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3-29 弾丸の力

「舐められっぱなしで終われるかよォ!」


 窮地に立たされたティルダが選んだ行動は、懐に隠したナイフを取り出して、オーヴの子供達に襲い掛かることだった。切羽詰まったティルダの表情は、怒り狂ったようで、歪んでいる。


 その人間離れしたティルダの顔を見て、子供達は悲鳴を上げた。シンクは子供達を守るように前に立ち、そんなシンクを守るようにリッカは先頭に立った。


 頼みの綱であるオレオルは、遠く離れている。否、自分とティルダのやり取りにひと悶着を付けたからか、動き出す気配はない。


 そして、もう一つの頼みの綱であるクルムの姿も見えなかった。


 いや、とリッカは首を振る。クルムは怪我人だ。姿が見えたとしても、クルム一人に全てを任せる訳にはいかない。


 リッカはそう決意し、ティルダに向き合った。


 子供達に迫り来るティルダは、


「オレオル・ズィーガー! 確かに、俺はお前に勝てねェ!」


 オレオルに向かって声を張り上げた。


 その声にも、オレオルは負け犬の遠吠えを聞いているかのように、全く取り合おうとはしない。声を荒げたティルダ自身も、オレオルに届こうが届くまいが関係ないようで、子供達に向ける足を止める様子はない。


「けどな! ここにいるガキ共は俺の手で殺してやるッ!」

「そんなことはさせない!」


 リッカは声を大きくして、ティルダの言葉を否定する。


 しかし、勢い付いたものの、リッカは先ほどの戦闘によりまともにティルダに取り合うことは出来そうになかった。後先のことなど考えていない。ただ、守ることしか頭になかった。壁になることで、子供達が生き延びる確率が上がるなら、むしろリッカも望むところだ。


 そんなリッカの覚悟を踏み躙るように、ティルダは口を歪めると、


「だったら、テメェからァ――ッ!」

「指一本触れさせはしません」


 ティルダの声を遮るように、穏やかな声と共に、一発の銃声が鳴り響いた。その音に、リッカとシンク、そして子供達は振り返る。


 発砲主は、やはりクルムだった。


 いつの間に移動していたのか、クルムは右の扉――子供達が幽閉された場所ではないティルダ達の部屋から出てきて、そこから黄色の銃を構えていた。銃口からは硝煙が出ている。


「て、てめぇ……」


 ティルダは意識朦朧とする中、自らの懐から何かのスイッチを取り出した。

 そのスイッチを見て、リッカは瞬間理解した。


 ――ティルダ・メルコスは爆弾を使って、この建物ごと、私たちを巻き込んで自滅するつもりだ。


 スイッチを押させてはいけない。そう思い、リッカはティルダの企みを防ごうとするが――、


「あの部屋にあった爆弾は、すべて破壊させてもらいました」


 どうやらクルムが先回りをして、ティルダの狙いを阻止していたようだ。


 途中からクルムの姿が見えなくなったのも、気付かないところで一人爆弾を処理していたからだろう。クルムも、ティルダ・メルコスという人間が何事もなくただで終わるとは思っていなかったのだ。


 これで本当に手打ちとなったティルダは、弾丸で頭を貫かれたこともあって、もう立っているのもやっとだった。ふらふらと足元が覚束ない。今にも倒れそうだった。


「ぐっ……、やっぱり、お前は、噂通り、の人、間だな……。……罪人クルム・アーレント……」

「――」


 吐き捨てるように言うと、ティルダはそのまま崩れ落ちた。


 ティルダの言葉を受けて、一瞬クルムの顔が、苦痛に満ちた表情になった。


「……」


 そして、そのクルムの表情の変化を、リッカは見逃さなかった。


 人を傷付けることを嫌いとし、人を助けることを好むクルムだ。いくらリッカや子供達を守るためとはいえ、本当は引き金を引きたくはなかったに違いない。


「――これで終わりです」


 しかし、言葉を紡ぐクルムの表情はすでにいつもの落ち着いた表情に戻っており、ティルダの方へと歩き出していた。


 リッカやシンク、そして子供達もクルムの後についていく。だが、子供達の表情は、曇っていた。いくら酷い仕打ちを受け、怖い目に合わされたとはいえ、人が目の前で死ぬ心構えまでは出来ていなかったはずだ。


