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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第三章 魔窟編(下)
125/186

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 ────空間座標固定。転移対象を選択。

 ────神の門起動。


 突如、警告音と共に発せられた城内への音声アナウンスに私達は狼狽(うろた)える。

 すでに嫌な予感しかしない。

 手記の記述によればこの街全体を転移させたような代物だ。

 だとしたらそれは……。


「まさか……私達が飛ばされる?」

「みんな、固まれ! 決して離れるな!」


 警告の意味からそう判断した散華ちゃんの号令が飛ぶ。

 最悪どんな場所に転移させられたとしても、皆が魔法を駆使すれば一命は取り留められるかもしれない。

 そうした判断だった。

 私達が固唾を呑んで待ち構えていると警告音が鳴り止み、すぐにそれは起こった。


 大気が鳴動し、空間に振動が走る!

 周囲の魔素が異様な輝きを放ち、確実に何かが起きていた。

 それらは地震を引き起こし、街全体、ダンジョン全体を揺らした。

 しばらくその揺れは続いたが、魔素の輝きと共に次第にそれらはおさまっていく……。


 冷や汗ものだったが、さすがは古代の王城。私達の居る地下が崩れるようなことはなかった。

 警戒していた皆が確認するように顔を見合わせる。

 とりあえず、目に見える範囲では何かが変化した感じでもなかった。


「みんな、大丈夫か?」

「ええ。驚かされたわね……」

「でも何もない……?」


 そう安堵しかけるも、皆、何かが引っかかっていた。

 あの、激しい振動……。確実に何かは起きていたはずだった……。


「いや、なにか強大な気配が……扉の奥か!」


 警報の鳴る前、まさに先ほどまで開けようとしていた大扉が大きな軋みを上げていた。

 異様な振動とともに封印された大鎖がジャラジャラと音を上げている。

 どうやら内側から大扉へと何かがぶつかっている音らしい。

 それが何度も続き、大扉の巨大な鎖が軋んでいるのだ。

 ……中から何かが出てこようとしていた。


 そしてついに鎖が弾き飛んだ!

 ぬうっと、大扉が開いた先から巨大な何かが現れる。


「嘘……」


 その言葉はアリシア先輩のものだったが、誰もがそれを見てそう思ったことだろう。

 現れた巨大な黒い異形は私達には目もくれず、地下通路を破壊しながら外へ向かって飛び出していった。

 咄嗟に私達は巻き込まれないよう、開いた大扉の両脇へと伏せて避ける。

 そんな私達が驚く中、目前を通り過ぎて行ったそれは漆黒の竜のように見えた。


「まさか竜の召喚だと!」


 そう散華ちゃんが叫んだように、先ほどまでその気配はなかった。だからそう思ってしまっても仕方がない。

 通常、『召喚』には対象との契約なり、触媒なり、なんらかの繋がり(ライン)が必要だ。

 それを空間自体を繋げることによって強引に可能にしたのだろうか?

 つまりは強制『転移』────


 だが、今は驚いている場合でも考察している場合でもない。

 その場の調査は後回しに、私達は急いで後を追いかける。

 私達が城を出ると、すでに黒竜は正門と城壁の一部を破壊して城門前の広場まで飛び出していた。

 

 そこで強制召喚に憤ったのか、その黒竜は憤怒の黒炎を吐き出していた!


「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 その悲鳴を上げたのは辛くも生き延びた兵の一人だった。

