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青の魔女  作者: ズウィンズウィン
第三章 魔窟編(上)
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監獄

 アストリア王城内、その会議室では重苦しい空気が充満していた。


「またしてもアルフヘイム軍が襲われたらしい。各自、更なる警戒を。敵は確実に近づいている」


 上座に座った散華は皆に注意を促す。

 いつくるか知れない脅威に若干の気の緩みが見え始めていたためでもある。


「アルフヘイム軍はすでにアストリア国内に入ったため、迎えを遣わしています。近くこの王都へ到着する予定です」


 加えて蓮華姉さんから補足情報が入る。

 それに関連して、いくつかの打ち合わせの後に解散となった。


「何にせよ、アリシア先輩とエリスにもうすぐ会えるな」


 それは朗報ではあったが、私の気分はすぐれなかった。師匠の事をはじめ、様々なわだかまりのようなものが溜まっていたのだ。


 私は会議室を出て借りた部屋に戻るが、それに従うように護衛の兵士がついて来る……

 護衛といえば聞こえはいいが、それは監視とほぼ差はない。実際、目を離すなと言われているのかも知れない。

 私は今、それを身をもって知ることになっていた。


 部屋の中では一人になれるが、護衛兵は扉の外で待機している。

 私はベッドへ倒れるように転がると、つい愚痴を漏らす。


「こう四六時中監視されていては息が詰まるな……よく散華ちゃんは耐えられるな……慣れか?」


 ベッドへ寝ながら辺りを見回す。

 ぼんやりと見た先は王城の権威を保つための調度品だ。

 それもまた私を酷く落ち着かない気持ちにさせるのだった。


「触って落としたら怒られそうだ……」


 私はその部屋で一人、憂鬱な気分に陥っていた。正確には一人ではなく、ゴーレムさんと一緒だ。

 ツヴェルフさんは本来の仕事に戻っている。近衛騎士団副団長の仕事だ。


「出かけても護衛がついてくる……」


 目の前にはゴーレムさん……ツヴェルフさんの協力のおかげで、今では簡単なことなら自動制御に至っていた。


 それを見ながら、ふと思いつく……


「……ちょっとだけなら」


 一度、部屋を出て護衛の兵士さんにしばらく休む事を伝えておく。

 それから部屋へ戻り、置手紙をゴーレムさんに張り付ける。

 ゴーレムさんをベッドへ寝かせて、私は窓へ向かう。


 窓辺でこっそりと無詠唱で蔓を創り出す。拘束魔法の応用……というよりそのままだ。城壁を拘束してそれを伝ってそろそろと降りて行く。


 護衛の目を盗むようにして、私は王城を脱出した。


「脱出できてしまった……大丈夫なのだろうか……」


 王城ではあるが、元が魔導学園なので大抵の部屋は魔法が使えるようにしてある。

 もっとも散華ちゃんの居室など重要な場所は相応の対策が施してあった。


 安全面に多少の不安を残しながら、私は見つからないようにコソコソとその場を離れるのだった。



 †



 部屋を護るように護衛が配置されている。その扉の前に国王陛下が立っていた。

 ソニアの会議での様子が少しばかりおかしい気がしたので、心配して見に来たのだ。

 護衛の兵士は敬礼をして迎える。その兵士に散華は問う。


「ソニアは中か?」

「はい。お休みになられるそうです」

「ん? こんな時間にか?」

「お疲れなのかと……」

「そうか……無理もないが、一応様子を見ておこう」


 それは直感だったのか……長年の付き合いで、なんだか嫌な予感がした散華は入室した。


 寝てはいた。ゴーレムがベッドで……

 そのゴーレムには「探さないでください」と張り付けてある。


「あいつはまた!? 先刻、会議で注意したばかりだろうが!!」


 その部屋では護衛の兵士が驚く中、散華の怒声が響く。


 それに同情するように、ベッドから起き上がったゴーレムは散華の肩を叩くのだった……



 †



 暗く冷たい牢獄は心まで凍えさせるかのようだ。

 鉄格子越しに挨拶をすると突き放すような声を返される。


「ソニア……何のつもりですか? 私は話を拒否したはずですが」


 私は師匠と対面していた。


 王城を抜け出してから気付いたのだが……自宅や知り合いのところではすぐに連れ戻される。だからといって街をぶらついていてはあまりにも無防備だ。


 つまりは行く当てがなかったのだ!

