やはりクズはクズだ
仲間さんこと、人買い奴隷商人のナナカマド視点です
俺は奴隷を売買している。
この職を選んだのは稼げるから、それだけだ。特別、何の信念だとか理由だとかがあるわけじゃない。子供をよく取り扱うのも、口減らしとかで安く買え、愛玩具とかで高く売れるからだ。暴れられても簡単に取り押さえられる。割のいい商売だ。
この仕入れのコツは、長くいさせればそれだけ金もかかるから、注文があってから仕入れて、余ったら労働力としてまとめて売り払い、長く保持しないことだ。多少安くても、売れる時に売る。そうして俺は稼いで来た。
ただ、いつも注文があったときに仕入れられるわけでもない。だから一定数所持していることになる。このあたりは仕方ないことだ。
この日は売りたい、という要望があったので買い取りにきた。五歳の女児だから、着飾らせれば変態爺に売れるだろうと見込んでの買い取りだ。
買い取り先は貧困した集合住宅で、その家の子供は二人いた。
幼いからか汚れているからか、よく似た二人の女児。
俺はその二人のうち、見栄えのよさそうなほうを指して、この子か、と聞いた。水でも浴びたのか、少しはマシな格好だったからだ。
「一時間ください。必ず帰って来ます。最後に一時間だけ、時間をください」
そうしたらそのガキがそんなことを言い出した。
一時間以内に帰ってこなかったら妹を身代わりにする、とか言ったが、妹を置いて逃げる気だろうと思った。
そういう腐った根性と強かさは嫌いじゃない。妹を連れて行ってお前を見逃すと言えば、戻ってくるから自分を連れていけという。一時間を少しでも過ぎれば自分は自発的について行く、つまりただで売られるとまで言って。
到底信用ならないから断ったが、次は何を言い出すのか楽しみにもしていた。どんな交渉をしてくるんだろうか、と。
そうするとガキは期待を裏切ることなく、
「お願いします、高値で買い取って欲しいものがあるんです」
と、利用されろ、と言ってきた。
面白い、と思った。
そのガキが持ってくる物ではなく、そのガキ自身を反保にして外に出させた。仮にそのまま逃げられても、ここまで楽しませてもらったから構わないと思った。
――まあ双子とか聞いたからには、妹のほうも買ったが。双子はセットで良く売れる。
そうこうしていたら一時間よりもはるかに早くガキは戻ってきた。
その手には、――魔物の角があった。
魔物の体の一部は、たとえ毛の一本でも高値で取引されている。こんな綺麗で立派な角なら、ここの家族が十年は遊んで暮らせるぐらいの財産になる。場合によっては俺の全財産でも買い取れないかもしれないほどの逸品だ。
それでもここの家族は価値がわかっていない。安く買い取ろうとしたら、……クズガキが煽りに煽って値を釣り上げ、結局金貨十枚も持っていかれた。本当は軽くその十倍以上は出さないと買い叩きすぎだが、ガキはそれでいいようだった。俺がぼったくったのもわかった上で、よしとしたようだった。
このガキは要注意だな、と思った。
儲けさせてもらったからお客様扱いしてやったら、馬車の中でも毒を吐きまくる。五歳児のくせに、大人顔負けの汚い舌戦を仕掛けてくる。
子供は売買している関係でよく見るが、この年でここまで賢いのは、俺の弟以来だった。
俺には一つ下の弟がいる。
弟は真正の天才で、一歳の差なんて易々と飛び越え、俺の先を進んだ。
すごいすごいと誰にでももてはやされた。
そこまでなら俺は卑屈になっていたかもしれないが、弟は人と接することが極端に苦手な性格だった。
親と話すのも逃げ腰で、歳が近く、兄である俺にだけ懐いて頼った。
だから俺も弟の外交役として存分に才能を売ってやり、そこで商売の楽しさを知った。弟を研究所に就職させて家から出なくても良いように交渉してやってからは、こうして楽しく金を稼いでいる。
……そういえばあれから会っていないが、あいつは元気だろうか。面倒役を派遣するように研究所に掛け合ってから別れたから大丈夫だろうが、久しぶりに顔でも見に行こうか。今まで自分が金を稼ぐことが楽しくて弟のことなんか忘れていたからな。弟にも奴隷は売ったが、直接会わずに使用人に取引に行かせたりしていたし。何しろ商売が面白いから仕方ない。
