本当の最高な一日
今日は某月某日某曜日の平日。閑静な住宅街にある、とあるアパートの一室で音が鳴り響く。その音に気付いたのは社会人になって数年目の男性。目覚めて一番に思うことは、誰からの電話だろうという疑問だった。
【AM 9:04】
目覚まし時計の電池が切れていた。おまけにスマホのアラームですら、セットし忘れと言う痛恨のミス。遅刻は同然。会社からの連絡で目を覚まし、こっちもあっちも不機嫌。ちくしょう。
【AM 9:15】
とにかく、急いで出勤。家と駅の途中で便意を催す。偶然、近くにあったコンビニへと駆け込むが、トイレが空いていない。なんで、男性トイレは一つしかないんだ。というか、入っているやつも俺と同じかよ。ちくしょう。
【AM 9:20】
ケツを引きしめて、どうにか駅に到着。なぜか、ここのトイレの個室も空いていない。みんな、どんだけ俺と同じなんだ。ちくしょう。
【AM 9:30】
珍しく背筋のいい俺。電車が揺れる度に足から振動が伝わってくる。カバンの中に入れているスマホの振動も体に伝わってくる。今そっちに向かってんだから、連絡入れてくるなよ。ちくしょう。
【AM 9:58】
駅に着いた。ここでなんとかケツを引きしめなくて済む。ただ、会社からの連絡嵐は絶えない。だから、今来ているってのっ! ちくしょう。
【AM 10:16】
会社に着いて、上司からガミガミ説教。ここにおいても、余計なやつが出てくる。便意だ。また便意が催してきて、上司の話が耳から耳へと筒抜け。ああ、昨日の明太子がいけなかったらしい。ちくしょう。
【AM 11:20】
上司の長い説教とトイレを済ませて、ようやくパソコンに電源を入れる。ここでも上司の嫌みが聞こえてきた。「まだパソコン点けていなかったの?」だと。トイレ行っていたんだよ。トイレの入口で会ったじゃねぇか。ちくしょう。
【PM 13:45】
午前中の遅れを取り戻して、遅めの昼ご飯でも採ろう。というか、寝坊したから朝ご飯を食べていない。お腹空いた。席を立ち、部署内を後にしようとするが、「またトイレ?」と上司の一言。周りに笑われる。ちげぇし。ちくしょう。
【PM 13:57】
オフィス街のいつもの定食屋でアジフライ定食を注文。店のおばちゃんから「今日は遅かったね」と「仕事忙しかった?」と労いの言葉をもらいながら、ご飯を大盛りにしてもらった。だが、残念なことにおばちゃん、痛恨のミス。忙しい時間帯が終わって、ほっとしていたからだろうな。その熱々のご飯が入った丼が俺の頭へIN! 熱いし。ちくしょう。でも、おじさんから「悪かったな」と頼んだ定食を無料&クリーニング代をもらった。嬉しい。
【PM 14:32】
今日は残業確定。そう考えながら会社に戻るが、上司から「油臭い」と言われた。俺、頭に被ったのは白米ですけども? しかも「揚げ物食べてきたのか?」と特定される。いや、お前だってあそこの定食屋でからあげ定食を頼んでいたらしいじゃねぇか。おばちゃんが言っていたぞ。からあげ一個を床に落としちゃったって。ざまぁ。
【PM 15:44】
取引先からクレームがあった。なんでも発注数と納品数に違いがあるそうだ。これに向こうはご立腹しているのはわかるが、なんで上司も一緒になってガーガー言ってくるんだ? そこは俺の担当じゃねぇことをお前も知っているだろ。担当者は佐野だぞ。俺はただ、クレーム電話を受けただけだし。見ろよ、佐野がすげぇバツ悪そうな顔をしているの。あとから佐野が「なんか、すんませんでした」って言ってきたけど、なんかじゃないと思う。ちくしょう。
【PM 17:34】
