姉妹
「ノイン、お婆ちゃん達の話を聞かせてほしい」
「わかりました」
ノインの話では、ノイン達守護兵とお婆ちゃん達は敵として戦った。敗れたノインは都市管理システムの制御下を離れることになる。
ただ他の守護兵たちはその戦いの損傷が激しく再び管理システムの下、眠りにつくことになった。
それからお婆ちゃん達はノインの協力を得て、一通りの調査の後に眠っていたツヴェルフさんをノインが託して帰還したということだ。
「本来であればマスターの遺言の通り、迷い人も保護するのですが……。長い間誰も来ることはありませんでした。そこで我々もここでの活動を維持するために管理システムの傘下に入らざるを得なくなっていたのです。ですが起きる気配のなかったツヴェルフだけでもと……」
「なるほど……。ツヴェルフさんは覚えてる?」
「はい。ここに来て思い出しました」
「ツヴェルフ、嘘はだめですよ? 貴女はずっと寝ていたでしょう?」
「ノイン、人をお寝坊さんみたいに言わないでください。私だって偶には起きてました」
「そうなのですか?」
「そうなのです」
怒ったように頬を膨らませるツヴェルフさんはあまり見たことが無い気がする。
二人の姉妹喧嘩? らしきものを見て和む。
同時にノインの姿に師匠が重なって見えてなぜか切なくなるのだった。
きっと前に似た光景をみたのだろう……。
「姉妹か……」
「ソニア? どうかしました?」
ツヴェルフさんが心配そうにのぞき込んで来た。
「いや、大丈夫。それよりノイン、黒の書って知ってる? 探してるんだけど……」
「黒の書ですか……。昔、黒の魔女が持っていたということくらいしか……。すみません、詳しい事は知りません」
「そっか……」
ううむ、彼女はここでずっと暮らしている。その彼女が知らないとなると……。無駄足だったか?
「ですが……もしかしたら都市管理システムなら何か記録されているかもしれません」
「それってどこにあるの?」
「かつての王城跡です。その地下ですが……転移門もそこにあります」
「転移門か……」
大発見のはずだが……。どういうことだ?
「……お婆ちゃん達は知らなかったの?」
「いえ、彼女たちにも私が伝えました。ただ、彼女たちは言っていました。これらの事実は時が熟すまで秘密にしておいた方が良い。私達のような逸脱した存在が公表すべき案件ではない、と」
私はその言葉を吟味するように少し考えてみる。当時の時代背景と照らし合わせれば、それは導き出された。
「……そうか、考えて見れば散華ちゃんのお爺さんも同じパーティー。当時はまだカリス王国の先王の時代だったから、アストリアも一地方都市でしかなかった。そこに転移門なんて超遺物が残っていると知られれば、国家の介入どころか、他国も黙ってはいない。となればアストリアに戦乱を招きかねない……華咲としても無用の混乱は避けたかったはず」
考えがまとまると私は二人に要請した。
「ツヴェルフさん、ノイン、このことは他言無用でお願いします。私から散華ちゃんに相談します」
二人はそれを頷いて了承してくれた。
「ソニア、では一度報告に戻りましょう」
「うん、そうだね。ノイン、悪いけどついて来て。案内が欲しい」
ツヴェルフさんからの提案に乗って、私はノインに協力をお願いすると彼女は快諾してくれた。どうやら彼女は遺言を大切にしているようだった。
そうして私達はその研究室を出て部隊と合流したのだが……。
「隊長……。その女は……?」
そこではなぜか険悪な雰囲気が漂っていた。アウラからの詰問に私は応える。
「彼女は案内人だ。現地採用した」
その私の説明に言葉を返したのはアウラの隣に立ったグレイスだった。
「現地採用って……。いえ、先に報告します。我等の部隊が襲撃を受けました。幸い軽傷程度で済みましたが、敵は複数。取り逃がしてしまいましたが、容姿はその女性と似ていました」
なるほど……グレイスの報告で険悪な雰囲気の正体がわかった。
「彼女は大丈夫だ」
「隊長……。失礼ですが、あまり兵士達の神経を逆なでするような行為は控えた方がよろしいかと」
「グレイス……」
グレイスは自然と私の副官的な立場になっていた。年齢のせいかどうかはわからないが、私が直接、命令を下すと角が立つことが多い。そこをうまく間に入ってとりなしてくれるのがグレイスだった。
本当に何が違うと言うのだろう。皆グレイスの指示には従うのだ。
美人だからか!? 修道女だからか!?
