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3-28 歪んだ執着

 ***


 地に立つ勝者と、地に伏す敗者。


 あれほど長く、激しい攻防を繰り広げていたオレオルとフランの戦いも、いざ終わりを迎えればあっという間のものだった。


 オレオルが圧倒的な実力を発揮して、見事フランを撃破した。


 戦場に倒れているのは、リッカが倒したアンガスに、オレオルが薙ぎ倒した三人、そしてフランだ。

 これでティルダ・メルコスが残している手札も一つのみ。つまり、ティルダにはもう切れる札はなく、本当に自分の力で切り抜けなければならなくなった。


 今、オーヴに起こっていた人攫いの問題は、急速に幕を下ろそうとしていた。


 そして、クルムがティルダに近づこうと、足を前へと踏み出した時――、


「――」


 クルムよりも早くオレオルが黙々とティルダに向かって歩み出した。


 その姿を見て、クルムは出しかけていた足を踏み留めた。


 この場での功績者は、オレオル・ズィーガーだ。

 オレオルがいなければ、クルムも、リッカも、シンクやオーヴの子供達も無事では済まなかったはずだ。


 クルムはオレオルの行動を静かに見守ることに決めた。


「――ッ」


 黙々と迫るオレオルに、ティルダは息をのみ、そのまま腰を抜かした。


 高い金で雇った用心棒であるフランが、オレオルによって倒されてしまったのだ。ティルダには、精神の拠り所は最早無くなっていた。


 今目の前に立つオレオルの表情は、ティルダの目にはまさに人ならざる鬼人のように映っていた。


「……ま、待て」


 ティルダは震える声で、手を前に出してオレオルに制止を求める。


「お、俺が悪かった。もうこんな商売は金輪際しない」

「……」


 ティルダは腰が抜けていながらも、這いつくばるように後ろへと下がる。

 しかし、ティルダを追い詰めるように、オレオルはその距離を詰めていく。


「か、金か? 金が欲しいんだな。別の町で稼いだ金があるから、それで見逃してくれ」

「……」


 ティルダの背が壁に付いた。これでティルダの退路は断たれてしまった。

 しかし、オレオルはまだ無言で近づいて来る。


「そ、そうだ。お前、最強の称号が欲しいって言ってたよな……? どうだ、俺の元に来るなら、ダオレイス中を苦労なく回らせることが出来る。お前は各地で好きなように戦うことが出来るんだ。そして、世界中の強敵を相手に出来る……」

「……」


 必死の提案だった。ティルダ自身、何を言っているかも分からない。

 しかし、思いの他、オレオルは今のティルダの言葉に足を止めた。


 琥珀色の右目が真っ直ぐにティルダのことを捉えている。その瞳は、まるで追い求めていた答えに辿り着いたかのように、輝いていた。少なくとも、目の前に対峙しているティルダにはそう見えた。