 迷った末に出した結論は師匠に会うことだった。やはりあの別れ方では気になって仕方なかったのだ。

 幸いツインテール事件のせいで来たことがあったため、守衛さんは中まで通してくれた。


「師匠が監獄に居るのが悪いのです}

「……どういう意味ですか?」

「しばらくは会うまいと思ったのです」

「それがなぜ?」


 師匠はちゃんと話を聞いてくれる。

 それが嬉しくて、私は鉄格子越しに懺悔(ざんげ)するような気持で伝える。


「師匠が監獄に居るからです! 欲望が抑えられなかったのです!}

「……」


 素直な気持ちで伝える。まるで心が洗われるようです。


「手枷をしましょう! 首輪もあります!」


 借りてきた手枷と首輪を見せる。私は清い心でお願いをする。


「……怒りますよ」

「すいません」


 師匠は冷ややかな目で拒絶した。

 

 ぐぬぬ……だがここで引きさがっては……借りるのにちょっと苦労したんだ!

 不審な目で見られたのを誤魔化すのに大変だったんだ!

 その想いが私を勇気づける!


「こんなチャンス二度と無いかも知れないんですよ!? せめて首輪だけでも!」

「なんのチャンスですか!? 本当に何をしに来たんですか?」

「遊びに来たんです! 監獄プレ……あ、違った。尋問だった」

「今……言い切りましたね」


 確かに諸々の鬱憤が溜まっていた点は否定できない。

 ふう、と私は一息ついて次の言葉を切り出す。


「わかりました。懺悔します」

「ここで!? ……いえ、聞きましょう」 


 驚きながらも、職務に忠実な師匠は聞かざるを得ない。

 私は迸る熱い想いを伝える。


「師匠を尋問しながら弄びたいです!」

「最低ですよ!? 聞かない方が良かったのですが!?」 


 それから師匠は黙ってしまい……結局、どちらも着けてくれなかった。

 無念である!


 しかし、師匠に懺悔? を聞いてもらったおかげか、私は先ほどまでの憂鬱さが吹き飛んでいた。

 師匠に「また来ます」と別れの挨拶を告げて、私は帰ることにする。

 やはりいきなりはハードルが高すぎたか……次の機会を待つのだ。

 

 そうして石造りの廊下を歩いていると、手に持った物にふと気づく。


「あ、しまった! 手枷と首輪を返さないと!」


 はて、どこに返せばいいんだ? 私はどこで借りたのだろう? 確か、倉庫みたいなところだったか……

 とりあえず勘を頼りに適当に歩いてみる。

 むう、さすが監獄……結構入り組んでいるな……


 小一時間ほど歩き回って探した結果は……


「……迷った」


 適当に歩いたのがまずかったのか、私は方向を完全に見失っていた。

 どうしよう……と辺りを見回すと丁度、兵士さんが巡回に来ていた。

 その女兵士に声をかける。


「あの、すいません道に迷ったんですが、出口はどこですか?」

「出口? そんなもの教えるわけないだろう? 監獄なんだから」


 むっ……守秘義務か?


「では出口に連れて行ってもらえませんか?」

「なんだ? おまえ、手枷を外してるじゃないか! 首輪も!?」

「いや、これは借り物で……。私は道に迷っただけで……」


 弁明したのだが……


「人生の道に迷ったってか? ここにいるやつらは皆そうさ……」


 哀愁たっぷりにそう言い切る女兵士。

 しまった! この女兵士、変な人だ! 話が通じない!


「では、私はこれで……」


 関わらないように逃げようとしたのだが……


「待て。連れていってやる」

「え、あ。ありがとうございます!」


 なんだ……話が通じない人かと思ってしまった。ちゃんと聞いていたらしい。

 なぜか女兵士は私に近づいて首輪と手枷を奪い取る。

 確かに借り物ですけど……奪い取らなくても……と思っていると。


 ガシャン! と私の手と首に枷がはまっていた。


「……どういうこと!?」


 わけが分からず私は混乱する。


「ついて来い!」


 んん? まあ、ついて行けばいいか……いいのか!?


