怪我でしたし、それほど遠くへは行けないはず……。もしかしたら隊長のあのいやらしい罠を警戒してどこかに潜んでいるかもしれませんね……」

「ああ……あれは、いやらしかった……」


 グレイスの考察にアウラが妙に納得している。


「私がいやらしいみたいに言わないでくれる?」

「いえ、お陰で助かりましたよ。どうやら見つけられそうです。ありがとうございます」

「ああ。隊長がいやらしいお陰だ。礼を言う」

「おい、お前等……」


 しれっと肯定されたよ!

 これはアウラとグレイスの意趣返しなのか!? パワハラはしてないつもりだったが……。

 くそ、後でちゃんとわからせてやる! 私のいやらしいところをたっぷりとな!

 あれ?


 そう言って二人は笑い合う。まったく……。


「では私達は戻りながら探します。隊長はどうされますか?」


 聞いた通りの状況だとしても黒の書を強奪して逃げた手前、激しく戻りづらい……。

 それに二人は是が非でも、そのヴィアベルという修道女とここで決着をつけるつもりらしい。

 そういう真剣な意思が私に伝わってくる。


「どうにか有耶無耶(うやむや)になる感じを待つ!」

「隊長……」


 罠にまで嵌めた以上、黒の書を持っていれば何らかの接触があるはずだった。

 しまった! もしかしたらその追手を倒してしまったかも……。

 気付かなかったのだ! 仕方ないではないか!

 どうする? やっぱり二人と一緒に行くか?

 ヴィアベルならあの女教主の居場所を知っているだろうか……。


 いや、それはきっと私が立ち入ってはいけない因縁だ。

 情報共有という点で何があったかはおおよそアルフヘイム側から聞いているが、だからこそ立ち入るのは憚られた。

 二人の真剣な様子からそう判断する。


「まあ、冗談と受け取っておきます」

「……そうしてくれ」


 私の方はいずれ何らかの接触があるはずだ。ここに黒の書がある限り。

 それを待てばいい。そのはずだ。


「アウラ、グレイス、死ぬなよ……」


 二人は私のその言葉になぜか驚いた様子で。


「隊長も。ご武運を……」


 二人は一礼をするとその場を去った……。



 †



 アウラとグレイスの二人は隧道(トンネル)を通り、その場所を見つける。

 そこは隠れるように袋小路になっていて見つかりにくい場所だった。


「無様ですね……」

「ハハ……。どうやら死神のお出ましらしい」


 見つけたヴィアベルはすでに死に体だった。

 片腕片足を失い岩場で座り込んでいる。どうやら思いのほか、深手だったらしい……。

 自身の呼び寄せた魔物に苦戦するほどに……。

 それでもヴィアベルは気丈に振る舞う。


「ふん、お前達もあまり無事とは言えなそうだが?」


 ここまで魔物が集まる中を切り抜けた二人も無事とは言えなかった。


「それでも貴女よりはマシですよ」

「違いない。いいさ。私の命、持ってけよ」


 観念したのか、その応えは意外にもあっさりしたものだった。

 そこでグレイスも聞いてみることにした。


「……一つ聞きます」

「何だよ? 今なら何でも喋ってやるよ」

「なぜ、あの女の味方をするのですか? 私達のように脅されたわけではないでしょう?」

「何だ、そんなことか……」


 ヴィアベルはなけなしの力で姿勢を正すと、言った。


「私欲無く、私恨無し。私情無く、私怨無し。我が手に宿るは神の御業(みわざ)。我が意思は神の御意思……」

「則天去私ですか……古い(うた)を……。ふざけているのですか!?」


 思わず激昂するグレイスだった。こいつを相手にするといつもこうだと、舌打ちする。


「フン、どうとってくれても構わないさ。これでも私は信心深いんだぜ?」


 その嘲笑うかのような態度は決して本心を悟らせない。

 嘆息するように息を吐き出すと、今度はグレイスが姿勢を正す。

 そして短剣を構えて言った。


「……何か残す言葉は?」

「無いさ。割と楽しかったんじゃねえか……。ああ、そうだ。なら一つ、こちらも聞こうか……」

「何ですか?」

「私の腕を持っていった奴の名は? 私があんな不意打ちを喰らうなんてな……。あれさえ、なければ今頃……。いや、見事過ぎて惚れちまったよ……」

「妻帯者ですよ……。名は華咲双樹」

「あらら、失恋ってやつかねぇ……。華咲双樹ね。いいさ、満足だ」

「そうですか……」

 

 抱擁するようにグレイスはヴィアベルに近づく。

 二人の修道服が重なり合う……。

 ぐッ……という呻きを一声上げると、ヴィアベルは息絶えていた。

 グレイスの銀の短剣がその胸に突き立っている……。


「最後まで格好つけて……。本当に嫌な女……」

「ああ。こいつらしい……」


 ヴィアベルの周囲には夥しい魔物の死体が散らばっている。

 あれほどの怪我を負いながら、最後まで貪欲に生にしがみつこうとしていたことは明白だった……。


「そこだけは敬意を払うとしましょう」

「……そうだな」


 グレイスに倣うようにしてアウラも目前の死者へと祈りを捧げる。


「それに、こういうのを一番嫌がりそうですからね……復讐です」

「ハハ、……違いない」


 肩の荷が下りたかのように、アウラとグレイスは笑い合うのだった……。


 それから二人はその場に、背中合わせに支え合うようにしてへたり込む。二人もまた激闘をくぐり抜けてここまできたのだ。

 張りつめていた糸が切れるようにして重荷から開放されたためでもある。


「決着がついてしまいました……」

「ああ。だが、隊長が死ぬなってさ……」

「では生きなくてはなりませんね……」


 二人はかの魔女との別れ際を思う。


「……それにあの村で約束しましたからね。お墓を作るって」

「そうだったな……。隊長に負けるのは癪だしな」

「ふふ。アウラ、なんですかそれ」

「妙な奴だったってことさ……」


 二人は手を取り合って立ち上がる。

 外はまだ魔物の群れが徘徊しているだろう……。

 この場を切り抜けるために……。



※局中法度……ソニアはうろ覚えなので、真に受けないでください。


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