そんなことを思っていたら、屋敷に着いた。
ガキどもを、まず消毒と脅しのために、地下室に連れて行った。金を持っていたから丁重に扱うが、生意気なのは面倒だ。奴隷がひしめき合う地下牢を見て、精々従順になればいい。
地下室を見せると、妹のほうは狙い通り大いに怖がってくれたが、肝心のクズのほうは眉一つ動かさなかった。
どころか、自分たちがそんなところに入れられるわけがないとしっかりわかっていた。
むかつくガキだ、とますます思った。
ただ、風呂に放り込んで、奴隷の世話用の使用人の誰かにあいつらの世話をさせないと、と思っていたら、風呂から出て二人だけで俺のもとに来たのには、驚いた。
俺はこいつらに自分の場所なんか知らせていない。屋敷の案内もしていない。そもそもこいつらは五歳児だ。
二人で風呂に入れたにしても、しっかり体を清潔に洗えている。身なりまできちんと整えられている。
誰かが世話しないと出来ないと思っていたのに、自分たちで、恐らくクズのほうが面倒を見て、ここまでしたことに驚いた。
そうしていたらクズは何を勘違いしたのか、妹は可愛いだろう、と言い出した。
確かによく見れば可憐、というような容姿をしていた。隣の、良くも悪くも平凡で愛嬌のない顔のクズと双子だとはとても思えない。
この時、俺はこの双子をセットで売りに出すことはやめた。だが妹は高く売れそうな顔をしているし、クズのほうは頭が良いのである程度育てて高く売ろうと思っていた。
明日会えるなら話があるとか言うクズに、最後にどうして俺の場所がわかったのかとさりげなく毒を混ぜて聞くと、「地下に奴隷を飼ってるクズ野郎がいるのは、一番安全そうな部屋に決まってますから、わかりますよ。クズの道はクズですよ」と言われた。
確かに奴隷に反乱を起こされた時、屋敷を襲撃された時のために一番逃げやすく頑丈な部屋を自室としていてそこにいたが、それを一目で見抜いたのか?
このクズは間違いなく屑だと思った。悪党なんて言葉で生ぬるいぐらい、屑だと思った。子供を売買している俺以上の、屑だ。
翌朝、クズどもに朝食を要求されたが、用意がないと言うと、なら自分で作ると言い出した。
クズがどこまで出来るか試すために作らせてやると、クズは飯に家畜や奴隷の餌の芋なんか使って料理を作って、しかもそれが美味かった。
普通食べない芋の料理のことを常識のように言われたが、そういえばこいつらは貧民街のガキだった。あそこではこういうクズ野菜を食べているのかもしれない、と思い、その時は深く追及しなかった。
この後は一緒に食事などすることもなかったため、クズの料理を知らないままだったが、後々、その商品価値を見逃していたことに歯噛みすることになる。
朝食後、クズはまた外に出たいと言い出した。
駄目だと一度は断ったが、また面白いものを釣り上げてくるかもしれないので、今日だけだともったいぶって許した。小遣いも銀貨一枚持たせた。これでどれだけのことをしてくるか楽しみだ。
「あの、私はどうしたらいいですか?」
「簡単に屋敷の案内をした後は、好きにしていい。これから文字を覚えさせる予定だから、一応これを読んでおけ」
妹のほうは屋敷案内と文字の教科書を渡して放置した。その時は、顔が良いだけのガキだと思っていた。まさかたった一日でほぼ文字を習得しているなんて、思わなかった。
その後、二人の世話係としてガキを雇って、準備をしていたら、――クズが帰らない。
逃げ出したとは思わないが、遅い。
世話係を玄関前に立たせて待っていたら、夜、21時にようやく帰ってきた。
遅すぎる。ガキが出歩く時間ではないし、夜にもなれば魔物が活性化するのに何をやっているんだ。
その夜まで粘った成果としてはまた魔物の一部、今度は牙を持ち帰っていた。
こいつは一体何なんだ。……というか、注意したのか林に入ったのか!
