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3-11 貫く信念

 ***

 

 持てる力を出し尽くた全てを終わらせる渾身の一突き――、それは確かに心臓を捉えた。

 

 ――はずだった。


 しかし、オレオルの手に残る感触は、硬い金属にぶつかったような感触だ。少なくとも、心臓を突き破るような感覚ではなかった。

 これでは、命の源である心臓を貫き、クルムの呼吸を止めることは出来ない。


 オレオルは小さく舌打ちを奏でると、最後の一押しを加えるように更に槍を突きつけた。即死までは行かなくても、致死量に至るほどのダメージを与えることが出来る。

 オレオルの最後の突きが決め手となったのか、クルムの体は吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられてしまった。留まることの知らない勢いに、クルムの体は何回転も何回転もしながら地面を転がっていく。

 しばらく転がる内、クルムの転がる勢いが止まると、うつ伏せになったまま倒れた。その態勢のまま、起き上がることはない。


 オレオルはそのことを確認すると、緊張の糸を解くように息を吐いた。そして、クルムに背を向けて、オレオルはリッカとシンクがいる場所に向かって歩き始めた。


「っ」


 近づくオレオルに、リッカは息を呑んだ。


 槍を背負うように持ちながら歩むオレオルの姿は、まるで鬼神のようだ。


 そのことを認めると、リッカの全身が震え始めた。恐怖だ。リッカは、クルムを倒した男、オレオル・ズィーガーに恐怖しているのだ。


 リッカの手は自然と腰にある鞭に伸びていた。まだ世界政府として実力のないリッカでは、オレオルに太刀打ちすることは出来ないだろう。そもそもリッカには戦闘の適正はあまりない。


 絶対にオレオルに敵わないことは分かっている。

 それでも、何も抵抗することなくやられることだけは避けたかった。


 目の前にまで来たオレオルを、リッカは精一杯の敵意を込めて睨みつけた。オレオルはリッカのことなど興味なさそうに、冷ややかな目で見下ろしている。


「……これで俺の勝ちだ。運が良ければ、まだ生きてるかもな。アーレントとそのガキを連れて帰れ」


 オレオルの言葉を受けても、リッカは無言のままオレオルのことを睨みつけたままだ。


「――その目、気に食わねェな。見逃してやろうかと思ったが、気が変わった。お前もアーレントと同じ目に遭わせてやるよ」


 リッカの目の前にオレオルの槍が突き付けられる。僅かに風に吹かれれば、リッカの顔に傷が入ってしまうほどに近い距離にある。

 しかし、それでもリッカは臆することはなかった。オレオルを見通す若草色の双眸は、より力強さを増している。


「その意志に免じて、最後に遺言くらい聞いてやる」

「――クルムも私もシンクも……、この場にいる人をあまり舐めすぎないことね」


 リッカは微笑みながら言った。今ここで命の危機に陥っているとは思えないほど、自然に力強く笑っている。まるでこの後も生き続けると確信しているかのようだ。


 そんな場違いなリッカの表情を一蹴するように、オレオルは鼻で嘲ると、


「勝者は俺だ。そんな戯言は――ッ!?」


 途中で何かの気配を敏感に感じ取ったオレオルの声は、驚愕に変わった。目の前にいるリッカをおいて、即座に背後を振り返る。すると、一発の弾丸がオレオルに迫っているところだった。


「ちィ!」


 オレオルは苛立ち交じりに、リッカに向けていた槍を横に振り、弾丸を払う。弾丸は音を立てて地面に打ち付けられたが、オレオルの目線は弾丸の行方を追わなかった。


 むしろ、弾丸が発せられた方向に向き、


「――まだ、動けるのかよ、……クルム・アーレント」


 弾丸を撃った張本人であるクルムの名前を紡いだ。オレオルの顔は信じられないものを目の当たりにしているように色褪せている。


 オレオルの視線の先には、暗がりに覆われている地に一か所だけ光が灯っていた。まるで深海の中で望む時の、か細く揺れる光のようだ。けれど、その光は遠く離れていても、姿を見るには十分な光だった。