 激しく不安だったが……道に迷った私は言われた通りついて行くしかなかった。



 薄暗い通路をとぼとぼとついて行きながら、やはり場所はわからない。

 女兵士は無言で先を歩く。とても話しかけられる雰囲気ではない。


 それを見ながら私は師匠のことを考えていた。

 今、師匠に何か伝えたところで上滑りするだけだ。結果が伴わず、口だけになってしまう。

 師匠と断罪の剣は切り離さなくてはならない。

 その機を待つ……


 そんなことを考えながら兵士さんについて行くと「入れ」と言われる。

 む、もうついていたか……

 

 そうして鉄格子をくぐって中に入ると……

 ん? 鉄格子? 

 おかしいと気づいた時には後ろでガシャンと音がしていた。


「アレぇ……?」


 そこはどう見ても出口ではない。


 え、ちょっと!? 閉じ込められた?


 混乱しながら辺りを見る。

 そこは独房らしい。

 目の前に師匠が驚いた顔で立っていた。

 振り返ると、女兵士さんは謎の言葉を残して去って行くところだった……


「お前はまだ若い。いくらでもやり直しはきくんだ……この女に面倒をみてもらえ」


 何のやり直し!? 


 私が驚いている間に女兵士さんは去ってしまった。

 私は戻ってきました……


「ただいま?」

「どういう事ですか……?」


 師匠の冷めた視線が突き刺さる。


「私の方が知りたいです……出口まで連れて行ってもらおうとしたら、何故か師匠の許へ」


 そう説明する私は手枷と首輪をしていた。それを師匠に冷ややかに見られながら……


「普段の行いのせいですね……」

「ええっ! どういうことですか……!?」

「大方、その手枷と首輪を持ってうろうろしていたのでしょう?」


 的確!? これが相思相愛の力か……


「言われてみれば確かに……でも返そうとしただけで……」

「捕まりますよね」

「うぐっ……正論。だが、そうだとしてもあの女兵士も十分変だったはず!」

「相乗効果でしょうか……」


 相乗効果って……さすが私の認めたクール美女……


「それで……どうするのです? 明日まで巡回はもう来ないでしょう」

「まあ、いいか……師匠と泊りだと思えば楽しめる!」

「本当に何しに来たんですか……」


 少し出るだけのつもりが……心配かけているだろうかと気にはなったが、この際割り切るしかない。

 そうして師匠に色々とちょっかいをかけては、あしらわれつつ過ごす。


 その後、私は背中を向ける師匠に抱き着くようにして寝た。

 その点に関しては女兵士に感謝しておいた。


 ただ、首輪と手枷が寝苦しい……

 鉄の鎖がガチャガチャと鳴ったが、師匠からは「自業自得です」と言われて外してもらえなかった。

 くっ、これが逆だったら……と思うと非常に口惜しい!


 私達はお互いにあえて断罪の剣については触れなかった。

 師匠はともかく、私は一緒に居られるのが嬉しくてそんなことはどうでも良かった。


「女神よ……これは一体どういう試練なのですか……?」


 ただ、師匠はそう、悩まし気にしていた……。悩まし気な師匠もよかったです。



 一夜明けて、目覚めると師匠はすでに起きていた。

 気づけば私の手枷と首輪は外れていた。寝ている間に師匠が外してくれたのだろう。

 その師匠は何か疑念があるのか首を傾げていた。


「おかしいですね……いつもならこの時間には巡回が来ているはずですが……」

「そうですか……何かあったんですかね? 見に行きましょうか?」

「ええ? ですが……」


 私は牢の扉を調べてみる。どうやら隷属の首輪と同じ仕組みの様だ。


「なら開くか……」


 ガシャンと音がして扉は開いた。


「えぇ……私も開錠は習わされましたが、これほど鮮やかに……」

「私、脱獄系女子ですから……」


 私がそう悪い女ぶってみると、師匠にはスルーされました……


 それはともかく、今回は巨大蜘蛛が来たわけではないはずだ。

 しかし、確かにあの時と同じような不穏な空気らしきものを私も感じとっていた。


「まさか、私が監獄に入ると何かが起きるとかじゃないだろうな……」

「何ですか、その嫌なジンクスは……」


 師匠は呆れながらも、その表情には真剣さが表れていた。

 そうして私達は状況を探るべく、鉄格子の外に出てみる。

 通路の奥に人の気配がした。


「あら、もう出てしまうのかしら? ずいぶんと楽しそうな様子でしたが?」


 そう声をかけてきたのは私の知らない女だった……



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