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お返事は受信拒否、あるいは既読スルー

 私たちは自室が与えられたようで、物置ではない部屋に案内された。ベッドは一応二つあり、狭いながらもクローゼットと机が二つずつある、まともな部屋だ。

 人身売買業者だからこんな部屋があるのかもしれないけど、なんかナナカマドさんは甘い。私たちにお金をかけすぎている。

 それ以上の利益を見込んでいるからだろうけど、こんなの、養女を取ったのと変わらない扱いだ。


 「あ、竜胆! 遅かったね! 心配したんだよ!」


 机に向かっていたツツジが、部屋に入ってきた私に気付き、駆けて来た。

 名前の発音も、もう改めている。

 今朝の不安げな様子もない。

 「ごめんね」とか謝りながら今日教わったことを聞くと、屋敷の案内だけで、後は自由に遊ばせてもらったらしい。それで文字を覚えたらしい。

 ツツジにちょっと教わったが、ローマ字のようなハングルのようなものだったので、私もすぐに覚えられそうだった。


 「ツツジ、お世話係とかいう男の子、見た?」


 結局、ナナカマドさんは様子見を選んだ。世話係を解雇せず、現状を維持した。

 信じてないわけではないだろうが、疑いも捨てきれないようだった。


 「うん、チガヤさん、だよね。優しそうだったよね」


 ツツジははにかむ。確かに優しそうだった。それ以上はわからないけど、とりあえず殴ったりしないなら良い。私たちのほうが上の立場らしいし。


 その後、ご飯食べたりお風呂入ったりして寝た。

 今夜はもう別々のベッドで寝た。初夏だから、二人でくっついて寝たら正直暑い。

 さあ、これからどれだけ出来るか…。










 「チガヤを解雇にしようか考えている。お前らの意見があるなら聞いてやろう」


 一週間後、久しぶりに会ったナナカマドさんこと仲間さんはそう言った。

 だから言ったじゃん。


 私たちはあっと言う間に文字を覚えた。

 日本語の下地がある私にとって、それ似たような言語のこの国の言葉はとても覚えやすかった。五歳児で、何でも脳が吸収してくれるのも良いように働いた。すぐに何でも覚えてしまった。

 そしてその私とほぼ同じか、それ以上に早く覚えたツツジは、さすがだと思った。決してブスでも馬鹿でもないリンドウが、まるで出来損ないのように悲観してしまうほどの才能を持っている。

 世話という面でも、一応元成人女性の経験もある私は当然だが、ツツジも賢く、やってはいけないことなんてやらない。おねしょなんて鼻で笑う。食事の仕度だって私が出来ちゃってますけど状態。そもそも仲間さん宅の使用人たちがいるから、朝食以外で家事をやる必要もないんだよね。


 つまり、チガヤくんを雇う理由がどこにもない。

 かろうじて利用価値が残った勉強面に関しても、字が読めるようになったら本が読める。本が読めたら、私たちは勝手に学ぶ。最初だけ仲間さんがさらっと教えて、あと質問を受け付けるだけで済む。その程度の手間しかかからない。それ以上に学ばせるなら、チガヤくんじゃなくて専門の人間を連れてきた方がいい。


 だから情が移らないうちに解雇にしろって言ったのにさー、私たち二人いるから話し相手とかもいらないのにさー。


 「一週間前の提案のお返事ですか? 迅速で何よりです」


 とりあえず私は笑顔で毒を吐いておいた。女は愛嬌、完璧な作り笑いが瞬時に作れる調教された幼女ですのことよ。

 仲間さんは唾でも吐きそうな顔で見下してきたので、頬でも染めて照れてあげた。こういう顔色とか表情を瞬時に操れるのは山田花子(仮名)の訓練の賜物だ。あの詐欺師、意外と役立つスキルを持ってる。


 まあ私はこんな調子だけど、問題はツツジだ。


 「私は、チガヤくんも一緒にいて欲しいです。駄目ですか…?」


 うるっと上目遣いでおねだりするツツジ。

 可憐すぎる幼女にこんなしぐさをされ、さすがに眉を寄せる仲間さん。ロリコンとは言わないでおいてやる。ツツジのこの愛らしさはもう兵器だ。本当に私と双子なのか怪しくなる。


