ヴィアベル
アルフヘイム軍は事後処理にあたっていた。簡易的な死者の埋葬と祈りだ。
本格的に行えば疲弊してしまい目的であるアストリアへ向かうことすら難しくなってしまうため、あくまで簡素なものだった。
そんな中、アルヴィトは女王陛下へ報告をしていた。
「被害状況は?」
「はい。小隊の半数ほどが討たれました。村の方は壊滅です。生存者もいませんでした」
「そうか……だが、あの規模の被害にしては最小限にとどまったと見るべきであろうな……」
「犯人を追いますか?」
アルヴィトの問いに、少しだけ考える素振りを見せた後、女王は答えた。
「いや、向こうもそう簡単には立て直せないほどの被害を受けているはず。それに追えば同じことをされる危険性がある。今は先を急ぐ」
「了解しました」
それらはほぼ確認のためだった。長年のやり取りで以心伝心のように伝わっている。
「やはり狙いは七識の書か?」
「はい。そのようです」
「ならば追っては来るのだろうな。後方から襲われる可能性は?」
「……無いでしょう。本隊を相手にできるほどの数がいないための奇策だったと思われます」
「わかった。ご苦労だった」
アルヴィトは恭しく一礼して、戻って行く。
それを見送る女王はため息をつかずにはいられなかった。
「こう毎度、被害が出てはさすがに選択を誤ったかと思ってしまうな……」
後ろに控えるブリュンヒルデはその苦悩に何も応えることができなかった。
†
アウラとグレイスは監視下で限定的に自由を許されていた。この場限りというアルヴィトのはからいだ。
それには双樹将軍の後押しもあった。自身と似たような境遇に思うところがあったのだろう。
目の前にはかつて暮らした修道院。焼け落ち、魔物に踏みつぶされ、瓦解し廃墟と化した。
そこに眠る遺体はもはや掘り出すこともかなわない。
修道院の残骸という巨大な墓標に、二人は近くで摘んだ野花を捧げ祈りを捧げる。
「失ってはじめて己の過ちを知るとは……我々は愚かですね」
「それだけ必死だったのさ……」
グレイスを慰めるアウラだったが、二人は痛みに耐えていた。
「これで終わりではないぞ!」とヴィアベルは言った。あの凶悪な笑みは忘れることはないだろう。
しかし、二人はアストリアで牢獄へ入ることが決まっている。それを知って言ったとは思えないが……
「やはり私達の口封じも目的の一つだったということでしょうね」
「アストリアの牢獄でも狙われると思うか?」
「どうでしょう……ですが、たとえ何年かかろうともヴィアベルだけは討ちます」
「ああ……そうだな」
復讐を果たすなどという気持ちにはなれなかった。自身も復讐を果たされてもおかしくない身だからだ。
そこまで厚顔無恥にはなれない。……なってはいけない。
だが、そうした思いとは別にヴィアベルだけは野放しにしてはならないと強い予感のようなものがあった。
「全てを終えて、生きていたら帰って来ましょう。そしてちゃんとしたお墓を建てます。だから今はこれで許してください」
グレイスのその姿は紛れもなく修道女だった。アウラもそれに寄り添う。
「なら、生き残らないとな」
「ふふ。そうですね……」
二人はそう決意するとその場を後にした。
†
遠くアルフヘイム軍の大部隊が移動するのが見える。
「チッ……さすがに追っては来ないか……。決戦はやはりアストリアかねえ……」
そう吐き捨てるように言ったのは、事を起こしたヴィアベルだ。追ってきたら同様にして罠にかけるつもりだったが、当てが外れてしまったらしい。
ヴィアベル一党は森の中を隠れるように逃げていた。だが、逃げるまでに甚大な被害を受けていた。
周りでは修道女たちが怪我で苦しむ仲間の治療に当たっている。
それを脇目に見ながらヴィアベルは次にどうするか思案を重ねるのだった……