 黒炎を浴びた哨戒兵の一部隊は声を上げる間もなく消し炭と化している。

 異変を察知してその場へとすぐに駆けつけた双樹だったが、一歩間に合わなかった。

 双樹ですらその存在には驚きを隠せない。

 しかし、すぐさま態勢を整えるべく行動できたのは経験の賜物か。


「全軍戦闘態勢! 敵の攻撃に備えよ!」


 その双樹の号令だったが、ちゃんと聞いていたものはどれほどいただろうか……。

 皆、伝説でしか聞いたことのない竜という存在に浮き足立っている。


 稀に山奥で見かけられるという飛竜(ワイバーン)ですら人里を襲うことはあまりない。それは賢いからだと言われている。あえて危険は犯さないからだ。

 その存在感は、そんな飛竜でさえ足元にも及ばないような隔絶した存在であることを如実に表している。


 それはまるで誰かの怒りの象徴のように……。

 その漆黒の巨竜はその存在だけで見た者を畏怖させていた。


 だが、今は異常事態。きっと黒竜の方も驚いているに違いない。

 恐怖は互いを排除するために行動させる。それはどちら側にとっても不幸な結果にしかならなかった。

 戦端は開かれてしまった。もはや止める事も止まる事もできない。


「加勢する!」


 そう言って、すぐに思考を切り替える散華ちゃんに倣って私達も臨戦態勢を取る。


「攻撃開始!」


 双樹氏の号令によって、魔導士達からの魔法攻撃が開始される。

 それを受けてブリュンヒルデ率いるアルフヘイムの弓兵、魔法兵からも遠隔攻撃が開始された。

 総攻撃による凄まじい弾幕によって土埃が舞い、その姿を一時的に隠す。


「どうだ!?」


 誰かのその言葉には切願がこもっていただろう。

 だが、再び姿を現した黒竜は怒りに燃える目をさらに輝かせていただけだった。


「まさか……無傷なのか……」


 驚愕に言葉を発した兵士は、成すすべなく粉砕された。

 黒竜にとってそれはただ尻尾を一振りしただけのことだ。

 その桁違いの膂力に、さしもの双樹も攻めあぐねる事態となっていた。

 近づくことすら許されない状況だった……。


 加えて黒竜の鱗は硬く傷つけることは至難の技だった。エルフの名手たちの魔法矢が一本も通らなかったことからもそれがわかる。

 また魔法耐性も高く、その黒い竜鱗の表面に触れるとどんな魔法攻撃も霧消させられてしまっていた。


「あの竜鱗、硬いだけでなく天然の魔術結界か……。化物め……」

「黒炎だってありえないだろう! 明らかに魔法の産物だぞ!」


 それは情報交換なのか、ただの悲鳴だったのか……。方々でそうした声が上がっている。

 その状況にその場の何人か、特にエルフたちは先のアルフヘイムでの神獣戦を思い起こさずにはいられなかっただろう。今のアストリア軍主体の軍ではそれを知らない者達の方が多かったのは幸か不幸か……。


 そんな状況の中。

 次の一手が打てないでいる人間達に対して、怒りに燃える黒竜は飛翔した。


「馬鹿な!」

「あの巨体で飛ぶのか!?」


 方々から悲鳴のような驚きの声が上がる。


「まさか、重力制御系の魔法!?」

「ソニア……わかるのか!?」

「話に聞いた事があるだけです。御伽噺ですけど。きっとあの黒翼でそれを行っています」

「だがそれがわかったところで、打つ手が無いとは……」


 黒竜の黒翼から魔素の流れを見ての判断だったが、散華ちゃんは唸るばかりだった……。

 近づけないばかりか、あらゆる遠隔攻撃が無効化されるのでは意味が無い。


「アリシア、エリス。あの古代魔法は撃てるか?」

「……無理ね。あれは女王陛下かアルヴィトが居ないと……」


 先の神獣戦ではエルフたちの総力を結集した古代魔法が真価を発揮した。それを思っての散華ちゃんの質問だったが……。

 アリシア先輩に同意するようにエリスも頷く。


「それに仮にできたとしても、ああも飛び回られては古代魔法の詠唱時間を稼ぐことなんて……」

「そうだな……」


 無念の思いと共に私達が何もできずにいると、悠然と黒竜はそのままダンジョンの天井まで昇る。

 そしてそこから急降下するようにして、目下の軍へと黒炎を吐き出した!