 「…おい、クズ」


 おっと、仲間さんから救難信号だわさ。


 「私はいてもいなくてもいいですよ。仲間さんが自分のお金で自己満足のために雇うんですよね?」


 お返事は受信拒否、あるいは既読スルーだけども。

 大方私にツツジの味方をさせ、いい感じに交渉させ、落としどころでも探って、最終的にツツジの願いを叶えさせようとしたんだろう。

 甘いとしか言いようがない。

 私はそんなことをして自分の借金を上乗せする気はない。

 仲間さんは糞に集る便所蠅を見るような目で私を見る。私はギャンブルで負けて破産した負け犬を見るような目で見つめ返す。仲良く見つめ合って、なんてロマンチックなのかしら。


 「ねえ、竜胆、竜胆からも頼んでよ」


 とか思ってたらまさかツツジに声をかけられた。なんだと。

 仲間さんが鼻で笑う。おのれ、おのれぇ…!


 「ツツジ、でも私たちにそんなお金出して、なんて言えないよ。仲間さんのご厚意で売られないでいるけど、私たち、商品なんだよ?」


 だが負けん! 私はまだ若造には負けんぞ!

 『私は金を出す気はない』『雇うなら仲間さんの財布からだ』を綺麗に言って、これ以上ツツジが矛先を私に向けないようするとともに、敵を失った矛先をそっと仲間さんのほうに誘導する。


 「そっか…そう、だよね…」


 ツツジがしゅん、と肩を落とす。そして実にさりげなく仲間さんに縋るような目を向ける。上手い、この子媚びるの上手いよ!

 ならお姉ちゃんも頑張らないとね、と目を伏せる。


 「私は、ツツジと一緒にいたいよ。だから一緒に良い人に売られるように頑張るけど、…チガヤくんのお金まで面倒見るのは、無理だよ。ごめんね、ツツジ…」


 さあ、これで『金は出さんが断るなら貴様は鬼だ』という雰囲気を作り上げてやったぜ。どうする仲間さんよ。

 仲間さんは盛大に顔をしかめて、私を夏場にアスファルトで干上がってる大量のミミズを見るような目で見て、


 「……チガヤの件はもう一度検討することにしよう」


 折れた。

 折れたぜこいつ。喧嘩じゃ先に一歩でも引いた方が負けなんだよ。ばーかばーか、負け犬野郎。


 「っやったねツツジ!」

 「うん! ありがとうございます、ナナカマドさん!」


 こうやって幼女二人に大げさに喜ばれて、後から「やっぱ解雇」とか言えないだろ。純粋に喜ぶツツジを横目に、狼狽する仲間さんに向けて、ニヤァと笑ってやった。

 『このクソガキ…!』って射殺すような目で睨まれたけど、すぐに目を離してツツジと一緒に喜んだ。先に譲歩したお前が馬鹿なんだよ。これだから日本人は…。あ、こいつ日本人じゃなかったやイッケネ☆

 内心高笑いする私に、頭上から声が落ちてくる。


 「ただし竜胆、聞きたいことがあるから来い」


 やったぁ、お仕置きの予感。


 「ツツジも一緒じゃ駄目ですか?」

 「駄目だ」


 鬼め。こんなの可愛らしい悪戯だろう。そんな目くじら立てて怒らなくてもいいのに。私とツツジが予想外に賢くて手がかからなかっただけで、通常ならお世話係代は必要な出費なのに。私とツツジが賢いから現状は無駄な出費で、それを削るのは商人としては当然のことだと思うけど。


 渋々ついて行って、仲間さんのお部屋に入った。仲間さんが入って、私もその後ろから入って、


 ――瞬間、ドアを殴られた。


 何をされたのか理解するまで数秒かかった。

 入ってきたドアを、閉めた瞬間に、バンって叩かれた。

 仲間さんがドアを叩いて閉めたんだ。目の前にいる。大きな男の人。殴られたら、すごく痛かった。大きな音がした。今も頭上から見降ろされてる。さっき、怒ってた。上、見れない。殴られ、る?

