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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第三章 魔窟編(下)
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分岐点

 手にした黒の書を入念に調べる。装丁は他の七識の書とほぼ同じ。漆黒で黒革のような光沢を放つそれは、中を検めたところで私には理解できない。

 他の七識の書と同様、認められた者でなくては意味を成さない。そうした鍵のような魔法がかかっている。現状あの黒の魔女にしか使えないということだ。

 だがそれは裏を返せば、どうやら本物らしいという結論に至る。


 この黒の書を媒介にあの黒竜を呼び寄せたのか?

 だとしたらやはりあれは召喚魔法だったのか……。


「それが触媒か……。やはり召喚魔法だったようだな……」


 散華ちゃんも同じ疑問を抱いていたらしい。私がそれを調べるのに夢中になっていると、いつの間にか隣に立っていた。


「そう、なのでしょうか……?」


 だが、私はいまいち腑に落ちずにいた。


「転移門……いえ、神の門を調べてみないことには断定は難しいかと」

「そうだな……」


 やはり散華ちゃんもどこか納得できないでいたのだろう。


 ようやく見つけた黒の書だったが、手放しで喜べる状況ではない。

 黒竜は討伐された。だが、竜なんて伝説級の怪物をどこから呼び寄せたのかわからない。もしかしたらこの世界ではないかもしれない。

 それは手記にもあった記述。「異世界へと逃げる算段をつけていたのだ……」 そこからの推測だ。


 ここは曲がりなりにもダンジョン最下層。何が起きてもおかしくはない。その事実は底冷えするように私達を心胆寒からしめた。


「いずれにせよ、管理システムは危険だ」


 散華ちゃんの言葉通り、その認識では皆が一致していた。

 生き残った兵は過半数を割っている。今も遺体の埋葬が続いていた。

 遺体が残っているのはまだマシで、あの黒炎によって焼失してしまった者は相当数いる。たとえそれが焼けただれて見るに堪えない状態であってもだった……。


 ダンジョン攻略においては死者はつきものだ。それはアストリアに暮らしている者達にとっては共通認識ではあるが、慣れるわけではない。

 ましてや想定をこえる数の死者が出てしまえば、その責任問題は免れない。


 それらのことが散華ちゃんへ暗い影を落としていたことは、私は気付いていなかった。

 いや、気付いてはいたが散華ちゃんなら大丈夫と、どこか奇妙な信頼があったのだ……。


 ともかく私達は早急に管理システムを破壊するべく、一軍を率いて王城地下へと戻っていた。

 破壊された大扉は鍵を使うまでもなく開いている。

 すぐさま中へと入ると……。


「これは……」

「そうではないかと薄々感じてはいたが……」


 管理システムの中枢らしい機械類はすでに壊されていた。それはあの黒竜が暴れたせいに違いなかった。


「どうやら危機は去ったようだが、一体何がしたかったのだろうな……」

「まるで自爆ですね……」


 散華ちゃんの言葉には沈鬱な響きがこもっていた。それに応えた蓮華姉さんも同じだった。


「転移門は……」


 私は確認するように探す。そこへ丁度、ノインが遅れてやってきた。


「ノイン……。ツヴェルフさんは?」

「寝かせてきました。ここではできることが限られていますから、あとで地上へと搬送してください」

「わかった。ありがとう」


 次いで、遅れてきたノインに散華ちゃんは状況を説明する。


「まるで自爆だと話をしていたところだが……」

「ですね……。そういう命令が組み込まれていたのかもしれません。かつての戦争時には大混乱が起きましたから……。今はまだ補助エネルギーで魔石灯も輝いたままですが、直に消えてしまうでしょう。魔物にも警戒しなくてはなりません」