「防御ッ!」


 皆、どうにか盾と結界で防御するが、そのまま焼かれてしまった者達が多数出ていた。また直撃を避けても周囲への延焼が容赦なく命を奪ってくる。

 可燃物の少ない廃墟のはずだが、それをものともしない黒炎の猛威に私達は防戦一方となってしまっていた。

 その上、高く飛翔されては剣兵たちはどうすることもできない。必然的に弓と魔法の遠隔攻撃で対処するしかないのだが……。


「だが、あの鱗を貫通するような攻撃など……」


 誰もがそれを考えあぐねていた。

 皆が絶望感に苛まれつつあった。その時。


 ガガガガッ!


 大きな音と共に飛来した槍状の弾丸が黒竜へと突き立っていた。


 ギャアアアアッ!


 悲鳴のような叫び声をあげた黒龍。

 その射線から城壁の上を見上げると……。


 そこには魔導連弩を構えたツヴェルフさんが居た。


 唖然としながらの衆目を集める中、ツヴェルフさんは狙いを定めて静かに佇む。

 ツヴェルフさんのイメージに合わせて、メイド服をベースに改良したと言っていたアラネア謹製の黒の戦衣が映える。


 畳み掛けるべく、再びツヴェルフさんの構えた魔導連弩が火を噴いた!

 逃げる黒竜の飛翔を追って、城壁の上を円筒形の砲身を構えて走る。排熱機関からは高温による蒸気を上げていた。


 槍のような弾丸が魔素の光による旋条の尾を引きながら、見事に何本も黒竜へと突き立つ!

 黒竜はその度に悲鳴のような叫び声を上げることとなった。


「ツヴェルフさん……あんな物を……」


 バリバリと竜の鱗を粉砕しながら突き刺さる弾槍に、誰もが驚嘆を覚えざるをえなかった。

 常人に扱えるような代物ではない。扱えるのは自動人形(オートマタ)だからこそだ。

 守護兵達との戦いでは怪我人こそ出たものの、死者は出ていない。あれほどの威力だ。本来、人に当たれば即死のはず。もしかしたら彼女達は手加減してくれたのかもしれない。


 しかもツヴェルフさんはそれを連続使用している。加熱した砲身はかなり熱いに違いなかった。さらには反動も相当に大きいはずだ。ノインは壊れかけだと言っていたが……。

 案の定、すぐに壊れて発射しなくなった砲身を放り捨てて、ツヴェルフさんは次の放置された魔導連弩へと城壁の上を走った!


 それを見す見す見逃すほど、黒竜は愚かではない。

 そうはさせじと黒竜はツヴェルフさんめがけて黒炎を放つ!


「させるかッ!」


 私は素早くゴーレムさんを組み上げると、ツヴェルフさんを守る盾にする!

 黒炎は壁を焼くように塞き止められた。

 今のゴーレムさんは攻撃には向かない。だが、防御なら別だ。

 それに驚いたのか黒竜はゴーレムさんを狙って攻撃を始めた。


「くっ……!」


 私にだって反動がないわけではない。繊細な行動をゴーレムさんに要求するにはどうしても多くの繋がり(ライン)が必要になる。

 だが、今は耐える!


 苛立ちを隠そうともせず、黒竜は執拗にゴーレムさんを狙う。

 その間にツヴェルフさんは次の魔導連弩へと到達していた。


 「墜ちなさい! 最大出力ッ!」


 これで決めると言わんばかりにツヴェルフさんが()える!

 見ればツヴェルフさん自身の魔導回路から魔素の流れが魔導連弩へと流れ込んでいる。

 それによってさらに威力の増した魔導連弩が、軋みをあげて咆哮した!


 それに気づいたのか、黒竜は飛翔して逃げようとするが再び火を噴いた魔導連弩の弾速には敵わない。

 追撃するような連弾が、ダンジョンの天井を穿ちながら黒竜の翼を貫いていた!


 グギャアアアアッ!!


