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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第三章 魔窟編(下)
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説得

 

「貴女の息吹を感じます。今なお生きておられるのですね……」


 女王は言葉をかけるが、私が声をかけたときと同様に、その言葉は一方通行で返事はなかった。

 私でさえ、そこには一抹の悲しみを覚える。

 それは波及するように周囲を沈黙させるのだった。


 だが、そこで意外な所から返事があった。


「封印ヲ解イテハならない……」


 私からだ。正確には私の影に隠れたベラドンナからの言葉だった。

 皆が訝し気に私の方を見る。


 おおい! 勝手にしゃべるな!

 いくら人避けの魔法がかかっていても、見破れる人には見破れるんだぞ!


「……と言っている気がする?」


 焦りで背中から冷たい汗が流れるのを感じながら、誤魔化すように自分の話した言葉として振舞う……

 苦しすぎるだろうか?


「わかるのですか!?」


 だが、それに喰いつくように飛びついたのは女王とアルヴィトだった。


「ええ。まあ、フワッと?」

「この際、フワッとでも構いません。お願いします」


 その迫力に気圧された私は了承するしかなかった……


「今は一蓮托生。頼むぞベラドンナ……」

「ワカッタ……」


 その女神像に近づきながら聞こえないようにこっそりと打ち合わせをして、私は黒の女神の通訳をする。

 だが意識が混濁しているのか、その発言はこちらを認識したものではなかった……


「封印を解いてはならない。我等を引き離してはならない。黒の書を求めてはならない……」


 私はただそれだけを繰り返すように伝える。

 それは黒の魔女の意識なのか……あるいは模造女神達の意識なのか……。判別はできなかった。

 それでも女王とアルヴィトは喜び何度も涙を流していた。


 ただ長く話せるわけではなかった。

 その場の魔素が濃すぎるためもあり、すぐに私たちの疲労は蓄積されていく。

 瞑目した黒の魔女の像からは、その感情を読み取ることすらできなかった。

 私達は一通りの言葉を伝えるだけで意味があるのか、よくわからないまま……

 その場を一旦退避するしかなかった。


 ただ、私に向ける散華ちゃんの視線が鋭いのは気になっていた……



 案の定、その懸念はすぐに現実のものとなった。


「ソニア……こっちに来い。姉様、しばらく頼みます」

「わかりました」


 蓮華姉さんは悟ったように頷く。

 そしてどこか怒ったような雰囲気をまとって、散華ちゃんは私を神殿の一室へと連れ出した。

 そこへ入るや否や。


「はわわ……」


 壁ドンでした。壁に手を突いた散華ちゃんがとても近い。そして私に迫って来る。

 私より長身の散華ちゃんの長い黒髪がかかりそうなほどに、見下ろすようにして見つめ合う。

 武人特有の凛とした様子ながら、そのやや怒気を孕み冷めた視線が私を射抜く。

 追い詰められるようにしながらも、見上げる形となった私はその綺麗な瞳から眼を逸らせない。


「ソニア……今の私は余裕が無い。それはわかっているな?」

「はい……」

「……何を隠している?」

「それは……」


 散華ちゃんに隠し通せるわけもなかった。

 私が散華ちゃんを見ているように、散華ちゃんも私を見ていたのだ! いやん……


 大抵の女はこれで落ちる。だが、私は幼馴染……培われた耐性があるのだ!


 私は迷う……喋るべきか否か……

 散華ちゃんを信頼していないわけではない。

 だが、散華ちゃんは国王としての立場があるのだ。これ以上余計な気苦労はさせたくないというのもある。


「散華様、素敵……」

「……」


 そう私が真剣に悩んでいたというのに! こいつは! 目がハートか!?


