夢の神様
『ぼく』の目の前にひょんなことから全身ピンクタイツに赤いふんどしの怪しさ満点で不審者を彷彿させる男が現れた。そんな彼らのとある一日のお話です。
突然ではあるが、皆さんは公衆の面前で全身タイツの上にふんどしをしたことがあるだろうか。
したことがある、という人は『ほぼ』いないだろう。いや、いるわけない。いたらいたで、警察にお世話になりそうだと思う人が多数のはずだ。
いいや、ぼくは何も全身タイツを着用するということがいけないと言っているわけではない。十人十色というようにして、それをしても良いという考えを持っている人はいるのだから。
さて、話が脱線してしまったな。質問を戻そう。
皆さんは公衆の面前で全身タイツの上にふんどしをしたことがあるだろうか。
ぼくはある。ある、というよりも現在進行形である。そして、何より『している』ではない。ぼくはこの格好を『やらされている』のだ。それも強制的に。こちらをひそひそ話しているおばさんたちの視線がやたら痛い。この場から逃げ出したい気持ちにも駆られているが、残念なことに身動き一つとれないのが悲しい現状だ。
「おうっ、気分はどうだ?」
分かりきった質問を同様に全身ピンクのタイツに赤いふんどしをした男が現れた。あら、全身タイツにふんどしとはお揃いだこと、と笑っている諸君。そういう冗談は決して口に出さないように。ぼくのメンタルが押し潰されそうだから。
「最悪だ、着替えさせろ」
「やなこった。お前、俺がどんな思いでそれを着せてあげたか胸に両手を当てて考えてみやがれ」
「ほとんどが嫌がらせだろ」
即答で答えるぼく。それが「ピンポーン」と大正解らしい。男は気だるげでやる気のない拍手を送ってきた。
「そうだ、それは俺からの嫌がらせだ。何故、そうしたのか分かるな?」
「分かりたくもないよ、こんな格好をして犬●家の一族のマネをしたがる気持ちの奴なんて」
事の発端はこうだ、この男はぼくとちょっとした知り合いであり、この場で犬●家の一族のモノマネをしていたんだ。それをぼくにも強要してくるものだし、断りを入れたら入れたでこの嫌がらせが待っていたという話だ。
実にくだらない理由の話だろう? だが、この男は何にでも本気を出すと言っているんだ。くだらねぇ。
「そんじゃ、そのまま犬●家の一族でもいってみようか」
「誰がやるかっ! いい加減にしてくれよ、毎度毎度……。春にいきなり現れてぼくの人生の道しるべになってやるとか言った癖にして、やることがこんな馬鹿らしいんだよ!」
そうぼくは怒鳴った。本当にいい加減にして欲しかったからだ。先程、ぼくの発言にも出てきた人生の道しるべとはその通りなのだ。彼はぼくの人生の軌道修正をする役目を担っているらしい。
男は鼻でため息を吐くと――「説明的だな」そう、火に油を注ぐような発言を投下してきた。これにぼくはもう――キレるしかないよね。
「……母さんに泣きついて、夕飯抜きにしてもらうからな」
キレるというか、脅しになるのだが――効果は抜群である。ぼくの言葉にたじろぎを隠しきれていないぞ。
そう、この男はぼくの家に居候している赤の他人である。見た目は変態でも一応は人間だ。食べることと寝るところが必要となるのも当然。だから、毎月三万円を入れてもらって、僕の部屋のクローゼットに住みついているんだ。
えっ? それじゃあ、どこぞの青狸のようだって? ま、まあ、設定は似ているよね。だからと言って、ぼくは眼鏡の彼のようにテストの点数は悪くないし、射撃やあやとりも得意わけではない。言っておくが、ぼくの特技は反復横跳びだ。
これまた話が脱線したが、男はぼくの脅しに負けて硬直状態を解いてくれた。それにより、大きく息を吐く。意外と固まっているのはつらいものだからね。
ぼくがもう一度深呼吸をしていると、男が「お母さんには言うなよ」と耳打ちをしてくる。もうあのひそひそおばさんたちはいなくなって、ここにはぼくたち二人以外誰もいないのにだ。そのことを言うのだが――。
「ばっか、母親は何でもお見通しとか言うじゃねーか」
「分かっているなら、最初からするなよな」
「今更な話だ」
さあ、帰るぞと父親みたいな素振りを見せてくる。だが、ぼくはこの人が自分の父親代わりだなんて思っちゃない。いや、思いたくないだけだ。
「それもだけど、今日の学校はどうだったか?」
「父親みたいにして聞いてくるなよ。……ていうか、いつも学校に来ているじゃん。透明人間になってまで」
この男、人間ではあるのだが、並大抵の人間ではないのもこれまた事実である。いや、全身タイツの上にふんどしをしているということを除いて、でだ。
謎めいた怪しい道具を躊躇なく取り出して、使うという暴挙。今回、ぼくが全身タイツの上にふんどしにされていたのも男が所持している『反省道具』という物でやられたのだ。
こうしていると、ますます耳の無いネコ型ロボットが持っている道具みたいだろう?
しかし、奴は耳の無いネコ型ロボットではない。普通に殴れば、鼻血を出す怪しい人だ。
それでも、ぼくはこのかかわると面倒な人には返しきれない恩がある。彼がいなければ、あの時に手を差し伸べられていなければ――今のぼくという存在は無かったのだ。そこだけは感謝をしている。
それだから、ぼくは小さな声で「ありがとう」とお礼を言った。
だが、その言葉が男に聞こえていたようで――にやにやと危なっかしい顔をこちらに向けて「何だよ」と言ってくるのだ。
「嫌い、臭い、気持ち悪いと3Kばりに拒絶するお前が『ありがとう』だって? 照れるじゃねーかよ」
「う、うるさいな!」
全てにおいて紹介がまだだった。この男の名前は夢叶人生。突如として夢も希望も持たない廃人寸前のぼくの目の前に現れた自称夢の神様だ。
そんな彼がやって来て早二ヵ月。ぼくには夢ができた。
夕暮れの道を歩くぼくたち。そんなぼくたちの横を一人の男の子が躓いて転んでしまった。すかさず、ぼくはその子に手を差し伸べる。
「大丈夫?」
ぼくの夢はヒーローになることだ。