 そこには、クルムが片膝を立てて銃を構えている姿があった。傷がひどい左腕はぶら下がっているだけの状態だ。どうやらクルムが手にしている黄色い銃が、月光を反射させて、辺り一帯を照らしているようだった。


 オレオルの琥珀色の右目に映るクルムの姿は、明らかに限界を超えていた。立ち上がって弾丸を放つのではなく、片膝を立てて発砲したことがその証拠だ。


 そして、その見た目通りに蓄積しているダメージによりクルムはふらっと前に揺れると、そのまま俯せの状態で地面に倒れ込んだ。


 クルムの動向を、オレオルの右目はまるでスローモーションのように一部始終捉えていた。


「クルムッ!」


 リッカが声を上げたことで、オレオルは我に返った。

 瀕死の状態であるクルムに、オレオルは呑まれていたのだ。今までオレオルが戦って来た相手の中で、ここまで立ち上がったものは誰一人としていない。 


「……はッ、当然だよな。ここまで俺の攻撃を受けて、一度立ち上がっただけでも――」


 しかし、オレオルは途中で言葉を止め、再び息を呑んだ。


 立ち上がるのは困難であるはずの傷を負っているクルムは黄色い銃を手にしたまま、またしてもゆっくりと右手を使いながら立ち上がり始めたのだ。まるで生まれたての小鹿が立ち上がるようにその足は覚束ないが、オレオルの怒涛の攻撃を受けた後ならば、立ち上がること自体が奇跡に近い。


 クルムは肩で息をしながら、真っ直ぐオレオルを見つめている。その黄色い双眸は、死んでいなかった。


「……あぁ、分かったぜ」


 勝敗は見えているはずなのに未だ立ち続けようとするクルムに、オレオルは槍を強く握り締めると、


「お前はその心臓を止めない限り、動き続けるってんだな。だったら――、今すぐに楽にしてやる」


 オレオルは全力でクルムに向かって駆け出した。蹴り出した砂が、リッカを覆うように掛かってくる。

 オレオルが近づいてきても、クルムは微動だにしなかった。変わらずに、オレオルを見続けている。避ける気力がないのか、避けるつもりがないのか、その真意は分からない。


 やがて、


「……確か、に」


 クルムの口が小さく動いた。


「確かに、あなた、は、世界、最強に、なれる力を、持って、いるのかもしれ、ま、せん」


 肩で息を続けるクルムは、途切れ途切れになりながらもオレオルを認めるような言葉を紡いだ。


「――はッ」


 オレオルはクルムの言葉を一蹴するように、勢いに乗ったまま跳ね、クルムの前に着地する。


「もう御託はいいと言ったはずだぜ。命が惜しくなったのか知らねェが、所詮苦し紛れの時間稼ぎにしか聞こえねェ」


 オレオルの言葉には明らかに怒りが混ざっていた。

 オレオルは曲げたままの膝に力を籠めている。今にもクルムを射殺さんとばかりに、槍の切っ先がクルムを見上げていた。


「クルム・アーレント、お前は俺が戦った相手の中で一番強かった」


 まるで手向けのように称賛の言葉をクルムに当てると、オレオルは曲げていた膝を伸ばした。解放されたようにオレオルの体が――、そして槍が伸びる。


「これで俺は最強に近づく――ッ!」


 オレオルの上突きは、躊躇もなくクルムの心臓へと、下から襲い掛かる。まるで新たな道を、臆することなく勇猛果敢に切り開くかのようだ。クルムは死を悟ったのか、唾を呑んだ。


 これがクルムとオレオルの戦いに、今度こそ終止符を打つ一撃になる。


 ――けれど、


「けれど、最強になって、あなたは、どうしたいのですか?」


 澱みないクルムの問いかけに、オレオルが放った上突きは、クルムの心臓に触れる直前で止まった。あとコンマ数秒でも遅れたら、今度こそクルムの心臓に風穴が空いていただろう。