 私に耐性があっても、私の影に隠れたもう一人には全くなかった……

 仕方ないか……断言できる。

 幼馴染の私だから耐性があるものの……本気の散華ちゃんに落ちない女はいない。


「!?……今の声はどこから?」

「ここです」


 驚いている散華ちゃんを前に、観念した私の影から離れるようにして女の影が現れる。


「ソニア、お前取り憑かれて!!」


 さすがというべきか、散華ちゃんはバッと私から離れると臨戦態勢をとった。


「待って! どことなく見覚えはありませんか? 確かに変わりはててしまいましたが……」


 慌てて私は散華ちゃんを留めると、しっかりと見る様に促す。

 生徒会長だった散華ちゃんは生徒のことは概ね把握しているはずだった。前に、そう言っていた。


「まさか……そういうことなのか……」

「そういうことなのです。彼女がベラドンナです」


 女の影は悲しそうに身を縮めている。

 それを見た散華ちゃんの中で二つの正義が対立したのだろう、とても複雑な表情をしていた。


 今のベラドンナは一般には魔物扱いなのだ。

 しかもその存在は死を想起させるだけでなく、敵対した私達からみれば紛れもなく悪霊だ。

 一方で生徒会会長でもあった彼女はその保護と責任がある。そしてその姿には多分に同情する部分も。

 だが、彼女は何かを決断するように問う。


「ソニア……。今が非常に厳しい時期だとの認識はしているか?」

「ええ。散華ちゃんのピリピリしている所から嫌でも伝わってきます……」

「私は王として……」


 その言葉を遮るように私から詰問した。

 この流れは散華ちゃんにとっても、ベラドンナにとっても良くない気がしたためだ。


「ここは一つの国でした。王たる者が捕虜を殺せと?」

「ぬぅ……ソニア、お前はこういう時だけは口が回るな……」


 心外です。とは思ったものの口には出さず畳み掛けるように私は続ける。


「そういえば最初にデュラハンを助けたお優しい方は誰でしたっけ?」

「ぐッ……!」


 私の言葉によって散華ちゃんに明らかな動揺が見られた。

 そこに勝機を見出した私は散華ちゃんの傷を抉るように問う。

 仕方ないんだ。分かってくれ散華ちゃん。決して他意はない。

 ベラドンナを護るためなんだ。はぁはぁ……


 くっ……本当はこんなこと言いたくないのに……はぁはぁ……

 悩む散華ちゃんが可愛いく感じるのは何故なのか!

 私はにじり寄るように責めたてる。先ほどの仕返しのように……


 ちょっとした興奮状態で、散華ちゃんにふらふらと迫る。


「私達に剣を向けてまで……あの時、散華ちゃんを助けたのは誰でしたっけ?」

「もういい! わかった。ベラドンナは隠す。 だからソニア……それ以上近づくな!」


 顔を真っ赤にした散華ちゃんが拒絶するので私も止まった。


 それにしても「近づくな!」は酷くない?

 私には耐性があるのに……おかしいですね?

