このロクでもない呪いに一つの奇跡を
まだ魔女の存在を恐れ、崇拝されていた時代に彼らは生きていた。彼らは自身を信じて真っ直ぐに突き進むのだ。もうそうしてこの世を生きるしかないのだから。
「おじさん、食料一週間分を二人前ね」
とある食料雑貨店にて、気だるげにレジのところにいた中年男性の店員の前に茶色掛かった髪をした少女がやってきた。その彼女の後を続くようにして、同年代ぐらいの男女二名が入店してくる。彼らは子どもではあるのだが、冒険者か何かだろう。そうでなければ、誰かのおさがりか何か――少年の腰に提げられた剣など持つはずがない。食料を注文してきた少女が鈍器か? とにかく、幼さがまだ目立つ彼らは武器を持つならば、冒険者であっているだろう。
店員は「あいよ」とあまりやる気なさげに注文通り食料一週間分二人前を用意しようとするのだが――。
「わぁ、見てこれ。珍味だって」
「どんな味がするんだろ? ねえ、食べてみてよ」
「俺に押し付けんな。つーか、金あるのか?」
眉根を寄せて不安そうにする少年をよそに少女はというと――「当たり前」そう、意気揚々に胸を張って答えるのだった。
「だから、こうして食料一週間を二人分注文したじゃん」
入店してきた人数と彼らの注文数がおかしかったのはそういうことなのか。そう店員が納得したところで唇を尖らせていた彼が賛同も納得もするはずはない。
「一人足りないのは俺か?」
「何、そんな心配しないでいいよ。シルバンの分はこの珍味に注ぎ込むから」
シルバンという少年は冗談じゃない、と更に不貞腐れた表情を見せてくる。それもそうだろう。店先で出しているその珍味は一食分にも満たないのだから。それならば、満腹感が得られるぼそぼそとした食料を買いだめしておいた方がまだマシだ。
「……結局、お客さんたちは二人前でいいの? それとも三人前がいいの?」
それを聞いておかなければ、彼が不憫だと感じた店員は最終確認のために彼らに尋ねた。冗談も勘弁してほしいような少女は肯定しようと首を縦に振ろうとするが、それをシルバンは止めるのだった。
「三人前でお願いしますっ! そして、俺らはこの珍味を買えるほど金は持ってません!」
「……だろうね」
「おじさん! だろうねじゃないよ!? シルバンはね、節約家なんだよ!?」
それのどこが悪いというのか。問題点は全く見られないシルバンという少年の存在。むしろ、あるのは喚き散らす少女だろう。
「何の話だよ。……ったく、シヴェリーは訳の分からないことばかり言うんだから……」
「シルバン、そんなこと気にしていると、頭ハゲるよ」
「失礼な」
どうやら、茶色掛かった髪を持つ少女――シヴェリーは毎度ながらそうらしい。店員は彼女を見て、一瞬だけデジャヴを感じ取るのだが、その考えや思いはすぐに記憶の奥底へといってしまうのだった。思い出そうにも思い出せない。どうも彼は彼女のことを知っているようである。
だが、誰なのか、となると閉口せざるを得ないのは事実である。
誰だったっけな、と腕を組んで思案をしていると、もう一人の少女が「えっ?」と声を上げるのだった。
「し、シルバンさん頭がハゲるんですか!?」
「……アリア、君は君でその勘違いばかりを言うね」
「へ? え? 結局、シルバンさんは頭――」
「ハゲてねーから! いいから、もうおじさん!!」
シルバンの言葉に彼は我に戻ったようにして「すまない」と三人分の一週間の食料を用意し始めた。こんなトンデモ発言少女と天然ボケの少女らとのパーティはさぞかし大変だろうなと店員が苦笑いをしながらレジのカウンターの棚を開けようとした時、手が止まった。
棚の扉に貼られていた少しだけ古い張り紙。そこには人の似顔絵に加えての――『お尋ね者』の文字。
店員はそっと彼らの方を見た。そして、もう一度お尋ね文書を見る。
【……ったく、シヴェリーは訳の分からないことばかり言うんだから……】
シヴェリーというその名、どこぞで聞いたことあるわ。シヴェリーというその顔、どこぞで見たことあるわ。むかし、誰もが口にした噂。