 びくっと、反射的に体が竦んだ。

 反射的に、だ。

 怖い、なんて、言えない。見せられない。

 だから唇を引き結んで、涙を零さないように見上げた。こんな、反射的に出そうになった涙なんて涙じゃない。こぼれてないから泣いてない。怖がってない。ビビってない。

 私はお前なんか怖くない、と、強気に見上げる。


 「……」

 「わっ?」


 すると頭に大きな手が乗った。その腕の向こうで、仲間さんがにんまりと笑っている。


 「びっくりしたか?」


 ……向う脛蹴っ飛ばしてやろうか。


 「良いご趣味ですね、幼女を驚かせるのは楽しいですか?」

 「クズガキには必要な制裁だ。ちゃっかり人件費たかりやがったんだから、このぐらいの意趣返しはさせろ」


 仲間さんが椅子に座り、顎をしゃくる。私も促されるまま対面の椅子に座る。さすが、ふかふかの良い椅子だ。現代日本の椅子より上等かもしれない。このクズ、阿漕な商売とぼったくりで、どれだけ人を泣かせたんだか。


 「私はチガヤさんが解雇されても構いませんよ。妹が五月蠅いだけです」

 「黙れ裏切り者」

 「裏切るも何も、最初から手組んでませんし」

 「このクズガキ…」

 「それで、何のお話ですか? 脅かしたかっただけなら、ツツジにあることないことばらしますよ」

 「やめろ」


 おや、仲間さんは随分とツツジにご執心らしい。そういえばさっきもツツジの要望通そうとしていたし、ホの字なのかもしれない。これでツツジが十も歳が上ならくっつけてやるのに。そういう下世話な真似、大好き。

 ロリコンと罵ってることがわかったわけでもないだろうが、仲間さんは苦々しそうに口を開く。


 「……お前らの売り先のことだ」


 おっと、これはふざけていられない。


 「もっと育ててからにすると思ってました。随分と良い待遇ですし」

 「ああ。ツツジは確かに、お前の言う通り、破格の買い物だった」


 でも私は違う、と。

 わかってるよ。

 五歳の今でも、リンドウだった時から、もうしっかりわかってるぐらいだ。

 嫌になるほど、わかってる。


 「で、どこの変態爺のところに行けばいいんですか?ご用命いただきましたら、どこにでも売られますが?」

 「俺の弟だ」


 弟?

 眉を寄せると、仲間さんは「弟だ」ともう一度繰り返した。


 「丁度弟が実験用に若いガキを寄越せと言ってきているから、そこに売る。五歳は若すぎるから文句を言われるだろう。その時に上手いこと言いくるめて小間使いにでもなれ。でなければ実験台として殺されるぞ」

 「一週間程度ですがここまで上等な扱いをして、実験台ですか? なら、変態爺に売ったほうが利益がでません?」

 「お前の持って帰った魔物の角と爪で十二分に利益が出ている。今、俺が必死に働いていないのも、お前らも待遇が最初からいいのも、そのせいだ」


 おやまあ、賢いからかと思ってたら、私が利益を出してたからなのか。

 仲間さんは「利益を出す奴には相応の対応をする」と言った。私たちは『商品』というより『お客さん』だったのか。だからこんな好待遇なのか。

 なら…。


 「このままツツジと暮らさせて、適度な年齢に育ったら売るんじゃ駄目なんですか? 私と無理に離せば、ツツジは泣きますよ」

 「だから俺の弟なんだ。弟のところと言えば、売ったようには聞こえない」

 「私を売る必要というのは?」

 「ない。が、手元に置いても金を食うだけだ。だから売る」

 「また拾いものをするかもしれませんよ?」

 「生憎、一攫千金は狙わないタイプだ」


 駄目か。じゃあ、仕方ない。


 「チガヤさんは雇ってあげてくださいね。一人になったら、ツツジは寂しがるでしょうから。あれでも寂しがり屋さんなんですよ?」

 「善処しよう」

 「じゃあナナカマドさん、お世話になりました。明日までにツツジに言い含めて売られる準備を整えておきます」

 「ああ」

 「じゃあ…」


 席を立ち、扉から出ようとしたら「竜胆」と声をかけられた。

 振り返る。

 仲間さんは椅子に座ったまま、私のほうを見ないままだ。


 「俺はお前が俺に似ていると思った。だが、今は弟に似ていると思う。――多分、お前なら気に入られる。達者でな」


 表情を変えない仲間さん。笑いもしないし、悲しみもしない。


 「ツツジは売れますよ。きちんと育ててきちんと売ってくださいね」


 だから私も言いたいことだけ言って部屋を出た。

 短い間だったが、もうお引越しだ。


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