 だが、私の説得? が功を奏したのか……

 散華ちゃんはため息を吐くと仕切り直すように言う。


「確かにこれは……複雑な心境だよ。喜ぶべきか、否か……」


 彼女は死者だ。それは間違いなく。


「ソニア、絶対に隠し通せ! 見つかったら私でも止められん」

「了解です!」


 彼女は見つかれば魔物として処理されてしまう。それは例え王であってもそれは止められないだろう。

 乱心されたと捉えられれば、場合によっては王位剥奪もあり得る。

 それほど常識というのは、なかなかに厄介だ。

 それでもどうにか了承は得た。


「それはともかくベラドンナ、会えて嬉しいよ」


 そうして散華ちゃんが、ベラドンナのその肩に手をのせた。


「アア……昇天しちゃいます」


 何か発光している!? それはお婆ちゃんを看取ったときの様な魔素の光だ。

 ベラドンナはそれは気持ちよさそうに、本当に昇天しかけていた……


「ちょっと!?」


 そう私がとめるまでもなく、散華ちゃんはそれに気付いて慌てて手を離した。


「きっと散華ちゃんの女神の血の力です」

「……ああ」


 アウラやグレイスが活躍したように、不死者や悪霊にとって神の力は天敵のようなものだ。

 属性で言えば光と闇。白と黒の関係だ。


「ベラドンナすまなかった」


 散華ちゃんは謝るが……


「はへ? 散華様……素敵」


 彼女はとても幸せそうでした。

 そのまま逝ってもらっても良かったのかもしれない……。たぶん識界へ行けただろう……

 なんだか言葉遣いも戻ってるし……


「さすが女(たら)し……」

「ソニア……それは侮辱しているのか?」

「まさか……褒めているんですよ。その力の一端でも私にあれば、百合ハーレムなど容易くできるというのに! 悔しいです!」

「決して褒めてはいないと思うが……」


 ふぅっと、散華ちゃんは息を吐き出すようにしてからフフッと笑った。

 私もつられて笑う。

 ベラドンナは相変わらず放心状態で「散華様、素敵……」と呟いている。


「フフ、なんだか久しぶりに笑った気がするよ」

「散華ちゃんは責任感が強すぎなのです」

「お前が言うな」


 そうして私達はまた笑い合う。散華ちゃんも、どうやらいつもの調子を取り戻していた。

 自覚はなかったが、散華ちゃんにとっては私も責任感が強いように映っていたらしい。

 ただ必死なだけだったのだが……


「では戻ろう」

「はい」


 こうして私達が戻ると、皆は野営の準備をしていた。

 神殿内は魔素が強すぎるので、軍は外に出ている。

 ただ女王陛下はできるだけ近くにいたいのか、比較的奥の間に近い一室にとどまっていた。

 私達はそこへ向かう。


「今後の方針を相談しよう。ソニア、お前も来るんだ」

「ですよね……」


 でも絶対、バレるよな……あの面々に隠し通せる自信などない。

 先刻は闇の魔女と模造女神達という、驚異的すぎる存在が目の前に居たのでたまたま隠し通せただけだ。


 やはり先の考え通り、使い魔あるいは協力者として押し切るしかないだろう。

 今、闇の魔女と話ができるのはベラドンナだけだ。他の兵士にさえ知られなければ勝算はある。

 特に女王とアルヴィトにとっては代えがたい通訳のはずだ。


「行くぞ」


 私達がその部屋へと入ると皆は真剣な表情でこちらを見た。

 散華ちゃんは席に着くが、私は立ったままだ。皆、私を警戒しているのでその方が良いとの判断だ。

 当然ながら近衛兵の藤乃とブリュンヒルデは一段と警戒している。

 そしてアルヴィトが切り出す。


「どうやら取り憑かれたというわけでは無いようですね……」


 ですよね……隠す余地すら与えてはくれなかった。ならば流れに乗るしかない。


「ええ。彼女はベラドンナ。協力者です。闇の魔女との対話は彼女が行っています」


 その紹介と共に私の影から離れるようにベラドンナは姿を現した。そのまま一礼をする。


「むう……そういうことか」


 それには女王も唸る。

 彼女は最後まで残り、闇の魔女と模造女神達の像を調べていた。


「我が主……闇の魔女は不死者となり果てて眠っている。幾本もの擬似神槍に貫かれながらもだ。我はすぐにでも模造女神達を破壊し、彼女を解放しようと思ったのだが……」


 過激ですね……。あの姿を見て怒っているのだろう。気持ちはわからないではない。

 言葉がとまった女王の後を継ぐようにしてアルヴィトが続ける。


「それは私が止めました。魔素の流れを見るにすでに彼女達は同化して、一体化している様子でしたから」

「闇の女神様……」


 私の呟きに散華ちゃんが尋ねる。


「何だそれは?」

「ベラドンナがそう呼ぶのです。それは闇の魔女だけでなく模造女神達も合わせてということなのでしょう」


 皆はあの姿に圧倒されながらも、この難題にどうすべきかと黙考していた。


「だが、せめて擬似神槍だけでも我は抜いてやりたい!」


 それは女王の痛切な叫びだった。

 いや、すでに彼女に女王としての仮面のようなものは取り去られ、それは一人の女エルフ、マリーとしての想いだった。

 それはとても純粋で真摯な訴えだ。


 確かにあの姿は痛々しい。すぐにでも解放してやりたいほどだ。

 だが……それをすると、どうなるかわからない。

 高魔力存在……ダンジョン・コアと呼ばれるそれは扱いが難しい。ダンジョンが壊れる場合もあるらしい。

 封印を解いてはならないとの忠告もある。


「いや、すまない。我も混乱している。我の知るかつての彼女は不死者ではなかった。しかし、再びこうして会えただけでも奇跡だ。感謝しきれないほどに……」


 そのしおらしいまでの女王の言葉にアルヴィトは助け舟を出す。


「やはり闇の魔女に直接聞いてみるのが一番でしょう」

「それは……確かに」


 それにはベラドンナが居なくては話はできない。視線がベラドンナへと集中する。


「私は……」


 彼女は不安そうにしている。……ましてや護るためとはいえ、先ほどまでデュラハン達と共に敵対していたのだ。


「ベラドンナ……頼む」

「もちろんでございます! 散華様!」


 しかし、散華ちゃんの頼みにあっさりと折れました。

 それにチッと舌打ちをしたのは私ではなく、蓮華姉さんだ。


 皆が賛同して休憩の後に再び闇の魔女の所へ向かおうと決まったところで、私は気になっていたことを尋ねる。


「ところで黒の書は見つかりましたか?」


 黒の書を求めてはならないという言葉は気になったものの、私はそのために来たのだ。

 青の書を取り返して断罪の剣との決着をつける。そのためにも止まるわけにはいかない。

 闇の魔女が持っているはずだと踏んだのだが……私は見つけられなかった。


「いいえ、見つかりませんでした。他の部屋も調べましたが……。その件についても聞いてみましょう」

「そうですね……」


 同意しながらもアルヴィトの言葉に私は落胆せずにはいられなかった。

 あれほどの数のデュラハン達が護っていたのだ。冒険者達が侵入したとは考え難い。

 教授達でさえ、向かったのは深層で、中層のこの最奥には来ていないと聞いている。


 私達が初めてここへ辿り着いたはずだった。よって持ち去られたなどということは無いはずだ。


「そう簡単にはいかないか……」


 私は沈みそうになる気持ちを切り替えるように努めるのだった。



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