嬉し恥ずかし奴隷デビューです
「おい、クズガキ」
「何ですか、クズ好みさん」
「こいつがあったのはどこだ?」
人買いさんは馬車に私とツツジを乗せて、移動中に聞いてきた。
現在の位置関係としては、人買いさんが進行方向を向いて座り、私とツツジがその対面の席に二人で座っている。もっとこう、荷台とかに入れられるのかと思ったけど、ちゃんと椅子に座らせてくれてる。意外に人道的だ。
あと、馬車に乗ったのはリンドウと山田花子(仮名)の経験を合わせても初めてのことで、ちょっとどきどきした。馬車は思ったよりスピードが速くてがたがた揺れて、途中で壊れそうで、今もどきどきしてる。頑張れ私の心臓。
「山の中です。魔物に遭いました。もう御免です」
「山の中!? 随分と命知らずなことをしたんだな…」
「その命がけの覚悟を、あなた様はわずかな銭で砕いてくださいましたが」
「双子は高く売れる」
「さいですか」
もう一度取りに行かされることはなさそうだ。よかった。
でもやはり、魔物は恐れられている。言うほど怖いものでもないし、リンドウも襲われたことなんてないのに、何故こうも恐れられているんだろうか。
と、くいっと服を引かれた。
隣に座っているツツジだ。
「リンドウ、私たち、どうなっちゃうのかな…」
ぐしゅ、と泣きそうな顔。大きな瞳が涙に潤み、零れ落ちそうになっている。
うん、可愛いけど、私は君を庇護する気はないからね? リンドウは恨んでなかったみたいだけど、私は君みたいな女の腐ったような輩は大嫌いだからね? 媚びるな豚がって気分だからね?
「双子だから、お金持ちの小間使いか愛玩動物として売られるんじゃないかな。まだ小さいから、お母さんになることはないよ。もしかしたら歳になるまで育ててくれるかもね」
「……お母さん?」
あ、五歳児にはわからないか。うっかりうっかり。
「でも私とツツジは二卵性の双子だから、別々に売られちゃうかもしれないね。顔も違うもん」
「リンドウ…離れ離れなんて嫌だよ…」
「あ、ごめんねツツジ、ひっつかないで。臭いから」
私は昼間水浴びしたからマシだけど、ツツジは垢まみれで臭い。ひっつかれたくない。
ツツジは誰も優しくしてくれないから驚いたみたいだけど、そのままめそめそし始めた。「リンドウが臭いって言った」とか言ってるけど、ここにいるの私と人買いさんだけだから。ツツジに同情するやついないから。
「クズガキ」
おっといけねえ、一連の会話を聞かれてたや、こいつはうっかりうっかり。
服をささっと正してぴしっと座って人買いさんににっこりほほ笑む。
「何でしょうかクズ野郎さん」
「…本当にクズだな。名前は?」
あれ? 名前なんか聞かれるものなの?
と思っていたら先にツツジが「ツツジです!」と答えていた。すごいでしょ褒めて褒めてオーラがすごい。
私も人買いさんも無視するけど。
オールスルーだけど。
「私は竜胆です。人買いさんのお名前は?」
「ナナカマド」
「七竈さんですか」
「…発音が違う。ナナカマドだ」
うっかり頭の中で漢字変換して、イントネーションを変えてしまった。漢字の発音ではなく、片仮名の発音のほうが正しいらしい。
しかし、人名は花の名前、とか決まりでもあるのか? 苗字は?
