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名前を言ってはいけないアレ

G注意です

 目を開けると、そこには『名前を言ってはいけないアレ』がいた。





 冒頭早々不快な存在を思い出させて失礼。だが寝起きにアレと目が合った私の気持ちを察していただくために、こういうことをさせていただいた。実にすまないと思っている。


 一匹見かけたらあと三十匹はいるアレは、薄汚い天井に張り付いている。私の顔面を這っていたわけではないことだけが救いだ。

 天井の色は白っぽくて汚れている。灰色にもクリーム色にも見えるが、とにかく汚い。正常な色がわからないほど汚い。

 頭文字Gから目を離すのは怖いが、恐る恐る視線をめぐらすと、天井の大きさから、布団を二つ並べて敷いたらいっぱいになるような小さな部屋であることがわかった。天井の四隅は蜘蛛の巣で覆われて定かではない。

 ごそりと顔を少し動かして周りを見る。上から黒くてカサカサ動くアレが顔面に落ちてこないように、細心の注意を払って、周りを見る。

 壁も元の色がわからないような汚さだった。黄ばんだ壁が汚れたような色。触りたくない。

 逆の壁、私から見て右側の壁を見ると、木製のドアがあった。取っ手まで木でできているようだ。無駄におっしゃれー。

 室内に物はなかった。私は申し訳程度にベッドに寝かされていたが、他には何もないように見える。そのベットも、固く薄っぺらで、背中は痛いし微妙に肌寒い。布団をもっと厚くして欲しい。多分この布団も汚いんだろうが、私の精神安定上考えないことにする。ダニノミ付きベットに横たわってるとか、想像したらアカン。

 もう一度天井を見て、アレが動いていないことを確認し、考える。



 私、誰だ?



 昨日の記憶とかがすっぱりなくなっている。

 記憶喪失で思い出せないというより、泥酔した後みたいな、「あ、昨日のこと忘れてる」とわかる、潔い記憶の欠落を感じる。

 目を覚ます前の記憶が抜け落ちている自覚がある。

 そしてその欠落には、寝起きドッキリのアレも影響しているんだろうと思われるが、もうこれ以上アレのことを考えたくないので考えるのをやめた。想像したら来るって言うし。

 今、これ以上来たら叫ぶ。この微妙な均衡破って叫んで半狂乱に陥る自信がある。


 ええと、記憶をたどろう。落ち着こう。

 じっと天井を見ながら、考える。自分のことと、昨日のことを――。


 「あ、リンドウ起きたー?」


 考えられなかった。

 考える前に女の子の声で中断させられた。

 起き上がらないまま顔を少しだけ上げて横を見ると、ドアから女の子が入ってきていた。

 まだ幼く、身長は100センチ程度。でも薄汚れていて、髪の毛とかどろどろぐちゃぐちゃで、黒い髪の中にフケとか虱とかたまってそうであることが見てとれる。服も薄汚れたワンピースで、擦り切れて穴まで空いていた。

 うん。

 汚い。

 しかしその女の子の乱入により、妙な落ち着きを保っていた私の精神バランスを崩れた。

 何を考えるより先に、即座にベッドから跳ね起きて女の子に叫ぶ。


 「投げる物持ってきて! アレが出た!」


 現実逃避はやめて、大人しくアレと戦おう。








 アレとの戦いを終えたころには記憶もはっきりしていた。

 アレとの戦闘結果? 苦戦したが勝った、とだけ言っておこう。女の子には「いつものことなのに騒いじゃって、どうしたのー?」なんてことを言われたが、全力で聞こえなかったフリをした。


 さてこの不潔な女の子は、私の妹、ツツジだ。

 ちなみに双子の妹。双子とかに憧れていた私にはときめきポイントだけど、二卵性なのか容姿は全然違うらしい。実際、水面に映った自分の顔と妹の顔は全く似ていなかった。

 私の名前はリンドウ。両親と祖父母と妹の六人家族の長女だ。

 私の家は貧乏で、アレやネズミと同居しているらしい。私とツツジのどちらか、あるいは両方を売ろうとしているぐらいの経済状況だと言えば察してもらえるだろうか。

 家も一軒家ではなく、集合住宅のような建物の一室だ。夢のマイホームは遠い。

 私がいた部屋は隔離部屋。私はひどい高熱を出したためあの部屋に隔離されていたらしい。

 なお、あの隔離部屋は我が家の一室ではなく、集合住宅全体で所有している。団体生活のような密着具合の集合住宅なので、病原菌を持ち込まれると困るのだろう。

 今回は季節外れだったから、運よく私一人だったが、風邪の季節にはあの部屋に何人もの病人が押し込まれるらしい。遠まわしに死ねと言っているのだろう。

 私は五歳。そして昨日死んだ。



 ――はい、そうです。昨日死んでます。

 高熱で頭がぐらぐらして、誰かに助けを求めても誰もいなくて、一人で苦しい苦しいともがきながら死にました。子供の熱だと思って放置した大人たちの愛のなさを嘆きたいぐらい見事な死にざまでした。

 しかし今、生きている。

 何故か生きているのかはわからないが、おそらく、同じく昨日死んだ私の影響だろうと思う。


 リンドウではなく、私こと山田花子(仮名)も昨日死んだのだ。

 死因は、自殺。

 一番確実そうな首つり自殺だ。

 ポピュラーな樹海に赴き、首つり紐を木に吊るし、用意していた台に乗って首に紐をかけ、苦しくないようにヘリウムを吸って、意識が飛んだら台から落ちて首が絞まるようにして、死んだ。

 幸い上手いこと成功してくれたようで、私は苦しまずに死ねた。ヘリウムで意識を失い、そのまま帰らぬ人となることが出来た。

 そのはずなのに、気付いたらこの子、リンドウになっていた。

 あるいは、気付いたら山田花子(仮名)の記憶と人格が引き継がれていた。


 これは自殺した罰なのか。私、無宗派だったんだけど、山田花子(仮名)もリンドウも神様とか死後とか信じてない人だったんだけど、そんな人にも罰って当たるのか?むしろ信仰してないからこそ当たるのか?


 まあ、こうなってしまったものは仕方がない。

 これからはリンドウ改め竜胆(りんどう)として強く生きていこう。

 和名っぽいし黒髪黒目なのに、妙に荒廃としていて日本っぽくないところだけど。

 リンドウの記憶があるおかげでわかるだけで、ここの人が話してるの日本語じゃないっぽいけど。

 超不潔でハードモードからの始まりだけど!


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