魔窟の起源
────相当数の侵入者を検知。都市防衛兵装、ロック解除。
守護兵ナンバー、一から十二を起動。
一から八、十、十一……起動成功。
九、十二……起動失敗。
エラー、九、十二はすでに起動中です。
侵入者の掃討命令を実行。
ナンバー、一から八、十、十一。受諾。
エラー。
ナンバー、十二。拒否。
ナンバー、九、応答なし。
ナンバー、九、破壊された可能性あり。
以降は敵性対象への情報漏洩を踏まえ、ナンバー、九との通信を不許可とします。
ナンバー、十二から管制室へ申請。
申請内容……掃討命令の破棄。並びに侵入者の容認と保護。
────拒否。
ナンバー十二の各所に変容を確認。
ナンバー十二、敵性対象に捕縛された可能性あり。
ナンバー、十二の接続を切断します。
……
†
ダンジョン内、最下層……
皆が息をのみ、圧倒されていた。
眼前には広大な街の遺跡が出現している。
かつては美しい城塞都市だったのだろうが神殿同様、ここにも戦禍のためか激しい破壊の爪痕が残っている。
街を囲んでいたであろう城壁も破壊されて、街中の建物も多くが壊されていた。
それでも半壊状態で魔石灯は輝き、地下水の清流でできた堀が街を囲っていてかつての美しさを彷彿とさせている。
私達は注意しながら石橋を渡って、街の中を進む。
人の気配はない。そこは巨大な廃墟だった。
「こんな地下に街が……しかも魔石灯がまだ輝いているとか」
魔石灯にも寿命がある。魔石の蓄積している魔素が無くなれば魔石は壊れて使えなくなるのだ。
いつからこの遺跡が魔石灯を輝かせているのかわからないが、相当な長い年数が経っているだろうことがうかがえた。
私の目が魔素の流れを見て取ると、どうやら地下に張り巡らされた導線から魔石灯に魔素を供給している様子だ。それによって魔石の崩壊を防いでいるらしい。
「こんな技術が……」
私が驚嘆していると、散華ちゃんが説明してくれる。
「教授達がここを発見して以降、ほぼ研究は進んでいない。それはここまで到達できる者がいないからだ。おそらくほぼ手付かずで残っているだろう」
「そうなんだ……」
街は広大で、地上のアストリアの街をまるまる地下に移したような広大さだった。
黒の書がここにあったとしても見つけられるのだろうか?
「探すしかないか……」
条件としてはお婆ちゃん達が気付かない場所。あるいは気付いても持ち運びを断念したような場所と言ったところか?
街中はひっそりと静まり返って、魔物の一匹も見当たらなかった。街だから結界でも張ってあるのだろうか……
「魔物も居ないみたい……」
「ああ、だが警戒は怠るなよ」
私達は慎重に瓦礫だらけの街中を進む。大通りを進むと広場に出た。
そこを拠点に散華ちゃんは部隊を分けて、各方面から街を調べさせるよう手配している。
なにしろ広大な街だ。散華ちゃん達と別れて、私達の部隊も任された方面を調査に行く。
「街の下に街があるとか……教授に詳しく聞いて来るべきだった。あれ? ツヴェルフさんが知っているんだっけ?」
そんなことを思い出していると、そのツヴェルフさんから呼ばれた。
「ソニア……こっちです」
私はアウラとグレイスに部隊の指揮を任せると、ツヴェルフさんのもとへ向かう。
「今、サンゲにも伝えましたが、守護兵がいます。侵入者対策の解除を試みましたが、失敗しました。気をつけてください」
「了解」
守護兵がいるのか……お婆ちゃん達はどうやって回避したんだろう?
