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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第三章 魔窟編(下)
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暗躍

 私達は再び奥の間へと戻っていた。

 ベラドンナの姿を見せるわけにはいかないので、幹部達だけでその部屋を閉め切る。

 神々しく鎮座する女神像は、しばしの休息を挟んだところで変わらず私達を畏怖させる。

 薄れぬ緊張感と共に、私達は再度の会話を試みるのだった。


 だが、仕切り直すように一度対策を練ったところで結果は変わらない。


「封印を解いてはならない。我等を引き離してはならない。黒の書を求めてはならない……」


 女神像はそれを繰り返すように伝えるのみだった……


「何度も聞いていますが、やはり何か意味があるのでしょうか?」


 私の隣でアルヴィトはその言葉を考え込むように呟く。


「自然に考えれば封印されているのは磔にされた黒の魔女ですが……」


 私はその目に魔素の流れを見る。

 それは互いに混ざり合い一体化と言っていいほど絡み合っていた。どちらかが、一方的に封印したという様相ではない。


「もしかして逆? いや、これはむしろ互いに……であれば、やはり引き離してみますか?」


 私は相談するようにアルヴィトへ尋ねた。


「いいえ。これは警告です。やめたほうが良いでしょう」


 確かに……結界や宝箱も一種の封印と考えれば、封印には罠がつきものだ。

 それが大事なものであればなおさらだ。


「となると最後の「黒の書を求めてはならない」が気になりますね。まるで自戒のような……」

「ええ。それが鍵かもしれません。そうなると黒の書はどこにあるのでしょうか……?」


 アルヴィトがそれを聞いたとき不意に黒の魔女に意識が戻ったのか、通訳をしていたベラドンナの言葉が変わった。


「アア……黒の書、そう黒の書だ。あれが全ての元凶となってしまった……」


 それは刹那と呼べる一瞬の出来事だった。皆が驚く中、ベラドンナの通訳は続く。


「黒の書はより深き場所へと飛ばされた……」


 こちらの事情を察していたのだろうか?