 咆哮の様な悲鳴を上げて黒竜は墜落した。


 「ツヴェルフさん……。あんな無茶を……」


 だが、ツヴェルフさんの方も荒い息をあげて、苦し気に片膝をついていた。過剰エネルギー使用と連続使用によって手にしていた魔導連弩も壊れている。

 それでも彼女は立ち上がる。立ち上がってしまう……。 


 墜落した黒竜はすでに傷だらけだった。幾つもの突き立った槍弾からは血が流れ落ちている。あの硬い竜鱗は所々剝がれ落ち、そこから肉が見えている。


「鱗の剝がれた場所を狙え!」


 その双樹氏の号令で、呆然としていた兵たちは息を吹き返したように従った。

 そこには「今、殺さなければ殺される」という共通認識が強くあったことは言うまでもない。


 壊れた魔導連弩を捨てて、次を拾に向かうツヴェルフさん。よろよろとしながら立ち上がった彼女のその足取りは重い。

 無理をさせているとわかっていても、今の私には決定打はない。それがとても悔しくて……。


 「今度は私が絶対に護る……」


 それだけに集中してゴーレムさんを操るのだった。


 魔導士、弓兵が猛攻撃を開始する。剣兵や盾兵たち前衛は後衛に攻撃を届かせないように攪乱(かくらん)する。

 ツヴェルフさんも絶え間なく魔導連弩を浴びせかけ続けた。

 対して地に落ちた黒竜は文字通り死に物狂いの抵抗で、黒炎を吐き出す。


 猛攻に次ぐ猛攻。どちらも死力を尽くし、ただ生き残るためにすべての力を振り絞った。

 そして全ての魔導連弩が使い物にならなくなったころ、壮絶な死闘の末に黒竜は息絶えていた……。

 だが、こちらの被害も尋常ではなかった。


 見上げると、城壁上でツヴェルフさんも膝をついて崩れるようにしている。


「ツヴェルフさんッ!」


 私は慌てて石段を登り、城壁の上へと駆け上がる。そして近寄ろうとした私だったが……。

 辺りの異常な熱気で顔を顰めずにはいられない。


「ツヴェルフさん……。こんな中で……」


 それは魔導連弩の連続使用による排熱と、直撃はなかったとはいえ周囲を黒炎が焼いたからだ。

 ツヴェルフさんのその手から腕にかけては大火傷で爛れていた。さらには魔導連弩の反動であらぬ方向へと折れ曲がってしまっている……。

 アラネア製の魔法耐性のついた戦闘服だからこそ、その程度で済んだのだろう。その戦闘服がボロボロになるほどの奮闘だった。

 私は周囲を魔法で冷やしながら、どうにか近づく。


「ツヴェルフさん……ごめん」

「ソニア……謝らないでください」


 ツヴェルフさんは高温で熱せられて、私は触ることができない。


「すみません。ソニア……。今回、私はここまでのようです」

「いや、大活躍だったよ。あとは任せて」

「はい。アイリーンをお願いします」

「うん。きっと大丈夫だから……。本当に……こんなに心配かけて、悪い人だ」

「ふふ。ですね……。悪いお姉ちゃんです……」


 苦し気にしながらも、ツヴェルフさんはそう気丈に微笑むのだった……。


「少しの間、眠ります」


 そのまま傷だらけで倒れた姿が痛々しい。

 私がどうにもできずにいると……。


「本当に無茶ばかりする娘ですね……」

「ノイン……」


 私の後から現れたノインは、ツヴェルフさんを抱き上げると言った。


「ツヴェルフは任せてください。応急処置くらいならここでもできますから」

「お願い……」


 そうしてノインはツヴェルフさんを抱きかかえながら去った。

 きっと、彼女が暮らしていたあの研究室へ戻ったのだろう。


 私達は甚大な被害を出しながら、どうにか黒龍を倒した。

 だが、失った命は多すぎた……。

 散華ちゃんは膝を折り、後悔に歯を食いしばりながらじっと耐えていた。

 そして、双樹氏が事後処理にあたっているのを見て、それに加わるようにその輪へと入って行く。


 倒れた黒龍は魔素の塵となって消えた。

 城壁の上から見ると、その倒れた場所に何かある。

 私は城壁を降りて、その場所へと向かった。


 黒い灰に埋もれたそれを手に取って見ると、それは間違いなく……。


「黒の書だ……」



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