「そうか……わかった」


 管理システムは都市機能の全般を司っているらしく、魔物避けの罠も使えなくなるとの説明は前に受けた。


「ああ、そうだった。転移門は……」


 転移門は探すまでもなかった。

 破壊の及んでいない暗がりの奥に、それはあった。


 そこに静かに佇むのは巨大な転移門。

 巨大な漆黒の大扉のようなフォルム。

 表面に刻まれた神聖文字はこの世界の言葉ではないようだ。

 それは人が創ったとは思えない程の異質さを伴って存在していた。

 それは確かに神の門だった。


「これが神の門か……」


 だが今はエネルギー供給が途絶えて動かないようだ。


「これでは何もわからないな……」

「ですが我々がここまで来ることができたのですから、今後は調査が進むでしょう」

「姉様、そうですね……」


 そんな感想を漏らす二人に、ノインにはまだ見せたいものが有る様子だった。


「それも重要ですが……。今はこちらへどうぞ」


 ノインに促されるまま、私達は転移門の脇にあったもう一つの扉へと入る。

 エネルギー供給のためらしき配管が張り巡らされるそこは、どうやら動力炉らしい。

 そしてその部屋の中心には巨大な魔石の結晶が据えられていた。


「これは……!? ダンジョン・コアか……? もう一つあったのだな……」

「はい。ですが正確に言えば魔導炉です。発掘された魔石結晶からエネルギーを抽出するための装置です。これによって神の門、さらには都市機能の全般を補っているのです」

「神話の大釜ってわけか……。もはや狂気すら感じるな……」


 散華ちゃんのその感想は、皆の代弁だった。

 私達の前に紫水晶のような巨大な魔石が佇立している。どこからか見つけたダンジョン・コアを動力炉として利用していたのだ。

 それが神の門を起動するための鍵だった。


「これでは破壊できませんね……。きっと連鎖的にもう一つのダンジョン・コアまで……」

「ああ。破壊すればダンジョン内の我々だけでなく、おそらく地上のアストリアも無事では済まないだろう」


 蓮華姉さんと散華ちゃんは確認するように話す。それはどこかホッとしたような言葉だった。


「お爺様や教授たちが厳重に封印したままだったのがよくわかったよ……」

「概ね目的は果たされました。帰りましょう」


 その言葉に皆頷き、魔導炉を後にする。

 きっともうそれを公表しないままではいられない。公表しなくては誰もが納得しない。

 犠牲となった兵達がいればなおさらだ。私達の戦いはこれからだった。


「では神殿へ戻ろう。待っているアルフヘイム女王に経緯を説明せねばな」

「ですね……」


 その日は王城を拠点に一夜を過ごした。皆疲れ果てていた。

 だが、これで帰れるとの希望がどうにか私達を支えていた……。



 †



「フフ。あれを倒すなんてね……。やるじゃないか」


 遠目に、それらの状況をつぶさに観察していた者がいる。


「アウラとグレイスが居るんじゃ、自分で潜入するわけにはいかないからね。面倒なことだよ……」


 愚痴りながらも女は修道服の装備を確かめながら集中を高める。


「だが、おかげで大幅に邪魔者は減った」


 女はほくそ笑む。自分に有利な状況ができつつある。その確信があった。


「しかもこの混乱状態に加えて、黒の書も見つけたようだ……。絶好の機会到来じゃないか……」


 自問しての確認のように女は呟く。


「これも女神様のご加護かね?」


 女の着ている修道服とは裏腹に、これっぽっちもそんなことは思っていないように呟いた。

 その女、ヴィアベルは装備を確認し終えると、おもむろに立ち上がる。

 同時に周囲に控えていた修道女たちも一斉に立ち上がった。


「さあ、お待ちかねの行動開始だ……」


 その修道女の一団は管理システムの恩恵が切れた暗闇の廃墟を潜むように近づいて行った……。



 †



 一夜明けて。

 といっても、ダンジョン内は薄暗く、時間の経過は判りづらい

 いつの間にか街中の魔石灯は消え、代わりに持参した魔石灯が輝いている。


 黒竜は倒した。

 だが戦勝ムードはそこにはない。己の力の限界を突きつけられた者達がほとんどだった。


 はじめはそのせいかと思っていたのだが……。

 どういうわけか、兵士達の雰囲気がおかしい。

 特に私を見る目が……。


「おい、あれ……」

「ああ……」


 誰もが遠巻きに私を非難するような目で見てくる。

 そのくせ事情を聞こうとこちらから近づこうとすると兵士たちは逃げるように、そそくさと立ち去って行く……。


 いったい、何なのか!?

 いくらクール美少女の私でも、怒るときは怒りますよ!