これに関しては問答無用で拳骨を落とした。俺の資産の一部だという自覚があるのかこのクズは。
しかし、小遣いをそのまま返すようには思えなかったが、金の用途を一切不明にしたまま何倍にもして返して、しかもちゃっかり差額で自分たちの待遇の保証を要求して来た。
恐らく、それが本題だったんだろう。そのために外に出て、魔物の住む林を探してきたんだろう。命知らずな馬鹿な真似だが、この場合は非常に有効な手だった。ますますこのクズへの警戒が高まる。
だが、このクズは結局、屑でしかなかった。
本当に警戒すべきなのは、妹のほうだった。
すいすいと何でも出来るようになり、環境にもあっさり適応し、世話係とも友好関係を築く。
一度させたことはすぐに覚えた。その隣でクズのほうは何度か反復し、上手に覚えていたが、何もなしにぱっと覚えた妹のほうを見ていたら、天才なんて言えなかった。
クズはあくまで悪知恵がよく働く、単なる『異様に聡いガキ』で、妹は清廉潔白、正々堂々と『天才』だった。
世話係なんていらなかった。
一週間も経つ頃には、その現実は明らかだった。
不要になったら、無駄金を使いたくはない。一応、並み以上に賢く道理を理解しているガキどもに世話係を辞めさせることを話すと、……妹のほうが世話係を辞めさせたくないと主張した。
――その主張を無視するのは、躊躇われた。
ガキに情を移したとか言うわけではない。情を移す云々の話ならば、度々叩き潰したくなるが、同類のクズのほうが気が合う。
妹のほうは、この『天才』は、何を考えているのか読めなくて、最初会った時からすいすい変化して進んでいく姿は底知れなくて、悪寒がする。
その躊躇ったところを、クズに付け込まれ、世話係は雇い続けることになってしまった。
だから、せめて代わりに、クズのほうは弟にでも売ることにした。
天才の傍で世話を焼き、立ち回るクズは、まるで在りし日の自分のようだったから。
飯代は出したくないが、天才ではないとはいえ聡いガキを他所にやるより身内で確保しておきたかったから。
人付き合いも頭脳も容姿さえも、何もかも自分以上の妹と一緒にはいたくないだろうと思ったから――もし弟がこんな人間だったら自分は逃げ出していただろうから。
しかし、まあ言いくるめられて良いように嵌められて、苛立ってもいた。
どうせ商品ではなくなるんだし、このクズガキに精々怒鳴って怖がらせて憂さ晴らししてやろうと思った。
何もされないと油断しているところで、ドアを叩いて怒鳴ろうとしたら、
「っ!」
クズはびくっと怯えて、縮こまり、涙が飛び出そうになりながら、口を引き結んで耐えた。
気丈、というより強がりのようだった。
自分の商売を始めるからと別れた時の、一人で大丈夫だと言って手を振った弟のようだった。
……なんとなくばつが悪くなり、頭を撫でてやったら水に湧いたボウフラを見るような目で見て来た。やはりクズはクズだ。
そうこうしてクズを売りに出し、世話係と妹を屋敷に置くことになった。
妹はなんでも面白いように覚えた。愛嬌もあり可愛らしい。街に行かせても逃げ出さず、売られることも受け入れているようだった。
ただ、定期的に姉、つまりクズに会いたいと言った。
あんなクズで役に立たないようなやつにどうして会いたいのかと聞くと、妹は「姉だから」と答えた。
まるで、そう答えればいい子に見られると知っているような答えだった。
世話係も妹に入れ込んでいる。
俺は、少し妹から距離を置くことにした。
このままいると取り込まれるような気がしたのだ。