「竜胆? 違うよ、リンドウはリンドウだよ!」
とか考えてたらツツジが言ってきた。
悪いなツツジよ、お前の言うことは正しいが、ここはクズしかいないんだぜ。オールスルー続行だ。
「ナナカマドさん、これから私たちをどんな変態爺に売るつもりなんですか?」
「まずは店に帰ってからだ。希望があるのか?」
「言ったら聞いてくれますか?」
「聞くだけなら」
「じゃあ言いません」
情報は金だ、が山田花子(仮名)の口癖だった。おかげでまともな友達もおらず、一人で嘘吐きながら生きて、最後まで大嘘吐いて死んだ。彼女も彼女でいろいろあって犯罪者なだけだったけど、可哀想な人ではあった。
「二人とも歳の割に賢いから、金になるだろう。精々高く買ってもらえ」
「それって安価で買われるように馬鹿のフリをしろってことですか?」
「高い家のほうが生活は楽になるぞ」
「安い方が逃げ出しやすいじゃないですか」
「取引成立してからにしろよ」
「わかってますよ」
暇つぶしに軽く雑談していたら馬車が止まった。ナナカマドさんは降りて従者と話し、私たちに「降りろ」と言った。目的地に着いたようだ。
「ツツジ、降りるよ」
「リンドウ…怖くないの…?」
「降りるよ」
ツツジを降ろし私も降りた。
目的地、はこのお屋敷だったようだ。暗くてよく見えないが、古い洋館のような、大きな建物だ。大きくて立派。ナナカマドさんはお金持ちさんなんだろう。
「ついて来い」と言われ、ナナカマドさんの後を着いて屋敷の中に入る。
屋敷の中は、よくある洋館って感じだった。夜だし、どっかからフランス人形でも歩いてきそうだ。
吸血鬼が眠る棺桶でもないか探したかったが、生憎その余裕はなく、ナナカマドさんに置いて行かれないように速足で歩くので精一杯だった。大人の歩幅と五歳児の歩幅がどれだけ違うかわかってるのだろうか。
ツツジは「もう歩けないよう」とか泣き言吐いてたけど、それじゃ誰も助けてくれないのは馬車の中のことでも察していたようで、すぐに黙ってついてきた。頭が良くて学習が早い。だからリンドウはこの子にコンプレックスを感じていた。
ナナカマドさんは地下室を降りていく。足元をよく見て、段差の大きな階段をえいやっと降りる。ワンピースの裾はまくれまくりだけど、こんな幼女のパンツなんて、見えても微笑ましいだけなので気にしない。私の後を着いて来ていたツツジも私の真似をして転ばないように、置いて行かれないように階段を降りている。
えっちらおっちら、ようやく地下室への階段を降りきったとき、ナナカマドさんが珍しく私たちを待っていた。
私たちが駆け寄ると、ナナカマドさんは前を見た。
私もやや目線を上げ、前を見た。
そこには――奴隷がいた。
右も左も牢屋で、鉄格子が嵌められ、その中に子供が入れられていた。
臭い。汚い。そしてがりがりに痩せている。
十歳ぐらいの子が牢屋に機械的に並べられ、詰め込まれ、眠っていた。
ふと、奴隷船の話を思い出した。船にびっしり並べて、身動きが取れないようにして、奴隷を詰め込む。横にずらーっと並べたら、上にすのこのようなものを乗せて、その上にさらに奴隷を並べる。そうやって奴隷のミルフィーユを作って、狭い場所に荷物のように詰め込む。食事は適当。糞尿は垂れ流し。陸に着くまで動くことは出来ない。途中で何人もの奴隷が死んだ。死んだ奴隷は海に投げておしまい。他の奴隷に病気をうつされたら困るから、ポイ捨て。
ミルフィーユにはなっていないが、寝返りできないぐらいに並べられた子供たちを見て、ついそんな話を思い出してしまった。
ツツジも隣で絶句している。
だって私たちも買われた子供だ。同じ扱いを受けると思ったんだろう。
だが甘いぜツツジちゃん。
「ナナカマドさん、それで、ここに何のご用ですか?」
「見たらわかるんじゃないか? 仲間の紹介だ」
ナナカマドさんが私を見て言う。この人はちゃんと人の目を見て話をする。そのほうが多く情報を搾り取れることを知っているんだろう。
勿論私だって、目を見て、そらさない。
「紹介なら起きているときがいいですね。用事がそれだけなら早くお風呂に入れてください。お布団はどこですか?」
「ここだ、と言ったら?」
「ありえません」
ツツジが私とナナカマドさんを見ている。泣いてはいない。しっかり学習しろ妹よ。
「私と妹は双子です。賢い双子の姉妹は高く売れます。こんな粗末な扱いをして殺したら大損です。それにここの子供たちは十歳ぐらいでしょう。私たちは五歳だから、この中に入れられることはありません」
五歳のガキをこんな扱いしていたら、すぐに死ぬ。昔の日本で「七つまでは神の子」と言われていたのは、七つにならないぐらいの幼い子供は、すぐに死んでしまうからだ。
金を払って買い取った子供をただ死なせたら、大損もいいところだ。
私はこの人が、そんな損をするような馬鹿には見えない。
つん、と肘でツツジを突いて、二人で一緒ににっこり笑う。
「どうぞ綺麗に着飾らせて高く売ってくださいね、ご主人様」
「よろしくお願いします、ご主人様」
ツツジも如才なく花の咲いたような笑顔でご主人様呼びだ。如才がないにもほどがある。
ともあれかくあれ、笑顔で嬉し恥ずかし奴隷デビューです。