 憤慨しそうになりながら私は定例会議に出席したのだが、ここでも微妙な空気が流れていた……。


「ソニア……。来たか……」


 いつにも増して沈鬱な表情で散華ちゃんは言葉を選ぶようにして私に言う。


「……お前が悪霊に取り憑かれているという噂が立っている」

「それって……」

「おそらくベラドンナのことだろう。ソニア……お前が隠し通せなかった以上、お前を一時的に拘束せねばならない。皆に不安と動揺が広がっているためだ」


 ベラドンナは今、先の神殿で女王陛下やアルヴィト達に護られているはずだ。

 何で今頃!? と思うと同時に、はたと思いつく。

 これまで尻尾を掴ませなかった敵が、ついに仕掛けてきたのだ。


「待ってください! これは敵の攻撃でしょう!?」

「わかっている。だからこそだ。後は私達に任せるんだ」

「散華ちゃん……」


 沈鬱な定例会議を終えて。

 私は拘束され、監視されることになった。なにしろ悪霊がついているのだ。いや、憑いてないのだが、そうみられている。そのまま私は地上へと強制送還だ。

 ここでの仕事は終わったので皆が帰るのだが、アルフヘイム女王たちを迎えに行く散華ちゃんたちとは中層で別れることになるだろう。



 私達が会議場を出ると待っていたのだろうか……。

 遠巻きにした兵士達の間で私を中傷するような内容の話とともに、不審の目が私に向かっている。


 「すぐに解放する。今は我慢してくれ……」


 散華ちゃんの指示で私は兵士達へと引き渡される。


 そんな状況だ。

 だから散華ちゃんも私にこれを持たせるわけにはいかなかった。

 わかる。わかるが、辛いことには変わりない。

 私は手にした黒の書をじっと見つめる。


「待てソニア……。それをどうするつもりだ?」

「どうするってもちろん……。私は……」


 どうする? わかりきっている。

 このまま散華ちゃんへ渡して黒の魔女へ返す……。

 きっとそれで全て上手くいくはずだ。

 そう、理性は訴えかけてくる。

 そう、それがきっと正しい。わかっている。


 だが、感情は暴走するように

 それでいいのか?

 本当に上手くいくのか?

 なにより、周囲の私を非難するような視線が、私を一層不安にさせる。


 黒の魔女、そしてアルフヘイム女王にこれを渡さなくてはならない。

 散華ちゃんに預けるのは良い。だがそのとき、私はその場に居ない。今の状況がそうしてしまう。兵士たちが散華ちゃんにそうさせてしまう……。

 きっと王とはそういうものなのだから……。


 アストライアはこれを欲している。あの女教主を追って行った師匠の顔がちらつく……。

 仕掛けてきているのはきっとアストライアの手の者だろう。

 戦いは近い。そのとき私はそこに居るだろうか……。


 結局、どう転ぶかなんてわからない。


 目に浮かぶのは師匠の顔……。そしてツヴェルフさんとの約束……。

 ならば今、渡すわけにはいかない!


「これは重要な交渉材料です。あのアストライアとかいう女教主と渡り合うために……」

「お前……」

「今、黒の魔女に返すわけにはいきません!」

「私がそれを許すとでも……」


 いつになく散華ちゃんの表情が険しい。

 そう、これは私の手柄でもない。私の物でもない。私が独占など許されない。


 散華ちゃんは正しい。そしてアルフヘイム女王は黒の書を待っている。

 黒の書を渡せば黒の魔女は力を取り戻して元に戻るかもしれない。

 それから黒の魔女自身にここから去ってもらえれば、少なくとも一つのアストリアの脅威はなくなる。

 そのうえ、アルフヘイム側からも感謝されるだろう。となればこの遠征も成功だったと主張できる。

 なにより王としてはそれを成さなくてはならない。


 ダンジョン・コアが破壊できないとわかった今、それが最善の方法だ。

 いや、多くの犠牲者が出てしまった今、それ以外に方法はない。

 王として正しい。わかっている。


 だが、それから黒の魔女が黒の書を手放すだろうか? 私達に力を貸すだろうか?

 なにしろ相手は千年近く眠りについている……。そこがどうにも不明瞭だ。不安要素は多い。

 さらには私に今、不審な目を向けている者が多く居る。それは上層部への不信へと繋がってしまっている。


 この機を逃したら私は師匠を助けられない。そんな気がしてならない……。

 ならば今、この手にしている黒の書を私は渡すことができない!


 もちろん罪悪感はある。宰相という役職にある身では完全に間違っている……。

 引き裂かれそうな想いに苛まれながら、私は口にする。

 絶対に言ってはならないその言葉を……。


「散華ちゃんごめん……」


 とても大事な物に罅が入る……。入ってしまう。


「許さない。それは許されないぞ! ソニア!!」

「散華ちゃん……」


 散華ちゃんの瞳がスッと冷たいものへと変わる。


「宰相が乱心した。捕らえよ……」


 その言葉に周囲の兵たちが反応する前に、私は逃げた。

 黒の書を強奪して逃げた……。


 ダンジョンの階層をただひたすら上へと進む。道なんてわからない、ただ足が動く限り逃げ続けた。

 逃げながら涙がこぼれる。


 何度も「ごめんなさい……」と呟きながら……。



 †



 その小さくなっていく背中を見送りながら、散華は追えないでいた。

 激しく動揺していた。


「馬鹿が……!」


 やりきれない思いに散華は地団駄を踏む。


「本当に上手くいかないことばかりだ……」


 王としての重圧はのしかかる。多くの遺体を前に心は折れそうだった。

 さらにこのようなことが起こっては……。

 散華は涙しながら頽れるのだった……。



 ソニアの捜索で兵士達が慌てふためく中。

 崩れる散華に声をかけたのは意外な人物だった。


「あなたは若くて未熟だ。だが、それで良いのかも知れないな……」

「ブリュンヒルデ……?」


 それは褒めているのだろうか?