 静かな時間が流れる。


 クルムが先ほど唾を吞んだのは、言葉を潤滑に話すためだった。

 突然の質問にオレオルは目を見開かせたまま、クルムを見つめている。

 肩で息をするクルムは、見ての通り限界を超えている。しかし、クルムの黄色い双眸は、傷を受けて満身創痍になっているとは感じさせないほど、明白な意志が籠っていた。


「……その後?」


 オレオルはクルムの言葉を噛み締めるように反芻した。クルムは小さく頷く。


「……ッ。……ハッ、決まってらァ!」


 クルムの言葉を嘲笑うように口角を上げると、


「世界最強になって! それで、俺は……、誰にも逆らわせないで……それで……世界中を……俺は……」


 強く荒々しかった言葉は勢いを失くし、オレオルは頭の中に浮かぶ言葉を散弾と口にした。しかし、その先の言葉は上手く続くことがなかった。脈絡のない言葉がつらつらと浮かんでは無に帰すだけだ。


「誰も、手出しが出来ない、くらいに、強かったら」


 オレオルの手から槍が落ちた。オレオルがクルムの質問に動揺しているのが見て取れる。更には、クルムを見ているオレオルの双眸は、別の場所を捉えているようだった。ここよりも遠い過去へとオレオルの意識は誘われている。


「俺は、あの時、お前を――」


 そして、途切れ途切れに紡がれていた言葉は、完全に途絶えた。同時に、突然痛みに苦しみ出すように、オレオルは漆黒の瞳を抑えた。


「――ィッ! た、たかいの、最、中に、ごたごたうっるせぇんだよォ!」


 オレオルは何者かに反抗するように、声を荒げた。だが、その声はオレオルの願う相手に届くことはなく、闇夜に溶けてなくなり、オレオルは苦痛に耐え忍ぶように息を乱し続けている。オレオルは左手で今にも黒瞳を掻き出してしまいそうだった。


 恐らくオレオルの中で悪魔との戦いが繰り広げられているのだろう。


 そんなオレオルの様子を、クルムは何かを考えるように見つめていた。


「テメェに言、われなくたっ、て分かって、らぁ」


 弱々しく言葉を紡ぐオレオルの右手は、髪を止めているカチューシャに触れようとしていた。まるで拠り所を求めるように、右手は震えている。


 クルムは一度だけ目を閉じた。集中するように神経を研ぎ澄ましている。それに呼応するように、右手に収められている黄色い銃が光った。カペル・リューグの時と同じだ。しかし、その光度はカペルの時よりか細い。

 そして、黄色い双眸を開くと、クルムは右手に収めている黄色い銃をオレオルに向けた。


 今までのオレオルだったならばすぐに槍でクルムの銃でも払うはずだったが、今のオレオルにはそんな余裕はない。銃口を向けられていることさえ気付かずに苦しんでいた。


「オレオル・ズィーガー」


 クルムはオレオルの名前を呼んだ。心を落ち着かせるような優しい声音で紡がれた言葉は、苦しむオレオルの耳にも溶け込み、オレオルはゆっくりとクルムの方を向いた。琥珀色の右目が、クルムの黄色い双眸と重なる。


 傷の多いクルムは、それでもオレオルを安心させるように僅かに口角を上げた。それはまるで傷など負っていないかのように毅然としていた。


 そして、引き金に触れる指に力を籠め――、


「今ここであなたを――」

「う、うわぁッ!?」


 引き金を引こうとした瞬間、誰かの叫び声がバルット荒地に響いた。クルムは引き金を引こうとした手を止め、周りを見渡す。オレオルも左目を抑えながら、ゆっくりと視線を移動させていた。


 先ほどの誰かの叫び声、否、その声は――、


「シンク!?」


 周りでクルムとオレオルの決闘を見ているはずのシンクのものだった。

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