破壊されてないってことは回避したはずだが……
私はツヴェルフさんに導かれて進んでいると、不意に声をかけられた。
「その先は危険です……」
驚きながらも、私達は声の方を見る。
建物の間の瓦礫で埋まりかけの隘路。その陰に隠れるようにボロボロな服装の女性が立っていた。
一目で自動人形とわかったのは……片腕が無く、その部分から機械的な部品が突き出していたからだ。
また身体のあちこちに怪我を負っていた。かなり痛々しい。
「ノイン……」
隣でツヴェルフさんがそう呟く。
「ツヴェルフさん、知り合い?」
「私の姉です……」
ノインと呼ばれた彼女は微笑みながらお辞儀する。
怪我しているのでちょっと心配になりながら、こちらもお辞儀を返す。
「ツヴェルフさん、お姉さん居たんだ?」
「はい、ここにきて思い出しました」
「すごく怪我してるけど……」
「はい、事情を聞きます」
ツヴェルフさんは彼女の許へ向かう。私も警戒しながらついて行く。
言われて見れば、確かにツヴェルフさんに似ている気がする。ツヴェルフさんと違って長髪で、どことなくお姉さんっぽい。
「ツヴェルフ……帰ってきたのですね」
「はい、戻りましたノイン」
「再会を喜ぶべきなのでしょうが、ここではなんですからついて来てください……」
「わかりました……ソニア、行きましょう」
「わかった」
促されるまま、私達は彼女の後に続く。そうして着いた先は誰かの家らしい。
家の中の階段を降り、地下室へと入るとそこは研究室のような場所へ出た。
私にはよくわからない機材が並び、少し教授の部屋に似ている気がする。
「座ってください」
「はい、ですが先ずはノイン、怪我の応急処置をしましょう」
「ツヴェルフ、助かります」
「ソニア、すみませんが、しばしお待ちを」
「うん、大丈夫。気にしないで」
ツヴェルフさんはノインと共に研究室の奥へと進み、応急処置に入った。
それはまるで勝手知ったる我が家のようだった。ツヴェルフさんの実家なんだろうか……
それが終わるまで私はしばらく室内を観察して過ごす。そこもボロボロではあったが、丁寧に掃除されていて不快ではなかった。おそらくノインの住居なのだろう。
それほど時間はかからず、二人は戻って来た。陶磁器製らしい椅子に座ると、ノインは腕を動かしながら動きを確かめている。
応急処置なので傷は治っておらず、怪我の部分は布を巻いて隠してあった。
「ツヴェルフ、ありがとう」
「はいノイン、応急処置なのでできればアストリアへ来ることを推奨します」
「……いえ、私はここを護らなくてはなりませんので」
この誰も居ない街を誰のために護ると言うのだろう……。私はそれを尋ねていた。
「誰も居ないのに?」
「はい、誰も居なくともです」
彼女の決意のこもったような瞳に私はそれ以上、口を出すことはできなかった……
代わりに気になったことを尋ねる。
「その怪我はどうして?」
「私達は長い間この街を護ってきました」
「つまり、守護兵って……」
「はい、私達です。昔の大戦で黒の魔女によって結界は破壊されてしまいました。外堀があるとはいえ、魔物は侵入してきます。その対処で怪我を」
「なるほど……その黒の魔女の話、詳しく聞きたいんだけど」
ここに来ていきなり黒の魔女の話が聞けるとは、幸先良い気がする。
「わかりました……ですがツヴェルフ、姉妹の話は?」
「注意喚起はしてあります」
「そうですか……万全ならともかく私達は傷つき過ぎました。ここまで来た貴女方なら問題なく対処できるでしょう」
事務的に話す彼女からは感情が読み取りづらい。私は確認するように聞いていた。
「それって……」
「眠らせてあげてくださいということです」
そう言いながらもツヴェルフさんとノイン、二人はどこか悲し気な顔をしていた。
できれば敵対したくはないが……
「ただ……管理システムだけは気をつけてください。先の戦乱以降、何度も暴走状態に陥っています」
「管理システム?」
「ええ、都市機能管理システムです。都市は崩壊しましたが、まだ魔石灯や水道などの管理を担っています。私達、姉妹の管理も」
「そうなんだ……」
なにしろ大昔の遺跡だ。詳しくはわからないので、なんとなくで理解するしかない。
「黒の魔女についてでしたね。それはあれを見てもらった方が早いでしょう」
ノインは立ち上がると、机に向かって引き出しから何かを取り出した。
差し出されたそれを私は受け取る。それは一冊の本だった。
「これは?」
「マスター、つまり私達を作った研究者の手記です」
二人が見守る中、私はそれに目を通す。
†
呪いの研究──
それは呪いか祝福か……人、特に魔族にはある特性を持って生まれる個体がある。
例えばアラクネという種族は下半身が蜘蛛となり蜘蛛の能力を持っている。
他にも魔眼と呼ばれる目を持つ者達は一般とは違うものが見えたり逆に見せる事ができるようだ。
サキュバスという種族が淫夢を見せるというのは有名な話だ。
私も一度会って見せてもらいたいものだ。研究の為にだ! 誤解の無いように!