幸い、あのクズのおかげで今逃げられても損はない。最悪逃げられてもいいから、取り込まれないように立ち回った。こいつが弟のように天才で、あの小賢しいクズ以上に社交に長けているなら、ガキと思って侮ると痛い目を見るとわかったからだ。
こいつらが来て約半年経った頃、丁度弟の家の近くで仕事が入った。
世話係に留守にする旨を伝えると、妹がクズにと手紙を持ってきた。商品でしかない妹には留守にすることなど伝えていないのに。世話係にも、弟のところに行くことは伝えていないのに。
……そつのない行動と情報力、迅速な行動力にうすら寒いものを感じた。
それでも表面上は取り繕い、留守中も大人しくしてるように伝え、弟の元に行った。
そういえばクズは元気にしているか、弟は生きているかと一応案じたが、全くの杞憂だった。
別れる前に買い取った家は綺麗なままで、クズもしっかり働いていた。弟の対人能力のなさは相変わらずだが、毎日顔を合わせているクズとはうまくやれているようだった。むしろ久しぶりに会った俺に緊張していた。
……弟がクズ――今年六歳になった女児と一緒に風呂に入って寝ているのはどうかと思ったし、クズが竹を加工する技術なんて隠し持ってやがったのは予想外だったが、まあ上手く行っていると思っていいだろう。
クズはやはり独特の料理を作っていた。妹に確認したが、母親の料理には、クズが作ったようなものは出てこなかったらしい。どこで知ったのか、疑問は募るがまあいい。売った商品の価値を再計算しても無駄だ。一応、さりげなく弟から奪い返そうとしたが、弟は随分と気に入っているようで手放したがなかった。今ならもっと知識を搾り取ってやるんだが、残念だ。
そうそう、あのクズが生意気にも『家事しない』と脅してきたのでぶん殴ってやろうと思ったら、びくっと竦んだ。
暴力が怖いのかもしれない。俺がガキのころなんてさんざん殴られて躾けられたものだが、女で幼いし、殴られることも少なくて怖いのかもしれない。
だから猫だましで勘弁してやったら椅子から転げ落ちそうになったほど驚いてくれた。良い様だ。
しかしあの悪知恵は健在のようで、『妹に何かするならシモツケをどうにかする』と脅してきた。
言われるまでもなく、あんな女に何かする気もなかったし適当に適度なところに売るつもりだったが、弟を盾に取られるのは敵わない。クズの自覚はあるが、俺だって家族は大事だ。
クズに『そんなに警戒するようなクズを大事な弟のところに送っておいて今更兄貴面すんな、弟はもう自分の支配下だ』と笑顔で語られたのは殺してやろうかと思ったが、クズは引き際を心得ていた。
さらに、そんな脅しをしておきながら、クズは弟を案じ、親のように世話をしているようだった。好む食事を与え、栄養を与え、身なりを正し、清潔さを保ち、外との橋渡しをし、無理に出なくともいいよう守って。
下心は当然あるだろうが、誠実に、忠実に、弟に仕えていた。
だからこそ、弟もクズにあれほど懐いているのだろう。
クズのどこから仕入れたのかわからない知識、魔物の住処から二度も戦利品を持って帰った運、クズで良く回る頭。
それらを考えると妹よりよほど怪しいのに、あの妹に感じるような不気味さは感じられない。
妙な愛嬌があるせいだろうか、自分に似ているせいだろうか、ずけずけと毒を吐き合えて楽しいからだろうか。
奇妙なやつとは思っても、怪しいとまでは思わない。なんだかんだ弟に絆されてしっかり世話を焼いているのがわかったのも一因かもしれない。
弟は楽しげに、クズとの生活や、クズがどれほど助けてくれるかを自慢するように話した。弟が学問や研究のこと以外を、これほど楽しそうに話すのは珍しい。
懸念材料はあるが、まあ総合的に見て、クズを弟に売ってよかった、と思った。