私は翼を失くした天使である。
タイトルに出てくる翼を失くした天使が主人公の神話っぽい感じの短編です。オチ的に苦手な方が出てくると思うので、この話に出てくる人物に女性はいませんとだけ言っておきます。(女性の名前が出てくることはありますが、それはたとえ話です)
これでオチが解って読もうと思う方はどうぞ。話のその後はご自由にご想像してください。
私は翼を失くした天使である。
何故に翼を失くしたかというと、それは私自身が天使ではなくなってしまったからだ。元々、私は天使であった。地上に生きる人間に知恵を与える役目を持っていた。
いや、一つ語弊があった。
私は翼を失くした天使であるが、その理由は地上に生きる人間に必要以上の知恵を与えてしまったからである。まさしくイヴに知恵の実を食べるように唆したようにして。
人間だって、知識が無ければ生きていけないはずだ。だからこそ、知恵を与えた。神は余計な知恵を与えるなと叱責した。私が悪いのかと言われると、それを判断するのは当然神である。私に決定権が無ければ、知の恩恵を受けた人間にでさえも持つはずがない。
天使としての役目を失った私は行く宛も無い。ひたすらに一本の木の下にある腰掛けられるほどの大きさもある石に座って考えた。通り過ぎる人間はまるで私が見えないとでも言っているかのようにして、こちらを見ることもなく去ってしまう。
どんなに私が悩ましい表情をしていようが、餓えようが、死にそうになろうが、人間は恩恵を忘れたかのようにして、素通りしていく。
「人間に知恵を与えるな」
神の言葉は真実だったのだ。人間に知恵は必要ない。
重い瞼が閉じゆく私の頭には一つの結論が出た。それに伴い、男でも女でもない。ましてや若者でも老人でもない声が聞こえてきた。これこそ、神の声である。
神も天使にも性別は存在しない。しかし、人間を始めとした地上に生きる者たちには性別は存在する。
この意味が解るであろうか。私が言いたいことが理解できるだろうか。
否、私の思考も、神の考えも理解できるのは地上には存在しない。
「いいえ、解りますよ」
死に逝きそうな私に向かって、比較的若い人間の声が聞こえてきた。その言葉とともに、薄らいでいた意識を取り戻した。
「私の考えが解るというあなたは一体何者ですか。あなたは地上に生きる者でしょう」
ほぼ力も無かったのだが、気を振り絞って、その者に質問をする。それに対して、若者――若い男性は「もちろんですとも」と私を抱き起した。
人間は他人に無関心だと思っていたというのに、この人間だけは違った。
いや、全てにおいて語弊があった。
この人間は己を男として存在することを否定しているのである。これに驚愕した私は「あなたは女性とともに過ごして子孫を残すのではないのですか」とうろたえしかなかった。当然だ、初めて見る人間であるから。
そんな私の設問に彼は首を横に振って、またしても否定したのだ。
「おれはおやじが決めた女性とともに過ごすよりも、美しいあなたと過ごしたいのです。お願いです、おれの生涯の伴侶になってください」
人間からこうして告白を受けるのも初めてだった。
だとしても、いくら私が翼を失くした天使だからと言って、人間と交わることは許されない。もちろん、神だって憤慨するだろう。だからこそ、私は彼に対して、丁重に断りを入れた。「私は人間の女性ではない、彼女らのようにして子供を産むことができない存在だ」と。
しかし、私のその発言自体が禁句であったと後悔するのは今晩に彼の家へと泊めてもらった時である。
そう、私は翼を失くした天使。人間に余計な知恵を与えてしまって、神よりその翼を没収された元天使である。