因みにアウラはグレイスの補佐だ。
「隊長、どうかしましたか?」
「いや、大丈夫。グレイスは美人修道女だ」
「何の話ですか……。ともかく先日の件もありますし、皆に疲れも出ています」
これまでで私のあしらい方も上手くなってしまった。ぐすん……。
「……わかった。気をつける。アウラ、グレイス、皆へ伝達。一度本隊へと帰還する。ご苦労だった」
「了解しました」
私達が本隊へと合流するとやはり、ここでも緊張が走っていた。どうやらここでも襲撃があったらしい。
散華ちゃんからも鋭い視線が走る。
「ソニア、戻ったか……。その女性は?」
「ツヴェルフさんの姉妹でノインです。街を案内してくれます」
「……そうか、敵ではないのだな?」
「はい」
「わかった」
散華ちゃんがテキパキと指示を出して合流した兵士達を休ませる。
その後、私達は集めた情報を交換するため比較的破壊の少ない建物へと入った。
「ここは……」
「どうやら大昔の冒険者ギルドらしい。構造は今とあまり変わらないものだな」
内装は朽ちて無惨な姿になっているが、なるほど掲示板の名残やカウンターなどが見て取れる。
散華ちゃんについて、そこをさらに奥へと進むと重臣の皆が居た。石造りの円卓を囲むように石の椅子に座っている。
「会議室らしい。アウラ、グレイス。すまないが見張りを頼む。内容を漏らしたくない」
散華ちゃんの意向に二人は了承すると入り口に立った。
そうして私達が席に着くと早速散華ちゃんが切り出す。
「襲撃者……襲って来た守護兵達は全部で十人のようだ。地の利を利用して上手く逃げられた。いまのところ大事には至っていないが、士気は急速に悪化してきている」
それを聞いてノインとツヴェルフさんの表情が曇る。
「また、昔の王城跡らしき方面を調査に向かった部隊が最も激しい抵抗を受けて被害も大きかった」
なるほどと思う。ノインの話ではそこに管理システムがあるからだ。ならば説明が必要だろう。
「それについてですが……。これをご覧ください」
私はそれを鞄から取り出して散華ちゃんへと渡した。
「これは?」
「ツヴェルフさんとノインの親、その研究者の手記です。過去の出来事について書かれています」
散華ちゃんはそれを一読すると隣の蓮華姉さんへと渡した。そうして順番に回していく。
それを読んだ皆は一様に険しい表情になるのだった。
皆がそれを読んだのを見計らって散華ちゃんから質問が来る。
「にわかには信じがたい話だが……。つまりそこに転移門というものがあって、それを守るために激しい抵抗を受けたと?」
その疑問に答えたのはノインだった。
「はい。王城地下には転移門とそれを制御している都市管理システムの中枢があります」
今ならわかる。私とツヴェルフさんが歩いていた道は王城へ繋がっていた。だからノインに止められたのだ。
散華ちゃんはしばらく沈黙していたが、呟くように言葉を漏らした。
「お爺様はなぜ教えてくださらなかったのか……」
「きっと自分の目で確かめろということだろう。それをどうするのかも含めて……。ハハ、困ったことではあるがな」
その散華ちゃんの愚痴のような疑問に答えたのは双樹氏だった。どうやら双樹氏にまで秘密だったらしい。それが華咲の流儀だというように……。
「そうですね。先ずは確かめるのが先決でしょう」
蓮華姉さんがまとめるように促す。
「……わかった。では明日、我々は王城跡へ打って出る。今夜は襲撃に注意して見張りは多めに、他の兵はしっかりと休ませてくれ。交代で休みを取ったら出発する」
散華ちゃんの号令でその場は解散となった。
解散して皆が野営の準備に取り掛かる中、ツヴェルフさんはどこか考え込むようにしている。
気になったので声をかけてみた。
{ツヴェルフさん? どうかした?」
「……ソニア。アイリーンを助けてください」
「それは……もちろん。でも、どうしたの? 急に……」
ツヴェルフさんは考えをまとめるようにしながら口を開いた。
「私はここに来れば何か重要なことを思い出すと思っていました。そしてそれは達成されて、いくつかの重要な記憶も思い出しました」
「ツヴェルフさん……」
「ですが……私には今が大切なようです。それに気づきました」
思えば師匠は私だけでなくツヴェルフさんの面倒も見ていた。そういう意味では師匠もまたツヴェルフさんの姉のような存在だ。
「ソニア……私はおかしいでしょうか?」
ツヴェルフさんは今が大切だと思ってくれている。私達と過ごす今が……。
同時にそれは守護兵の姉妹への心配も同じくあるはずで……。それはきっと私達を気遣って口に出さないのだった。助けてあげたいが、こればかりは状況次第でわからない。
「ソニア?」
少し考え込んでしまって、ツヴェルフさんに心配そうに見られてしまった。取り繕うように私は声を上げる。
「ああ、いや、嬉しいよ。一緒に師匠を助けよう!」
「はい!」
私を元気づけるように頷くツヴェルフさんに、逆に励まされてしまった。
今はできることからこなすしかないと思い直す。
あの教主の女……アストライアだったか……。奴の目的もまた黒の書だ。何故かはわからないが七識の書を集めているようだ。青の書は取られた。グレイスたちの報告では黄の書もすでにその手中にあるらしい。
この外典でどこまで立ち向かえるだろうか?
師匠は自分で決着をつけると言って、あの女を追って行った……。私を置いて……。
ああ、そうか……。
そのことがショックでしばらく塞ぎ込んでいたのだ。青の書を取られたことよりも……。
「今度こそ捕まえる。もう絶対に逃がさない」
ツヴェルフの瞳はソニアの決意の眼差しを眩しく映し出していた。