「……やったのか?」


 意外そうな表情を浮かべて、オレオルがクルムに声を掛けた。


「……本当はこのような強引な方法を取りたくはありませんでした」


 クルムは答えるが、その声はどこか無理をしているようだった。


 力ないクルムの受け答えを聞いて、オレオルは肩を竦めると、


「はっ、人を守るって言ってた人間でも、やる時はやるってことか――」


 しかし、途中で言葉が止まる。


 オレオルの視線は地面に――、すなわち銃で撃たれたティルダに釘付けだった。


「――おい。これはどういうことだ、アーレント?」


 オレオルは倒れるティルダから目を離さずに、クルムに問いかけた。


 オレオルの顔は信じられないものを目の当たりにしたかのように、蒼白となっている。

 何を驚くことがあろうかとリッカとシンクも、オレオルの視線を追うようにティルダの方へと向いた。

 そして、リッカとシンクも、オレオルと同じように息を呑んだ。


 銃に撃たれ倒れるティルダは、まだ息をしていたのだ。先ほどの悪人のような表情も、今の目を瞑るティルダは憑き物が晴れたように穏やかになっている。


 つまり、クルムが撃った弾丸はティルダの頭を突き破ったというのに、撃たれた本人はまだ生きているのだ。


 普通の人間ならば、脳天を貫かれたならば死ぬしかないはずだ。それなのに、何故だというのか。


「……クルム、これって」


 ティルダ・メルコスの現状に、既視感のあったリッカは、クルムの方を見た。


 このティルダの憑き物が晴れたような表情――それに類似したものを見たのは、カペル・リューグの時だった。

 クルムとリッカ、そしてシンクが初めて出会った町オリエンスで悪事を働いていたカペル・リューグには悪魔が憑いていた。そして、その時もクルムはカペルに向かって弾丸を撃ち、その悪魔を滅ぼした。


 しかし、その時と今とはどこか状況が違っているように思えた。

 根拠はないのだが、どこか頭の中に違和感が残っており、確かに違うということだけはリッカにも分かる。


「――この弾丸は」


 黄色い銃を見つめながら、クルムはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「この弾丸は、悪魔を滅ぼす弾丸です。この弾丸には、撃たれた人物を傷付ける力はありません。ただ人の中に潜む悪魔だけを殺します」


 実際、リッカとシンクはその現象をカペルによって目の当たりにした。


 つい先ほどまで左目に悪魔を宿していたオレオルも、悪魔については誰よりも身をもって体験しているからか、クルムの言葉を遮ることはしない。


「撃たれた直後は確かに気を失ってしまいますが、目を覚ませば悪魔のことを忘れ、罪悪とは遠い生活を送れるようになります。もちろん、償うべき罪は償わなければいけませんが……。――ですが、それはしっかりとその人物を把握して、その人の心の闇を晴らした時に適用される話です」


 クルムは話の区切りと共に、一呼吸置く。しかし、そこから暫しの沈黙が流れた。先を口にしないクルムの表情は、悔しそうで、唇を噛み締めていた。


 この場にいる誰も、クルムに続きを催促をしなかった。


 きっと理解する時間が必要だったのだろう。目に見えない悪魔の話を嘘だとは言わないが、その言葉を受け入れ、理解することは容易ではなかった。


 そして、やがてクルムは口を開き、


「……本来、この銃が光った状態で弾丸を放ってこそ、撃たれた人の中に悪魔に対する抗体のようなものが生成され、完全に悪魔を内から追い払い、滅ぼすことが出来ます」

「――」


 クルムの言葉に、リッカはカペルの時の状況を思い出した。


 そうだ。今とは明らかに違っていたことが一つある。


 あの時のクルムの銃は、周囲を照らすほどの光を放っていた。まるで、カペルの心の闇が晴れたことに呼応するようだった。

 対して、今ティルダに撃った時は、銃は光っていなかった。


 だから、カペルとティルダの状況は似ているようでも違う。

 カペルの時は悪魔に対する抗体が出来た状態で悪魔を滅ぼし、ティルダの時は悪魔に対する抗体がないまま悪魔を滅ぼした。

 そこには明らかな違いがあった。


「つまり、カペルの時で言うと、光る銃でカペルに撃った弾丸と、靄状の悪魔に撃った弾丸は種類が違うということ……?」

「はい。種類というより、性質そのものが違うというべきではありますが、その認識であっています」


 そして、今回クルムがティルダに向けて撃った弾丸は、後者に当たる。


「悪魔は心の闇に付け込み、罪の香りに誘われる存在です。いくら僕が悪魔を退治したとしても、その人の心の根本を変えなければ、再び悪魔が憑くようになるでしょう。――まさに今のティルダ・メルコスのように」


 確かにクルムが放った弾丸により、ティルダの中にいる悪魔は滅ぼした。しかし、ティルダの闇が解消された訳ではないから、再び悪魔がおびき寄せられることもある。


 それはつまり、今のティルダの状況は一時しのぎにしかならず、再び悪事を行なう可能性があるということだ。


「じゃあ、ティルダが起きたら、また同じことを繰り返すの……?」


 リッカの問いに、クルムは目を瞑る。


 その可能性は否めない。しかし、そうならない一つの方法がある。


 クルムはゆっくりと目を開けると、


「信じるしかないでしょう。――目を覚ましたティルダさんが、改心していることに」


 ティルダを包み込むような優しい声音で言ったのだった。

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