全てを思い出した店員は驚いたようにして、後ろの棚へと勢いよくぶつかった。その物音に何事か、と三人は視線を向けてくる。
思い出したぞ、お尋ね者『シヴェリー』は世界を動かすことができる魔女だと。村に一人はいるかいないかの魔女よりも、とてつもない力を持っている覇者であると。
「……魔女……!」
恐れたような口ぶりの男性店員に彼らはこの空気を察知したのか、顔を見合わせる。
「あちゃちゃ、バレちった」
「ということは、ここも手配書が来ているんだな」
「片田舎なのにな」
「それは余計だ」
それよりも、とシルバンは彼の方を見た。店員は今にもそこから逃げ出して、保安官に助けを求める様子ではある。
「おじさん、安心しなよ。確かにこいつは魔女だけれども、そうじゃないよ」
「は?」
彼は頭の処理が追い付いていないようだった。それもそのはずだ。彼女が魔女であれば、そうではないという言葉はおかしいから。言葉が成り立たないから。
「おじさん、わたしが魔女ではなく、そうであるんですよ」
なんてアリアまでもが言ってくる。それからこそ、余計に頭の中がこんがらがって、おかしくなりそう。というか、結局はどちらが魔女で合っているんだ?
「え、えっと、俺を殺したりは……?」
「しないってば。ていうか、正確に言えばあたしたちはその魔女に生かされている。だから、魔女とも呼べるし、そうとも呼べない」
「それに、おじさん。俺がいるから平気だよ。この剣は魔女の力を抑える役目を果たしているから。要は、俺はこいつらのお目付け役ってところ。だから、安心してもいいよ」
そう彼らは言ってくるが、待って欲しい。このお尋ね文書には魔女を見つけ次第、保安官に通報しなければいけないのである。
何故ならば、十五年ほど前にその魔女は世界中に宣戦布告をしてきたのだから。
【十五年以内にこの世界を滅ぼす。それまでにわたしを捕まえてみよ】
本当に彼女を捕まえなければならないのである。その布告以来から魔女による世界崩壊が始まっているのだから。彼女はゲーム感覚でこの世界を壊す気なのである。それは許し難いことであり――。
「大丈夫」
迷いのある男性店員に対してだろうか。シヴェリーが確信ある発言をし出す。
「魔女をどうにかしなくちゃいけないっていうのはあたしたちも同意見だから」
「そうです。わたしたちは魔女に魔女であるという呪いを掛けられました。わたしたちはその呪いを解くためにこうして旅をしているんですよ」
「うん。そうでもなければ、この世に生きられないからね」
「…………」
店員が呆然と彼らを見ていると、何やら外が騒がしくなってきた。何だろうか、と考えているのも束の間。三人が会計を急かしてくるのだ。何故に急ぐ必要があるのかと思えば――。
「こっちに魔女の姿を見たぞ!」
「急げ! 三人の子供だったろ!?」
こういうことである。彼らは狙われているのである。ここは同じ町の人間としてどう行動するべきなのか、彼は悩ましい顔をした。
自分が住む町には町の者たちによる結束が存在する。反対に、魔女だと思った子どもたちはその魔女の呪いによっていることが判明した。
どちらをとるか。
「どこだっ!?」
「おじさん!」
彼らの声によって、彼は目を覚ますと、カウンターの下の棚から三人前一週間分を出した。
「持っていきな」
その言葉に三人は驚いた表情を見せていた。それもそのはず。お代は要らないというのだから。
「えっ、い、いいの!?」
「……理由なんて聞くんじゃねぇよ。ほら、厄介者はさっさとこの町から出ていけ。さもないと、保安官に通報するぞ」
彼らは互いを見交わすと、カウンターに置かれた商品を手にして――「ありがとう!」そう、店から出て行ってしまった。
それからしばらくして、急き切った様子の男衆が店の中へとやって来た。
「おいっ! この町に魔女が現れたらしいが、お前見たか!?」
「……いや、見ていないさ」
この世を動かす力を持ち、世界中に宣戦布告をしてお尋ね者となった魔女、シヴェリー。確かに彼女はこの町にやって来た。それは、魔女を倒すためだからと言う。