「陛下はあなたを見て学べと仰った。正直申せば半信半疑だったが……懸命な姿は胸を打つ」


 とてもわかりづらいが、どうやら励ましてくれているらしい。

 それに加わるようにして現れたのは華咲双樹。


「散華。まだ間に合う。今は彼女を探そう」

「父様……」

「黒の書の扱いについてはそれから考えれば良いだろう」

「そう、ですね……」


 二人の励ましに散華は気持ちを切り替える。


「わたくしが慰めようと思ってましたのに……取られてしまいました」

「姉様……」

「これは敵の罠ですから、起きてしまったものは仕方ありません。それよりも成すべきを成しましょう」

「そう、ですね……」


 散華は気を取り直し、迷いを断ち切るように再び立ち上がる……。


 そのとき。


「アッハッハッハァ!! いや、泣かせる話だねぇ!」


 揶揄するように拍手をしながら現れたのは一人の修道女。道化師のように小馬鹿にするようにして、皆の神経を逆なでさせる。


「ハッ、ハァ!! だが、追わせられないねぇ……。こんなチャンス、そうそう無いからねぇ!」

「貴様! 何者だ!」

「ククッ! ここまで上手く事が運ぶとはね。上出来じゃないか……」

「……そうか、貴様の仕業か!?」


 双樹はそして散華は悟る。ソニアをこの状況へと追い込んだ者が目の前の敵であることに。


「ヴィアベル……」


 それを呟いたのはアウラとグレイスだ。状況の激変に彼女達も驚き、そして納得していた。


「やはり貴女の差し金でしたか……」

「おっと、動くんじゃないよ! ここでこれを吹いたらどうなるかねえ?」

「!? 魔笛ですか……!!」


 ヴィアベルは魔笛を構えていた。

 管理システムの恩恵が消えたことで魔物は街中に入れるようになっている。そこまで知っているのは明白だった……。

 アウラとグレイスは先日の光景を思い出し、憤りながらも手出しできない。


「馬鹿な! ダンジョン内でそんなものを吹こうものなら……。自殺行為どころではないぞ!」


 兵達にも動揺が広がる。誰一人動くことはできない。


「安心しな。黒の書は私の部下が追っている。すぐにあの小娘の死体とともに届くだろうさ」

「くっ……。ソニア……」


 完全に目の前の女の術中にはまってしまっていることに散華は悔しさを隠せない。


「だが、それもこの場を生き延びられればの話だけどねぇ!」


 皆がまさか、という思いに固唾を呑んで見守る中、ヴィアベルは嘲笑うように悠然とそれを吹いた!


「させんッ!」


 誰もが動けずにいた中、一人突出したのは華咲双樹。

 目にもとまらぬ速さで、銀の剣閃が走る!

 一息で容赦なく命を刈り取りに来た死神に、意表を突かれたヴィアベルは避けきれない。それは完全に自身の術中に嵌めているとの油断だった。


「ぐッ……!?」


 どうにか片腕を犠牲に致命傷をさけたヴィアベル。

 それでも魔笛だけは落とさなかったのはヴィアベルの執念だった。

 同時に仲間が危機を察したのか、周囲の魔石灯が消えて辺り一帯が暗くなる。


 すぐに予備の魔石灯や光魔法で照らすが、その時にはヴィアベルは姿を消していた。

 夥しい血痕を残して……。


 ほどなく現れた魔物達の渦に巻き込まれ、兵達からは悲鳴や怒号が上がった。

 巨大蟻(ヒュージアント)巨大(ジャイアント)蜘蛛(スパイダー)黒犬(ブラックドッグ)小鬼(ゴブリン)戦鬼(オーガ)人狼(ワーウルフ)……。

 種々様々な魔物が、魔石灯の届かない暗がりから唸り声をあげて飛び出してくる。

 阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。

 四方八方から現れる魔物に、命令系統は機能しない。

 各個が己の身を守るのに手一杯の状況だった……。


「私は……」


 この状況に一番の衝撃を受けていたのは、全軍をあずかる王だっただろうか……。

 散華は度重なる状況の激変に思考停止してしまっていた。


「散華、しっかりなさい!」


 それは蓮華の声も届かないほどだった……。



 †



 破壊痕の残る王城地下。


 人々の混乱をよそに、誰も居なくなったその場所で明滅するように魔導石板に光が浮かぶ。


 ──転移成功を確認……。

 ──新世界計画、実行完了──


 一度だけ復帰した都市機能管理システムはそれだけを告げる。

 そして役目を終えたように沈黙したのだった……。



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