周りが退勤しようとする中、俺は遅刻した分の取り戻しをするため、残業をしなくてはならない。だが、とにもかくにも、うるさい上司がいなくなるから思いっきり自分の仕事に集中できそうだ。なんて思っていたら、発注関係のクレームをつけてきた取引先がお見えになられた。もちろん、そのせいで上司は帰るに帰られない。こればかりは仕方ないだろうなと思っていたら「お前、来い」だと? いや、俺は全く関係ねぇよ。佐野はどうした、佐野は。えっ? 帰った? だから、俺が謝れと? いやいや、何度も言うが、俺の担当じゃねぇし。ましてや、担当のサブでもねぇから。「佐野がいないから、お前を担当者と言うことにしておく」じゃねぇよ。百歩譲って、茶出しはわからなくもないが、俺が謝罪する理由がわからない。と、それでも逃げられない状況のため、全く関係のない俺が佐野の代わりに謝罪する羽目に。隣で頭を下げている上司は「土下座しろ」を小声で指示を出してくるが、そこは従わなかった。するなら、お前がしろや。ちくしょう。
【PM 20:13】
クレーマー取引先とクソ上司が帰って、解放された。だが、まだ会社には拘束されている。ちくしょう。
【PM 22:05】
やっと、本日の業務は終了。パソコンをシャットダウンさせていると「まだ残っていたの?」と隣の部署の課長が顔を覗かせに来た。
「遅くまで大変だったでしょ? もし、明日に差し支えなければ、一杯だけどう?」
その課長とはほぼ接点がなかったが、別に断る理由もなく、近くにあるという飲み屋へ行くことになった。
【PM 22:47】
課長に連れられて、やって来た飲み屋は、昼にご飯を食べたあの定食屋だった。どうやら、夜は飲み屋に変わるらしい。知る人ぞ知る店だとか。確かに、中にはあまり人も入っていない。まあ、店の外の看板自体があまり目立たないということもあるのだが。入店すると、おじさんたちと課長は昔からの知り合いだったらしい。そこで、色々と話を聞かされた。
【PM 23:15】
ある程度の昔話を聞き終えたところで、課長は「次はきみの愚痴でも聞こうかな」と言ってきた。
「朝から聞こえていたんだよね、怒鳴り声。それに、その後の他の人たちもきみに冷たかったし。僕でよければ、話は聞くよ」
そう言ってもらえるだけでも嬉しかったし、店のおじさんも「おう、言え言え」と優しい声でそう言ってくれた。思わず、俺は泣いてしまった。
俺は泣きながら愚痴った。今日の上司があまりにも理不尽過ぎたこと。それで周りに助けてもらえなかったこと。確かに俺は今日、遅刻した。それはいけないことぐらいわかっている。だが、いつまでも過ぎ去ったことをネチネチと言われ続けられるのは精神的に参る。その精神的攻撃は数年前から続いていたから……。
よく理由がわからない。入社二年目の俺に対して、上司は八つ当たりをしてくるようになった。怖いから、俺は反撃ができなかった。これが社会なんだって無理やり納得するしかなかったんだ。逃げ出したいという気持ちもあった。だけれども、嫌みや説教の後に上司は必ず「まさか、こんなことで辞めたりする弱者じゃないよね?」と言ってくるのだ。俺はそれで辞めることすらもできず、ズルズルと数年も引っ張ってきた。
「もし、つらいと思うなら、いつでも僕に相談してくれたらいいよ。僕自身が簡単に口出しはできないけど、聞くことぐらいならできるから」
課長の本心かどうかはわからない。だが、その言葉を聞くだけでも、心が解放された気にもなったし、とてもありがたかった。
今日は最悪な日だとばかり思っていたが、違った。今日はいい人たちに出会えたという、本当はとても最高な一日だったんだ。この出会いに、俺は明日も頑張ろうと思える。
誰にでもある失敗。むしろ、失敗するからこそ、人間味があるというものです。相田みつ●さんも書いていますよね、『人間だもの』って。そりゃ、私だって楽な人生を歩んでみたいものですよ。最初からたくさんのお金を持っていて、好きなことに使う。働かず、暮らしたい。あーあ、祈っているだけでお金が降ってこないかな。
ですが、辛い人生を歩こうとする理由としては、いつかはいい人生だったと満足できるような人間でありたいと思っているからです。(本当は、成り行きでこうなったんですけど)