話を戻そう……。呪いにしろ祝福にしろ呼び方はどちらでも構わない。それらは立ち位置によって変わるものだからだ。重要なのはそこに魔素のちらつきを観測できたということである。
私の仮説が正しいのであれば、ある一定の領域を越えたとき魔法は身体の一部を変化させる。いや、こういった方が正しいのかもしれない。
世界の一部を変化させる……と。
ならばそれは独自魔法と同種でありながら恒常性を得た魔法であると言えるだろう。これは魔族の出自が魔素の吹き溜まりであるとの証左と合致するものである。
私の述べたい結論はただ一つだ。
魔導士、魔術師、魔女……おおよそ魔導に携わる諸氏よ心せよ。
「その魔法、大丈夫か?」
†
何ということだ! 私の再三の忠告にも関わらず王府の馬鹿どもは『模造女神』などというものを完成させていたのだ! 先に挙げた私の研究論文が悪用されたに違いなかった。
そのことについて詰め寄ると、投獄するぞと脅された。この国はもう終わりかもしれない。
†
戦争が起きた。黒の魔女と模造女神の戦いはこの地を地下へと落とした。何を言っているかわからない?
それはそうだ。誰にもわかるものか!
一つ分かることがあるとすれば、他国の聖職者達はこういうだろう。
「自業自得だ」と。
もはや私の手には負えない……
†
もう書くことは無いと思っていた。だが書かねばなるまい。
王賊ども(我ながら上手いと思う)は異界へと逃げる算段をつけていたのだ。
それは「転移門」と呼ばれるものだそうだ。知人の研究者がこっそりと教えてくれた。
その研究の為に結構な数の犠牲者が出たらしい。
その知人は「もう耐えられない」と愚痴をこぼしながら、その詳細を語ってくれた。
その話では転移門のせいでこのグラズヘイムは地下へと転移させられたというのだ!
王府からの発表では魔女の大魔法ということになっているが、実際はこれだったのだ!
ふざけるな!
もう一部の人間はその「異界」とやらへ逃げたらしい。今も地上へのトンネルは掘り進められているというのにだ。
私はこれを公表しようと思う。
†
また戦争が起きた。私が起こしたと言っても過言ではない。公表の結果だ。
そんな中、不幸にも掘り進められていたトンネルは魔獣の巣穴とぶつかった。魔獣どもは既にこの街に流入している。最早、手遅れだろう。
ただ逆に考えれば、それは地上へと繋がっているはずではあった。もうこの街に残っている者は誰もいないだろうが……
転移門? 殺到した人々によってとうに壊れたよ。いや、正確に言えば転移門自体は壊れていない。それを管理している管理システムが壊れたのだ。
使えないことはないだろうが、どこへ飛ばされるか……運が良ければ生き残れるんじゃないか?
