デュラハン
ダンジョン表層。
暗い闇の中。
そこには酷い惨状が広がっていた。
辺り一面に血だまり。その中に所々に人のものらしき肉塊が転がっている。
中心に立つのは血塗られた漆黒の巨大な鎧。手には漆黒の大剣。
首なし騎士だ。
だが、それはただのデュラハンではない。それは一目見ればわかった。
雰囲気がまず違う。威圧感が尋常ではないのだ。
血にまみれた鎧は赤黒く脈打っている。
そして鎧は雄叫びをあげた。
「オオオオオォォォォ!!」
その場にはただ一人生存者がいた。
仲間の返り血を浴びながらも辛うじて致命傷だけは避けていた魔女だ。
しかしその血塗れの魔女も隅に追いやられつつあった。
「このアンナさんがこうも一方的にやられるとはね。ゴメンね。みんな。私に付き合わせて……直ぐに私も皆の元へ行くわ」
既に死は覚悟した。怯んでなどいられない。
「でも! 一矢報いてからじゃないと私らしくないわよね!」
彼女はそう言って自身を奮い立たせるのだった……
†
冒険者ギルド。
私達が依頼の確認をしていると、グランさんが出てきた。
かなり焦っている様子だ。
今にも飛び出そうとしている所に、私は声をかける。
「グランさん、どうかしましたか?」
「ああ。ソニアか。悪い、今急いでるんだ」
私はその焦り様から推察する。グランさんの周りに仲間らしき人はいない。
「まさか一人でダンジョンに行くつもりですか?」
「ああ。そうだ」
「なら、私たちも連れて行ってください」
「いや、だめだ。気持ちは有り難いが、生きて帰れる保証はない」
断られたがこのまま一人で行かせるわけにはいかない。死にに行かせるようなものだ。
それにもう、あんな思いはしたくない……
「分かりました。勝手について行きます」
時間が惜しいのだ。グランさんはあっさりと折れた。
「……分かったよ。感謝する。こちらの状況は向かいながら話す。それでいいか?」
「はい!」
グランさんが話した事はこうだ。
二日前ダンジョン表層にギルドが偵察隊を派遣した。その部隊が帰ってこないらしい。それが暁の団。
グランさんが前に所属していた旅団だ。その昔の仲間が心配で助けに行きたいそうだ。
偵察の対象はデュラハン。偵察隊が帰ってこないことなどから稀少種だと目されている。
ギルドによれば、表層なので偵察期間は一日を予定していたという。それから丸一日経ってしまっている。何かがあったのは明白だ。
グランさんは今朝それを噂で知ったそうだ。それでギルド職員に詰め寄っていたのだった。
ギルドは追って援軍を送ると言っているが、連休なのでいつになるかは分からない。
さらには暁の団は結構な有名どころで実力は折り紙付き、となればそれ以上の戦力を用意しなくてはならない。
はっきり言ってしまえばかなりの絶望的状況だ。
「運よく生き残ってくれていればいいが……」
シビアなグランさんがここまで取り乱すのだ。よほど大切な仲間なのだろう。
私も散華ちゃんが居なくなったら生きていけない。散華ちゃんハァハァです。勿論、他の皆も。
おっと今は気を引き締めなければ……
そこへ師匠が口を挟む。
「では目的は討伐ではなく救助ですね?」
「ああ。よろしく頼む。後で礼は必ずする」
「お礼なんていらないわよ」
そう言うアリシア先輩はエルフらしく高潔だ。しかし師匠は言った。
「いえ、貰っておきましょう。必ずしもお金である必要は無いのですから」
師匠は礼儀を重んじる。どちらが正しいというものではない。
「そいつは助かる」
そう言いながらグランさんは苦笑するのだった。
私達は駆け足でダンジョンに到着した。
時間を惜しみながらも警戒しながら表層へと侵入する。
「ソニア。前に魔法の痕跡が分かると言っていたな……探れるか?」
そう聞いて来たグランさんに私は答える。
「はい。大魔法を使用した波動の余波があります。こっちです。」
幸か不幸か休日のために冒険者の姿が見えない。
件のデュラハンのせいもあるかもしれない。痕跡を探すのは比較的容易だった。
途中、邪魔をする魔物達を私達は素早く片付ける。
事前のミーティングのおかげか、順調に進んで行く。
そして私達はそこへたどり着いた。
皆が一様に息を吞む。
そこに広がっていたのは惨状だ。
地獄絵図。
たしか血の池地獄というものがあったと思う。それを彷彿とさせる光景だった。
池の中心には奇妙に青黒く脈打つ巨大な鎧。ただし、跪いて動かない。
私達は周囲を見渡すも、あまりの光景に動揺してしまっていた。
「嘘……だろ」
特にグランさんの動揺が酷い。恐らく転がっている死体は知り合いなのだ。
私達もこれほどの光景を目にした者はいるかどうか。
気分が悪くなりそうなほどの死臭と絶望感の中、立っていられたのは緊張感のためだったろうか。
そしてグランさんは彼女を見つけた。
素早く走りよると抱き起す。
「おい、アンナ! しっかりしろ! 目を開けてくれ!」
私達は視線を合わせ、頷くとすばやく行動した。
散華ちゃん、ツヴェルフさんが警戒。私と師匠、アリシア先輩が回復魔法を唱える。
状態は酷い。
だが私達三人がかりなら!