 それだけを言い残して黒の魔女は再び沈黙してしまった。


 こちらを認識していたのかどうかは怪しかったが、一瞬の会話らしきものが成立したことに女王は驚きながら涙していた。

 それを傍目に見ながら、私は得られたその情報を噛み締めるように吟味する。


「より深き場所は深層か? ……飛ばされたというのは気になるが、戦いで落としたってことだろうか?」


 私は自問するように考える。だがその推測は当たらずとも遠からずといったところだろうと思われる。

 模造女神達に擬似神槍で貫かれているその姿を見れば、戦いの激しさは想像できる。

 この荒れ果てた神殿も古くて壊れたというよりは、当時の戦いの痕跡が大きいのだろう。


 深層といえばツヴェルフさんが発見された遺跡がある場所だ。

 チラリと覗き見ると、表立ってその感情を見せることはないがツヴェルフさんも心なしかソワソワしているようにも見える。


 お婆ちゃんや教授達のパーティーが向かった場所だ。私だって行ってみたい。

 その一方で、お婆ちゃんや教授が黒の書を見落とすなどとは考え難い……

 少なくとも白の書は家にあった。こればかりは行ってみなくてはわからないだろう。


「行きましょう。深層へ」


 私がそう言ったせいとも思えないが、皆がそれに頷いた。

 そうして次の目的が決まったところで、散華ちゃんが私に一つの懸念を示す。


「だが……お前はベラドンナをどうする気だ?」


 あっ……そうだった! どうしよう……

 私は考え込むが名案は浮かばなかった。


「この際一緒に戦わせるか……」

「いや、目立ってはダメだろう……というよりバレては駄目だ」

「む、むぅ……」


 困ったぞ。こうなったら単独行動で……そんなことを考えていると。


「我等が一緒に残ろう」

「そうですね。それにまだ情報を得られるかもしれません。こちらもここの調査をしておきます」


 女王とアルヴィトが助けてくれた。

 確かに手分けした方が都合は良いか……


 補給も兼ねて、この場を護るという目的もある。黒の書を手に入れたら戻って来るためでもある。

 実際は本道からは外れて、最短距離とは言い難い場所だがそこは目を瞑るしかない。


 そうした検討の末、私達は最深部を目指すことに決定した。

 女王陛下とアルヴィトはアルフヘイム軍の半数の兵を割いてここに残ることも決定した。

 当然、近衛兵達のブリュンヒルデも残るつもりだったが……


「ブリュンヒルデ。お前はついて行きなさい」

「なっ!? なぜですか!! 私は陛下の許を離れるわけには……」

「わかっているはずです。私の後継として今は学びなさい」


 逡巡と戸惑いの末に、ブリュンヒルデは決断するしかなかった。


「……わかりました」


 渋々といった様子のブリュンヒルデの代わりに、近衛兵達を任されたのはミスト将軍だ。

 ミスト将軍が女王陛下達とここに残ることが決まる。

 ベラドンナのこともお願いしておくと彼女はいつも通りの飄々とした姿で言った。


「わかっている。先生達にとっても大事な通訳殿だからな。我等が残る限りは誰にも手出しはさせないさ」

「私達は引き続きここで彼女を解放する手段を探ります。どうかお気をつけて」


 ミスト将軍に続いたのはアルヴィトだった。

 二人にベラドンナを託す。


 女王の腹心の臣がブリュンヒルデなら、アルヴィトにはミスト将軍と言ったところだろうか……

 前は引退したとか言っていたが、何だかんだでアルヴィトは宰相的な立場だ。

 そう思って見ていると。


「先生の後継者は私よ」


 そう言って私にエリスが宣言してくる。そこは譲れなかったらしいエリスだった。


「お、おう」


 心を読まれた!? 顔に出やすいのだろうか? いや、偶然だろう……

 クール美少女の私が心を読まれるなどありえないのだから!


 何はともあれ方針は決まった。



 神殿前に全軍を集めると、その方針を散華ちゃんが宣告する。


「明日、ダンジョン最深部へと向けて出発する! 深層の敵は強いと聞いている。各自気を引き締め、準備を怠らぬように!」


 そう軍勢の前で堂々たる威厳で言い放つ散華ちゃんは頼もしかったが、激戦による兵士達の士気の低下は否めなかった。ここにきて多くの犠牲者が出てしまったのも大きい。

 ここがゴールだと目処をつけていた者達も多かった様子だった。

 その落胆は如実に表れていた。


「まずいな……」


 そうは思ったが、ただその場では何事もなかったので放置するしかなかった……


 翌日になってそれは起きた。

 休息中の兵士達の一画で不満が爆発したのだ。


「どうしてあれを破壊しないのですか!? あれこそダンジョン・コアでしょう?」


 その一般兵の叫びは当然の疑問だったのだろう。賛同者も多く現れていた。

 冥界の神のごときあの存在を目にしてしまった者は、なおさら恐怖を覚えずにはいられなかったのだ。

 さらにはダンジョン内という特殊な環境が彼らを苛んでいたためでもあることは、容易にわかった。


「それに上層部に不審な動きが見られると噂が立っています。どういうことかご説明を!」


 その言葉に私はうっ、と呻く。それはベラドンナのことに違いなかった。

 完全に露見したわけではないものの、やはりここまできた猛者達の目を欺くには厳しいものがあったのだろう。


 散華ちゃんはその矢面に立たされながら瞑目していた。歯嚙みして悔しい想いをぐっとこらえているのがわかる。

 なぜならその一般兵は、すべてアストリア兵だったからだ。アルフヘイム側からは一切そうした不満は出ていない。

 そうしたことからもアストリア兵とアルフヘイム兵との間に溝のようなものが生まれつつあった。


「皆の懸念はもっともだ。だが、今は堪えてほしい。もちろん不満のある者、帰りたい者には帰らせよう。残る者はどうか私に力を貸してほしい」

「散華様……」


 この騒動に散華ちゃんも譲歩せざるを得なかった。

 だが、結果としてそれは最良の選択だったのだろう。少なくともその場の騒動は治まった。

 こうして多くの兵士が帰途へとついたものの、兵士の中核、精鋭と呼べる者達は残った。

 これより先はそうした者達でなくては生き残れないはずだ……


 だが、この騒動に苦い顔をしていたのは双樹氏だった。

 なぜだろうとは思ったが、深くは考えなかった。

 散華ちゃんが責められれば親として苦い顔にもなるだろうくらいに思っていたからだ。



 †



 ダンジョン内という特殊環境を上手く使い、ヴィアベル一行は姿を隠している。

 洞窟状の小部屋を見つけたヴィアベルは、手頃な岩にどっかと腰を落とす。

 そこへ報告の者が帰って来た。


「ヴィアベル様……ご命令通り少しつついたところ、兵を撤退させることに成功しました。さらに部隊を分けて深層へ向かうとのことです。また面白い情報も得られました」

「ほう? 何だ?」


 ヴィアベルは満足げな笑みを深めながら問う。

 

「アストリアの宰相を務めている者が、どうやら悪霊らしきものに取り憑かれているかもしれないとの噂が密やかに囁かれているようでございます」

「クク、なるほど……確かにそれは面白い……。良くやった」


 ヴィアベルはアストリア軍の中に密偵を潜ませていた。大部隊に密偵を潜り込ませるなど容易い。

 ダンジョン内という極限状態にあっては、溜まっていた不満を爆発させるぐらいのことも。


 ここまで手を出せずにいたが、どうやらこちらに潮目が向いて来たらしい……

 この情報は使える。上手く使えば部隊をさらに分断できる可能性もある。


 ヴィアベルはほくそ笑むようにそう考えを巡らす。


「追跡ばかりでつまらなかったが、ようやく面白くなってきたじゃないか……」


 ダンジョンの暗がりの中、その瞳の光は獲物を定めた獰猛な魔獣のように輝いていた。



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