「アストリアか……できればここで手柄の一つでもあげて終わりにしたかったが、仕方ないか」
ヴィアベルですらあの教主様には苦手意識があった。何かがあったわけでもなかったが……
それはヴィアベルの直感が、本人すら知らずに畏怖させていたのかもしれない。
「その前に本隊に合流か……」
アルフヘイム軍への背後からの奇襲や、夜討ちなども検討したがどれも大した戦果には繋がるとは思えなかった……
エルフの察知能力の高さがそれらを阻む。逆にこちらが追い詰められそうだ。
先の村での一戦でも、本来なら奇襲するところだったが……それを未然に防がれるほどの察知能力だった。
嫌だが仕方ないとあきらめて、本体への合流をすることにする。
「結局失敗だしな……怒られるだろうなぁ……」
それを考えると逃げたくなるヴィアベルだった。
そう方針を固めていたヴィアベルの許へ一人の修道女が詰め寄って来た。
「ヴィアベル様! 先ほどの行為は一体どういうことですか!?」
「何がだ?」
「とぼけないでください! 村を焼き払ったことまでは、敵の隠れ家ということで我慢しましたが……仲間まで危険にさらすなど!!」
憤慨する修道女に……ヴィアベルは殺気を込めて一瞥する。
「まずは落ち着けよ……」
「うっ……はい」
途端に先ほどの勢いは消え修道女は怯む。
その肩に手をのせてヴィアベルは言い聞かせるように語った……
「先ほどの戦い劣勢に陥ったのは分かっているな? お前達が怯んだからだ」
「……申し訳ございません」
それは否定できない事実だった。二人の六剣聖、アウラとグレイスを知るがゆえに恐怖したのだ。
「いや、責めているんじゃあない。退避するにはあの方法しか思いつかなかった。許せ……」
「……ヴィアベル様」
まるで演技をするように大仰に話すヴィアベル。実際、演技かどうかは本人しか知らぬことだ。
しかし、それに感銘を受けたように修道女は跪いて頭を垂れた。
「頭を下げる必要は無い。お前達も不満があるなら言うがいい。かなえられるかどうかはわからないが、善処はしよう」
その言葉を聞いて恐る恐るといった風に、一人の修道女からも声がかかる。
「あ、あの……」
それは憶病そうな修道女だった。おそらく新兵だ。わけもわからず連れて来られたのだろう。あの状況下でよく生き残れたものだ。運だけは良いのかも知れない。
「恐れることは無い。言うがいい」
「はい! あの怪我人を避難させたいのですが……」
「ふむ……」
ヴィアベルは考える。
実際それは、都合が良い。怪我人を連れたままでは進軍速度は落ちる。
かといって殺してしまっては反感を買うだけだ。こいつらも自分より腕は劣るとはいえ、暗殺者だ。
寝首をかかれないとは限らない。恐怖で従わせられるのは所詮、一瞬だ。
逆に願いを叶えれば感謝され、士気も上がるだろう。
ちゃんと考えてくれていると思わせることが重要だった。つまりは良いことずくめだ。
「良いだろう。ではお前とお前、護衛にあと二、三人連れて帰還しろ! すまないが、現状これ以上は割けない」
「はい! ありがとうございます!」
先ほど不満を述べた修道女と憶病な修道女を隊長、副隊長に選び、退避部隊を編成させる。
ヴィアベルは狡猾だった。傍から見れば名将のように感じたことだろう。
言われずとも足手まといは切り離すつもりだったが……願いを叶えさせるという形式が重要だ。
ヴィアベルは立ち上がると宣言するように言った。
「我等はアストライア様、ひいては神々の意思の下に行動している。それを努々忘れるな!」
「「ハッ!」」
最後に引き締めるのも忘れない。舐められてはそれこそ瓦解しかねない。
名将ように見事な手腕で軍を再編させるヴィアベルだった……