†
私も、もう長くはないだろう。
ああ。そうだ……最後に一つ贈り物を残そうと思う。
今まで私を守ってくれた自動人形だ。彼女達ならきっと地上へと案内してくれるだろう。
もし、この地へと迷い込んだ者がいたならばではあるが……
以下は先の知人の遺したの資料だ。補足として添付しておく。
†
神の揺り篭を離れる。
その実行はありとあらゆる全ての現象が牙を剥くだろう。それに伴うのは崩壊だ。
故に我等は新しい神の創造を決定した。
模造女神……代替品と言ってしまえば不評を買うだろうが、彼女たちのことだ。
だがそれがどういうわけか神ではなく魔女の怒りを買ったらしい……
ここはもう終わりだ。
我々は選択を誤った。しかし、いずれ同じ局面に立たされる者もいるかもしれない……
その者の為にこれを記録しておく。
神々との戦いに備えて必須なものがある。神界へ至る門。神の門だ。
多くの犠牲の上にそれは完成した。
この神の門によって大規模転移魔法が可能となった。
大迷宮プログラム────
大規模転移魔法が可能になったことにより、それは計画された。
地上に造ったいくつかの宮殿を、地下へと転移させる。何層もの宮殿は地下へと根を張る樹木のように伸びていく……。こうしてまずは防御壁を造ろうというのだ。
戦いに勝利した暁には再び大規模転移で地上へと還る。地下へと伸びた根はそのまま地上で塔を、そして街を形創る。
「新世界計画」の要だ。
邪魔が無ければ……
いや、魔女に勝てぬようでは神々相手など到底無理な話だったか……
神の門、それに伴う大迷宮プログラムは誤作動を起こして我等を地下へと閉じ込めた。
恐れをなした一部の王侯貴族、政治家共が、逃走用に神の門を強引に使おうとしたためだ。
転移後にその姿が無かったことから我等とは別の場所に飛ばされたことは明白だが、成功したとは思えない。
あるいはそれらも……神々の掌の内だったのか……
†
……
一通り読み終えると。
ふう、と重い息を吐きながら私は顔を上げる。
それは衝撃的な内容ばかりだった……
そこでは激しい混乱があったことは切実に伝わって来た。
「……これを遺した方はもうお亡くなりに?」
「はい。マスターは私が看取りました。もう千年ほど前になります」
まあ、普通はそうですよね。
ノインもそうだが、エルフの女王やアルヴィトたちのせいで感覚がおかしくなっている。ということは……
「ツヴェルフさんって千歳越えてたんだ……」
「はい、衝撃の事実です」
知らなかったのか……。ツヴェルフさんも驚いていた。
「ツヴェルフはずっと眠っていましたので、そう言えるかどうか……」
「そうなんだ……」
ああ、だからその辺りあまり詳しくないのか……
ノインの補足で察する。ツヴェルフさんは思い出そうとしているのか、首を捻っていた。
「「その魔法大丈夫か?」か……。他にもこの『転移門』が気にかかる……。本当に存在するのか? だとしたらそれは大発見と言わざるを得ないが……。おばあちゃん達がそんなもの見過ごすなんて……どういうことだ?」
自問するようにその内容を吟味する。
「なるほど……数十年前のあのパーティー、いえ、それも当然ですね」
「知ってるの!?」
「はい、あの方々に私がツヴェルフを託したのですから」
「……ああ、そうなんだ」
まだまだノインからは聞かなけらばならないことがたくさんあるらしい……
「ここは……時の止まった世界です。数十年前くらいは最近の出来事なのです」
そう、彼女達は長い間この街を護ってきた……
この誰も居ない街を……
それは人によっては無駄と切り捨てられるようなことかもしれない。
だが私はそこに私は畏敬の念を覚えざるを得ないのだった……
その私の眼差しを受けて、というわけでもないのだろうが……
「次代へ伝えること。それが私にマスターから与えられた使命ですから」
彼女はそう言って、ぎこちなく微笑むのだった……