そう思い私達は魔法に集中する。
「風よ──」
「清流よ──」
「光よ、この者に大いなる慈悲を高回復魔法」
修道女なだけあって師匠が一番回復魔法が上手い。なので私とアリシア先輩は師匠に合わせる。
光が彼女を包み込む。
そのまましばらくして……
ゴホッと咳き込んだ彼女は目を薄く開けた。
そしてグランさんを見つめると目を大きく開いた。
「……グラン! ……はは、まさか生きてるとはね。悪足掻きはしてみるものね」
「ああ。よく頑張った」
アンナさんが私たちにお礼を言う。
「貴方達が助けてくれたのね。ありがとう。でも今は逃げて」
「どういう事だ?」
「あの鎧の青黒い光。あれは傷を回復しているのよ。あの状態のときアレは動かない。それで皆油断して……」
「分かった。では皆、撤退しよう」
そこで何かに気づいた師匠が言った。
「……どうやら簡単には退かせてくれないみたいですね」
デュラハンの鎧の表面の青黒い光が赤黒く変わっていった。
それはゆっくりと動き出した。
そして……
「オオオオオオオオォォォォ!!」
雄叫びをあげた。
その凄まじい圧力に屈しそうになる。
だが何とか耐え忍ぶ。
「グランさんはアンナさんを! 私達が抑えます!」
「すまん。よろしく頼む!」
まだアンナさんは動けない。グランさんはアンナさんを抱えあげるとその場から退避した。
散華ちゃんがデュラハンへ抜刀して斬りかかる。
「ヤァあああああ!!」
キィーーン!
散華ちゃんの刀が甲高い音を立てて弾かれた。
散華ちゃんは通常の鎧程度なら容易く断ち斬ることができる。
それが弾かれたのだ。
「硬いなッ!」
デュラハンがお返しにとばかり大剣を振るう。
散華ちゃんが横へ飛び躱す。
同時にツヴェルフさんが反対側から長剣を引きずりつつ下段から斬りかかった。
上手い連携だ!
ガンッ!
ツヴェルフさんが放った一撃は鎧を揺らした。
しかしツヴェルフさんは止まらない。
ツヴェルフさんはその華奢な身体からは想像もつかない重い一撃を放ちまくった。
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
高い金属音を立てつつ、デュラハンを押している。
「凄い力ですね」
「うむ」
皆驚いていた。ツヴェルフさんが戦う姿は初めて見るからだ。
どこにそんな力があるのかと不思議に思える。自動人形故なのだろうか。
デュラハンは苛立ったように大剣を横薙ぎに大振りした。
それを長剣でガードしながらツヴェルフさんは後ろへ飛んで躱す。
そこで私はここぞとばかりに攻撃魔法を撃ち込んだ。
「其は蒼き炎帝の咆哮 其は青き太陰の火炎 蒼炎よ青の書の盟約に従い我が敵を滅せよ」
「『蒼炎嵐舞』」
蒼炎が巨大な鎧を包み込み炎上した。
後方の離れた場所で、アンナさんがそれを見て驚いている。
「!? あれが、蒼炎!」
「オオオオオオオオ!!」
鎧がガシャリと膝をついていた。
「やったのか!?」
それを見てグランさんは叫んでいた。
†
先ほどから目の前を光が舞っている。
「ヒカリ! ヒカリダ、アレヲ、コノテ二!!」
ついに見つけた! あの光が欲しい!
だがそれを周りが邪魔をする。
「オオオオオオオオォォォ!!!」
その鎧は咆哮した。
邪魔をするなと泣き叫んだ──
†
「まだだ!!」
そう叫んだのは散華ちゃんだった。
「オオオオオオオオォォォ!!」
巨大な鎧は咆哮をあげながら手を伸ばす。散華ちゃんに向かって。
散華ちゃんは躱すも不審に思う。
「何だ? 私を狙っている?」
攻撃というより捕まえようとしている様子だ。だがそのせいで後ろが、がら空きだ。
ツヴェルフさんは叩きつけるように長剣を鎧の背後から打ち下ろした。
ズドオオオォォォオン!!
凄い音がしてデュラハンは倒れた。
鎧に走っていた赤黒い光は消え、もはやピクリとも動かない。
「まさかアレに勝ってしまうなんて……なんて子達なの……」
「本当に凄いな……だが、何か様子がおかしかったように見えたが……。まあ、勝ったならよしとするべきか」
グランさんに支えられながら立ったアンナさんが、グランさんと話していた。
皆が安堵していた。
それが油断になっていた……
ゆらりと巨大な影が差す。
「きゃああっ!!」
気付いた時には鎧の手が散華ちゃんを掴んでいた!
「なっ! 散華ちゃんっ!?」
馬鹿な!? 既に魔素も感じられない。生きているとすれば、それはもはや執念と言わざるを得ない。
私が驚いていると鎧が叫んだ!
「オオオオオオオオォォォ!!」
即座に宙空に浮かんだ魔法陣から首なしの馬が飛び出す!
「!? 召喚魔法?」
皆の驚きを表すように師匠も驚いていた。
何処にそんな力があったのか、デュラハンは転がるようにその馬に飛び乗るとそのまま逃げ去った。
「散華ちゃんが攫われた……」
私はただただ呆然として、そう呟いていた。