 ここだ。

 ここでオレオルの心に畳み掛けるしか、ティルダの生きる道はない。


「悪い話じゃないだろう? だから、その槍を下ろして話を聞いてくれよ」

「……」


 ティルダの言葉に魅力を感じたのか、オレオルはティルダに向けていた槍の切っ先をすっと下ろした。


 その一瞬、オレオルは確かに無防備になった。


 その瞬間だった。


「ハッ! 馬鹿めェ! そんなことある訳ねェだろ!」


 ティルダは表情を変え、オレオルに向けて銃を放った。


 ティルダの放った弾丸がまともにオレオルの体に当たっていく。この至近距離だから当然だろう。


 ティルダはオレオルを配下に置くことよりも、ここで息の根を止めることを選んだ。長年、多種多様な人間を見てきたから、ティルダには人となりが感覚的に分かる。


 オレオル・ズィーガーは、人の下で従うような真似はしない。


「俺をコケにした罰だ! これで消えろォ! ハハハッ!」


 ティルダは一発で留めることなく、何発も何発も弾丸を放った。鳴り渡る銃声に、反響する薬莢の音。


 抵抗する間もなく、ティルダの弾丸を受け続けるオレオルを目の当たりにすることが出来ず、リッカとシンク、そして子供達は目を反らした。

 唯一、クルムだけはオレオルのことを見つめている。


 やがて、弾を切らしたのか、銃声が止まった。聞こえる音は、興奮に荒ぶるティルダの息遣いだけだ。


「ハハハッ! これで一番厄介な奴が消えた! ガキ共を返してもらうぞ、クルム・アーレントォ!」


 オレオルを銃で撃った興奮も冷めやらない内に、ティルダは立ち上がり、クルム達の所へ襲い掛かろうとした。


「――はぁ」


 勝機を見出したティルダの足を止めたのは、興奮するティルダとは真逆の冷静な一つの嘆息だった。


 その嘆息に、ティルダは自分の顔が引き攣るのが分かった。ゆっくりと視線をクルム達から移動させていく。


 そして、ティルダの双眸が捉えたのは、


「お前を見てると、昔のあいつを前にしているようで、虫唾が走って来るぜ」


 ダメージを負った様子が全くない、ピンピンとしたオレオルの姿だった。


「な、なぜだ……確かに俺は……」


 思わず驚きの声がティルダから漏れ出した。


 何発も撃ち貫いたはずのティルダの体には、一切の銃痕がなかった。オレオルの体は、不死身だと言うのか。


 ティルダは自分の飛躍した馬鹿らしい考えを否定するように、銃に目を落とす。しかし、銃に込められていた弾丸は、全弾なくなっている。確かにティルダはすべてオレオルに発砲したのだ。


 ティルダの疑問に、オレオルは面倒臭そうに頭を掻くと、


「こんなぼんくら弾に俺の体が傷付けられる訳ないだろ」


 当たり前のように答えた。


 そう。オレオルの体が不死身でも無敵でもなく、ただティルダの実力があまりにも低かっただけなのだ。


「……ひっ」


 その事実を認めて、ティルダは恐怖に喉を鳴らした。折角立ち上がったにも関わらず、ティルダの膝はがくがくと震えて、一歩も動くことは出来ない。


「言っただろ? 俺は世界最強を目指す――って」


 オレオルはティルダに真っ直ぐと視線を当てる。


「お前みたいな腑抜けた奴とは、鍛え方も覚悟も違うんだよ!」


 そして、下ろしていた槍をティルダに向けて、声高らかに叫んだ。


 オレオルから必死の剣幕が伝わる。ティルダはオレオルに向き合うことが出来ず、下を向いて視線を反らした。未だ震える膝が収まることはない。まさに蛇に睨まれた蛙のような構図だった。


 やがて、オレオルはティルダから槍を反らすと、


「お前みたいな腑抜けに構うほど暇じゃねェんだ。見逃してやるから、今のうちに消えな」


 槍の切っ先で外を示した。オレオルの顔からは、最早ティルダへの関心は消えていた。


 まさにオレオルの提案は、ティルダにとって願ってもいないものだった。

 完全に殺されるしかなかった運命から、逃れることが出来る。


「――くっ」


 ティルダは顔面蒼白になりながら、オレオルから離れた。その足取りは覚束なく、何とか動き出せているといった形だ。


 主犯であるティルダ・メルコスが戦線離脱したことにより、これでようやくオーヴで起こっていた人攫いの事件は収拾される。


「やったぁ!」

「これで家に帰れるぞ!」


 そのことが子供達にも分かるから、純粋に声を弾ませていた。リッカもシンクも、安堵に顔を綻ばせている。リッカとシンク、そして子供達は互いに顔を見合わせながら、生きて戻れることへの喜びを分かち合っている。


 しかし、その油断が命取りとなる。


「舐められっぱなしで終われるかよォ!」


 ティルダ・メルコスが向かった先は、出口ではなかった。

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